【オブライト時代のお礼SS!】皆様の応援のおかげで、書籍版「第4巻」発売決定しました!~2020年1月30日発売予定です~
書籍版の第4巻の発売が決定致しました!ありがとうございます!!お礼の気持ちが溢れてとまらなくて、告知オーケー出ていたのですが活動報告に上げるよりも先に、このオブライト時代のお礼SSを執筆してしまい…楽しんで頂けましたら幸いです!!
(たっぷり書き下ろしや番外編もありな第4巻につきましては、追って活動報告で詳細などをお知らせしていこうと思っております。)
以前から「レイモンドが好き!」と感想やメッセージやファンレターでも嬉しいお言葉を頂いておりましたので、今回はレイモンドのスタートでSSを書いてみました。楽しんで頂けましたら嬉しいです!
王宮の夜会の途中、伯爵として公式参加していた騎馬隊の将軍レイモンドは、廊下へ出て塀にもたれかかった。
夜の庭園から吹き抜けてくる涼しい風に、酒で少し火照った頬を冷ます。新師団長が就任してからここ数ヶ月、増し増しの疲労感もあって、グラスを片手に「ふぅ」と息を吐いた。
その時、ふっと見知った気配がした。
もたれかかっていた身を起こして目を向けようとしたら、それよりも先に「あっ、そのままでいいですわ」と声がして、春先に妻となった彼女が隣に並んだ。
「楽しそうに話していたのに、もしかして俺を追い掛けて出て来てしまったのか?」
それとも、目を離した際に何か……とレイモンドは心配そうな目をした。そうしたら彼女が、先程まで持っていたグラスもなくなった手で、あわあわと慌てて振ってきた。
「違うんです! えっと、皆様よくしてくださっていますわ。アネッサ様も一緒になって、みんなでデザートを楽しんでおりましたの」
「うん、そうだろうね。知ってる」
レイモンドは、こらえようとしたものの、顔をそらしてクスリと笑ってしまった。
すると彼女が、まさかと気付いた様子で少し頬を染めて、大きな丸い目を見開いた。
「も、ももももしかして見ておりましたのッ?」
「ああ、ごめん。俺はずっと君を見ていたから、すごく美味しそうに食べていたのも見えて。だから声を掛けなかったんだ。彼女達との話も楽しかったろう?」
久々に顔を合わせられたもんな、とレイモンドが笑顔で言う。
彼女は恥ずかしそうに目を落として、「そういう事を、さらっと言うなんてずるいです」とごにょごにょ続けた。ドレスのスカートの前で合わせた手で、結婚指輪に触れる。
「えっと、お話するのは楽しい、です……あの、でも……その、あなたと二人になる時間も恋しくなってしまったというか。えぇと、お昼もバタバタしていましたし、その、カトリーナ様と陛下も仲睦まじくて、ちょっと羨ましくなったりしないでもないというか…………」
だから、追い掛けてきたらしい。
レイモンドは、しばし夜空を見て考えた。ふと、「ああ、なるほど」と察した様子で呟くと、彼女へと目を戻してにこっと笑い掛けた。
「君が欲しいのなら、俺はすぐにでも」
「えっ!? あっ、その、わたしくし、あの、朝以来だとか、それで寂しいとか思っていなくって」
言いながらも、彼女の顔はどんどん赤くなっていく。レイモンドは申し訳なくなって、彼女の顔を覗き込み「ああ、恥ずかしがらせてしまってごめんね」とすぐ謝った。
「今のは俺が悪かった。キスって言わなければ、君が恥ずかしがらないと思ったんだ」
「!? い、いいえ、あの、わたくしが勝手に――」
レイモンドが手に持っていたグラスでそっと隠して、重なった二人の唇で言葉が途切れた。会場からもれる明かりの向こうからは、賑やかな声と音楽が流れ続けている。
すぐにそっと顔が離れていった。彼が優しい鳶色の瞳で見つめる中、彼女が赤面したまま口許に両手の指先を上品に当てる。
「気に入らなかった?」
「……ここでそっと触れるだけのキスのチョイスがまた素敵過ぎて、もう色々とアネッサ様たちとお話したい気分です」
彼女は目も合わせていられない様子で、赤くなった頬を両手で押さえる。
レイモンドは妻になってまだ浅い、年下の彼女のその愛らしい姿に困ったように微笑んだ。会場で待っているだろうアネッサ達を考え、大丈夫かと推測した上で彼女の背を押す。
「行っておいで、後で迎えに行くよ。俺はもう少し風に当たって戻るから」
そう言って、彼女が無事に会場へと戻るのを見届けたところで、彼女が入っていった出入り口のすぐ向こう、開かれた別の場所から見知った二人が顔を覗かせている事に気付いた。
「あれ? グイードとオブライトじゃないか」
見られていたのに、恥ずかしくもなさそうな顔でレイモンドが言う。声を掛けられて、ようやくグイードが「なんだかなぁ」と吐息交じりに声を出した。
「相変わらず、さらっとやるよなぁ」
「何が?」
というか、と気になったようにレイモンドは出てきた彼の隣を見た。
「オブライトは一体どうしたんだ?」
「この通り。無理やり今回の夜会に参加させられただけだったらまだしも、アヴェインに身代わりにされて女性陣のところに放り投げられたせいで、余計に疲労がすさまじいんだ」
グイードは言いながら、引っ張って連れてきた彼を指した。
状況を察したレイモンドが、同情の目を向ける中、ジャケットを掴まれて支えられているオブライトが深い溜息をこぼす。
「何度、踊れないと断ったか分からない……」
「あ~……ダンスとかダメだもんな。アヴェインも面倒になるとすぐ他の誰かを投げ込むの、やめて欲しいよな」
この前は、ミゲル師団長が被害を受けていた。
そう思い出して、当時参加していたレイモンドとグイードは沈黙する。あいつが女性相手には普段のきっつい感じの言葉も出てこないまま、結局のところ卒倒したのを見たのは初めてだ、と両者は呟いた。
そこでふと、レイモンドは「あれ?」とオブライトを見た。
「でもさ、腹黒令嬢に付き合わされて、一つは踊れるようになっていたろ?」
そう言われたオブライトは、そっと視線をそらした。
苦手なものは苦手なんだと伝わってきて、レイモンドは困った末に「うん」と笑顔でごまかした。廊下の塀に残り少しとなったグラスを置くと、ひとまずグイードの手を離させて彼の襟元を整え直し、肩を叩いて励ます。
「お疲れ、オブライト」
「おい相棒、笑顔が引き攣ってるぞ――ぐはっ」
「お前はッ、俺のフォローを台無しにするなよな!」
堪えしょうのない彼が、騎馬隊の相棒グイードの首に腕を回して絞め上げる。
「つかテメェは子爵として来てるのに、なんで途中でふらっといなくなるんだよ!?」
「いやぁ、ポルー伯爵家一同の登場に続いて、ファウスト公爵家の入場の知らせの声が響き渡った瞬間にさ。面倒な予感がして、ジーンと一緒に逃げたんだわ」
「ん? そのジーンはどうしたんだ? オブライトとずっといる、とか言ってただろ」
「あの怖い顔をしたファウスト公爵、一応現役で中央軍部で総隊長やっているだけあって、ジーンをあっさり掴えちまってさ。半ば説教みたいな感じで話に付き合わされてる」
「うわー……日頃の行いのせいだな」
どんまい、と想像したレイモンドが吐きそうな声で呟く。
その時、男性給仕が来て「シャンパンはいかがですか?」と訊いてきた。「あ」と気付いてレイモンドが相棒を解放し、一緒になって新しいグラスを受け取る。
「オブライト様もどうぞ」
「え? ああ、ありがとう」
まだ慣れない様子でネクタイの辺りを少し触りつつ、彼はグラスを受け取った。相手の顔を見てすぐに気付いていたから、困ったように笑い掛けてこう続けていた。
「さっき助っ人してくれただろう? 助かったよ」
すると、男性給仕が小さく笑い返して「いえ」と謙遜するように言った。
「お困りになられているようでしたので、私は少しお声を掛けて、彼女達にグラスを提供しただけです」
彼はオブライトにも丁寧に頭を下げると、塀の上に置かれていたグラスを回収して戻って行った。
喉が渇いていたオブライトは、有り難くグラスを口許で傾けて飲み干した。グイードが意味もなくグラスを揺らして中を回しながら、その給仕の後ろ姿を見送ってからこう言った。
「へぇ。あの給仕君は、オブライトの味方っぽいな」
「バグズリーの影響もあるみたいだぞ。この間の日中の『散歩』騒ぎで、関わった何人かが悪い噂の方の印象が薄れたみたいだとか話しているのを聞いた」
さらっと相棒に教えたレイモンドは、オブライトが前髪をかき上げるのに気付いて目を向けた。グラスもとうに空になっているのを見て、首を捻る。
「俺が思っている以上に疲れているみたいだな、オブライト?」
「うーん。なんというか、女性陣のところに放り込まれてから、ますますロイドに睨まれていて」
「お前ら、もう数ヶ月経つのに落ち着かないよな。今は剣も持っていないだろ」
「そのはずなんだけど、ずっと睨まれているんだよなぁ」
作法か何かを間違えていたりしたのだろうか、とオブライトは呟く。
「ポルペオにも、三回くらい注意された」
「そんなに? あいつあまり暇ないはずだけど……」
そう困惑するレイモンドのそばから、少しシャンパンを飲んだグイードが、「もしかしてさ」と面白がって口を挟んだ。
「わざわざ近くをうろついて、様子を見守っていたりしていたら超ウケるけどな」
「はぁ? あいつが、オブライトに? わざわざそんな事しないだろ」
そんな声を聞きながら、オブライトは再び溜息をこぼした。
「絶対に暴れさせるんじゃないぞとミゲル師団長に言われて、いやそれ俺のせいじゃないんじゃ、と思いながらも気を付けていて。そうすると令嬢達だけじゃなくて、性悪少年師団長の動向も気にしないといけなくなって、……おかげで疲労感が二倍というか」
「そういうところ、律儀だよなぁ後輩」
疲労の滲む悩み顔を見て、グイードが気にしなけりゃいいのに、と言いたそうな表情で遠慮がちにそう述べた。
それから三人は、誰が口にしたわけでもなく出入り口の一つから、そろりと会場内を覗き込んだ。
黒に近い髪を持った例の美少年を捜してみると、令嬢達がきゃーきゃー騒いでいるおかげもあって、すぐに目に留まった。少女のような背丈をしているというのに、公爵家令息であるロイドは、他の同じ年頃の少年の誰にも負けないくらいに目立っていた。
「十六歳なのに、あの色気」
レイモンドが、ゴクリと息を呑んで呟く。その後ろから顔を出しているグイードも、同意見だと言わんばかりに一つ頷いて「全くだ」と言った。
「あいつがさ、猫被りが上手いのもビックリだよなぁ」
「あれ? さっきまであの辺にいたのに、ジーンはどこに行ったんだろうな」
「なぁ後輩よ、もう睨まれていないからって、安心するの早すぎない?」
グイードが少し心配そうに見やったのにも気付かないまま、オブライトは会場内を覗き込むのをやめて、まぁいいかと身を起こす。
「せっかく外に出られたし、ちょっと庭園にでも降りてみるかな」
「えっ、もう逃げるのか?」
レイモンドが、少し驚いた様子で振り返る。
「まだ始まってそんなに経ってないぞ」
「でも、長らく待っていたら逢引きに遭遇するだろ?」
「あ――まぁ、そうだけどさ」
邪魔するのも悪いだろうと困ったように微笑みかけられて、レイモンドも「確かになぁ」とセットされた頭を少しかく。
グイードがしばし考え、こう言った。
「まぁ、今の時間なら暇潰しで行くのは有りだと思うぜ。まだ他の参加者は会場から出ないだろうし。つかさ、お前を気になっている子もいるんだから、ちょっと誘ってみたらど――」
その時、ドカンと大きな音がしてグイードの言葉が遮られた。
見知った凍える殺気に、三人は口をつぐんで「まさか」と思った。そろりそろりと目を向けてみると、出入り口に華奢な美少年が、開かれた扉に右手をめり込ませて仁王立ちしていた。
「お前、俺を無視するとはいい度胸だな」
ギロリ、とロイドが睨み付けてくる。
真っ直ぐ目を向けられたオブライトは、自分への質問だと察してなんとも言えない表情を浮かべた。ちょっと顔を出しただけなのにな、と思い返して首を傾げる。
「…………覗き込んでいるの、バレてたのか」
「大の大人が、三人揃って覗き見たら目立つだろうが」
言いながら、不機嫌にロイド少年が腕を組む。まぁ確かにそうだよな、と今更のようにしてレイモンドとグイードが納得したような空気をまとった。
ただ一人、ずっと睨まれているオブライトは困ったように言う。
「あの、俺は目が合っていないし、別に無視したわけでもな――」
「他の奴の事はもうしばらく見ている癖に、俺からはすぐ目を離しただろ」
「すぐ目を離さなければよかったのか?」
どうやら、覗き込んだ瞬間に、視線を察知されてしまっていたらしい。さすがは実力で師団長になった少年だと思いつつも、もうよく分からなくなってそう尋ねた。
すると、歩み寄ってきていたロイドが、ピタリと足を止めた。
オブライトは、それを不思議に思いながら、目の前にきた彼を真っすぐ見下ろす。しばらく待っても目を上げてこなくて、一体どうしたんだろうと背を屈めて覗き込んだ。
「ずっと見ていろというのなら、俺は見ているけれど」
近くで、オブライトの髪がさらりと揺れる。
それで今の機嫌が良くなってくれるのなら、と考えての安易な提案だった。視線の合う高さから、切れ長の濁った赤い目を向けられたロイドが――直後、真顔でプツリと切れた。
ロイドが扉を『引き千切って』持ち上げたのを見て、オブライト達は「え」と引き去った声を上げて後ずさった。破壊音に気付いた会場の参加者達も、一斉に目を向けてくる。
その時、令嬢令息を押しのけるようにして、一人の男が走ってきた。
「また貴様かオブライト! だから暴れさせるなと言っただろう! 今度こそ成敗してくれるわっ!」
「いや、あの、ミゲル師団長。これは俺のせいじゃな――って、うわ!」
その途端にロイドが動き出して、オブライトとレイモンドとグイードは揃って逃げ出したのだった。
※こちらのSSに名前が出ているメンバーにつきましては、書籍版4巻に出てくる面々も含んでおります。どうぞよろしくお願い致します。