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二十八章 マリアと使用人仲間と王宮と(1)

 来月に開催される舞踏会にて、第四王子クリストファーとリリーナの婚約が正式にお披露目となる。


 祝いのパーティーの準備は着々と進んでいて、既にドレスについては完成していた。彼の妻となるべく教育も始っているリリーナは、今は舞踏会に向けて立ち居振る舞いやマナーを改めて確認しつつ、ダンスの授業により力を入れて励んでいた。


 王族の妻となるので、覚えることも多い。それでも、将来クリストファーと共に歩むためと、リリーナは日々めげもせず前向きに頑張っていた。


 臨時班の第二回目の活動の話し合いが行われたその日も、帰って来てから、また楽しそうに執事長フォレスのダンス特訓を受けていた。夕食の準備が整うのを待つ中、マリアは専属メイドとして、広々としたサロンにある椅子に腰掛けて様子を見守っていた。


「リリーナ様、ここ最近は疲れも知らないみたいに頑張っていますねぇ」

「疲れが残ってしまわないよう、皆でサポートしていますからね」


 そろそろ湯あみにしましょうと呼びに来ていた侍女長エレナも、すぐには止めずに見守りつつそう言う。


 ここ最近、メイド達はリリーナの風呂上がりにも、マッサージを入れたりなどして女性としても磨いていた。その様子を思い返して、マリアは嬉しくなった。リリーナのおかげで、『家族』みんなが一層明るく毎日を過ごしている。


「そっか」


 そう、思わず巣の口調で答えた表情は、だらしな――幸せそうに微笑んでいた。どこか男性的な、こざっぱりとした笑顔だ。


 そんなマリアの隣には、令嬢侍従のサリーも待機していた。彼は相棒使用人である彼女の声に応えるように、リリーナの方を見つめたまま「そうだね」と恥じらう乙女な表情で頷く。


 昔から、性別的な気質が対象的な二人だ。みんなの母や姉のようにあるエレナは、端整な顔立ちのきつい表情を、ほんの少しだけ緩めて「全く」と小さく息を吐いた。


「マリア、もう少し表情を引き締めなさい。あなたは十六歳の女の子なのですから、サリーを見習って『ちゃんと少女らしく』お座りなさい」

「うっ、すみません……」


 その様子を、通りすがり目に留めた他のメイド達が「またやってるわねぇ」とこっそり笑った。それから、しばらく同じようにしてリリーナのダンス練習を見守った。


 屋敷の者は全員、リリーナの健やかで元気な姿に喜ばしさを覚えて一日を終えた。また明日も、彼女が起きる前から、パタパタと賑やかに始まるのだろうと思われていた。



 だが、その翌日、早朝の玄関前のフロアには沈んだ空気が漂っていた。



 リリーナがまだ起床していない時刻、そこには全使用人が揃っていた。アルバートは近衛騎士隊の副隊長として、つい先程、侍従のマシューと共に出発していた。


 集まったマリア達は神妙な面持ちで、最後の外出準備を整えるアーバンド侯爵と、付き添うべく外出用の黒コートに身を包んだ執事長フォレスを見つめている。


 昨日、アーバンド侯爵と、親交の厚かった(かた)が亡くなったらしい。


 名前は、トレッド・アガムス。社交界の付き合いだけでなく、個人的にも交友があって、長らく『裏』の仕事も一緒にやってきた人であるのだとか。


「まさか訃報が届くとは、思いもしなかったよ」


 襟元を整えてくれた侍女長エレナから、杖を受け取りながら彼が言う。


「あんなに元気だったのに、事故で逝ってしまうとはねぇ……」


 独り言のように呟くアーバンド侯爵の横顔は、とても寂しそうだ。先日も会いに行ったばかりだったそうで、その際に見送っていたエレナも、何も言えない様子だった。


 きっと、それほどまでに悲しいのだろう。


 友が亡くなってしまったことを思い、マリアは「心中お察しします」と、他の使用人仲間たちと一緒になって頭を下げた。悲しみに暮れている彼の心境を思って、それぞれ神妙な表情で二人が馬車に乗り込むのを見届け、付き合いの長い御者によって出発するのを見送った。


「さて、それじゃあ仕事に戻ろう」


 急な予定変更ではあるが、執事長フォレスは夕刻まで不在となる。第二指司令塔である料理長のガスパーが、屋敷を任された者として一同を振り返りそう言った。


「旦那様のお元気がない今、俺らまで沈んでどうするよ。坊っちゃんだって、お見送りを断念して出掛けていった。だから俺たちも、俺たちに出来る事をしよう。たとえば旦那様が帰ってきた時に、笑顔で『おかえりなさい』と迎えるのも必要だろう?」


 励ますように告げて、歯を見せるようにニッと笑う。


 なんともガスパーらしい言い方だ。そのよく通るしっかりとした声と、陽気さが滲む頼もしい表情に、場に漂っていた空気の重さが不思議と軽くなる。


 異国の地で、自分の部隊を率いて隊長をしていただけの事はある。付き合いの長い友人を失ったアーバンド侯爵を思って、つい目尻に涙を滲ませていたコック見習いのギースも、元気付けられたように袖でぐいっと涙を拭って顔を上げていた。


「嬢ちゃんには――リリーナお嬢様には、旦那様がおっしゃっていたように葬式の参加については伏せたままで。もし尋ねられたら、仕事の視察で早朝に出たと伝える」


 今一度、内容を確認されたマリア達は「はい」と答えた。


             ※※※

 

 マリア達が、屋敷で各自の仕事に移った頃。


 侯爵邸を出発した馬車は、いつものように表の用向きとして、一般御者が手配されていた。カーテンが閉められた車内にて、アーバンド侯爵は黒革の手袋をはめているところだった。


 彼は片手の用意が整うと、続いて口にくわえ持っていたもう一つの手袋を手に取り、慣れたように指を入れながら言う。


「行きがてら、ビッド、オルサムは『処理』する。それから――葬式というなら『元メンバー』は集まるだろうから、そこに集まったのを一人残らず狩ろうか」


 思案しながら、思い付いた様子でアーバンド侯爵がさらりと言う。


 向かいに腰掛けていた執事長フォレスは、付けた黒い手袋をピンと伸ばしながら「はい、旦那様」と答えた。

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[一言] 旦那様がすげー
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