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二十六章 遊びたい大人達(4)上

 この区の祭りは、どうやら完全民間運営であるらしい。商人組合や貴族の参入がないためか、審査や地代といった問題もなく各地から旅商人や芸団も来ているようだ。


 通りにはぎっしりと出店が並び、賑やかな声が飛び交っている。商売は自由で、持ち込んだ商品を売るテント販売も見られた。勿論高額な値段を掲げているところもなく、従者や使用人を従えた偉いどころの人間の姿もかなり少ない。


 とはいえ、ある程度の選別はされていそうだ。


 腕に袋を掛けているマリアは、地方産の焼きパン料理を手にそう思った。パンの中身のあつあつの肉料理を頬張りつつ、昔よく見ていたような巡回班が警戒していた怪しげな商売のない通りを眺める。


『ねぇお兄さん、三十分【買って】くださらない?』


 そういえばと思い出す。あの時も、ニールとヴァンレットを連れていた。彼らはまだ十代で、そういった色事には全く縁のない部下達だったから、そう堂々と誘われて困った。


 彼女は、その年頃であれば当然知っているだろう、と疑っていない様子だった。確かに、相手がこの二人じゃなければそうだっただろう。でも説明するのも難しいし、そうしたら彼らからも質問が来て教えなければならないだろうし――と色々と面倒な状況だった。


 一言断るくらいでは、口を閉じてもらえそうになかった。

 結果としてはすぐに解放してもらえたのだが、あの時、自分はどうやったのだったか?


 少し恥じらった女性の顔を覚えている。しかし、当時の事を思い返そうとしたマリアは、立っている先の出店から「よっしゃああああ!」というニールの声が聞こえて目を戻した。


 ようやく『当たりの紐』を引けたらしい。ニールは続いて、パッと目を輝かせたヴァンレットと嬉しそうに手を叩き、二人揃って子供向け運試しゲームの勝利を祝っていた。手に持っている袋に記念すべき十軒目の菓子袋を入れ、くるりとこちらを振り返る。


「お嬢ちゃん見てた!? 三回目にしてコツを掴んだ俺の引き、すごくない!?」


 パタパタと走って戻ってくる彼の後ろで、店主の男が苦笑を浮かべているのが見えた。菓子を欲しがる大人もいるもんなんだなぁ、と言わんばかりだ。


 オブライトだった頃に見ていた光景とまんま同じで、マリアは口角が引き攣りそうになった。図体のデカいヴァンレットで店先が窮屈になってしまい、他の子供達が周囲で待っていたのも申し訳ない。


 そう思いながら、半ば突進するように向かってきたニールの頭を、条件反射のようにガシリと掴んで止めた。


「うんうん、見てた見てた――えっほん。良かったですわね」


 そのまま撫でそうになって、直前でピタリとやめて言葉使いも直した。きょとんとした顔を地面に向けられたままの彼が、一瞬ハタと止まったのを手から感じた。


 直後、その後ろからヴァンレットにずいっと芝生頭を向けられて、マリアは手を離した。ニールがそちらに気を取られて、後輩の姿勢を見た途端に「あ」と言う。


「…………ヴァンレット、楽しそうで何によりなんだけど、まさかその」

「うむ。褒めてくれ」

「また?」


 さっきもやったばかりだろう、なんでそう頭を撫でられたがるんだ。


 お前、もういい歳した立派な大人にしか見えないんだぞ。それをやるとかなり目立つんだが……そう言葉が脳裏を過ぎるものの、マリアは片手でぐりぐりと撫でてやっていた。不思議でならないなと思いながら、持っていた焼きパンを頬張る。


 続いてヴァンレットに頭を向けられ、ニールが「やっぱり俺もやるのか」と首を捻り、それから手を伸ばした。


「ヴァンレットは、テンション上がると一つでも多く撫でられたがるよな~。ご褒美があると運が味方するみたいにゲームの勝利確立が上がるとか、先輩としては『え、これはもしや実力じゃね?』って怖くなったりもするんだけど、気のせいだよね?」


 ゲーム中だった時と同じく、手を動かしながら好きに喋っていたニールが、「ところでさ、お嬢ちゃん」と言って、またしても急に話題を変えて話を続行する。


「いつの間にそれ買ったの? というか、まだ食べるの?」

「さっき歩き売りが通っていったので、その流れで買いました」

「いやお嬢ちゃんさっきからずっと食べてるじゃんッ、その流れで即買う決断するのも滅多にないと思うよ!?」


 頭を起こしたヴァンレットの隣から、ニールが手ぶりを交えてそう言う。もぐもぐしているマリアは、手に持っていた袋をずいっと差し出した。


「これ、ニールさんの分ですわ。もう一つはヴァンレットの分」

「えっ、マジで!? やったねありがとう!」


 直前まで質問していた事も忘れたかのように、ニールが瞳を輝かせて受け取る。その中身の一つを、まずは超大型の後輩に渡してから自分のを手に取った。


「うーん、でも年下の女の子に驕られるのも、ちょっとアレかも……?」

「大丈夫ですわ。旦那様から『お祭り楽しんでおいで』と、お金を持たせてもらっています」

「お嬢ちゃんのところの雇い主さん、ほんと良い人だね! お給料とかも弾んでそう」

「……毎度のお小遣いが、弾みすみな気もするのですけどね……」


 そっと顔をそらして、口の中でこっそり呟いた。


 場合によっては、当月の基本給を超える事もある気がしてきた。領地のお祭りにカレン達が行く時も、アーバンド侯爵は衣装屋を呼んで服を買っていたりした。


 執事長フォレスも、個人的に「休憩してらっしゃい」とお金を渡して息抜きさせる。料理長ガスパーも、夜に外出する日中勤務組の衛兵ニック達とギースの三人に「俺からの応援費」と言って、封筒でぼんッと渡したりもした。


 その時、通行人の様子を見て、ヴァンレットが大きな身体をちょっと窮屈そうに寄せた。思い返していたマリアは、それに気付いて片手で彼に合図して頭をわしわしと撫でた。


「祭りのゲーム、なかなか楽しいですわよね」

「お嬢ちゃん、俺としてはずっと食べ続けながら、手慣れた感じでヴァンレットを褒めてるのが気になるような――うん、ヴァンレット偉いぞ!」


 マリアが手を離したタイミングで、続いてニールが、先輩として後輩の頭をぐりぐりとやった。


「そういえばさ」


 言いながら手を下ろして、彼はマリアに目を戻す。


「向こうにも、ゲームをやってるお店が沢山あるっぽいよ。さっきの子供集団が話してた」

「――…………バッチリ見すぎて、声、聞くの忘れてたな」

「は?」


 小さい子供、可愛かったな、とマリアは真面目な表情で思い返す。


 聞き取れなかったニールが、焼きパンを食べ出しながらヴァンレットと共に頭を寄せてくる。それを見て、とくになんでもないと伝えるようにこう言った。


「手先を使う系がいいですわよね。その方がヴァンレットも新鮮で楽しいでしょうし」

「お嬢ちゃん分かってるね! 俺もそっちメインでチョイスしてんだよね~」


 バクバク食べ進めながら、ニールが楽しそうに言う。


 二人は、それで構わないかと確認するように彼を見上げた。目を向けられたヴァンレットが、同じように焼きパンを大口で食べつつ「うむ」と嬉しそうに笑った。そのがたいからゲームも力物を勧められる事が多いので、昔からわざとそれ以外の事をさせていた。


 はぐれないよう人混みの中を歩き出した。ぺろりと焼きパンを胃に収め、途中でニールの戦利品の菓子を一つ取り出して、三人で味見しつつ店を眺め歩いた。


 続いて立ち寄った店は、水面に浮いた小さな紙を糸で引き上げるものだった。紙の裏に商品番号があり、引き当てたそれをもらえるというものだ。


 マリア達は、窮屈そうに三人並んでしゃがみ込んだ。


 右からヴァンレット、マリア、ニールの順で水面を覗き込み、指先で細い糸をつまんでそっと垂らす。

 その様子を、後ろから通り過ぎる大人が珍しそうに見やっていた。何人かの子供達が「ママーっ、大人もやってるし俺もやりたい!」と理由付けてねだる声も上がる。


「当たりよ来いッ。俺、水鉄砲欲しい!」

「何に使うんですか、ニールさん」


 いい歳した大人だろ、と、マリアは目の前に集中しながら尋ねた。彼らに付き合ってやっているものの、やっぱり昔からこの手の遊びはよく分からんなと思う。


 武人の手をしたヴァンレットは、『小さくて細い糸』の持ち加減も難しそうだった。それと違い、ニールが器用な指先で位置を調正しながら「だって」と言う。


「この手のおもちゃなら、危なくないじゃん? 今度ルクシア様と遊んでやろうと思って」

「ルクシア様にぶっかけたら締め上げるぞ阿呆」

「あれ? 今、隣からすごく冷え冷えとした注意が聞こえた気がす――」

「それに本か紙が濡れたら、アーシュに怒られますわよ」


 先日も、空気の入れ替えで舞った紙を、うっかり踏んで一人で騒いでいた。彼の言い分は理解出来ないので、恐らくは職業柄なのだろうかとも考えている。


 そう思い返していると、ニールが「あはははは」と笑った。


「アーシュ君って、ほんと面白いよねぇ。この前ね、なんかいきなりぶん投げられた」

「あれは喋り通していたニールさんが悪いかと」

「お嬢ちゃんは欲しいのとかないの?」

「強いていうなら『串焼き交換権』」


 マリアは迷わず口にした。ニールが、自分より低い位置にあるその横顔を見た。


「え。お嬢ちゃん、まだ食うの――」

「ヴァンレットは何が欲しいの?」


 そういえば、としゃがんだまま二人は目を向ける。そうしたら、彼が子供みたいな目で見下ろして「うむ」と頷き、迷わずこう答えてきた。


「『ひよこの触れ合いコーナーの無料券』だ」

「…………」

「…………」


 王都には農場がない。

 そういった触れ合いが出来るのは、祭りの出店くらいなものだった。

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