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二十八章 マリアと使用人仲間と王宮と(7)下

 声を掛けられた三人は、やってきたポルペオに揃って目を向けた。マリアの視線を受け止めた彼が、黄金色の凛々しい眉を寄せて辺りを見やって言う。


「一緒にいたニールの姿が見えんな?」

「つい先程、別れまして」


 実は、と、つい先程までの事を話しながら、マリアはマシューと共にアルバートの上からどいた。


 そのまま二人で彼の手を取ろうとしたら、ポルペオがずいっと手を差し出した。手を借りたアルバートが、難なく彼に引き上げられて立ち上がる。


「ありがとうございます」

「たいした事ではない」

「ふふっ、そっか。あなたも、マリアとは仲良しなんですね」


 握られた手を触りながら、アルバートがにっこりと笑ってそう言った。


 問われたポルペオは、実にお角違いな質問だと言わんばかりの表情を浮かべる。しかし、ふいと視線をそらして「そうやっていると、三人共『ただの子供』みたいに見えるんだがな」と思うところをぼそりと呟きながら、ピシッとした襟元を意味もなく整え直した。


 年齢的にいえば、十九歳も二十三歳も、彼にとっては子供みたいなものだろう。マリアが流れた月日を思って見つめていると、それ以上の説教も言わずポルペオが踵を返した。


「事情はだいたい分かった。私は、少しニールの方を見てくる事にしよう。お前たちは、これ以上問題を起こさないように」


 規律を重んじる彼らしい事を告げて、バサリとマントを払って歩き出す。その逞しい背中でマントが揺れる様子を、居合わせた騎士たちが「かっこいい」と見送った。


 そろそろ昼食時間も近い。ポルペオの後ろ姿が完全に見えなくなるまで見届けず、マリア達は一旦別れる事にして、各区の廊が合流している中央広場まで一緒に向かった。


「今日は楽しかったよ、ありがとうマリア」


 にこっと笑って、アルバートがそう言った。


「また『家』でね」

「はい。また『家』でお会いしましょう――マシューも、残業頑張ってね」

「張りきって頑張らせて頂きますよ」


 日が暮れるまでには帰りたいと思います、とマシューは答えた。


             ※※※


 定時に帰ると言っていた通り、久しぶりに夕刻も明るい時間にアルバートが帰宅した。ちょうどリリーナは風呂に入ったばかりで、マリアは門扉が見える位置にいた。


 そろそろ旦那様も帰ってくるだろう。


 アーバンド侯爵と執事長フォレスを元気に出迎えようと、時間もあったので外に出ていた。そこには交代の引き継ぎのタイミングだった昼と夜の衛兵組もいて、一番の先輩であるガーナットだけが席を外し、執事長の代わりに庭師マークと屋敷全体のチェックに回っていた。


「こうしてアルバート様も含めてここにいるのって、久しぶりじゃないですかね?」


 三十代の夜勤組の一人が、ペンを入れたノートをパタンと閉じた。細身の彼に垂れた目をのんびりと向けられ、大柄な夜勤の相棒が「そうだなぁ」と相槌を打つ。


「確かにそうかもしれないな――……マリアはよく来るけど」


 ぼそり、と彼が口の中で言う。


 そばでは引き継ぎを終えたばかりのニックが、ついでのように馬車からアルバートの荷物降ろしを手伝わされていた。そんな中、マリアは先輩使用人の夜勤衛兵組を見る。


「私、サボリじゃないですからね。たまたまなんです」

「うん知ってます、本物の確信犯のサボり魔はマークですからね。眠さがピークになると、トランプ持ってやって来たりするんですよねぇ」

「この前、旦那様が加わってたな。一人勝ちしてた」


 そっか、旦那様が……と三人は一旦、落ち着いた様子で考える。


 夜目がきく面々とはいえ、たまに屋敷の主人も加わって暇潰しがされたりする。マリアが料理長ガスパーやマークと、厨房裏口でココアを飲んでいる中にも、アーバンド侯爵はふらりと現れて「混ぜて」と加わったりした。


 その時、時間が余ったらしい数人のメイドが出てきた。なんだか浮かない表情でお喋りをしていて、マリア達はきょとんとして首を傾げてしまう。


「どうかしたの?」


 この場にいる男性陣の代表のように、マリアはメイド仲間として尋ねた。


 すると彼女達が、「それがねぇ」と互いを見合った。それから、そのうちの一人が頬に片手を当ててこう言った。


「リリーナ様、広い浴室で寂しがっているみたいで」


 その発言がされた途端、場にピシリと不自然な停止状態が起こった。


 マリアとアルバートが、真面目な顔で同時にピクリと反応して黙り込む。一瞬、空気が緊張で張り詰めた――直後、二人は屋敷に向かって急発進していた。


「マリア止まれええええええええ!」


 夜勤組の衛兵二人が、土を抉る勢いで駆け、身体を張ってマリアを止める。


 後ろから飛びかかられた彼女は、一緒になってべしゃっと崩れ落ちた。それでも全く諦めた様子はなく、顔を上げて改めて屋敷を目に留めて言う。


「ここは、専属メイドである私の出番では」

「目をギラギラとさせるなっ」

「その真剣な表情が全然信用ならないんですよッ。というか、相変わらず馬鹿力だな君は!」


 ギリギリと腕力勝負が始まる中、夜勤組の大柄な方が、青筋を立てた顔を向こうへ向けて叫んだ。


「ニィィィィィィック! アルバート様を止めろっ!」


 そうご指名を受けた衛兵ニックが、「えぇぇ……」と乗り気でなさそうな声を上げた。


「俺、今日の勤務終わったばかりなんですけど」

「いいから行けよ、後でシメ上げて吊るし上げんぞコラ」


 ブチ切れた顔で、彼が低い声を出して脅す。


 言われたニックは、「はいはい」と溜息交じりに答えて走り出した。


「全く、後輩使いの荒い先輩なんだから~」


 彼は言いながら一気に加速すると、追い付いたアルバートに頭突きする勢いで飛び込んだ。しっかりと胴体に腕を回して、芝生の上に転倒しつつも身体でガッチリアルバートを確保している。


 ちょうど玄関先に出てきた双子のメイド、ナタリーとミリーが「あらあら」と楽しそうな声を出した。今は淑女らしいメイド姿をしているというのに、ふっくらとした唇を妖艶に引き上げると、舞うような軽やかさで駆け寄って、色気たっぷりの表情で見下ろす。


「あらあら、お姉さん達に嬉しい光景にしちゃって」

「うふふ、ニックはきっと素質あるわよ~」

「ははっ……姉さん達、そういう目で見ないで欲しいなぁ」


 ニックは、乾いた笑みを浮かべてそう言った。俺、下にいるアルバート様に殺されちゃう気配がひしひしとするんだけど、と彼は呟く。


 その時、ふわりと黒いコートが揺れて全員が「あ」と目を向けた。


「今日も随分と楽しそうだねぇ」


 唐突に現われたのは、漆黒の外出衣装に身を包んだアーバンド侯爵だった。暗殺向けの移動をしてきた彼は『降り立つ』なり、辺りを見渡してにっこりと微笑む。


「ただいま、今日も変わりはなかったかい?」


 どこか若々しい柔らかな口調だ。


 皆が次々に「おかえりなさいませ」と口にする中、門扉から遅れて馬車が入ってきた。それを目に留めたマリアは、夜勤組の衛兵から解放されつつ尋ねる。


「馬車に執事長を置いてきちゃったんですか?」

「ふふっ、なんだか賑やかな気配がしてね」


 そう言った彼は、寂しそうな表情はしていなかった。帰ってきたおかげで元気になった、ありがとう――そう言われて、マリア達は顔を見合わせてはにかんでしまった。


 アーバンド侯爵は、ハット帽を自分の専属メイドであるナタリーとミリーに預けた。それからニックに起こされて、服に付いた草を払われているアルバートへ声を掛ける。


「久々にアルバートも楽しそうで、何よりだよ」


 にっこり笑い掛けられたアルバートは、「そうですねぇ」と思案気に呟いて空を見上げた。出来事を振り返すように、数秒ほど考えたかと思うと、


「今日は『楽しかった』よ。マリアの周りは、やっぱりとても賑やかだね」


 父へ目を戻して、そう満足げに微笑み返したのだった。

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