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二十七章 臨時班の始動、混乱の魔王とジーンの不安(4)

 祭りに参加したその翌日、ロイドは混乱のド真ん中にいた。


 午前中の仕事が始まってようやく執務室で一人になれたところで、普段の余裕たっぷりの表情を解いて頭を抱える。


 まさかの、人生で二度目となる一目惚れだった。


 恋愛という意味合いで『好き』であると自覚したら、説明がつかないと思っていたこれまでの事も腑に落ちた。でも、納得がいかない。というか、まだとてもじゃないが信じられないでいる。


「よりによって、なんで少女未満なマリアなんだ……!」


 思わず、頭を抱えて「ぐぅ」と呻く。


 マリアは、十三歳くらいにしか見えない使用人の女の子だ。何度もいうが、美人でもなければ女らしい色気も皆無で、貴族の家に嫁ぐのも想像がつかないほど、平凡で普通の少女である。


 昨日、困ったように小さく笑った彼女を目に留めた時、ドクンと心臓が大きく高鳴った。しばし状況も忘れて、ただただ目に焼き付けてしまっていた。


 その際に自然と込み上げてきたのは、『ああ好きだ』という言葉で、それはストンと胸に落ちてきた。


 そう自覚した途端、これまで理性で無視しようと抑えてきていた全部が、噴き出すみたいに溢れ出してものの見事に赤面してしまったのだ。


 あの時、一体なんだと振り返ってきた彼女の、なんでもないような表情と視線だけで、胸が余計にドキドキして死にそうになった。


「胸がきゅんとするとか、馬鹿じゃないのか俺ッ」


 あまりにも好き過ぎないだろうか。いや、好きな本人を目の前にした状態の『恋』とやらは初めてなので、自分の度合いがどのくらいであるのか正確なところは分からない。


 考えてみるに、恋愛結婚だったグイードほどではないだろうとは思う。しかし婚約者とゴールインしたジーンやレイモンドより、かなり挙動不審というか、冷静でいられないのは何故だろうか。


 昨日あの後、マリアが視界に入るたび、いちいちドキドキしてしまっていた。ちょっとしばらく見るのは無理、とも思ったのに、ニールが空気も読まず怒らせてきたり、謎の思考で『とても仲良し認識』しているヴァンレットが煩かったり……彼女へ目を向けるタイミングが、ごっそり減って苛立っている自分もいた。


 俺の好みや趣味からは、かけ離れ過ぎている。


 なのに『好き』から引き算出来るものが、微塵にも見付からないでいるのだ。


 自分の剣を受け止めるくらいの強さや、怖気づかず敵に向かっていくところ。ソレに見合う戦闘能力は、これまで出会ってきたどの女とも違っていて、確かに目を引く部分ではある。


 だが、そういった風変わりなメイド、という点を除いて考えているにもかかわらず……という現状には、「マジか」とらしくなく感情と理性が大混乱中だった。


 思い返しながらいくら考察しても、彼女の失礼な物言いも、上手な愛想笑いも、それ以上に素のなんでもない表情にはグッと心が掴まれるばかりだ。ちょっとした仕草や、楽しそうに歩いている時の様子だったり、その全部が好きだというとんでもない事になっている。


 昨日、特別に一つだけ、と彼女が話しているのを聞いて思考が止まった。ふと込み上げたのは、他の誰に向けるものとも違う目をしてくれたらいいのに、というよく分からない自分の心の独白で。



――欲しいですか?



 そう言われた時、迷わず『欲しい』と口から出ていた。


 優しげな笑みを浮かべた彼女の視線を受け止めた瞬間に、くれるのなら彼女の一番特別な相手として、その愛情の全てさえ欲しい、という思いが全身を貫いていった。


 欲しくても手に入らない、と無自覚に勝手に諦めた、あの頃の胸の苦しみが蘇ってきて突き動かされたのだ。


「いや、だからなんでマリアなんだよ……っ!」


 よりによって何故、自分は彼女に一目惚れしたのか。


 そもそも恋というのは、理性ではどうしようもないものであって、だから唐突な一目惚れやらと言われているのだろうとは思う。でもロイドとしては、恐らくは何かしら男としての理由があって、動物的な本能で惹かれる部分もあるんだろうと頭で考えていた。


 だから、自分がその立場になってみたところで、よくよく考えてみても『事実的な根拠が何も分からない』のも、彼にとってはまた予想外だったのだ。


 貴族として結婚の意義は十分理解している。愛だのだけで決められるものじゃないだろうと、グイードが惚れた幼馴染と結婚した際にも思っていた。なのに、昨日触れてもらえた手の温もりや、自分だけに向けられた彼女の笑みを何度も思い出してしまっているとか、重傷である。


 全部が可愛い、なんて感情、あっていいものなのか?


 思い返すに、マリアは自分より家事力さえないだろうとも思う。これまで見てきた中で「お前女だよな?」と思う場面は多々あった。そうであるのに、彼女の一面を知れるたび好きの気持ちが増すばかりとか、外見や器量じゃないのか? と疑問しかない。


 自覚したのに、ちっとも感情の整理がつかない。ますます自分が分からないし、もしや、マジでロリコンじゃないだろうな、と余計真剣に考えなければならなくなった。おかげで思考がより渋滞して、自覚前よりも悪化している気がする。


 とにかくまずは冷静になろう。俺は、あの馬鹿(グイード)とは違う。


 その時、扉のノック音が上がった。まだモルツが戻って来るにしては早い。そうすると相手は一人だ、と瞬時に通常思考に切り替えて推測したロイドは、すぐに「入れ」と応えた。


 すると、若い軍人が恐る恐る顔を覗かせて入室してきた。まだ総隊長補佐の姿がないのを確認しつつ、それをちょっと珍しいなとしながらも、すぐに軍人式の礼を取って報告した。


「総隊長様、ご命令通り、『荷物』を大臣様の部屋へお届け致しました」

「よし。さがっていい」


 ロイドは、マリアに自分と同じ色の軍服一式をプレゼントした事を、微塵にも変だとか一体何やってんだとかまるで思い付かないまま、その時は思わず「よくやった」という顔で即答したのだった。


             ※※※


 騎士団側のサロンを出たマリアは、薬学研究棟に向かって歩いていた。


 その隣には、迎えにきたと宣言したバレッド将軍がいる。彼は、目的地まできっちり送り届けると言わんばかりの堂々とした誇らしさを漂わせて、手足を大きく動かしていた。


 ヴァンレットに近い体格のうえ、目立つ騎馬隊の立派な将軍マントもある。騎馬隊なのになんでこんなムキムキなの、という熊のような存在感もあって、周囲からひっきりなしにチラチラと目を向けられているのを感じていた。


 体格差のせいでもあるのだろう。かなり目立つなぁ、と思いながら歩いていたら、気付けば最後の廊下に入っていた。


 その途中から、いつも通り外の芝生へと降りた。まるで離れと王宮を隔てる小さな森のような、ゆるやかなカーブを描く木々の間の道を進む。


 遠くから、鳥の囀りが聞こえてきた。


 そんな中、わざとじゃないかというくらいドシドシと体重を掛ける彼の足音を聞いていたら、何故かオブライトだった頃にいたとある筋肉馬鹿を思い出した。


 かなり楽天的というか、なんでも良い方に考えていつも「がはははは!」と笑っていた奴だった。迷惑を掛けられてブチ切れて追い駆けると、奴は、友達とこうして走り競争するのは楽しいものだ、とド級の馬鹿を見せて相変わらず楽しそうに笑っていたのだ。


「うむ。私はここまでだ、『リボンのメイドのマリアさん』」


 森を抜けて目の前に薬学研究棟が見えたところで、隣から聞こえていた足音がやんだ。


 へ、と思って振り返ったマリアは、そこに愛想の良い顔をして「ん?」とこちらを見下ろしているバレッド将軍の姿を目に留めて、少し戸惑ってしまった。


「え……、あの、ルクシア様に会っていかれないんですか?」

「私の任務は、ここまでしっかり守って連れてくる事だ。無事に到着したとは、君の元気な姿を見ればルクシア様も気付くであろう。そうであるのに、私からわざわざ言葉は必要か?」


 当たり前みたいにそう返された。

 つまり彼はこう言っているのだ。挨拶の手間をかけさせてしまえば、とても大切な仕事にあたっているらしい貴重なルクシアの時間を、自分が削ってしまう事になるだろう、と。


 だから、それを聞いたマリアは、「あ」と気付いて言葉を失ってしまった。


 彼は褒められる言葉も、認められ、受け入れて欲しいという欲もないのだ。きっかけは馬の風邪薬だけ。それなのにバレッド将軍は、ただただ真っ直ぐルクシアという人間を慕っている。


「どうしたのだ? マリアさん」


 再び声を掛けられ、つい、マリアはゆっくりと視線を落としてしまう。


 こういった『いい意味での真っ直ぐな馬鹿』は、何人か知っている。彼がどうしてそこまでルクシアのファンになっただとか、ストーカーするくらいなのだろうかという疑問については、そこに少なからず含まれていた警戒心は溶けていった。


 ただただ正直に『尊敬』していて、ただただ自分が彼を助けたいのだと、恩返し以上の想いをもって護衛を希望したのだろう――と、元は同じ騎士であった身として察せたからだ。


「…………すみません、バレッド将軍」


 深い反省に胸が詰まって、思わず目も上げられないまま謝罪を口にした。


「私、少しだけあなた様を誤解していたようですわ。本当にごめんなさ――」

「わはははは! 互いをまだ知らないのだから、誤解も何もなかろう」


 そう言って野太い声で大きく笑う彼を見て、マリアは不思議だなと思った。やっぱりどこかの筋肉馬鹿みたいだ、とまたしても思い出してしまう。


 出会った当時は、悪魔みたいな、人殺しの、と噂され王宮の正門から出入り出来ない頃だった。それだというのに、向こうからズンズンやって来たかと思ったら、あの筋肉馬鹿は堂々と声を掛けてきて「うむ! お前がオブライトか! 実に()い男だ!」と豪快に笑ったのだ。


 そういえば、彼は今どうしているのだろう。


 アヴェインに仕える騎士の一人として、ずっとそばにいるだろうと思っていたうちの一人だった。第一王子、第二王子の面倒もよく見ていて、王妃とも交流があった。国王陛下に仕える騎士たるもの、と若手の騎士や兵士たちの特訓の教育係も請け負っていた。


 だからてっきり、今もどこかで「がはははは」と馬鹿みたいに楽しく笑っているとばかり思っていた。いつでも騒がしくて、とても自由な男だったから、もしかしたらまた突拍子もない理由でも見付けて、他の場所で楽しくやっているのかもしれない。


「バレッド将軍、ここまでお送りくださいまして、ありがとうございました」


 マリアはそう思って、ちょっと寂しそうに笑うと、どことなくあの男の空気を感じる目の前のバレッド将軍にメイドらしい丁寧な礼を返したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしてバレッド将軍はその人の親族なのではないだろうか………。 思った以上に純粋にいい人だった将軍にほっこりしました。そしてロイド今まで自覚ほんとにしてなかったの?!してなくてあれだったの…
[良い点] 本日の総隊長殿に感想を述べると、(楽しい意味で)軽くA4用紙1枚以上は埋まってしまいそうなので、胸きゅん進行形な彼に短文で申すのならば 「いいぞ……もっとだ……! 頑張れ! 男34歳!」 …
[一言] 総隊長、頑張れ~‼️
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