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三十二章 公正な警備隊長&異端な神父(2)上

 様子見に来て早々、何故か直接対面となってしまった。


 しばし、マリア達はオルコット本人を前にして沈黙していた。問い掛けた彼はじっとしていて、追って同じ質問を繰り返してくる様子もない。


「…………えっと。お前、もしかして俺らが誰か分かってる感じ……?」


 ややあってから、ぎこちない発言でジーンが第一の問い掛けを行った。


 すると、オルコットが当たり前のような顔で、ただただ淡々と「はい」と真面目な顔で頷いてきた。


「存じ上げております。そもそも国を代表する大臣様の顔も知らないのは、忠義としてどうかと――もが」

「しーッ、俺は今『ジェラン』じゃなくて『ジーン』だから!」


 王都外で言い当てられる経験も滅多にないらしい。ジーンが慌てて彼の口を塞ぎ、珍しく色々と言葉足らずの状態で、声を潜めてそう言った。


 オルコット・バーンキンスという人間は、どうやら心底真面目というか、堅実すぎて冗談が通じないところもある男のようだ。


 資料によれば、オルコットは国軍外である警備隊の庶民籍だ。出身地は、ここよりもずっと遠い。それでいて王都から数日の距離の町で『大臣』の顔を知っているというのも、確かに珍しい気がする。


 そう色々とマリア達が呆気に取られていると、一つ頷いたオルコットが、口を解いてもらったところで、引き続きじっとジーンを見つめたままこう言った。


「俺――いえ、私は『ジーン』の方も存じ上げております。あなたは元黒騎士部隊の頭脳にして、勇敢なる副隊長であらせられたお方ですよね。むしろ、そちらの方が有名かと」

「え。嘘、……え、そっちから知ってんの――マジで?」

「はい、嘘ではありません。本当です」


 オルコットが眉を動かさず、気真面目そうに頷き答える。


「私は、他の方々についても存じあげておりますよ。黄金世代の英雄たちのお顔を、知らないはずがありませんから」


 言いながら、彼の目が順に一人ずつ見ていく。


「そちらは元騎馬隊の名コンビにして、それぞれが二つ名を持つ名将。そちらは『白の騎士』の一族にして【突きの獅子】の名でも有名なお(かた)。そして元黒騎士部隊の隊長補佐、副隊長補佐の名コンビとして知られているお二方(ふたかた)


 と、そこでオルコットが敬いを示し、最上級の礼を取って頭を下げた。


「このように英雄の方々に直接お声がけ頂き、至極光栄であります」


 しばし一同は、ポカンとしてしまっていた。


 オルコットは、長らく頭を下げた状態でいる。彼が身分や階級がかなり違う者に対するのと同様に『許可待ち』をしているのだと気付いたところで、マリア達はようやくハタと我に返った。


「いや、そう(かしこ)まらなくてもいい」


 少し遅れて、グイードが慌てて頭を起こすように言った。


 まさかこうして知っている人間がいたとはなぁ、とマリアは呆気と感心がない混ぜになった思いで見ていた。再び背筋を伸ばしたオルコットが、ふと、こちらへ目を向けてくる。


「ご挨拶が遅れて申し訳ごございません。どうぞよろしくお願い致します」


 片手を胸に当てて、低い背丈に配慮するかのような角度で、丁寧に頭を下げられてしまった。


 こうして生まれ変わってからは経験にない事で、マリアは「えっ」と戸惑った。


「あの、敬語でなくてもよろしいのですよ。えぇと、その、私は軍人様方のちょっとした助っ人をしている女の子というだけですので――」

「そうでしたか。しかし、このように直接助っ人を指名され、女性の身でありながら危険を承知で引き受けた。私はそれを尊敬致します」

「…………」


 マリアは、心底気真面目に返されてしまって「えぇぇ……」と反応に困った。


 なんだか第一印象を裏切らない真面目さだ。これまでいなかったタイプの男を前に、マリア達はへたに対応にうって出られず、珍しくもたじろいでしまった。ヴァンレットも「うーむ」と口を閉じているし、あのニールでさえおちょくれない様子で戸惑い気味だ。


 普段から騒がしいせいで、始めっから真剣でお堅いモードに慣れていない。そんな友人達の様子を察したポルペオが、「馬鹿者共が」と吐息交じりにこぼして、オルコットへ質問を投じた。


「その様子からすると、お前は我々が声を掛けてくると予想していたようでもある。それでいて、ほぼ始めからこちらの存在を察知出来ていたようにも感じた――何故だ?」


 驚きも混乱もなく、あやしいくらいに予想外でスムーズな初対面だ。先に自分の馬を任せて部下と離れたのも、すぐにこちらの存在に気付いてそうしたのだとしたら頷ける対応である。


 それでいて先程、彼は自ら接触してきたにも関わらず『お声がけ頂き』と述べた。今になって思えば、(あらかじ)め接触があるだろうと予期していた言い方とも考えられる。


 マリア達が揃って目を向けると、オルコットが嘘偽りなく伝えると示すように、胸に再び片手を当ててから口を開いた。


「私は元々、警戒体質もあって、近頃自分の身の周りがあやしいのに気付いておりました。そこで気を付けていたある夜、寝室でそのうちの一人を捕まえまして」

「捕まえた!?

「えッ。お前、暗殺部隊の人間を捕まえられたのか!?」

「はぁ。暗殺部隊というものが存在しているのですね」


 オルコットが、それは存じ上げなかった、という顔を叫んだレイモンドとグイードへ向けた。


「私はその『不法侵入者』を、とりあえず掴まえてねじ伏せて縛り上げました。理由を述べよと伝えましたところ、詳しくは話せないが、その者は陛下の下の人間であると言ってきまして」


 暗殺部隊の気配を察知して、就寝時の無防備な状態で『素手』で捕まえたのか?


 なんつー才能持ちなんだよ、とマリア達は思うところが多々あって声も出ないでいる。それに全く気付いていない様子で、オルコットは淡々と説明していた。


「その男は、もしかしたら近々話を聞きたいと接触があるかもしれない、と私に簡単に言いました。警備隊長でしかない私に、そのように大事な話を持って来られる事はないのでは、とも考えましたが、まさか黄金世代の英雄様方が直接やって来られるとは思ってもおらず、あなた様方を見た時はらしくなく驚いてもしまいました」


 無表情だし口調も淡々としているので、本気なのかも分からない。しかし、それゆえに社交辞令を交えている冗談ではないのも伝わってきた。


 というか、いつ驚いていたんだ、お前?


 マリアは、馬に乗った彼の姿が見えた時の事を思い返した。一番に見付けていたニールも、「そんな表情微塵にもなかったけど……」と困惑のド真ん中みたいな顔で首を捻っている。


 しばし、両者の間にまたしても沈黙が流れた。


 まばらにいる警戒心皆無の町人たちが、一体何かしらねと、たまにチラリと目を向けて行く姿があった。警備隊の存在はそこまで注目されてもいないのか、誰もがすぐに視線を離していく。


「…………お前、まじめ過ぎって言われねぇか?」


 長らく会話が途切れていた後、グイードが心配したようにそう言った。


 するとオルコットが、表情そのままに首を少し傾けた。やや考えるような間を置いて「そうですね」と前置きすると、一つ頷いて一同へ視線を返す。


「他に話をする者も少ないため、よく分かりません」


 ぴしゃりと、彼は真っ直ぐな目で述べた。


 つまり、業務外ではほとんど人と交流もない……と。

 そんな考えが頭に浮かんだものの、誰もその推測を口にしなかった。自分たちととても違いすぎて、オルコット・バーキンスの垣間見えた日常にもショックがデカかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] わー面白そうな新キャラが出てきましたね! しかも、黒騎士隊他の面々を英雄視していそうな真面目くん!ある意味、有望そう? これからどう関わっていくのか楽しみです。
[一言] おぉう…全然タイプの違うww まさに真面目君を地で行くやつだな… そして、黄金世代組に超絶詳しいww アイドル的存在になってそうだな…ww 表情にあまり出ず、真面目な…あれ? もしかして…
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