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三十一章 大聖堂のある町(3)

「まだ誰も来ないから、もうしばらくは閉めたままで大丈夫だよ」


 ジョナサンにそう言われ、シスターが来るまでの間、扉の鍵を降ろしたまま並ぶベンチにそれぞれ腰掛けて目を合わせた。


「まぁ『不思議な毒』やら『保管庫』やらで動くみたいだ、と面白い話を聞いてね。それで僕の方から、ロイドに協力を申し出たわけなんだけど」


 中央に伸びる道のりに身体を向け、座ったジョナサンが足を組んでそう話し出した。


 最近、ロイド達が動こうとしている新しい案件について知った。そこで協力者となる事を『勝手に決めて』、知らせを出してすぐ、現地で調査員として動いていたらしい。


 というか、一体どこ情報なんだろうな。


 関わる流れまでを理解したところで、マリアはそう思った。しかし、表情から察したジーンに「いつもの事だけど、マジ分からんのよ」と止められて質問はしなかった。


 ステンドグラスの窓から注ぐ柔らかな日差しが、教会内を明るく照らし出している。三人の人間が居座るには広すぎて、交わされる声よりも、神聖なる空気の静寂の方が目立った。


「実を言うと、あやしい動きがあるとは、ずっと以前から聖職機関内でも囁かれてはいたんだよ」


 背もたれに片腕を引っ掛けて、ジョナサンが唐突にそう言った。


 笑顔がないと冷やかさが漂う形のいい新緑色の目が、思い返すようによそへ流し向けられる。その雰囲気は、これといって興味もなさそうな印象をまとってもいた。


 それは問題ではないだろうか。

 マリアは、思うところのある表情を浮かべる。いくら中立で独自の体制を取っているとはいえ、国に協力を求めてはいけないというルールは存在していない。


「政治にかかわらないにしても、そりゃ陛下への報告案件だろ」


 するとジーンが同じ顔をして、半ば呆れたような声を出した。


 ジョナサンが二人へと目を戻して、「と言われてもね」と吐息交じりに手を軽く振る。


「それが一体なんであるのか、は分からない状態だった。妙な空気を時々肌で感じるけれど気のせいなんじゃないか、というくらいに、それは巧妙に、ささやかなもので――」


 気のせいか、どこか物想いに言う彼の声色から、すぅっと温度が消えてマイナスをまとう。


 ああ、忌々しい、とこれまでに見た事もない軽蔑の気持ちが漂っている気がした。


 ジョナサンは自然と視線が落ちて、思い返すような表情だった。けれどマリア達が、どうしたんだろうと首を傾げた僅かな動きを察すると、パッといつもの表情に戻して笑った。


「変だなと感じたのは、ごく僅かな者たちだったんだよ」


 いつもの愛想たっぷりの明るい口調で、彼は言う。


「彼らは神に仕える身だからね、人を疑ったり違和感を覚えるのは、自らの修行が足りないせいだと自分に言い聞かせるところもある。でもそんな中、最高司教はそれもお見通しだった」


 そこでジョナサンが、組んでいた足を降ろしてマリアとジーンをしっかり見た。


「それで僕が呼ばれたのさ」

「ジョナサンが?」


 察したマリアが思わず尋ね返してしまうと、彼が「そっ。ここへ赴任したのは、一年と少し前くらいかな」とあっさり肯定して肩を竦めてきた。


「薄々、僕が疑問に思っている事を察せられたみたいだ。その頃は聖職機関の大本部にいたわけだけれど、呼び出された場所に最高司教がいてさ。そうしたら唐突に相談された。内密に少し見てきてくれないかと言われて、そうして僕は『喜んで』この町に寄越された」


 どこか含むような言い方で、ざっくりと話は締められた。


 トップの最高司教が、個人的に彼を呼んで、気掛かりについて話した。


 つまりジョナサンが元々ここにいたのは、全て偶然というわけでもなかったらしい。そして彼は、なんらかの方法で王宮側の事情を感知し、自らロイドへ連絡を取って今に至る、と。


 なるほど、とようやく二人は理解して肩の力を抜く。


「最高司教には、頭が上がらねぇなぁ」


 ジーンが、思わず頭をガリガリとかきながら言った。


 ジョナサンがすぐに「まぁね」と相槌を打った。


「既に曾孫だっていらっしゃる一人の女性ではあるけれど、彼女は誰よりも信心し、それでいて何者よりも正しく、物事の真理を見ていると思うよ」


 フッ、とジョナサンの顔にあやしげな冷笑が浮かぶ。


「僕の胸の内なんて、とっくにお見通しみたいだったからね」


 マリアは、ジーンと揃って背筋が冴えるのを感じて黙り込んだ。その表情を見ていると、まるで聖職者には見えないんだが、という感想しか浮かばない。


 そういや、こいつなんで神父やってんだろうな……。


 今更のように再び疑問が込み上げた。けれどジョナサンも答える気もなさそうであるし、ジーンの反応からも、現在も友人らにとっても謎なのだろうとも分かった。


「えっと……、そんじゃ早速だが、手紙でのやりとりを避けていた情報について確認したい」


 ジーンが、今にも溜息を吐きそうな顔で、開いた足に腕を置きつつ気を取り直すように声を出した。


「ひとまず一番の重要点だ。――大司教は黒か?」

「完全に黒だよ」


 間髪入れずジョナサンが答える。


 ジーンは察したような顔をした。その件に関して追って訊き出さず「そっか」と相槌を打つと、後でも友人たちに共有出来る情報について手短に確認していった。


 やがて一通りの質問事項が一旦終わる。


 字としては残せないから、全部を頭の中に叩き入れたジーンが、そこでふともう一つ確認した。


「結構、時間的には急だったとは思うんだが、手紙で頼んでいた他の件も、追加で調べられたか?」

「ふふっ、僕を誰だと思ってるのさ。そんなの『暇潰しがてら』とうに調べてあるよ」


 あやしげに優しくジョナサンが微笑む。


 彼の言う暇潰しというのが、神父業なのは明らかだった。正しく人を導く神聖なるお仕事なのに、そもそも誠心誠意すらないらしい。だからお前なんで神父やってんの……と、マリアとジーンはまたしても思った。


 そうして彼は、旧第三聖堂であった現在の大司教邸について語り出した。


 建物は三階建てになっており、最上階に上級聖職者の集まりの場、そして大司教アンブラの仕事部屋と住居がある。現在は使用されていないという事になっているが、一階の展示室に、地下への入口が隠されいるのだという。


 かなり昔に作られた手掘りの隠し通路で、深い場所に地下空間が存在している。


 数百年前に避難所の一つとして補強され、その後は保管庫として使用されていたらしい。元の第三聖堂を手放す事になった際、聖職機関が全ての重要書物を運び出して封鎖された。


「それが、現在の『特別な保管庫』さ」


 そう答えたジョナサンは、続いて聖職者の公的場も設けている大司教邸の内部についても語った。


 大まかな各施設と、使用目的別の部屋。現在常駐している聖職者や関係者の数、それから警備体制などについてジーンの質問にも答えていった。


「知っているとは思うけど、聖職機関には独自の防衛のための戦士組織がある。聖職者にして『戦う者』だ」


 確認するようにジョナサンが目を寄越してきた。


 元より想定している事だった。だから今回は、臨時班をリーダー核として、銀色騎士団側からも、特別部隊を編成し戦力補強で加わる事になっていた。


「教会の守護騎士団、か」


 マリアは、思い返して口にした。


 実のところ、教会施設側に置かれている白い甲冑の警備兵についても、きとんとした聖職機関に所属する者たちだ。聖なる意思を貫くための守り。そうやって信仰心だけでなく剣も取る道を選んだのが、守護騎士団だった。


「大聖堂があるところには大司教邸が、そして重要な歴史物や書物の『宝』を守るために守護騎士がいる。ベネディクトは位置づけ第四位、三部隊分が常駐している」

「それは結構な数だな。パッと見た感じだと、そんな建物もなさそうだったが」


 黒騎士部隊時代を思い返して、マリアは少し不思議に思った。与えられていた建物も、置かれていた町中では結構幅を取っていたものである。


 ジョナサンは、その様子を眺めるようにして頬杖をついた。


「守る場所に彼らのための場所も隠されてる。大聖堂の方にも秘密の部屋があるけど、メインで使われているのは大司教邸の方。それでいて大司教自身が手を加えて、ここにいる守護騎士団は彼を崇拝している者たちだ」


 そこまで聞いたところで、ジーンが溜息をこぼした。


「守護騎士団は、皆『そっち派』ってわけね――他の兵は?」

「他は事情を知らないままさ。聖職機関内にも階級制による差別はあって、ここにいる大司教と守護騎士団は、中級クラス以下は相手にしない」


 彼はそう言いながら、頭の中で情報を整理しているマリアをじっと見ていた。気付いたジーンが、ちょっと苦笑を浮かべて声をかけてようやく――頬杖をといて動き出した。

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