二十六章 遊びたい大人達(9)下
そんな中、仲良く三人で話すマリア達の様子を、ジーンが羨ましそうに見ていた。
「…………完全に出遅れた感があるわ」
そう口にした彼は、ホロリと涙を呑んだ表情で「くそぅ、ニールとヴァンレットは遊びにも行ったってのに」と悔しさをこぼした。そこで、気を取り直すように凛々しい目をすると、グイードへ向けて提案する。
「グイードよ。帰る前に、もう一遊びしたいよな?」
「お前、なんでそんなキリッとした顔してんの? そのイイ声もさ、ここじゃなくて『大臣バージョン』の時に使ってやれよ」
付き合いの長い彼が、もっともな指摘を返す。
だがジーンは、それを聞かないままくるりと振り返ると、普段にはないやる気に満ちたキラリと輝く目で「はいはい注目!」と呼び掛けていた。その真剣な表情と目を、一同は訝って見やる。
「まだ戻るまでには少し時間があります。そこで、もう少し遊ぶ案を募りたいと思う!」
なんで敬語で切り出したんだ?
よく分からんテンションだなと思いながらも、マリア達はひとまずは考えてみた。すると真っ先にグイードが、珍しく最後尾を歩くロイドが静かなのも忘れて、パッと表情を明るくしてこう言った。
「ジーン。瓶投げとかどうだ? 確か、あれってチーム戦のやつがあっただろ」
「馬鹿か。何度かやってるけど毎度悲惨だろ。このメンバーでやってみろ、へたしたら死人が出るからなッ」
レイモンドは、相棒の案を即却下した。それから表情を改めて、ちょっと手を挙げて続ける。
「平和的に運試しのくじゲームとか」
「つまらんから却下だな。つか、くじだったら全部お前が当たりを引いちま――」
「菓子落としとかどうっすか?」
ジーンの台詞を遮る勢いで、名案を思い付いたという顔でニールが大きく挙手して提案する。それに便乗して同じように手を挙げたヴァンレットが、続いてこう言った。
「牛」
彼の方に目を向けて、一同は揃って数秒ほど黙り込んでしまった。
ひよこの次は、牛かぁ……マリア達は、それぞれの表情を浮かべて思っていた。それがどこでどう繋がって『牛』という発想に至ったのか、ものすごく気になったものの解明は出来ないだろう、とも分かって思考は止まる。
すると、さすがの切り替えの早さを見せて、アヴェインが友人たちを見やって言った。
「他にクソ面白い提案は? 俺としては酒も飲みたいがな。奥の方で、飲み比べもやっているらしいぞ。さっきチラシ配りの娘が、宣伝している声を聞いた」
「ははは、今飲んだらベルアーノがさすがにやべぇって」
そう笑って口を挟んだグイードが、自分の後ろにすっとモルツが身を寄せたのを察して、ピキリと笑顔を固まらせた。
「鞭打ち」
「頼むからそこで囁くな、そして己の願望を遊びの案に混ぜてくるな後輩。――そんでもって、その目を俺に向けてくるのをやめてくれ」
「だからって俺を前に出してんじゃねぇよ!」
身代わりと言わんばかりに差し出されたレイモンドが、ブチリと切れて相棒の首に腕を回して締め上げた。
こうなったら、こっちも真面目に考えるしかない。一番害のない提案を出してストッパーにもなっている友人が、持ち前の堪え性のなさ発揮してぎゃあぎゃあ騒いでいるのを見たマリアは、じっくりと思案した。
その時、少し考えたポルペオが「おいジーン」と呼んだ。
「確か、出入り口の近くに射的があっただろう」
「あ~、まぁ確かにあったけどさ」
でもちょっとそれはなぁ、という表情を浮かべたジーンのそばから、アヴェインが顰め顔を出す。
「『誰も外さない』のにするのは、つまらんぞ。相手が『動く的』ならまだしも」
「ですが陛下、その方が比較的安全な『遊び』かと――ぐっ」
「お前の頭の固さはどうにならんのか。アヴェインと呼べと言っているだろう」
しかも年々ヅラも強度を増してないか、と彼は『国王陛下』らしかぬ砕け口調で言う。帽子を被っていても見目の麗しさが溢れ出ており、四十代後半とは思えない若々しさだ。近くを過ぎる男女が、チラリと見える横顔に見惚れて目を向けていく。
「やったらやったで、店側が泣くでしょうね」
モルツが、興味もなさそうに発言した。
ここにいるのは騎士と国王といった面々だが、全員が銃器の扱いにも長けていた。命中率はほぼ百パーセントなので、それだと勝負にはならないだろう。
歩きづらいとしてレイモンドからようやく解放されたグイードが、ざっくり襟元を直しながら解決案を一つ出す。
「それなら、片手というハンデを付けるとか? ――あ、でもそれだとダメだな。マリアちゃんは女の子だから、さすがに片手だと厳しいだろうし」
「待て。なんでマリアが銃器を扱える前提での話なんだ?」
レイモンドが、ふと純粋な疑問の声を上げる。
一部の事情を知る面々が、またしても少し静かになった。そういえばそうだったなと、アヴェインが傍観に徹する構えをとったのを察知して、グイードが真顔を正面に向けたままこっそりジーンに相談した。
「……オイどうするよ」
「……無理。俺、昨夜ちょっとテンション上がってやらかしたっぽいから、もしレイモンドに気付かされたら、アーバンド侯爵に殺される」
それを聞いたグイードが、『まさか』という目を向けた。
「…………お前、直接あの人にコンタクト取ったのか? 事前の知らせも出さずに?」
「…………うん。やっちゃったんだよね、マジごめんね」
ジーンは、至極真面目な表情で答えた。ほぼ棒読みの台詞を聞いたポルペオが、「ごほっ」と小さく咽て「この馬鹿者ッ」と小声で叱り付ける。
「貴様、本当に馬鹿ではないのか!? テンションが上がっただけという理由で済まされるかッ」
「うん。実は少し前にも全く同じ感じで、『阿呆』って怒られた」
ははは、と乾いた笑みでジーンは言う。
その時、グイードがじっくり考えているマリアに気付いた。「ちょうどいいタイミング」と口にした彼は、話題を戻すべくわざとらしいくらい元気よく声を掛けた。
「ここはやっぱり女の子からの意見が優先だよな! マリアちゃん、何か案はあるか?」
「食い物競争」
マリアは、真剣な眼差しでぴしゃりと答えた。
聞き届けたグイードが、「え」と言って笑顔のまま固まる。どっかで覚えのある返答と絵面だな、と呟く声に、ジーンの笑う吐息が重なった。
「ぶはっ、しんゆ――いてっ。マリアはやっぱそっちか~」
「お嬢ちゃん今、自然な感じでジーンさんを殴った? というかまだ食べんの!?」
カラカラと笑うジーンの脇から、ニールが驚いたように顔を覗かせて「今から取りに行くのもチキンだよねッ? そうだよね!?」としつこく確認する。
平和的な遊びだろう、一体何がダメだというんだ。
真面目に考えたうえでの提案だったマリアは、そっと眉を寄せた。それで、と次の言葉を待つような友人達の視線を受けて、続いての候補案を口にする。
「もしくはロックで飲み比べ」
「まさかのアヴェインと同じ『酒案』!?」
レイモンドが、嘘だろ、とちょっとよろけた。
「ダメに決まってんだろ、戻ったら仕事があるんだぞ!?」
「ははは、相棒が女の子相手にそんな口調を晒すのも珍しいな~。まぁ女の子の案としてはあまり聞かないけどさ、もしかしてマリアちゃんって珈琲通のうえ、酒もいける口なのか?」
そうグイードに問われて、マリアは澄ました顔で「まぁまぁですわ」とだけ答えた。
あえて話題には触れず、モルツが眼鏡の横を揃えた指先で押し上げた。オブライトとの飲み会を思い出して「ぶくくっ」と少しだけ笑いをこぼしたジーンが、そこで提案会を一旦しめくくった。
「まぁなんにせよ、マリアの『戦利品のチキン』を無事受け取ってからだな」
その一声に、それもそうだという空気が一同の間に広がり、好き勝手なお喋りが始まった。それに同じく参加しながら、マリアはこっそりアヴェインの方を盗み見た。
今も変わらず、みんなと楽しくやっているようだ。ずっと気掛かりだったけれど、『ああ、なんだ良かった』と思ってしまう。自分がいなくてもそうやって笑ってくれていて、しっかり幸せにやっているんだなぁ、ああ本当に良かった……――。
たった一人だけ、初めて『騎士としての忠誠』を誓った人だった。マリアはそう思い出しながら、そんな想いが込み上げて素の表情で柔らかな苦笑を浮かべた。
ごめんなアヴェイン。
いつか、お前にも自分の言葉で、謝れる日が来たりするのだろうか?
その時、後方を付いて来ていた一組の足音が、不意にピタリと止まった。
「あ……、…………………『好き』だ…………」
人通りの賑やかさに交じって、ぽつり、と何か小さく聞こえたような気がした。それは聞き慣れた男の声で、マリア達は不思議に思って振り返る。
そこには、珍しく呆けたように口を開けてつっ立っているロイドがいた。何故か、顔を耳まで真っ赤に染めていて、今にも湯気が立ちそうなくらいだった。
マリア達は、顔面を沸騰させている彼を見た直後、揃って少年師団長の熱騒動が脳裏を過ぎってこう思った。
また風邪か……?
そんな中、ジーンがちょっと信じ難い様子で「え」「マジか」「ちょ、はやくない?」「このタイミングで……?」と、想定外だったと言わんばかりに若干口許を引き攣らせていた。