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三十章 開幕にして、動き出す任務(3)

 グイードとレイモンドとは、軍区に入る途中の道で別れた。


 そうして離れの薬学研究棟に辿り着いたマリアは、二人が待つ一階裏の研究私室に入った――のだが。


「今度は、出張で視察任務に同行かよ? お前んとこ、ほんと分かんねぇよなぁ」


 言い返す言葉が出てこない。


 つい先程、新しい珈琲を入れてすぐ、今日決まった『臨時班』の予定を二人に伝えた。この臨時の助っ人の件に関しては、宰相ベルアーノからだけでなく、自分の口からも伝えられる範囲で教えようとも決めていた。


 馬車旅で数日かけてステラの町へ、という内容にルクシアも半ば呆れた様子だった。作業テーブルに頬杖をついていて、大きな眼鏡も少しずれてしまっている。


「そもそも女性が男衆と数日の旅というのも、どうかとは思うのですが――その町では、きちんと別に部屋を取ってもらう予定なのでしょうか?」


 その辺は聞いていない。だって、そもそも多く部屋を取ると不審がられる危険もあって、ああいう任務だと全員同室でぎゅうぎゅう詰めなのが普通――。


 と、いうのは、なんだかこの二人に伝えられそうにない。


 ルクシアから質問されたマリアは、二人の視線を受け止めたまま、ぎこちなく視線を斜め上へとそらしてしまっていた。


「……………えぇと、うん、配慮はされているかと」


 どうにかそう答える。


 その様子を見ていたアーシュが、「ふうん?」と懐かない犬みたいな目を顰めた。


「なんか曖昧な回答だなぁ」

「あはは。気のせい気のせい……」

「おい。女らしい口調が抜けてんぞ」

「…………」


 気のせいか。最近は口調がたびたびゆるんでしまっている感じがする。


 名前を呼んでいいだとか、敬語じゃなくてもいいだとか、王宮で再会した友人たちが未青年のメイドにも親しげであるせいだろうか。懐かしさに加えて、あの頃の空気をより感じるせいで、気がゆるむ場面が増えているのでは?


 いや、それはいかん。


 マリアは思った。何せ今世では、せっかく侯爵家のメイドとして教育を受けたのだ。完璧とは言えないけれど、まぁ、にっこり笑えば誤魔化せる程度にはどうにかなっていた――はず。


 だというのに、このままだと、また執事長に拳骨と説教を落とされるのでは……?


 そう想像して、マリアは震えた。


「おい。いきなり机をガタガタ揺らすなよ。しかも張り付いた笑顔が怖ぇ」

「それ真顔で指摘されたくなかった……」


 今では得意の作り笑いなのに、怖いってどういう事だ?


 マリアは少し考えると、うん、と一つ頷いて正面にいるルクシアを見た。彼なら、遠慮など置かず正確な判断をしてくれるはずだ。


「ルクシア様、私の笑顔どうですか?」


 にっこり、と試しにここ一番の女の子らしい感じで笑ってみた。


 そうしたら、途端にルクシアが幽霊を見たみたいな顔をした。持ち上げかけたコーヒーカップを、作業テーブルに半ば落とすようにして置く。


「――前から言っていますが、その気持ち悪い笑顔はやめてください」

「ちょ、え、嘘……ですよね!? こんなにも女の子らしい『大人しげ』な『可愛い感じ』にしているのに!?」


 マリアは、何故なんだとテーブルに拳をあてて項垂れた。思わず「ぐおおぉぉ」と男の呻きをこぼしてしまう。


 それを見たルクシアが、何やら誤解されてしまったらしい、と感じた様子で「あの」と控え目に発言した。


「それは『あなたの性格とあまりに合わなすぎて』という意味でして」


 すると、コーヒーカップの中を見つめていたアーシュが、中身をゆらゆらとさせながら「まぁいいじゃないっすか、ルクシア様」と口を挟んだ。


「どうせマリアの事だし、言っても理解しなさそうな気がします」

「…………否定出来ないのが複雑なところですね。アーシュとしても『可愛くない』とは思っていないわけでしょうし」

「まぁ、そうですね。一般的に比べれば可愛い方なんじゃないですか?」


 アーシュは、さらりとその事実を認めた。


「俺、女性をそう見比べた事はないですし、マリアをそういう目で見た事もないので、よくは分からないですが」

「はぁ……。それでいて、よくあっさり肯定しましたね……」


 ルクシアは、関心と呆れがない交ぜになった声で呟いた。しかし、珈琲を少し口にしたアーシュをしばし見つめ、不意にチラリと親しげな苦笑を浮かべる。


「私は、アーシュのそういうところも尊敬しています」

「よしてくださいよ、俺の方がルクシア様を尊敬してるんです。――それに俺、友達を性別で判断して分けた事ないですし」


 そこで、アーシュがまだテーブルに突っ伏しているマリアを見た。


「おい、いつまでそうやってるつもりだ? なんかすげぇ漢らしい呻きが聞こえ続けてんぞ」


 そう声を掛けたかと思うと、彼はコーヒーカップをちょっと持ち上げてこう続ける。


「にしても、お前が『ちょっと待ってて!』って言って淹れ直してきたこの珈琲、めちゃくちゃ美味いな。酸味がちょうどいい感じだ」

「あっ。実はそれ、レイモンドさんがくれたの」


 マリアは、言うのを忘れていたと思い出して、パッと顔を上げてそう教えた。


「騎馬総帥様が?」

「うん。オススメなんですって。これならブラックでも飲めるでしょ?」


 今の時間にもぴったりの一杯だ。舌触りはあっさりなのにフルーティーな感じがあり、鼻から抜けていく香りもとてもいい。


 アーシュが、コーヒーカップに目を落として「上品な趣味なんだなぁ」とレイモンドに対する感想を口にした。けれど、どうしてか「ふぅ」と息をこぼす。


「俺としてはさ。やっぱり騎馬総帥様と、お前の関係もよく分からないでいるというか。でも色々と、もう突っ込むのは諦めたともいうか」


 しみじみと言った彼が、なんだかなぁとコーヒーカップに口を付ける。


 マリアは、確かにそうだよなぁと思ってしまった。こちらは前世の付き合いで知ってはいるけれど、考えてみれば、騎馬総帥になっているレイモンドにとってはただのメイドだ。


「まぁ、その(かた)が付いているのなら安心でしょう」


 ルクシアは、そう意見をまとめて珈琲を飲んだ。視察だけならと、一通り闘えるらしいと察している事もあって、もう肩から力は抜けていた。


             ※※※


 そうして、その三日後。


「さて。行くか」


 王宮の裏口にグイード、レイモンド。そしてジーン、ニール、ヴァンレットが集まった。全員が、一般の旅行者だと説明してもおかしくない、落ち着いた私服姿をしている。


 最後に到着したマリアも、いつものメイド服ではなかった。膝丈のスカートは、ただの町娘といったシスター寄りの落ち着いたデザインと色合いである。


 リリーナは昨日、旅行のため父親であるアーバンド侯爵と出発していた。彼女の使用人としては登城予定はなかったマリアは、先程、助っ人メンバーとして使用人仲間にここまで送られてきたところだ。


「ええ、行きましょう」


 マリアは、太腿に忍ばせたナイフを、服の上からさりげなく確かめながら、彼らを真っ直ぐ見つめ返してそう答えた。


 そうして、後で現地合流するポルペオを除き、彼らを乗せた馬車が王都を出発した。

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