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序章 表舞台から消えた男

 フレイヤ王国が、パーシル四世が引き起こした戦争に巻き込まれた際、国境激戦区で活躍し、一ヶ月という異例の速さで黒騎士部隊の隊長である【黒騎士】の称号を受けた男がいた。


 男の名は、オブライト。

 戦争孤児であり、国境沿いの村にいた家名も持たない元傭兵だった。


 変則的で型破りな彼の剣技は、敵味方からも恐れられ、歴代の【黒騎士】の中で、最強にして最凶といわれた。

 戦う姿は戦場を駆ける悪魔のようだと例えられ、オブライトだけが持つ濁った赤い瞳を、不吉の象徴だと口にする者も多くあった。


 その後、フレイヤ王国はマーティス帝国と協定を結び、他の同盟国との戦争の火種となっていたパーシル四世の時代を終わらせた。


 他国への遠征によっても実績と功績を認められた【黒騎士】は、公式の場で国王陛下より直接褒美を与えられる機会を得たが、彼は爵位といった価値ある褒美を望まなかった。


「なんでも望んで良いというのであれば、俺だけの家名を下さい」


 オブライトは、年相応の穏やかな顔に、困ったような微笑を浮かべてそう答えた。


 彼はその後、【オブライト・ニールディーク】として黒騎士部隊を率いた。緊張状態だった二つ隣の独裁国家が、多数の国を相手に戦争を引き起こし、フレイヤ王国も数年に渡り巻き込まれる事となり、黒騎士部隊が国境沿いを守り続けた。



 終戦間際、オブライトは二十七歳の若さで、国境激戦区にて殉職した。



 最強にして最凶の【黒騎士】だといわれた男は、こうして表舞台から消えた。

 一年後に黒騎士部隊はなくなり、隊長の称号である【黒騎士】は、オブライトで最後となった。


 まさか彼が死んでしまうなどと誰も予想していなかったから、その衝撃は大きかったのだ。 




 オブライトも一人の人間であり、一人の女を愛して、覚悟のうえで死んでいった事を誰も知らない。


 そして、彼が死後にすぐ全く違う姿形で、この世に生を受けていたなどと知る者もなかった。




 かつて、オブライト・ニールディークと呼ばれた男の中の男である美丈夫は、十六年経った今――




 スカートが似合う可愛らしいメイドの少女として、町で買い物をしていた。


「おじさーん、エレナ侍女長のおつかいで来たんですけど、林檎をちょっとだけまけてもらえないかしら?」

「相変わらず可愛いねぇ、マリアちゃんッ。いいよ、二つタダでもらっていきな!」

「さっすがおじさん! 商売イケメンねぇ」


 元黒騎士オブライト――現在は、十六歳のメイド、マリアとして生きていた。


 マリアは、自分の容姿がある程度は可愛いと自覚しており、極めた愛想笑いと仕草を日々惜しみなく利用していた。


 一見すると純情なメイドの一人に見える彼女の、黄色い猫撫で声を聞いた屋敷の使用人仲間ギースが、「なんだかなぁ」と明後日の方向へ視線をそらした。


 ギースはもう長い付き合いになるので、彼女が笑顔の下で「チョロすぎる! 帰り道分のオヤツゲット~」と思っている事が副音声で聞こえていた。


 マリアを疑わない商人の男は、いつも買い出しにやってくる二人に、歯を見せるようにして笑った。


「侯爵様と、べっぴんなエレナさんによろしくな!」

「ありがとうね、おじさん!」

「おぅ。エレナ姉さんにもちゃんと伝えとく」


 王都の隣にある街で、侯爵家の若いメイドとコック見習いは、林檎を齧りながら屋敷へと戻っていったのだった。

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