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三十一章 大聖堂のある町(5)下

「とはいえ、騒ぎやら事件やらに関して『全然起こらない』なんていうのは、事実じゃないんだけどね」


 ジョナサンは、長い神父服の裾を揺らして、意味もなく足元を少し蹴る。


「一般的に犯罪が少ないというだけで、外では軽罪でも、聖職機関内では重罰とされていて処刑や獄死もある。中立という特異的場所を希望して、逃げてくる犯罪者もいる」


 でも、と彼が足をピタリと止める。


 ほんの少し思案の間を置くと、彼はマリア達を見回してからこう続けた。


「ここへ来るまでの間に、路上で眠っている人の姿は見た?」


 そういった者の姿はなかった。それもあって、他の聖職機関の管轄内と比べても、『随分と慈悲が行き届いた』美しい町だという印象が強かった。


 マリア達が揃って首を横に振ると、彼が後ろに手を置いて、ちょっと見下ろすような顔をした。


「聖地へ逃げ込んで来る人間って、結構いるんだよ。犯罪者だけじゃなく、軍や国から追及されたくない者、そして何かしら神に縋りたいとする者……まぁ色々だ」

「我々も仕事がてら、そういう話はよく聞く」


 ポルペオが、一同の認識を伝えるようにして口を挟む。


 ジョナサンが「まぁそうだろうね」と答えて、知っている事を教え返した。


「教会は困っている者に手を差し伸べ、恵みを与える。――でもこの町、僕が知っている限り、他の大聖堂がある町に比べると、圧倒的にそういった人間の数が少ないんだよね」


 と、そこで彼がパッと笑みを浮かべた。


「実はさ、ここの大司教、『人』をお金に変えて利益を得ている疑いもあるんだよね」

「はぁ!?」


 思わず叫んでしまったレイモンドが、慌てて自分の口を手で押さえる。


「元々僕がこっちにいるのだって、まぁ後でジーンさんから話を聞いたら分かると思うけど、まずはそっちの件があって、様子見に寄越されたというのが大きな理由なんだ」

「どういう感じの『人間物流』なんだ?」


 色々出てくんなぁ、という顔でジーンは尋ねた。


 ジョナサンが、まるで無垢な笑顔でピンっと人差し指を立てて答える。


「生死を問わない人身売買。それから人間を一商品とし、労働力として売買し金銭を受け取っている可能性――秘密の斡旋と仲介というか。報告されている保護数に小さな違和感を覚えた事もあって、最高司教と一部の上級聖職者らが、この町に注意を置き出したのが気付きのきっかけだね」


 そこで、彼が一同をぐるりと見やった。


「明日の夕刻までは、ここにいるんでしょ?」


 最後にピタリと目を向けられて、マリアは思案顔で首をやや傾げた。


「まぁ、そうですわね」

「僕としては、忠告もかねてこうして話しているんだけど、護身用の武器は離さずにしておいてね」


 言いながら、ジョナサンが手振りを交えつつジーン達へ再び視線を投げる。


「警備隊が買収されている事も少なからず関わっているけど、犯罪組織はお金を支払えば、一部の活動も黙認されているのが現状だよ。勝手に彼ら同士で殺し合いもするし、一般人が巻き込まれて死傷するのも少なからずある――すぐ隠蔽されるけどね」

「その中に、保管庫にあるモノに携わっているグループがいる可能性は?」

「十分にあるよ。ただ、情報の漏洩を警戒して、教えざるを得ない作業に関わらせているほんの一握り以外は、普段固定されてないと思う。犯罪グループを雇って収める金額によっては土地でも好きにさせるとか、神に仕える者としては、やっちゃいけない事だと思うんだよね」


 そうしてまでお金を得て、何がしたいんだか。


 質問したポルペオに答えたジョナサンが、そう独り言を呟きながら立ち上がった。


「そろそろ予定があるから、僕は戻るよ。――ああ、それから、これ」


 衣装をざっと整え直した彼が、不意に小さく畳まれた紙切れをジーンに渡した。一体なんだろうね、とそばからニールとヴァンレットが首を伸ばしている。


「警備隊の巡回ルートと、聖職者の多い場所と時間帯」

「…………ほんと、用意がいいよなぁ」


 受け取ったジーンが、ちょっと怖い、と若干口許を引き攣らせる。


 その顔を見たジョナサンは、弟よりも気性の荒さや強さを滲ませてほくそ笑む。


「日頃、近くの町からの参拝者や旅行者も多いから、この人数くらいじゃ怪しまれないよ。一人か二人よりも、安全性も上がる」


 じゃあ、と言ってジョナサンが神父の衣装を揺らして歩き出す。


「奴の場合、軍に入れた方が、まだ危険がないのではないか?」

「ポルペオ。それ、昔からある論争だろ……」


 諦めろとレイモンドが伝えていると、グイードが立ち上がって「なぁジョナサン」と呼んだ。


 彼が足を止めて振り返るのを見ると、言葉を続ける。


「ずっと訊きたかったんだけどさ、今日こそ教えてくれね? なんで神父になったんだ?」

「大嫌いだからココに入った」


 実にいい笑顔で、ジョナサンが間髪入れず言った。


 こいつが分からんな……と、ヴァンレットを除いた全員が、思う表情を浮かべた。


             ※※※


 ジョナサンと別れた後、気なっていたいくつかのポイント地点を回った。それから警備隊の巡回と聖職者の行進移動の時間などを避けて、彼らの祈りの時間に大司教邸を見に行った。


「へ~。かなりデカい壁だなぁ」


 グイードが、まず関心交じりの声でそう言った。


 観光にとっては名所の一つにもなっているのか、わざわざ丁寧に案内まである『大司教邸の西側』の看板前に立ち、マリア達は揃って城壁を見上げていた。


 それは鉄柵ではなく、完全に塗り固められた頑丈な壁だった。四階分の建物くらいの高さは裕にあるだろうか。おかげで元々巨大な複合聖職施設ともなっている大司教邸は、よりその存在感を放っていた。


「遠くから見た大聖堂より、こっちの方が印象強いわ~」


 ジーンも想定以上だったようで、無精鬚を撫でてそう感想する。


「こっちだけ見ると、要塞みたいだもんな」


 相棒と友人の意見に対して、レイモンドも同意する様子で言った。


 壁に小さく見える射撃口の穴。上には、警備台があるのだろう屋根も小さく見えた。軍人としては教会よりも、見慣れたものが完璧に備わっているこの建物の様子の方が目を引いた。


「表口と裏口が、守護騎士団で固められているとすると、こっちの方が若干手薄って事でもあるよな」


 ふと、思うところをグイードが口にした。


 それは全員が考えていた事でもあった。勿論、表と裏のどちらからも部隊は突入させるが、臨時班としては、最優先に色々と知っている大司教本人を生け捕りする本命がある。


 しばし、ポルペオ以外の全員が、呑気な顔で上を見ていた。


「これ、イケると思うか?」


 グイードが上を見たまま、一通り考える間を置いたところで質問を投げかけた。


 飛び越えられるか、と聞いているのだと全員分かっていた。同じように考え続けながらも、一同の中でマリアが首を少し傾げて先に答える。


「やや奥向けに傾斜になっていますし、何かしらの方法で勢いを付ければ、あの狙撃用口をちょっとした足場代わりに利用して、どうにか一気に上まで登れそうですけれどね」

「それ、もしかしてロープ無しの場合で言ってるのか?」


 優しい鳶色の目に、ちょっと不安そうな思いを滲ませて、レイモンドがマリアを見下ろす。


 すると、戦闘使用人である事を知っているポルペオが口を挟んだ。


「体重が軽い者であればいける気もするが、推測の範囲だ――確証はない」

「俺、多分ロープ使えばいけるかなって気もします。でも上から狙い撃ちされるとなると、一人で突破するのは、ちょっと厳しいような?」


 ニールが、二十歳くらいにしか見えない童顔で、男たちの中では一番華奢な身体で腕を組んでそう意見を述べた。


 普段なら彼向け。やれるにしても、人が限られる方法だろう。


 しばし子供みたいな目を上に向けていたヴァンレットも、「少し難しいかもしれませんね」と自分の元部隊の副隊長であるジーンに告げた。


「俺がサポートするにしても、ここから上の銃弾を落とすのは少々厳しいです」

「まぁ、かわすだけならまだしも、落とすのは効率も悪いしな。とりあえず図体からすると、『登って飛び越える』に関しては、ヴァンレットとポルペオには使えない方法だろうなぁ」


 ジーンが、一同の考えを代表するようにしてそう口にした。


 ようやく上から目を離したグイードが、思案気に首の後ろを撫でつつ、「まぁな」と彼に相槌を打った。


「道具を使うとしたらあるいは、ってところか」

「上に行くまでに時間を掛けられないし、方法についても人によるんじゃないか?」


 そうレイモンドが口にする声を聞きながら、マリアは昔にも似たような『壁』を飛び越えたのを思い出した。


 考えてみれば、今は体重だって軽い。自分なら、あの頃以上に、問題なく行けるのではないだろうかと思ったりした。


             ※※※


 その日、残りの日中で、回れるところは回っていった。観光がてらの半ば気楽な散策をし、夕刻前に店で食事をとってから、部屋に戻って午前中の各自の成果を話し合い共有した。


 明日は、陽が沈んだ頃、近くの町に待機中の馬車が迎えに来る予定になっていた。


 そうすると、朝から早めに動いた方が、時間も多く使えるだろう。


 本日も早めに就寝する事になって、マリア達は順に汗を流した。何故か、騎士道精神を持ったポルペオは「一番最後でいい」と言い張って譲らなかった。


 仮眠部屋を皆で整えて、昨日と同じ位置でいいかと座り込んだ。そしてポルペオが戻るまでは、と、灯かりを落とすのを待って少し喋っていた。


「またか貴様ら! この馬鹿者めッ」


 そうしたら、黄金色のやや長い髪を肩に掛からせたポルペオが、中に入ってくるなりそう怒鳴ってきた。言いたい事が色々あるみたいに地団太を踏んでいる。


 マリア達は、あの太い黒縁眼鏡とヘルメット――ではなく、ヅラの変装セットを、彼がどこに置いてきたのか少し気になっていた。


 とはいえ、質問する余裕もなく、ポルペオの怒涛の説教が始まってしまった。


 よく分からない説教の嵐の中、マリア達は、しばし耳を手で塞いでいたのだった。

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