二十六章 遊びたい大人達(8)下
ポルペオの後ろにはモルツと、ヴァンレットと手を繋いだニールもいた。
どうやら無事に見付けて合流出来たらしい。そしてロイドが口にしていた通り、モルツが勘を働かせたか推測したかで案内して、こちらまで来たのだろう。
ちょうどいいところにと思って、マリアは「ポルペオ様」と声を掛けた。
「ロイド様が相手にしている彼らは、どうやら集団スリを行っている真っ最中のクソガキ連中みたいでして」
「なんだと?」
軽く指を向けてざっくり教えてあげたら、ポルペオの眉間にクッキリと皺が入った。彼の雰囲気が一変して闘気をまとう様子は、それなら話は別であると伝えてくる。
「それで貴様は、加勢に入ろうとしているわけか」
「はい。その通りですわ」
そもそも奴一人でさせるのも、相手の青年達が心配である。
マリアは、そう思いながら答えた。珍しく何やら言いたそうな表情で、モルツがぽつりと「先程の一回戦、あなた一人にさせて地獄絵図になりましたが」と呟く。
それに気付いていないポルペオが、正義感溢れる顔で彼女に向かって深く頷き返した。
「ならばこのポルペオ・ポルーが、その若者どもの性根を叩き直してくれよう」
「なんか面白い事になってるし、そういう事なら任せてよお嬢ちゃん!」
「うむ。付き合うぞ」
ニールとヴァンレットが、場に似合わない元気いっぱいの様子でそう答えてきた。ポルペオが訝った目を向けて、「お前らがやる気満々なのも珍しいな」と口にする。
相変わらず頼もしい姿だ。そんな実感がぐっと込み上げたマリアは、思わず小さく苦笑をこぼした。もう自分の部下ではない。彼らにとっては『ただのメイドの女の子』――。
だからだろうか。あの頃とちっとも変わらない二人を前に、その距離感が少しだけ寂しいと感じてしまった。
「よろしくお願いしますわ」
任せられる男たちであるのは、よく知ってるよ。お前達が黒騎士部隊に入隊してからずっと、面倒を見てきたんだから……そんな言葉を胸の中にしまって、マリアはそう言った。
すると、らしくなく動きを止めたポルペオの脇を、モルツがツカツカと通り過ぎた。そのままこちらに向かってきたかと思うと、ピタリと横で立ち止まる。
「勝手に寂しそうな顔で笑わないでください、私だっているでしょう」
言いながら、通りすがりに頭をぐしゃっと雑に撫でられた。「あ」と思った直後、どこか呆けていたニールが「あ――――――っ!?」と叫んで、ポルペオが驚かされたように我に返る。
「お嬢ちゃんに触るな変態野郎め! お前の変態菌が移ったらどうしてくれる!?」
「お前は、本当に空気も読めない馬鹿ですね」
「うむ。ニールとモルツは仲良しだな」
ヴァンレットが、ひょいと足を動かして合流し、そう口を挟んだ。
「違います、コレと同年齢と思うたび溜息しか出ません」
「ヴァンレット超誤解してるよッ、俺らの相性は最悪なの! こっちは変態野郎と同年齢で一くくりされるたび、ゾッとしてんだからな!?」
そう互いに指を向け合う様子を見て、マリアはなんだかなぁと思った。ポルペオが走り出すのに気付いて、その横に並んで続きながら後輩組の三人に声を投げる。
「行きますわよ、相手の数も増えているみたいですし」
どうやら実行犯メンバーの他にも、見張りや逃走といった手助けで、分かれて行動していた青年達もいたようだ。常習犯の場合だと、よくある事なので想定範囲内ではある。
そんな一グループのスリ集団を取っ掴まえるべく、マリア達は揃って駆けた。
※※※
それから少し経った頃。
騎馬総帥であるレイモンドは、ごった返した賑やかな人混みを一人で歩いていた。髪型はやや崩れ、コートには払い残りのある真新しい土埃が付いている。
「チクショー、ここはどこだ」
土埃の残りに気付いて払いながら、見通しの悪い道の先を見てそう愚痴る。ぶすっとした仏頂を晒している彼は、柔らかな髪と肩に葉っぱの切れ端もくっ付いている状態だった。
ざわざわとひっきりなしに鼓膜を叩く混雑した通りは、様々な声と音に溢れている。レイモンドの近くわ、数人の男達がバタバタと走りながら「警備隊の臨時テントってどこだ」「呼んでこいって言ってたけど、あいつら一体何者なんたぜ?」と通り過ぎていく音もかき消された。
「ったく、最後の最後で『ああくる』か? しかもジーンの奴、迎えに行くからあとでなって俺を身代わりにしやがって」
レイモンドは、ぐちぐちと口の中に言葉をこぼした。言いたい文句が沢山あるという表情で、身体に残っている葉っぱについても、一枚ずつ確認して引き剥がしていく。
不意に、不自然なくらい混雑が薄れた。
疑問を覚えて目を向けると、傘付きの外テーブルが置かれた開けた場所に辿り着いていた。テーブルや椅子が転がった荒れた現場が目に留まって、彼は思わず「は……?」と足を止めてしまう。
騒ぎのピークが去った後なのか、『懲らしめられている青年達』も『制圧にかかっている友人達』も、比較的煩くはしていなかった。
真っ先に目に飛び込んできたのは、すぐそこで、ぐすぐす泣いている青年の胸倉を掴まえて起こし上げているマリアの姿だ。
「…………また、胸倉を掴んでる」
レイモンドはそう呟き、一体どういう状況なんだと口にして現場を見渡す。
ちょうど用は済んでしまっているようだった。ロイドが落ち着いた様子で手を払っており、もうしまいだというようにモルツも几帳面に袖口を整え直している。
それに対して、青年達は一人も立っている者がいなかった。悪夢に悩まされるかのようにうんうん唸って転がっている者や、テーブルに乗り上げて突っ伏している者。顔面を下に打ち付けた姿勢のまま意識を飛ばしている者……、辺りには彼らの小さな呻きに満ちていた。
現場の状況を確認しつつ、レイモンドは少し足を進めた。マリアの近くにいる友人と目が合い、思わず吐息混じりに声を掛ける。
「ポルペオもいながら、かなり穏やかじゃない状況だなぁ……」
「仕方なかろう。警備隊が到着する前に逃げようとしていたコソ泥集団だ」
そう教えられたレイモンドは、優しい鳶色の目に同情を浮かべる。
「もしかして集団スリか? こいつらも災難だったなぁ」
その声に気付いて、マリアは目を向けた。
そこにオブライト時代の友人、レイモンドの姿を見付けて、後ろ手に縛る作業を続けているニールに青年をお願いしてパタパタと駆け寄った。
「レイモンドさん、その格好どうしたんですか?」
目の前まだ来たところで、彼の肩から飛び出している小さな枝を取った。隣から覗き込んできたポルペオと数秒ほどそれを観察した後、二人は揃ってレイモンドへ目を戻す。
「…………なんで枝?」
「…………この辺りでは見掛けなかったが、お前この枝をどこで拾ってきたのだ?」
「頼むから『え、何してんの』みたいな目を向けてくるのは、やめてくれないか」
レイモンドは、マリアとポルペオからの視線をかわすように額を押さえた。思い返すような表情で「ぐぅ」と呻ったかと思うと、くぐもるような呟きを上げる。
「……………………グイード、あとで殺す」
それを聞いて、マリアはおおよそ察してしまった。ポルペオが凛々しい黄金色の眉を顰めて、よく通る野太い声で「またか」とやや苛々したように言う。
その時、モルツを従えてロイドがやって来た。縛り上げる作業を続けているニールと、青年達をのんびりとした様子で『引きずり集めている』ヴァンレットを後ろに残した状態で、状況を察したようにジロリとレイモンドを見て問う。
「で、今度は一体『あの連中』は何をしたんだ」
「あ~っと……、最後の最後でグイードが少し暴走したというか」
ガリガリと頭をかいたレイモンドが、「そもそもさ」と愚痴るように言葉を続ける。
「アヴェインのせいなんだ。決勝戦が終わって優勝が決まった瞬間に、わざと娘の件を思い出させるように吹っかけて、そこにジーンも悪乗りした」
マリア達は、想像が付くなぁという表情を浮かべた。
幼馴染み同士でもあるアヴェインとジーンは、とにかく好奇心旺盛で面白い事が大好きだ。あの二人の場合も、組むと嫌なタッグになる。
そう思っていると、近くで足音が止まるのが聞こた。
「あれ? レイモンドだけかと思ったら、お前らも一緒だったのか?」
そう尋ねる聞き慣れた声の方を振り返ってみると、そこにはジーンの姿があった。すぐそばにはアヴェインとグイードがいて、集合している面々と荒れた現場を見渡している。
いつの間にかこの場に、全員が揃ってしまっていた。
「というかさ、これ、一体どういう状況?」
ジーンが、片手を少し上げて、代表するようにそう訊いた。