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二十六章 遊びたい大人達(8)上

 ロイドが誘ったのは、並ぶ屋台の道の奥にある開けた場所だった。


 そこには三人用の小さな簡易テーブル席がちらほらと置かれていて、それぞれ日よけ用の傘が設置されてある。ぐるっと円状になった周囲には、見事に飲食を扱う出店ばかりが揃っていた。


 地方の祭りでは見られない光景だ。こういう空気も懐かしいなと思う。ほとんどの店が酒を扱っており、腰かけて休む大人たちの一部は日中からの飲酒を楽しんでいた。


 夜になったら、どんちゃん騒ぎが始まるんだろうなぁ。


 王都に用事があった際、タイミングが合えばジーン達と参加して飲んでいたものだ。いつだったか、軍人が参加するのも珍しくはないからと、臨時任務の帰りに立ち寄った事もある。


 そんな事を思い出しながら椅子に腰を下ろしたマリアは、紙袋が置かれる音を聞いてテーブルに目を向けた。自分を先に座らせたロイドが、向かいに座るのを見てやっぱり少し不思議に思う。


「なんだ?」


 足を組んだ彼に、ふっと視線を返された。


 その雰囲気は落ち着いていて、小さなテーブル越しという近い距離にいても不機嫌になる様子はない。そして自分も、あの頃みたいに抜刀されるといった警戒は覚えていない。


「なんというか、ロイド様がプライベートで女性を気遣えるイメージが、あまりなくて? まさか荷物持ちだけでなく、メイドの私に椅子まですすめてくるとか予想外すぎる――と思っています」

「本人が目の前にいるのに、よくボロクソ言ってくれるな。素直になるタイミングが下手すぎるんじゃないか?」


 そう言いながらも怒る気配はなく、彼はどこか呆れたみたいに頬杖をつく。一本食う時間だけ待っていてやる、とその目と表情は妥協を語っているようだった。


 マリアは、首を捻りつつも紙袋を引き寄せた。そこに入っている焼きチキンを確認してみると、骨部分にはペーパーが巻かれて持ち手がきちんと作られていた。肉部分はぷりっとしてほどよく膨らんでおり、ハーブで焼かれた皮はいい匂いのする油で照っている。


 かなり美味そうである。そう思って一本取り出したところで、「あ」と気付いて尋ねた。


「ロイド様も、一本いります?」

「いらん」


 眉を顰めて即答された。


 どうやら小腹は空いていないらしい。そう解釈して、マリアはチキンにかぶりついた。それは絶妙な焼き加減で、見た目の印象通り肉質もぷりっとしている。


 しばらく、口の中に広がるハーブの香りを堪能しつつ、美味い鳥肉を味わいながらもぐもぐと食べ進めた。人通りが多いなぁ、賑やかだ、空が青い……そう辺りに意識的に気を向けようとした。


 だが、やっぱり正面からじぃっと見つめ続けてくる目が気になった。


「あの……、なんでずっと見てくるんですか?」


 チラリと見やって尋ねてみると、切れ長の形のいいロイドの目は真っ直ぐこちらを向いていた。頬杖をついているが、表情は真剣で眼差しも力強い。


 顔面に穴が空いてしまいそうだと思って、ちょっとだけ椅子の後ろに寄った。すると、ロイドが唇だけを動かせてこう言ってきた。


「分からんから見ている」

「……私の方もますます分からなくなるのですが…………」


 こいつ大丈夫だろうか、祭り会場で妙な物でも食ったりしたのか?


 マリアは困惑した。けれど考え出して数秒後には、目の前にあるチキンの方に意識が持っていかれてしまい、再びかぶりつきながら『この肉かなり美味いな』と考えていた。


 秋先の風が穏やかに吹き抜けて、たっぷりの柔らかなダークブラウンの髪を揺らした。前髪がさらりと音を立てて額を覗かせる中、マリアは風につられたようにして目を向けた。その大きな瞳が、ただただ傘の向こうの同じ色をした空を映す。


 ああ、『戦争待機』のない王都が、こんなにも平和だなんて。


 そう思っていると、向かいらガタンッと音がした。目を戻してみると、頬杖が崩れて、額をテーブルへしたたかにぶつけているロイドがいた。


「…………うわ、かなり珍し……」


 こんなドジをするとは思ってもいなかったから、呆けた声が出てしまった。中途半端に上がったままの手だけが、わなわなと震えていて、何かを耐えているかのようでもある。


 かなり頑丈だったと記憶しているが、不意打ちでかなり痛かったりしたのだろうか?


 ロイドがすぐ顔を上げる様子はなくて、マリアは呆気に取られつつも心配になって声を掛けた。


「えぇと、ロイド様……? どうかされましたか?」

「……………………気にするな。それから、出来れば今は名前を呼ばないで欲しい」


 頭をテーブルに押し付けたまま、長い沈黙の後で、彼がらしくないくぐもった声でそう返してきた。


 マリアは、またしてもよく変わらない返答だと思った。昔から、いきなり不機嫌になったりと何を考えているのか分からないところもある男なので、ひとまず指示に従う事にした。


「分かりました、総隊長様――」

「却下だ。やっぱり名前を呼べ」


 口にした瞬間、彼が強い口調で台詞を遮ってきた。引き続き頭を起こさないままという珍しい姿勢で、手を動かして『却下』と指示合図まで出してくる。


 こいつが一体何をしたいのか、さっぱり分からん……。


 そう思って見つめていると、『こっちを見るな』『さっさとソレを食え』と伝えるように彼が片手を振ってきた。


 珍しい様子ではあるけれど、普段のように暴れられるよりマシだろう。言われた通り気にしない事にして、マリアはチキンを食べるのを再開しつつ周囲の様子へと目を向ける。


 ふと、向こうの方が、にわかに騒がしい事に気付いた。


 なんだろうなと思って、チキンを食いながら目を凝らしていると、青年の集団が「どけっ」と声を上げて人混みを退かしながら走ってくるのが見えた。その後ろから、中肉中背の二人の中年男がひぃひぃ言いながら必死に追い駆けている。


「そいつらを止めてくれっ、俺らも財布を盗られた!」

「集団のスリだ!」


 中年の男達が叫ぶ声を聞いて、マリアは「なるほどな」と呟いた。そちらを見据えたまま、鳥肉を口にくわえて空き椅子を足で引き寄せると、引っ掛けて向きを変えて蹴り投げた。


 こちらに向かってくる青年集団の先頭に、飛んでいった椅子があたった。派手に転倒した仲間を見た彼らが、「一体誰だ!」と顔を真っ赤にしてギロリと睨み付けてくる。


 祭りではよくある事だけれど、お前らこんな楽しいイベントでスリをして稼ごうとするなよなぁと思う。


 その時、ガシリ、と頭を鷲掴みにされてギクリとした。


 直後、力任せに顔の向きを変えられた。立ち上がってテーブル越しに腕を伸ばしているロイドと目が合って、うわ、めっちゃ怒ってる……と顔が引き攣りそうになった。


「お・ま・え・は、じっとしてられんのかッ」

「すみません咄嗟に足が出ました」


 頭をギリギリと締め付けられたマリアは、素早くチキンを口から離して謝った。このまま頭を砕かれたりしないだろうか、と前世での関係が過ぎって心配になる。


「足癖が悪いにもほどがあるな」


 そう言って舌打ちまでしたロイドが、ピリピリとした空気をまとったまま「まぁいい」と言って手を離した。


「軽罪の集団スリ業を見付けたのも、怨みを買ったのも悪くない――『正当防衛』として存分に返り討ちにしてくれる」

「…………えぇとつまり、手を出してもいいという事なのは分かりました……けど、あの、ストレスでも溜まってらっしゃったんですか?」

「ああ。誰かさんのせいで、ここ最近はかなり苛々させられてる」


 軽罪であるスリ業の青年達へ目を向けるロイドのこめかみには、溜まった鬱憤を表すような青筋が複数立っていた。かなりストレスがたたっているのか、バキリと指を鳴らす姿は、殺気を背負っていて威圧感が半端ない。


「そもそも、この俺の前で犯罪とは、いい度胸だ」


 仕事には真面目である事を窺わせる発言をしたかと思うと、ロイドが唐突に走り出していってしまった。


 そんなに彼を、頻繁に苛々させている人物がいるというのも『いい度胸』である。後に続くべく立ち上がりながら、マリアは「誰なんだろうな?」と、昔から彼をよく怒らせる友人たちを思い浮かべた。


 食べかけのチキンを包み紙で覆って紙袋にしまう間にも、青年の悲鳴が響き渡り始めていた。


「ひぃぃなんか怖い『おっさん』がきたああああああ!」

「誰が『おっさん』だ、殺す」


 そんなロイドの声も聞こえてきた。またしても普段ならないような挑発された発言を耳にしたマリアは、なんとなく彼がまだ少年だった頃の事を思い出したりした。


「すみません、この紙袋預かってもらってもいいですか?」


 すぐ近くの屋台の男主人に、そう声を掛けて半ば押し付けるように手渡した。彼が戸惑いつつも「まぁ、いいけどさ」と答えるのを聞いてすぐ、踵を返して走り出す。


 その時、聞き慣れた大きな声が聞こえた。


「貴様らはッ、また何をしとるんだ馬鹿者!」


 一旦足を止めて目を向けてみると、そこには肩を怒らせたポルペオの姿があった。

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