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二十七章 臨時班の始動、混乱の魔王とジーンの不安(3)上

 大臣として仕事に向かうジーンと、送り届ける役目をもらったニールとヴァンレットと執務室前で別れ、マリアは薬学研究棟の方向へと歩き出した。


 そろそろ仕事の開始時間だ。


 王宮の一般通路に出ると、多くの勤め人たちが行き交う姿があった。


 各区へ抜ける廊下が交わった、王宮のメイン広間である大広間に進むと、軍区へと向かう軍人たちの姿も増えた。そこには年齢層の違う文官たちが、一つのグループになって穏やかな雰囲気で歩いていく様子も見られた。


 少し前までは、あの中にアーシュも混じっていたりしたのだろうか?


 そう想像したマリアは、なんだか彼らはアーシュとあまりにもタイプが違う気がした。なんとなくだけれど、付き合いの長いあの幼馴染の救護班たちと騒がしいやりとりをしながら、途中まで一緒に歩いていく姿が思い浮かぶ。


 それにしても、まさかの聖職機関内に、毒の現物の一部が保管されていたとはなぁ。


 マリアは、歩きがてら今更のように考えた。

 政治的な圧力、軍の強行突破も許されていない不可侵域だ。隠し処としては、もっとも安易に浮かぶ場所の一つではあるけれど、まさかそれに加担し協力し続けるような『神の教えを説く者』がいるとは思わなかった。


 昔もよく、その時々の臨時メンバー班が組まれる事はあった。今回は、一体メイン構成は何人になるんだろうか、と思いながら行き交う人の波の中を進んでいると、大きな溜息を吐いて肩を落とした宰相ベルアーノとバッタリ遭遇した。


「あら、宰相様」


 思わず声に出したら、俯いていた彼が「ん?」と顔を顰めて視線を返してきた。


「ああ、マリアか。別に『ベルアーノ』で構わんぞ――そういえば、ジーンのやつが少し打ち合わせをするとか言っていたな。これからルクシア様のところか?」

「はい、そうですわ」


 使用人が軽々しく宰相を名前呼びするのはアレなのでは……そう思いながら答えつつ、マリアは彼が目の前まで歩み寄ってくるのを見届けてしまった。

 

 本来なら使用人の自分が向かうべきところなのだけれど、全身から溢れ出る宰相の疲弊っぷりがあまりにも気になった。


 挨拶代わりの愛想笑いにも力がない。目元は死んでいる気がするし、白髪が目立つ髪も、登城からまだそんなに時間も経っていないというのに、若干よれっとしている。


 なんだか、すげぇ疲れているような……そう感じて、ゴクリと唾を飲んだ。


「どうかされたんですか?」


 つい、無視出来ずに尋ねてしまった。


 すると、ベルアーノが諦めきったような笑みを浮かべてきた。


「やつらが揃いも揃って、そのうえ陛下まで連れて数時間も外出しなければな」

「あ」


 ベルアーノが言う『原因』が、なんであるのか思い至って、マリアは沈黙してしまった。


 昨日のお祭りの一件だろう。結局あの後も、みんなで少しばかり会場内を散策したのだ。しかも帰り道で、アヴェインが「菓子を自分で買う」と凛々しい顔で断言して強行されてもいた。


 城から近い距離にある菓子屋を数軒回る間に、ロイドがニールにぶち切れて、ポルペオが全力で止めたりしていた。菓子を選ぶジーンが適当な事を言って、素直に聞き入れたヴァンレットの両手を、モルツがガッツリ止めて「お前の頭は撫でません」と殺気を滲ませて押し合ってもいた。


 つまり相変わらず騒がしくて、予定よりも遅い帰還となってしまったのだ。


 ようやく王宮の門をくぐった時には、正午もすっかり過ぎてしまっていた。悪巧み三人組のジーンとグイードとアヴェインが、「宰相倒れるんじゃね」と面白そうに話していたものである。


 つい、それを思い返してしまっていると、ベルアーノが乾いた笑みで、片腕に抱えた荷物を少し動かして見せてきた。


「おかげで今日にずれ込んだ分もあるんだが、ちょうどレイモンドの方が、少しだけ空きが出来てな。一部、さっき請け負ってもらったところだ」

「…………それは良心が痛む系で、彼、相棒に代わって責任を負う事にしたのでは」


 ありありと想像出来て、マリアは苦労性の友人を思ってそう呟いた。あいつ、いつも思うけど可哀そうだよな……と、付き合いの長い友人を同情する。


「グイードも捕まえようとしたが見付からなくてな。そこで第二王子経由でポルペオにも用を頼むついでに、奴の分の仕事もポルペオに届けさせる事にした。それなら確実に逃げられまい」

「……ベルアーノさんって、追い込まれると行動力が発揮されるタイプですか?」


 つい、マリアは名前を口にしてそう言った。


 そうしたら、ベルアーノの引き攣った笑顔が、君も協力してくれるよなと圧力増し増しで向けられてきた。ずいっと見下ろされて、「え」と戸惑いの声がもれる。


「あの、私もですか? でも私はただのメイドですので、入れないところも沢山あ――」

「薬学研究棟からは遠くない。軍区の騎士団側のサロンだ、『軍区の二番管理局』と言えば分かる」


 言いながら、厚みのある茶封筒を引っ張り出して、ベルアーノは押し付けた。


 そのまま受け取らざるを得なかったマリアは、パッと手を離していった彼を見て「えぇぇ……」と困ったような声をもらした。それがしっかり封と印がされているのを確認すると、ますます困惑して彼へと目を戻す。


「これ、ただのメイドが持って行って大丈夫なやつなんですか?」


 そもそもな疑問を口にしみたら、ベルアーノが疲れた顔に今更気付いたような表情を浮かべた。しかし、途端に考えるのをやめたように片手を振ると「別にいいんじゃないか?」とちょっと砕けた口調で言う。


「君の『身元』は信頼が置けると分かっているし」

「うわー。適当すぎやしませんかね、疲れすぎなのでは――おっほんッ」


 呆れて自分の口許が引き攣るのを感じたマリアは、口調を女の子らしく戻してこう続けた。


「あなた様もご存知の通り、私はこちらのメイドではありませんし……。えぇと、きちんとした軍人様に、お願いした方がよろしいかと思いますわ」

「あまり素性も知らぬ者に渡せる書類じゃなくてな。重要度は中の上だ」

「いやだから、なんで私にソレを渡すんですか」


 うっかり一呼吸で言い返してしまった。


 ベルアーノはそもそも聞いていないのか、先程の口調も気付かなかった様子で「じゃあ頼んだぞ」と言って、さっさと歩いて行って人混みに紛れて見えなくなっていった。

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