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三十一章 大聖堂のある町(1)

 翌朝、マリア達は身支度を済ませて朝食の準備にとりかかった。


 いつ到着したのか、ポルペオはぐっすり眠ったままだった。もうしばらく寝かしておこうかと、一同は珍しくコートさえ脱がずにいる彼を気遣って起こさなかった。いつも頭のスイッチが入るがやや遅めであるし、メシの匂いにつられて起きて、勝手にシャワーまで浴びるだろう。


 軍人としては旅も野営も経験があり、レイモンドもグイードも簡単な料理は出来る。ジーンも含めてキッチンに立ち、ヴァンレットとニールがマリアと一緒になって手伝った。


 やがて、簡単な食事メニューながら食卓の上が賑わい出した。


 不意に、仮眠室の扉がバンッと開いて、ポルペオが出てきた。眼鏡のない顔は、低血圧で顰められており、波打つ黄金色の美しい髪も少し寝癖が付いて逞しい胸元に掛かっている。


 マリア達が見つめていると、しばし間を置いてから彼が動き出した。黄金の髪を揺らして、沈黙したままゆっくりと洗面所へ向かっていく。


「寝起きだけは静かだよな」


 グイードが、スープをペロリと味見しながらそう言った。


 しばらくして食卓の準備がほとんど整い出した頃、ポルペオが戻ってきた。彼はネクタイを襟に引っ掛けた状態で、まだ少しばかり低機嫌で男らしい美しすぎる顔を顰めている。


「ポルペオ様の席はこちらですわ」


 マリアは、先にヴァンレット達が座っている食卓へと案内して、そのうちの一つの椅子に彼を座らせた。ついでにとレイモンドから調味料を投げ寄越され、食卓の上へと運びテキパキと整える。


 その様子を、ポルペオが切れ長の黄金色の目で見つめていた。ずっと顰め面でいる彼は、やや困惑を滲ませて友人らと食卓へ視線を往復させる。


「さて。ひとまず食うか」


 最後にジーンが食卓についたところで、簡単な朝食が始まった。


 メインとなる男の料理の大皿のスープと、ボールから取っていく形式のたっぷりの色取りサラダ。少しの肉料理と炒め物。早朝にニールがおつかいを頼まれて買ってきた焼き立ての大きなパンと、数種類の小振りなパンはふっくらとしていい匂いが漂う。


「あ。マリアそっちの塩取ってくれ」

「レイモンドさん、塩掛け過ぎじゃないですか?」

「ヅラ師団長、そっちのパンください!」


 ニールに笑顔で手を差し出しされたポルペオが、唖然とその光景を目に留めたままパンを渡す。ヴァンレットが手を伸ばして、大きなパンを一つ掴む。


「…………私がおかしいのか?」


 ポルペオが珍しく独り言を呟き、少し朝食を口にする。


 しばし食事が続いた。温かいスープで頭が冴えてきたポルペオが、やっぱりと言わんばかりにハッとして顔を上げる。


「いやおかしいだろ」


 唐突に、確信を持った声でポルペオがそう発言した。


 目を向けられたマリア達は、口をもごもごさせつつ彼を見つめ返す。


「なんだよ、ポルペオ?」


 グイードが、一同を代表するように尋ねた。その全く疑問を抱いていないような顔を見て、ポルペオが苛々として、豊かな黄金色の髪をぐいっとかき上げる。


 この国で一番美しい屈強な肉体を持ち、男性神のごとく麗しい男の中の男の軍人と呼ばれているだけあって、その仕草さえもキラキラとしていて様になっている。


「貴様ら。よいか、この馬鹿者め」


 僅かに手元をぶるぶるとさせて、改めるようにしてそう口にした直後、彼が気持ちが堪え切れなくなったようにテーブルに拳をあてた。


「私の眼鏡と『髪』の反応がなさすぎるわっ! 何をいつものように平気で座っているのだ!?」


 そう言われて初めて、マリア達は「あ」と気付いた。


 こっちの方がしっくりくるから、全然ちっとも違和感なかったわ。


 そう思って真顔で少しだけ反省していると、ポルペオが眉間の皺を指でぐりぐりと押した。やはり友人ら同様、真っ直ぐ見据えても全く平気であるマリアを前に、もう朝から色々と言うのも疲れたように「――はぁ。もういい」と諦め気味に告げたのだった。


             ※※※


「それじゃ、各自まずはそれぞれの確認箇所を頼む」


 朝食を済ませ、それぞれが外出の身支度を整えたところで、薄地のコートの袖口を整えながらジーンが告げた。


 ヅラと眼鏡をセットしたポルペオが、きっちり締めた首元に指を引っ掛けて調整つつ視線を投げる。


「公的機関の方は私に任せろ。手短に済ませて、見てくる」

「おぅ、任せたぜ」


 答えたジーンは、続いて同じく近い部分を任せているレイモンドへ目配せした。それを受け止めた彼が「分かってる」と愛想のある眼差しで言う。


「貴族の場なら慣れたもんだ。俺とグイードの方も、うまい事やってくるさ」

「俺らの心配はすんな――ニールも頑張れよ」


 声を掛けられた彼が、ヴァンレットの隣で「任せてくださいよ!」と胸を張った。

「王宮で見た指示書は全部頭に入ってますし、ああいう調査は俺向きっす。こういう時は、ヴァンレットも一番頼りになるし」


 うむ、とヴァンレットが頷いて、ニールと調子良く『やるか』と意気込むようにして拳を合わせる。


 マリアは、それを見て小さく苦笑を浮かべた。頭の大きなリボンと、秋用の二重タイプの布になっているスカートを揺らしてジーンの方を振り返ると、一同の目もそのまま彼へと戻った。


「んじゃ、まずはそれぞれの『宿題』を開始だ」


 合流時間は、この町の鐘が次に鳴るまで。


 まずは朝の一度目の鐘の音を聞きながら、それを合図にマリア達は部屋を出た。それから見送りも別れの言葉もなく、彼らは自然と宿泊施設の前で分かれた。

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