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二十六章 遊びたい大人達(9)上

 到着した警備隊に事情を説明し、後処理を引き継ぐのにすっかり時間を取られてしまった。祭り警備の仮設支部は、現場から離れた場所にあったので移動にも数十分かかった。


 一旦他人のふりで離れてもらい、『国王陛下』と『大臣』が来ている事は知られなかったものの、なんで『銀色騎士団総隊長』と『総隊長補佐』までいるのだろうという顔はされた。ロイドの例の有無を言わさない圧力もあって、誰も追って確認してこなかった。


「うん、無事に手続きも済んだのは良かったんですけど……」


 仮設支部を出たところで、マリアは腑に落ちんという表情のまま切り出す。


「なんで子供扱いのうえ、『お祭りなのに『お付きメイド』なんて大変だね』ってお菓子まで頂くんでしょうか」

「そりゃあ、マリアちゃんは『子供』だし、俺らと世代自体違うから余計に目立つんじゃね?」


 今更思い出したような顔で、グイードが指を向けて言う。


 そもそも、付き合いの長い友人メンバーの他、最近知り合った少女がここに加わっている事がおかしいのである。しかし、当のマリアもグイード達も実感がなかった。


 マリアは疑問でならないと言わんばかりに、いくつのか種類のお菓子が入った袋を見下ろした。口の中でこっそり、「十六歳なのに……?」と呟いてしまう。


 その時、向かいの屋台前のベンチに『待機』で座っていたジーンが、こちらに気付いて立ち上がった。暇を持て余していたアヴェインも、ようやくかと腰を上げる。


 合流するべく歩き進みながら、ニールがマリアの方へひょっこり顔を出した。


「それにしてもさ、いろんな種類のお菓子もらったねぇ! しかも一口サイズ!」

「まぁ、お仕事の傍らのつまみでしたら、ちょうどいいくらいの大きさかと思いますわ」

「これ、どうするの?」

「使用人仲間への手土産に持って帰ろうかと。王都特有のお菓子も多いですし」


 令嬢であるリリーナへの手土産にするわけにもいかないしな、と考えながらマリアは答えた。そうしたらニールが、本題とばかりに「ねぇねぇ!」と外側にはねた赤毛を揺らして煩く言ってきた。


 それを、ポルペオが信じられんとい言う目で見やった。ロイドが「こいつが俺より年上」と低い声で言い、そのマイナス五度の殺気を察知したグイードが「とりあえず落ち着こう、な?」と後輩を宥める。

 

 何やら声を掛けようとした純真無垢な目をしたヴァンレットの口を、ひとまずレイモンドが素早く手で塞いだ。しかし彼もまた、ポルペオと同様に疑問いっぱいの目をしていた。


「……ニールのやつ、なんであんなに懐いているんだ?」

「ははは、つい先日まで凶暴だとか言って、助けを求めて盾にしていたらしいなぁ」


 合流したジーンが、そう言ってカラカラと楽しげに笑う。


 そんな中、ニールが菓子の入った袋に注目して「これ!」とマリアに言った。


「一個だけデカいやつがあるけどさ」

「ん? ああ、中にクリームが入った焼き菓子ですわね」



 他の小さな菓子と比べると一回り大きいだけで、二口では食べられてしまう焼き菓子だ。王都とその近郊では、珍しくもない家庭菓子の一つにもなっている。


 砂糖が完全に溶かされず、少しだけ入れられたクリームはざらざらとした触感を残している特徴があった。形はロール状の他にも、多々アレンジがきいて幅広い。


「そうそうソレ! 俺、超好きなんだよね。特別に一個だけ入っているみたいだし、食べてもいい!?」


 そう求められて、マリアは三角状の小さな紙袋に入れられているソレに目を落とした。


 いつの間にか全員が、合流後の進む先の検討案がないまま道のド真ん中で立ち止まっていた。アヴェインが「確かにソレは美味いよな」と言う声を聞きながら、彼女はしばし考える。


「――…………一つだけ、か」


 思案気に視線を流し向けて、ぽつりと呟いた。袋を持っている指先を、トントンと数回動かして叩く。


 それからカチリと思案を終えたマリアは、手を止めると『すまんな』と素の柔らかな苦笑をニールに戻した。


「すみませんニールさん」


 そう告げたら、彼が「なんで~?」と悲しそうな顔をした。


 それをずっと見守っていたポルペオが、安く買える菓子だろう大人なのに何を言っとるんだコイツ、とドン引きしていた。


「実を言うと、先程ロイド様に荷物を持ってもらっていたのです」

「お店の人に預けたって言ってた、例のチキン?」

「はい。だからご褒美としてあげるのなら、ロイド様に差し上げようかと」


 その理由を聞いたニールが、ちょっぴり残念そうながらも『せがんで困らせたりしないよ』と伝えるように両手を後ろに回して、足元へと目を落とした。


「なら仕方ないかぁ。俺、後輩君のを横取りするつもりはないし」


 普段の魔王呼びもせず、足元の石ころを意味もなく靴の先でつつく。


「じゃあ、後輩君が『いらない』って言うんだったら、もらう」


 そう答えたニールに、マリアは困ったように微笑み掛けた。お前にはサービス券を用意してあるからさと思いながら、昔から後輩には面倒見がいいところもあったのを思い返す。


 そんなやりとりがされている中、一同の目はロイドへと向けられていた。


 唐突に自分の名前が出たのが予想外だったのか、殺気も消えて小さく目を見開いているという『珍しい表情』をしている。稀にない固まっている様子もあって、その感情は読めない。


 マリアは、くるりとロイドの方を振り返った。たっぷりのダークブラウンの髪が背中で揺れて、頭にある大きなリボンとスカートもふわりと舞う。


「荷物を一時持ってもらいましたし、――ロイド様、欲しいですか?」


 袋から菓子を取り出して見せて、まだ彼が少年だった頃の感覚でにこっと笑いかける。


 直後、ロイドが真顔でこう即答した。


「欲しい」


 その表情も声も本気(マジ)だった。友人達から向けられている目も忘れたかのような様子を見て、ジーンが「うわぁ……」と不安感を露わにドン引きする。


 そもそも両者ともに、応答の言葉に『菓子』というキーワードが抜けていた。


「はい、どうぞ」


 そう察してハラハラしている相棒の見守る目にも気付かないまま、マリアはロイドの手を取って菓子を握らせていた。彼がゆっくりとした動きで、沈黙を保ったままそれを見下ろす。


「ふふっ、まさかロイド様が、そのお菓子が好きだったなんて思いませんでした」

「……今、お前、手を…………」

「はい? ああ、すみません。使用人という立ち場であのように触れるべきではなかったですわね。大変申し訳ございませんでした」


 うっかりしてたな、気を付けないと。


 そもそも彼は、もう子供(しょうねんすがた)ではないのに、なんで自然と子供相手にするみたいに接してしまえたんだろうな?


 普通にそうやってしまった自分を不思議に思いながら、マリアは私服のスカートを少しつまんで、メイドとしての礼を取って謝罪してから踵を返した。ふと、ジーンの何か言いたげな表情が目に留まり、声を掛ける。


「どうしたの?」

「なんというか、あいつ己の欲望にストレートだなぁって…………。すっげぇ今更なんだけど、正直、吹っ切れた後が怖いなぁとか、思わないでもないっつうか……」


 らしくなく、戸惑いがちにそう口の中でもごもごと答えてくる。


 よく分からなくて、マリアは「はぁ?」と素の表情で顔を顰めた。すると、近くでやりとりを聞いていたらしいグイードが、不思議そうにジーンの方を見た。


「お前、何言ってんだ?」

「いや、なんでもねぇんだよ、うん。こっちの話っつうか、なんというか」

「ふうん? まぁいいけどさ」


 いまだ悩んでいるジーンをあっさりと放っておき、彼は「さて」と前置きして一同を見渡す。菓子をしまったロイドが、何故かいまだ大人しいまま俯き考えているのを見て、役目を一時的に代わるように次の行動について提示した。


「それよりもまずは、マリアちゃんが預けたっていう食い物を取りに行くか」

「私としてはな、そこの小娘の食事情についてお前らが順応しているのが不思議でならんぞ」


 揃って歩き出しながら、ポルペオが口を挟んだ。全員の様子を、少し離れた位置からずっと眺めていたアヴェインが「――ふうん」と言って、その隣に並ぶ。


「そこのメイドの娘は、結構食うのか?」

「陛下。結構どころではございません、あれは視界への暴力――ぐっ」

「だから、『陛下』呼びはやめろっつってんだろ」


 アヴェインがそう言って、ポルペオのかったいヅラを叩いた。けれどその表情は、すぐにまたどこか思案気な様子へと戻る。


 それを横目に留めたモルツが、「恐れ入りますが」と声を掛けた。


「何か、アレに気になる事でも?」

「モルツ、俺はな、それだけ食っておきながら全然胸と尻に肉が付かないのが謎だ。年頃の娘には見えん身長からすると、とてもではないが『食う娘』という想像もつかん」

「いやいやいや、真面目な顔で何を考えているんだよ」


 さすがに失礼だぞ、と禁句ワードを含む話題を耳にしたレイモンドが慌てて言う。


 そのかたわらで、マリアはニールにサービス券の事を教え、ヴァンレットにもチキンを分けていげるつもりであると説明していた。続いて笑顔になった二人から、無事『ひよこ』を遂行したという報告を聞いて、それは良かったと満足げに微笑んだ。

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