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二十六章 遊びたい大人達(6)

 マリアは、贈呈式で優勝賞品のチキン二十本とサービス券が入った大きな紙袋をもらい、甚く満足で嬉しさいっぱいだった。


 素の表情でいたから、にっこりと爽やかに笑って「ありがとう」と応援してくれた観客に応え、モルツと一緒に壇上を降りる。


「こういう時ばかり手慣れたように観衆に応えるところも、相変わらずですね」

「何が?」


 大きな空色の瞳を、両手で抱えていた袋から隣へと向ける。


「毎度、注目の場に立たされるのを随分嫌がっていたでしょう。ただの舞踏会だというのに全力で逃げようとして、ポルペオ師団長とミゲル師団長に取っ捕まっていました」

「…………えっと、数に覚えがありすぎていつの事なのか分からないんだが。アレは、これといって参加の必要もないやつだったというか……」


 言いながら、あの二人のタッグ嫌だったなと思い返してしまう。


 自分が要らなさそうなパーティーにも、何故かよく参加させられりした。アヴェインのところに顔を出したら「これからあるんだ」とキラキラとしたいい笑顔で言われ、全力で回れ右したものの飛び蹴りを喰らって「ルーノ、オブライトに着替えの支度を」とされた事もよくあった。


「そういえば、お前にいちいちダメ出しされて、装飾品をコーディネートさせられた事もあったな…………」


 思い出して、げんなりと呟いた。

 そうしたら隣を歩くモルツから、「ふっ」と笑う吐息がこぼれるのが聞こえた。珍しいなと思って横目に見上げてみると、口許にちょっと笑みを浮かべている彼の横顔があった。


 ああ、もしかしたら『この優勝』に満足感もあるのかもしれないな、とマリアは思った。いつも前に出ない男ではあったけれど、勝負事に誘って勝った時、いつもどこか楽しそうにしていたから。


「そうか。じゃあチキンは三本あげるよ」

「何を納得されてその結論に至ったのかは知りませんが、必要ありません」

「でもまだ温かいし、美味しそうな匂いもしているぞ?」

「そこにサービス券を一緒に詰め込むというのも、私としてはどうかと思いますがね」


 つい先程の贈呈式にて、開催主は大小二つの袋を、大きな紙袋に一緒くたに押し込んでいた。それを誰も疑問に思わないんですかね、とモルツは生粋貴族として疑問であるという顔で呟く。


 そのまま会場を出たところで、二人はそれぞれ真顔で足を止めた。


 何故か、入口の前で仁王立ちしているポルペオの姿があった。彼は今にも大説教を始めそうな怒りオーラを放っており、通行人たちがかなり距離を開けてよそよそしく通り過ぎていっている。


「…………えぇと、ポルペオ様? どうされた、んですかね……?」


 そういえばこいつの存在を忘れていたな、とマリアは思った。彼もどこかジーンと似ていて、いつもまるで感知したみたいに現われる男だった。


 そう思い出していると、いくつもの青筋を浮かべているポルホペオが「おい」と低い声を出してきた。


「すっかり忘れていたと顔に全部出ているぞ」


 そう言われて、かなり不機嫌であるらしいと察せた。

 一体何があったのだろうかとチラリと辺りをみやってみると、そこには同じく不機嫌最高潮のオーラをまとったロイドの姿があった。


 彼はむすっとして、顔を横に向けて立っていた。なんだか不貞腐れた苛々とした顔をしている。それは彼がまだ少年師団長だった頃、何度か見ていた様子に似ていた。


 モルツと一緒にしばし観察したマリアは、もしやと思ってポルペオに声を掛けた。


「あの、もしかしてロイド様が暴れかけたのを、ポルペオ様が抑えたのですか?」

「貴様らのせいで、私がかなり迷惑した」


 間髪入れず忌々しげに答え返され、マリアはきょとんとしてしまう。はて、身に覚えがないな、と心底不思議に思って首を傾げる。


「私たち、とくにこれといって何もしていませんけれど」

「貴様は馬鹿か? つい直前まで会場で暴れていた奴が、堂々と何を言っている?」

「ああ、あれは暴れていたんじゃなくてただの試合ですよ」


 なぁんだと思って、そう笑って教えた。


 そうしたら、ポルペオがまた新たな青筋をピキリと立てた。傍観していたモルツが、「お前は発言のタイミングを間違えています」と隣から指摘する中、彼がこう言ってきた。


「その全く無自覚で呑気な(ツラ)を見ていると、イラッとくるな。よく分からんが試合中のお前らを見てロイドは切れたんだ、それを止めるのにどれだけ苦労したと思っとるんだ?」


 おかげで奴が踏んでいた地面が割れた、とポルペオが言う。


 その怪力を発揮している魔王(ロイド)を止めたのか……と、マリアはモルツ揃って考えてしまう。あまり派手に動くなという空気の中で、勝手に試合に参加したから怒ったのだろうか?


 すると、共感や理解といった事を諦めたように、ポルペオが息を吐いた。その溜息もあって、眉間の皺は心身の疲労を訴えるかのようだった。


「時間もないから尋ねるが」


 彼はそう前置きして、話の先を進めた。


「何故あのイベントに参加したのだ?」


 問われたマリアは、視線を向けてきたモルツと目を合わせた。そして自分が両手で抱えている茶袋を確認すると、どうしてか首謀者の如く真っ直ぐ自分を見下ろしてくるポルペオにこう答えた。


「チキン二十本がタダでもらえるし」

「案の定の目的すぎて呆れ返るぞ、その小さな身体のどこに食べ物が消えているのだ?」

「それから、食事のタダ券をニールさんにあげようと思って」


 ポルペオのツッコミを聞き流して、マリアはどのタイミングであげようかなと考えながらそう言った。


 すると、どうしてか数秒ほどポルペオが沈黙した。


「……ところで、そのニールはどこに行ったのだ。ヴァンレットの姿もないようだが」

「あ」


 そういえば別行動を取ったのだった、と思い出してマリアは声を上げた。その様子を隣からモルツが見下ろして、「お前は馬鹿ですね」と口を挟む。


「あの二人が『あなたから』勝手に離れる事はないでしょうし、恐らくは提案して別行動を取ったのだろうとは推測していますが」

「…………うん、まさにその通り――えっほんッ」


 そのまま素の口調で続けそうになって、マリアは下手な咳払いをした。正体を知られていると気も楽な半面、緊張感もゆるんでしまうのが厄介だなぁと思う。


「ニールさん達は、ひよこを触りに行きました」

「想定以上のお馬鹿な回答で呆れました」

「私も同感だぞ。奴ら、いい歳で『ひよこ』にはしゃいでいるのか?」


 ポルペオが、信じられんと言って驚愕の表情を浮かべる。


「あれは子供向けのものであろう。あんな大男と、目立つ髪の大人の男が行ってみろ、悪目立ちしかしないぞ」

「えぇと、ニールさんもヴァンレットも、そういう周りの目は全く気にしない性質なので……」

「お前が付いていたら、少しはカモフラージュになって良かったのかもしれんがな」


 それには同意だというように、モルツが「お前は何故同行しなかったのです?」と会話に割って入った。


「そうすれば、イベントも三人で数を揃えられたでしょうに」

「私は小腹がすいたので何か食べようと思って」


 二人から問いの目を向けられたマリアは、真剣な顔でキッパリそう答えた。あのチラシを見てうっかり忘れてしまっていたが、そういえば一番大事な食べるという目的を忘れていたな。このチキン、もうつまんじまってもいいかな、と真面目に考えてしまう。


 凛々しい表情をしているマリアを見て、二人の男が揃って沈黙した。ずっと不機嫌でいたロイドが、何故か殺気も二割減になって「くっ」と目頭を押さえていた。


 ややあってから、ポルペオが「久々に言葉を失ったぞ」と言った。


「なんという消費効率の悪い身体をしているのだ。ずっと食べていただろうに」

「あれ? まるでどこかで見ていたかのような口ぶりですわね」


 疑問を覚えて問い返したら、どうしてか彼が回答を避けるように顔をそらして「よかろう」と切り出してきた。


「あの馬鹿二人は、何をしでかすか分からん爆弾みたいな連中だ。至急、私とモルツで捜しに行く」

「ひどい言われようだなぁ……」

「指示に従う義理はありませんが?」


 マリアとモルツは、ほぼ同時に緊張感もない各々の感想を口にした。


 直後、ピキリ、とポルペオのこめかみに青筋が立った。クソッこいつら本当に苛々するなという目を向けると、「馬鹿者め! よいか貴様ら!」と大きな声を出す。それを正面から受けた二人は、条件反射のように手で耳を塞いでいた。


「この人混みの中、女児の足で歩き回っても捜すのは難しかろう。それに私は、女児を顎で使うなど、騎士としては絶対にせんッ」

「女児じゃねぇよ二回も言うなよぶちのめすぞ」


 十六歳だっつってんだろ、とマリアは切れそうになって一呼吸で低く言いきった。しかし、ポルペオは説教のように話を続けていて、聞こえていないようだった。


「かなり嫌だがこの変態は勘も働き、人混みだろうと急ぎの事があれば誰よりも速く移動出来る。同じ目的で動くなどかなり遺憾だが、ここは私とこいつで捜してこよう」

「先程から『嫌』という本音が見え見えですよ、ポルペオ師団長。私も似合わないヅラを被った、説教癖のある煩い方は嫌で――」

「そうと決まれば、早速あの問題児連中を確保してくるぞ!」


 ガシリ、とポルペオがモルツを掴む。


 その流れを前にして、マリアはようやく「あれ?」と気付いた。ここにいる面々を今一度頭の中で思い返し、どうして自分が捜索組から外されているのか察して、踵を返そうとする彼を慌てて引き留めた。


「ちょっ、待って下さいポルペオ様。捜索作業に絶対加わりたくない男がいるからって、まさかそのロイド様の面倒を、このまま私に押し付けるとかないですよねッ?」

「無論そのつもりだ。むしろ、メイドだからこそ適任であろう」


 ズバッと言い返されて、マリアは「ええぇ……」と今の心境をもらした。ふっと全殺気が消えたのを察知したポルペオが、顔を顰めて、肩越しにロイドの方を確認する。


「珍しいな。まぁいい、奴もそれでいいらしいから、しばらくは任せたぞ」

「えぇッ、考え直しませんかポルペオ様!? ここにモルツを置いていって、代わりに私が捜索隊に加わりますからッ」

「お前、余裕がなくなってあっさり私を呼び捨てにしましたね。いいでしょう、そのまま呼び捨てになさい――それからポルペオ師団長、コレも総隊長もニール達以上の『爆弾』持ちですが」


 首根っを掴まれている痛みを堪能しながら、モルツが両者の気性と性格の問題について指摘する。


「アレに総隊長の面倒を見させるという案で、本当によろしいんですね?」

「貴様らは何をごちゃごちゃと言っている?」


 やかましいぞと睨み付けて、ポルペオが動き出す。モルツをずるずると引きずりながら、念を押すようにして「くれぐれも問題を起こすなよッ」と言ってきた。


「いいか、ロイドをしっかり見張っておけよ!」


 あの怪力持ちのドSを止めるのは、か弱い女の子には無理があるのでは…………。


 マリアはそう言いたかったものの、二人はあっという間に人混みに紛れて見えなくなってしまった。ロイドと残された現状に、これ、どうしろと、と思った。

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