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五章 厄介事が当然のように湧いてくる巣窟で(2)

 銀色騎士団の総隊長の豪華な執務室で、まず、一人ずつ尋問のように手短な弁明を要求された。


 書斎机にある革張りの長椅子に腰かけたロイドは、机に堂々と両足を上げて尊大な態度で構えていた。全員の経緯を把握すると、「なるほどな」と冷ややかな声で相槌を打ったが、納得したのか、見限ったのかも分からないぐらい淡々とした口調だった。


 彼に向かって、マリア達は横一列に並んでいた。右からレイモンド、モルツ、グイード、マリア、ヴァンレットという順になっている。


 ロイドに仕事の依頼を受けていたグイードは、特に時間をかけて聞き取りを行われた。視察の報告だったらしいが、マリアとしては、部外者の前でしないで欲しいというのが本音だった。


 マリアは、仕事の報告に関しては出来るだけ聞き流すように心掛けて、とりとめもなく、リリーナとクリストファーの愛らしい様子を思い出す事に務めていた。



「おい、そこの間抜け面」



 声を掛けられた一瞬、マリアは、現在の時間軸だと把握するのに数秒を要した。


 それはオブライトだった時と、何一つ違わない台詞だったので、マリアは思わず「は」と素で声を上げて、ロイドを見つめ返してしまった。


 出会った頃からロイドは、オブライトに「間の抜けた面をしているな」と嫌味を言っていた。緊張感がない事が理由らしいが、警戒心を完全放棄した覚えはないので理解に苦しむ言い分である。


 というか、ほど良い緊張感はいつも持っているんだが?


「えぇと、私の事でしょうか……?」

「他に誰がいる?」


 問われて、マリアは思わずヴァンレットへ目線を動かしていた。グイード達も、全く同じように横目で彼を盗み見た。


 ヴァンレットがようやく視線に気付いて「何?」と顔を寄越した。しれっと視線をそらした一同の中で、遅れを取ったレイモンドが「いや、別に……」と、ぎこちなく明後日の方向へ顔を逃した。


 その様子を改めて確認するように見やったグイードが、「全く不思議だよなぁ」とぼやいたが、それはロイドの一瞥で途切れた。ロイドは話を遮られたり、そらされる事を嫌うのだ。



 とはいえ、マリアが覚えて記憶している限りでは、この面子で、彼の機嫌を損ねなかった報告会が出来た事はなかった。



「お前は王宮内の事情について、どれぐらい把握している?」

「私は一介のメイドでございますので、ほとんど知りませんけれど……」

「ちッ。アーバンド侯爵家の派閥関係ぐらいは知っているだろう?」


 続けて尋ねられ、マリアは情報収集が目的なのだろうかと訝しんだ。


 残念ながら、そういった事を把握しているのは執事長ファレルか、料理長ガスパー、もしくはアルバートに仕えているマシューぐらいなものである。


 マリアは、素直に知らない事を答えようとしたところで、普段からロイドに聞かされていた罵詈雑言を思い出した。


 彼の、一つの回答に十倍の嫌味で、傲慢な台詞を返すのも一種の才能であると思える。まぁ、あの頃に比べてほとんど無駄がなくなったらしい今の尋問の様子を見ると、そこに関しては十六年で大人になったとは思うが……



「派閥もよく分かりません。帰ってもいいですか?」



 つらつらと考えながら答えたので、うっかり本音が口をついて出た。


 レイモンドが顔を引き攣らせ、「総隊長によく主張できるな」とぼやく。前世ではロイドに二年困らされた経験があるマリアも、「しまったな」と思い、その台詞がアウトだと分かって、にっこりと微笑んで誤魔化す事にした。


「大変申し訳ございません。何でもございませんわ」

「殺されたいか」


 一番可愛らしく見える表情を作ったにも関わらず、ロイドの眉が寄った。僅かに睨みつけられたが、そこには昔のような癇癪的な殺気はなかった。


 短気だった少年師団長時代には、見られなかったものだ。態度がどれだけ尊大だろうが、大人になった彼は立派な上司に見えない事もない。過ぎた年月は、人を少しは成長させるものらしい。


 内心で馬鹿にされたと魔王の本能で察したのか、ロイドのまとう空気がやや険悪になった。また顔にでも出ていたのだろうかと焦り、マリアは、条件反射のようにぎこちなく笑ってしまった。


 すると、ロイドが真面目な顔でじっと見つめて来た。


 無駄に美形に成長しているので、女子の顔を食い入るように見るなと言ってやりたい。マリアでなかったら、多分、いや間違いなくコロリと落ちるかもしれない。



「――興味が湧いた。折角だから駒に使ってやろうと思ってな」



 ロイドがそう言って、モルツに視線を投げた。


 ついでだから仕事を押し付けようとしているのだろうか。勘弁して欲しい。オブライトだった頃も、命令権もないのに巻き込まれて、休日が駄目になった事も多々あるのだ。


 多分、嫌いだからこそ失態でも取ろうとしていたのだろうとは思うが。


「すみませんが、私はリリーナ様のメイドですので、そういうのはちょっと……」

「どうせここに来ても暇をしているだけだろう」


 確かに、仕事に関しては、王子付きの優秀なメイドに取られている。じゃあ何でお供をしているのだと言われるのかもしれないが、本来の役目は話し相手と護衛であるのだ。リリーナがそう望む限り、マリアがいる意味はある。


 向けられた視線の意図に気付いたモルツが、片眉を僅かに引き上げた。ロイドが促すように顎で合図すると、先程までずっと沈黙を守っていた彼が口を開いた。


「総隊長、あの件にコレを巻き込むおつもりなのですか?」

「本筋には関わらせない。ルクシア様の方に寄越そうと思ってな。あの文官の動きも停滞気味だろう」


 すると、グイードが人のいない方へ目を向けて、「あんまり賛同出来ないけどなぁ」と頭の後ろをかいた。


「確かに班を動かす程度じゃないとはいえ、お嬢ちゃんは軍人でもない。彼女の『雇い主』から許可も出るかも分かりませんし?」

「そこはお前が考える必要はない。あの文官が心底困る姿を見るのも、一興だろう?」


 人の悪い笑みを浮かべ、ロイドが喉の奥でクツクツと嗤った。


 うん、そこはちっとも変わっていないな。

 面倒な予感しかしない。


「失礼ですが、総隊長様? 私はただの使用人ですし、個人の用事でリリーナ様のおそばを空けられる身ではありません。えぇと、それにアレです。次はいつここに来られるかも分かりませんし?」

「俺は今のところ、お前を手放す気はない。これが嫌がらせになるのなら、例え交渉と人員追加の見直しに労力を消費してでも使ってやる。……よくも俺の剣を受け止めやがって」


 そうか、最後の言い分が本音だな。昔から思っていたが性格が面倒過ぎる!


 師団長時代から、ロイドは最強に固執していた。しかし、今回彼の攻撃をマリアが防衛しなかったら、死亡者が一名出来上がっていたとは考えないのだろうか。


 取り繕う事なく本人を前にして『嫌がらせだ』と言い切る神経は、褒めてやりたいぐらいに遠慮がない。


「国王陛下の命により、以前から俺達はガーウィン卿を中心とした全貌の見えなかった組織を追い、殲滅作戦に乗り出している。手っ取り早く現場をでっちあげてその場で処刑にしたいぐらいだが、残念ながらそうする訳にはいかないからな」

「わぁ、台詞が既に悪党思考で物騒――」


 口を開いた途端ギロリと睨まれ、マリアは慌てて言葉を切った。


「というか、引き受けてもいないのに何を勝手に話してくれちゃってるんですか」

「聞いたからには断れないだろう」


 ロイドがしれっと言い、長椅子に肘をもたれかけて頬杖をついた。


 そんな重要な事にあっさりと巻き込むなよ、とマリアは露骨に、心底嫌そうに顔を顰めた。


 マリアの表情を見たレイモンドが、半ば青い顔でぼそりと「このメイド、総隊長が怖くないのか。というか命知らずなのかな……」とぼやき、グイードが「俺もそんな気がしてきた」と自信がなくなったような声で答えた。


「うちには十五歳の第三王子がいるが、第四王子に構っている間に、その身辺が少々騒がしくなっている。ガーウィン卿はこっちでどうにかするつもりだが、奴側の人間が勝手に動き出して、第三王子の回りをうろつき出しているんだ。目となり盾となる自由な駒を足しておきたい」


 マリアは、ロイドの話から現状を察して、「なるほど」とおおまかに把握した。


 第四王子クリストファーの身辺が騒がしい事で、彼らは本戦力をあてていた。しかし、第三王子の件が浮上した事で、信頼と実力がある護衛を、今は交代制で回しているのだろう。当初ヴァンレットが言っていた「交代制だ」という疑問が、ここに来て解けた。



 国王陛下は、特に信頼する相手にしか家族を任せなかった。例えば、モルツやヴァンレットがその内に入る。幼い頃に両親と兄弟を暗殺で失い、死の縁から生還し、たった十三歳で玉座に就いたことが根本にはあった。


 だからこそ、彼は二十代にして賢王とまでたたえられ、冷酷な王とも言われるようになったのだ。



 第三王子は、確か剣は持たないとアルバートは言っていたから、第四王子と同じように、自身では刺客に襲われた場合の対抗手段を持っていない。


「……つまり、何かあった時用に、対応出来るような護衛を立てたい、という事でしょうか?」

「駒が持つ戦力については、もしもの場合の保険だ。目的は動向を見張り、探る事。自由に動ける身で、護身術を習得している使用人というのは中々いない。そう考えると、お前が適任だろう?」


 悪巧む目を向けられ、マリアは言葉に窮した。


 これまでの反応から、モルツやヴァンレット、レイモンドは、アーバンド侯爵家が【国王陛下の剣】であり、そこに勤める人間が戦闘使用人であるとは知らないようなので、交渉の下手なマリアは、すぐに反論する文章を組み立てられずにいた。


 うーん、どうしたもんかな……


 第三王子の件に関しては、もしもの場合に備える事も目的として、既に何人かにあたってもらっているが、顔の知られていない人材がほとんどないのだと、ロイドは続けてそう説明した。


 アーバンド侯爵という勤め先があり、婚約者に会いに来たリリーナに付いてきたメイドが、王宮を出歩くのも不自然ではない、と彼はもっともらしい事を論じる。


「今回は第二王子から直接相談も受けている。あいつは元々、ガーウィン卿を警戒していたから余計に心配なんだろう。第三王子は頭の出来はいいが、少々気難しい人でな。護衛だろうと、他人を周りに置く事を嫌う」


 ロイドの口調からは、第二王子とは親しい仲である事が窺えた。アヴェインを通して親交は深めていたはずだから、もしかしたら剣を教えたのも彼の可能性が高い。オブライトも、六歳と四歳の王子達の相手をよくしていた。


 アヴェインや第二王子の心配事については、良心的には放っておけないとは思う。しかし、そこはメイド如きが足を踏み入れていい世界ではないだろう。


 それこそ経験を積んだ軍人の出番だ。だからこそ、グイードも渋ったのだろう。


 白か黒かハッキリしない状態で探り、本筋について考えを巡らせながら、臨機応変に動くのはマリアの不得意とするところだ。苦手分野であり、難しい話だ。嫌がらせしたいという心意気だけで巻き込まないで欲しい。


 無意識に目頭を揉みほぐしながら、マリアは「あのですね」と呻きに近い声で言った。


「お話は、だいたい分かりましたが、私はリリーナ様で手いっぱいなのです。自分で言うのもなんですが、私は裏を読んだり、自分で考えて動くのには向いていないと言いますか……」


 多分、アーバンド侯爵やアルバートも、そんな手伝いはさせないだろう。どちらかと言えばマシュー向けの内容だが、侯爵家の事情を知らないヴァンレット達の前で、彼の名前を出す訳にもいかない。


 考え過ぎて、目の奥がズキズキと痛むような気までしてきた。


 片手で肘を抱えつつ目頭を丹念に揉みほぐしていると、隣に立っていたグイードに労うように肩を叩いてきた。マリアは、いつもの同情と分かって顔も向けずに、「どうも」と反射条件のように答えた。


 離れていく直前に、肩に触れていたグイードの手が、ピクリ、と反応したような気がした。


 後頭部にやけに視線を覚えたが、マリアは、いくら揉み込んでも目頭に皺が寄るのを感じ、そのまま絞り出すようにロイドへ言葉を続けた。

 

「いいですか、総隊長様。こういうのは王宮に滞在しているような、いえ、滞在出来るような誰かに任せるべきで――」

「お前、それは癖なのか」


 唐突に台詞を遮られ、マリアは「はぁ?」と顔を上げた。


こちらを見つめるロイドは、なんだか見た事もないほど強く怪訝な表情をしており、一体何が癪に触ったのだろうかと、マリアは首を捻った。


「『それ』とは、どれの事ですか?」

「考える時に、目頭を押さえて呻く」


 ロイドが短い言葉でそう指摘した。彼は机から足をどかし、憮然とこちらを見据えてくる。


 はて、そうだっただろうか。


 マリアは腕を組み、思い出すように視線を斜め上へ向けた。


 そんな癖があったとしたら、エレナに淑女らしかぬと怒られているはずだ。これまで使用人仲間の誰からも指摘された覚えはなく、自分にそんな癖があるとも認識した事がないので、マリアはしばし考えた結果、彼の言い掛かりだろうと結論付けた。


「いえ、私は特に癖などは持っておりませんけれど?」

「お前、言い切っておいて恥ずかしくないのですか。たびたびその動作が見受けられますが、馬鹿なのですか?」

「馬鹿って……一言多いと思いませんか、モルツさん」

「いいでしょう。そうでしょうとも。どうぞ私を殴ればいいと思います」

「どこからそんな話に飛んだんですか」


 そんな事はどうでもいいんですよ、とマリアは両足に力を入れて、ロイドに向き直った。


 こちらは何度も無理だと断っているのに、むしろ、早くリリーナの元に戻りたくてしょうがないのに、無駄な話までされてマリアは苛々していた。


「淑女らしかぬとはよく言われます。とにかく難しい事には協力出来ません。以上!」


 モルツのせいで更に苛々したマリアは、ロイドに向かって指を突き向け、手っ取り早くそう主張した。


 しかし、マリアは遅れて、自分のその行動がアウトな代物であったと悟った。レイモンドが「うわぁ……」と心底同情するようにぼやき、グイードが、「あちゃ~……」と額を押さえて呟く声を聞いて、それを確信してしまう。



 このドS性悪大魔王は、人の嫌がる事には全力で従わせてくる人間であった、と。



 ロイドが、社交向けのキレイな笑みを浮かべた。にっこりと笑った顔に可愛らしい少年時代の面影は一切なく、普通の乙女だけでなく男性でさえ見惚れそうな美しい造形だ。


 とはいえ、目は完全に笑っていない。


 マリアは背筋に悪寒を覚えて、ゆっくりと指を引き戻した。


「難しくはない。お前は助っ人として、第三王子とその周囲を探ればいいだけだから簡単だろう? 他にも提案があるなら積極的に採用してやるから、お前の嫌いな事と、やりたくない事を教えろ」

「…………イエ、トクニハナイデス」

「そうか、残念だな」


 わざとらしく息を吐き、ロイドがにっこりと悪魔の微笑みを浮かべた。



「これからよろしく、マリア」



 名前呼びしないで欲しい。私達の間にそういう距離感は存在しないからなッ。


 嫌がらせだと項垂れるマリアを見て、ロイドが満足したようにニヤリとし、ようやく退出を許可した。

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