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三十章 開幕にして、動き出す任務(1)下

「残るは一人だな」


 コーヒーカップを戻したグイードが、ソファに背を預けると扉の方を見やった。


「一番スケジュール調整が難しそうな奴だと思ってたから、俺としてはそっちも意外だったわ」


 するとレイモンドも同じ方を見やって、「ああ」と思い出したように続ける。


「俺も知らせを受けた時はそう思った。あいつらだけで行かせられるか不安しかないわ、とか、なんとか言ってのけたらしいってのは、聞いたけどな」

「俺とレイモンドも参戦するのに、その感想?」

「つか、それどこ情報? 俺、アヴェインに『息子ストーカーしてる時間全部そっちに回せ』って、問答無用で命令受けたって聞いたけど」


 知った仲の男について、男三人が呑気な空気で自由に話す。


 そこでレイモンドが、何やらハタと思い出した様子で一旦口を閉じた。そのかたわらで、マリアは床に沈めたニールを見下ろして立ち上がっていた。


「少しは落ち着きましたか、ニールさん」

「うわー……見つめ返せないくらいの絶対零度の眼差しをひしひしと感じる……ぐすっ。容赦なく痛いってどういうこと、お嬢ちゃん馬鹿力やばくない?」


 その時、ややふらっとした様子でレイモンドがこちらを見た。


 視線に気付いたマリアは、払っていた手を止めて彼の方を見つめ返した。ニールも視線を感じ取って、なんだろうときょとんとした顔を上げ向ける。


「…………そういやさ、俺、マリアに一つ訊きたかったんだ」


 そう口にするレイモンドは、げっそりと疲れ切った表情になっていた。


 マリアは、オブライトだった頃、王宮で一番長く一緒に過ごしていた友人が気になった。この目を離していた数分の間に何があったんだろう、と少し心配になって頷き返す。


「どうかしましたか、レイモンドさん?」

「えっと、その――この前、ポルペオに会わなかったか?」


 ポルペオ?


 覚悟を決めた顔で唐突に問われたのは、これといって問題もない質問だった。マリアは少し思い返す間を置いた。ジーン達が、一体なんだろうなとその様子を見つめている。


「ポルペオ様でしたら、数日前に廊下でお見掛けした際、少し話しましたわね」


 先日、マシューとアルバートを待っている時、ニールと一緒になってポルペオに声を掛け事があったのをマリアは思い出した。


 すると、レイモンドが「はぁ」と深く溜息を吐いた。たったそれだけで何かを察したかのように、顔を手で押さえて項垂れる。


「そのせいか……馬の件は…………」


 ぼそぼそと彼の呟きが下に落ちて、よく聞こえない。


「馬?」


 マリアは、説得には成功しなかった数日前の一件については、もう記憶が薄れていた。ポルペオの名前を聞いても、すぐにピンとこなくてきょとんと首を傾げる。


 それをチラリと確認したレイモンドが、再び溜息をこぼして悩ましげに首を捻った。


「うーん。ほんと、昔にいた誰かに似ているような……」


 そんな声を聞きながら、立ち上がったニールが全く無関係な様子で襟元を直している。ジーンが「何事?」と尋ね、グイードが「なんか、バレッド将軍の馬を調教する事になったんだとか」と詳細はよく分からない様子で言う。


 その会話が途切れたタイミングで、不意にノック音が上がって扉が開いた。


 そこから入室してきたのは、本日も太い黒縁眼鏡をし、特注のかったいヅラをしたポルペオ・ポルーだった。グイードと同じく師団長のマントもしている。


「少し遅れた。私も時間がない、顔合わせは手短に――」


 そうやや早口に告げながら扉を閉めたポルペオが、黄金色の凛々しい目を室内に戻したところで、不意に言葉を切る。


「――なんだ貴様ら、私のどこを見ている?」


 相変わらずヘルメット感が半端ないヅラだなぁ……。

 一同は、それぞれ思うところがある顔で、見慣れてはいるものの何度見ても違和感たっぷりの彼の頭に注目してしまっていた。


 しかもきっちりしている性格のせいなのか、彼はヅラの前髪もかなり上部分にセットしている。しっかり見えてしまっている凛々しい黄金色の眉と、ヅラの色が全く合わない。


「ったく、何か言わんか、馬鹿者め」


 ポルペオが、沈黙を破るように先にそう言って動き出した。


「不服ながら、私も臨時メンバーとして入る事が決まった。第一回目の視察にも参加する」


 歩み寄ってきた彼は、居座る気はないと言わんばかりに仁王立ちで告げる。


 参加が決まったメンバーについて前もって知らされていなかったマリアは、少し意外に思った。視察の段階で、あのポルペオが動くくらいなんだろうなぁ、と呑気な感想が浮かんだりした。


 すぐに済む話であるからと、ひとまず一番近いヴァンレットの隣に適当に腰掛ける。するとニールがマリアに続いて「俺も座ろ」と歌う調子で言い、そばに椅子を引っ張って座った。


 そのまま一同の目がジーンへと向けられる。


 まぁいいか、と友人たちの空気を察した彼が「というわけで」と早速切り出した。


「ここにいるメンバーで、ステラの町の視察に向かう。滞在には二晩を予定してある。その間に現場の視察と現状調査行う」


 ジーンはテキパキ告げると、すっと空気が引き締まった面々を順に見る。


「聞いて分かる通り、デカい町にしてはかなり時間が少なめだ。現地調査じゃないと難しい確認事項の一部については、前もって役割を分担して進めていきたいと思ってる」

「そのための人数でもあるんだろ」


 グイードが、鼻から短く息を吐いて親指で一同を示す。


 指摘されたジーンが、「まぁな」とちょっと肩を竦めて見せた。


「皆で確認しなけりゃならないところは外せないが、他の時間短縮でいけるやつに関しては、それぞれ適した調査箇所をグイードとレイモンド、ポルペオ、ニールとヴァンレット、俺とマリア、で一旦別れて各自こなす感じだな――詳細は追って知らせるから、よろしく」


 そこで確認のように目を向けたられたマリア達は、一つ頷き返した。


 よし、とジーンは手短にテキパキと話を進めていく。


「滞在中は一般人を装う。一応の護身用としての武器も国軍外の物を用意して、出発当日は軍服も置いていく」


 指を立ててそう言った彼は、出発日時と集合場所を伝えた。この件については公では伏せられており、その際には馬車が用意される王宮裏口からも一時的に人が退かされる。


 その説明がされた直後、マリアはジーンから目を向けられた。


「ステラの町は、かなりシスターが多い。使用人も、だいたいそれに寄せた質素な感じの仕事衣装だ。そっちの『旦那様』に言えば、どういう私服が適しているのか分かると思う」


 町に溶け込むのなら、今持っている私服は使えそうにない。マリアはその件に関しては相談する事を考えながら、「分かったわ」と答えた。


 そのやりとりを眺めていたポルペオが、目を動かしてニールとヴァンレットを見やる。それから同じくしてメイドの参加に対し、既に疑問を覚えていないレイモンドを確認する。


 呑気な思案顔のマリアの向かいで、ジーンやポルペオと同様、アーバンド侯爵家について知っているグイードが呑気に珈琲を少し口にしていた。


「一番速い馬車を使う予定だが、もしイレギュラーな事態が発生して早目に到着出来なかった場合、調査の滞在は一晩になる。それは各自心構えしておいてくれ」


 念のため、スケジュールはどちらでも対応出来るよう二つ用意しておく、とジーンは今回の話を締めた。


 そこでポルペオが、ようやくと言わんばかりに自身の用件の一つを言った。


「その出発日だが、私の方はこれからだと変更がきかない用がある。だから少し遅れて単身で出発する事になる」

「了解。第六師団関係の件だし、なんとなく推測してはいた」


 あっさりと片手を振ってジーンが答える。王宮で一番自由度の高い師団長として知られているグイードが、同じ所属軍のスケジュールを思い返して「だよなぁ」と呟いた。


 そこで話し合いは終了となった。


 表上ではこちらの動きを知られないためにと、変更もかけていない次の予定に遅れられないポルペオが真っ先に部屋を出て行った。続いてニールが立ち上がり、ヴァンレットの手をしっかりと握る。


「んじゃ、俺、ヴァンレットを送ってきますね!」

「ジーンさん、それじゃあまた。マリアも後で」


 ヴァンレットが、手を繋がれている目的を理解していない顔で、楽しそうに言って一緒に退出していった。


 その二人が出て行くのを、マリア達はなんとも言えない微笑ましげな顔で見送った。


 しばし、残った面々がそのままの状態で沈黙する。


「うん、今更だけど慣れって怖いな」


 ややあって、グイードが組んでいた足を下ろして続けた。


「前々から思っていたんだけどさ、大の大人の男が仲良く手を繋いで行くとか」


 そこで不意に言葉が途切れた。


 悪意ある切り方だな、とマリアは乾いた笑みを浮かべて彼の方を見た。


「グイードさん、笑いの気配をひしひしと感じますよ」

「言葉の後ろに笑いの字が見えそうだよな」


 レイモンドが、反応に困った様子でそっと目をそらして相槌を打つ。


 一通り話し終えたジーンは、ようやく珈琲に手を付けられるようになった様子で、肩から力を抜いてすっかり冷めたカップへと手を伸ばした。


「まぁ大事な護衛任務があるからな~。遅らせたら宰相(ベルアーノ)に泣かれる」

「おい。お前の言葉の後ろにも笑いの文字が見えんぞ――おっほんッ」


 つい、素の口調で指摘してしまったマリアは、話を変えるようにして凛々しい表情で立ち上がった。


「私、ルクシア様のところに行くわね」

「えぇ、もう行っちまうのか? これから珈琲でも出そうと思ってたのに……」


 まだまだ話し足りない様子で、ジーンがマリアの方を見る。


 その時、グイードが「ごっそさん」とコーヒーカップを置いて立ち上がった。


「マリアちゃん、ついでに一緒に行こうぜ」

「んじゃ、俺もここでおいとまするかな」


 続いてレイモンドが同意して立ち上がる。


 マリアは「え」と二人を見た。彼らは師団長や騎馬総帥として仕事が入っているので、まさか途中の道まで一緒に歩く事になるとは思っていなかったのだ。


 お前ら出発当日までにこなさなきゃならん仕事もあるのに、メイドとゆっくり歩いてて大丈夫なのか?


 やや心配になったものの、マリアが口を開く前に、すっかりその気のグイードが先にジーンに向かって声を掛けていた。


「つか、大臣のお前もそうゆっくりしていられねぇだろ。数日後には出発だし」

「しっかり頑張れよジーン」


 最後にレイモンドがそう告げて、グイードと揃ってマリアの背を押し、大臣の部屋を後にしたのだった。

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