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二十六章 遊びたい大人達(5)

 トーナメント会場は、地元団体の協力も得て簡易試合台が設置されていた。大きな怪我のないよう敷かれた高さのある台は、『一定以上の威力でぶち込まれた場合、最低限骨は守られる』くらいには衝撃を受け流してくれるものだ。


 既に勝ち抜き戦は始まっており、喧嘩に自信のある若者や、屈強な大男達が強さを見せつけあって殴り合いをしていた。人数に制限はないため、地元のチーム団と傭兵団が今のところ優勢であるらしい。


 おかげで、丁寧にルールを説明して状況まで話してくれた受け付けの男達に、マリアとモルツはめちゃくちゃ心配された。


「お嬢ちゃん、本気で参加するのかい……?」

「こんな細い男だと頼りないよ。五人以下の参加チームは、全部一次敗退だ」


 言いながら受け付けの番号をもらったマリアは、隣を見ないままフッと乾いた笑みを浮かべた。


「『細くて頼りない』、だとよ」

「他人の評価など、どうでもいい事です」


 モルツも、マリアを見つめ返さないまま、袖口を少し緩めながらそう言った。


 どうやら賞金が出るわけでもないせいか、参加者は思いの他少なかったようだ。五回戦を勝ち抜けば優勝まで行けそうな組数だった。


 出来るだけプロと当たらないよう祈っている。そう受け付けの物達に見送られ、辞退はいつでも可能だと司会進行役にも念押しされ、試合の舞台に立ったマリア達の相手は――十一人のムキムキの男達だった。


 これまで楽しそうに野次を飛ばしていた見物客達が、途端に心配と同情でざわついた。ハンデを付けて人数を減らしてやれよ、と相手側のチームに訴えかけ始める者達まで出始める。


 すると、参加グループのリーダーらしき大男が「うるせぇッ」と観客席に言い返した。


「俺らはプロとしてここに立ってんだ。残念だが、降参しないようなら遊び半分の参加者は即叩き出してやる」


 足元の強度を確認していたマリアは、そのやりとりを聞いていなかった。ようやくそちらへ目を戻したところで、何やら試合相手vs見物客で騒いでいるのに気付く。


 同じく用意が整ったモルツが、銀縁眼鏡の横を揃えた指先で押し上げながら「何やら揉めているようですね」と言った。


「そういえば、先に確認するのを忘れていましたが、なぜコレに参加したかったのか聞いても?」

「チキン二十本がタダでもらえる」

「お前、まだ食べるつもりですか?」


 通りすがり見ていましたよ、とモルツが続ける。


「ニールから『ゲームに勝てば~』と話を振られた際、これといって興味がないという顔をしていたでしょうに。それなのに景品が欲しい、と?」

「王都協力店の一食分タダ権を、ニールにくれてやろうと思ってな」


 マリアは、対戦相手の男達を眺めながら、やる気に満ちた顔でニヤリとする。その横顔を見下ろしたモルツは、ふぅっと息を吐いて視線を前へと戻した。


「相変わらずですね。アレはもう、育ち盛りの子供でもないのですが」

「チキンは、お前に何本か分けてやるから」


 マリアは、ごめんな忘れてはいなかったんだ、という目を彼に向けた。


 その視線を横顔で受け止めたモルツは、コンマ二秒ほど不自然な間を置いた。それから、元々ない表情を固まらせたまま「その目を寄越すのをおやめなさい」と告げた。


「私は羨ましがってなどいませんし、ニールと同じく、もう成長期は終わっています」

「二本でいいか? ヴァンレットとニールにも分けるから」

「あなた、人の話を聞いていませんね?」


 そして普通の人ならば一本で十分かと、とモルツはしっかり指摘までした。


 その時、対戦相手の男達が「おい、そこの二人!」と呼んできた。


「降参するなら今だぞ。とくにそこのお嬢ちゃん、これは殴り合いの試合なんだぜ? そんな細腕で顔に傷でも作ったら――」

「かまわん、早速始めよう。さっさと優勝までぶんどる」


 戦闘意識に切り替えていたマリアは、少女口調を忘れてそう答えた。きゅっと地面を踏み締めて『発進準備』に入るのを見た男達が、「あ?」と喧嘩を売る声を上げ、同じようにして自然と拳を構える。


「お嬢ちゃん、そのちっちゃい拳でやりあおうってか?」

「俺らもナメられたもんだぜ。ちょっと痛い目見てもらおうか」


 険悪さを増した男達と、どこかわくわくとした少年風の笑みを浮かべたマリアを、審判の中年男が「え、え」と戸惑いを浮かべて視線を往復させる。


 すると観客席から、「小さい女の子だぞ」と再び擁護する声が飛び交い始めた。一斉に集中非難を受けたリーダーらしき大男が「うるっせぇ!」と苛々した声で怒鳴りつけ、試合場の端に立つ審判をギロリと見やった。


「おい審判、さっさと始めろよ」

「あ、いや、しかし」

「こっちの用意はとっくに出来てる。そのまま始めてくれ」


 マリアは、落ち着いた声で言った。


 審判の男は、不参加と言わんばかりに身構えてすらいないモルツを見て、それから両者身構えて見つめ合っているマリア達へと目を戻した。そして、観客達の「可哀そうよ」「とめなよ」というざわめく声の中、躊躇いがちに右手を挙げた。


「ぇと……試合、始め」


 言いながら、手を振りおろした。


 その直後、観客席側の空気がガラリと変わった。急発進したマリアが、先頭辺りにいた二人の男の顔面を掴んで一気に沈めた。容赦のない衝撃音が凄まじく響き渡ったかと思うと、彼女は続けざま、手の届く距離にいた別の男の胸倉を掴んで放り投げる。


 試合場は、開始一分もしないうちに一方的な殴り合いのような、カオスな騒ぎっぷりと化した。あれだけ自信たっぷりだったムキムキの男達が、雄叫びを悲鳴に変えて、命からがらといった必死さでマリアから逃げ回る。


「阿呆。一人も逃がすかよ」


 そら、もうちっと根性を見せろ、『腕』を見てやるからよ。


 そう言いながら迫り、次々にぶん殴って、容赦なく叩き付けて放り投げるマリアは、『とても楽しそうな不敵な笑顔』だった。


 モルツは傍観に徹して、こだまする悲鳴を聞いていた。加減を調整されているとは気付いていない様子の男達が、切れた口内の血と胃液を吐きながら、沈められるたび真っ青な顔で口許を拭うのを、冷淡にも取れる無表情で眺めている。


「…………なんでこんなに痛いのに、意識が飛ばないんだよ」


 近くに吹き飛ばされたムキムキの男が、ぶるぶる震える腕で身体を起こしながら、他の男達と同じ言葉を口にする。だから彼らは、血の気も完全に引いていた。


 わざと気絶しないようにしているからでしょう、とモルツは興味もなさそうに口の中で答えた。そのまま男から目を向けられてしまい、小さく息をついてこう教える。


「お前達も、相手が悪かったですね――言っておきますが、あなた方がナメてかかった『あの人』は、悪意がないだけで根がSの馬鹿力な荒くれ者ですよ」


 喧嘩っ早く、暴れていると随分イキイキしている。


 そんなマリアへと目を向けて、モルツは「私が参加させてもらえるのは、二戦目くらいからですかね」と今のところの一番の関心を呟いたのだった。


             ※※※


「ん? 何やら随分不穏なざわつきが聞こえるな――」


 そう口にしたポルペオは、つい直前に「最終戦始め!」という声が聞こえてきた、トーナメント制のイベントでもやっているらしい場所へと目を向けた。


 そこの試合台で、男達と殴り合いをしているマリアとモルツに気付いて「ごほっ」と思い切り咽た。


「一体何をしとるんだあいつらは!」


 馬鹿かッと叫ぶそばで、付いて来られて嫌そうにしているロイドが、同じく気付いてそちらを見やった。力自慢の大男をテーブルごと叩き割って沈め、若干気分が良かったはずの彼は、「は……?」と呆けた声を上げる。


「というかあの馬鹿者め! モルツの奴、鞭と低温蝋燭を探しに行っていたかと思えば、あんなところでメイドと何をしているのだ!?」


 その商品を求めに行く事が既にアレなのだが、やや疲れていたポルペオは感覚が少し麻痺していた。「買ったら戻ってくると言っていただろうがッ」と、苛々したように地面を踏みつける。


「くそっ、少し目を離すとこれだから嫌なのだ。いや、そもそも奴は試合や力比べに興味はないはず…………、という事はメイドが発端か?」


 でも何故、と口にして会場の周囲に目を走らせたポルペオは、優勝賞品が書かれたチラシを目に留めて「あ」と察した。


「あの娘、まだ食うつもりなのか……ッ」


 実は、ロイドが腕相撲の会場に到着した際、ニール達をしっかり面倒みきれているのか、チラリと様子を確認しに行っていた。その際、歩いていても止まっていても、マリアが食べ物を片手に、ひたすらもぐもぐ食っていたのを覚えている。


 なんと恐ろしい。どこか執着心を感じさせるほどというか、その底の見えない胃袋についても、巨大害獣を素手でぶっ倒して丸焼にした『誰か』を彷彿とさせるような――。


「モルツが、ああやって動きの呼吸を合わせているのも珍しいな……?」


 しばし観察していたロイドが、ふと疑問を口にした。そのまま思案に入ろうとしたところで、対戦相手側のチームの悲鳴を圧す勢いで「いいぞ!」、「頑張れ―っ!」「やったれ女の子!」という歓声が一際大きく上がって、思考が中断されて目を向ける。


 試合台で派手に暴れているマリアのスカートが、ふわりと舞ってチラリと白い太腿が見えていた。飛びかかられた男の首を、両足で絡めて叩き落とす際にはガッツリと晒されていて、風を切った彼女の小さな尻の形がスカート越しに覗いて観客達がより盛り上がっている。


 十三歳くらいにも見える、たかが子供みたいな尻だ。


 それなのに理性をストレートにガツンと叩かれて、ロイドの考える余裕は消し飛んだ。覚えた熱と困惑の直後、冷静な思考も失せてブチリと切れていた。


「――参加者観客もろとも殺してくれる」

「は? あっ、おいやめんか! 貴様まで飛び込んでどうするッ」


 地を這う声を聞いたポルペオが、ブチ切れたロイドに気付いて後ろから羽交い締めにした。必死に止めに入る彼の騒がしい声をかき消すように、会場の方から賑やかな声が上がる。


「スッゲー! あっという間だっ!」

「すごいッ」

「女の子と美形が勝ったぞおおおおおお!」


 ポルペオは、怪力のロイドを全筋力で食い止めながら、ギリィっと奥歯を噛み締める表情を浮かべた。そのこめかみには、複数の青筋が浮かんでいた。


「あの馬鹿共と合流せねば」


 放っておいたら、また新たな騒ぎが起こるかもしれない。


 そもそもポルペオとしては、ドMの変態と同じ問題児組である、ニールとヴァンレットの姿がない事も気になっていた。

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