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二十六章 遊びたい大人達(2)下

 今回の『午前中、祭りに行こう!』については、どうやら全員がざっくりとしか内容を聞かされていないらしい。グイードとジーンが、一同が集まるなり改めて手短に話した。


「まぁ案は俺とジーンなんだけどさ。この祭りって芸の競り合いだけじゃなくて、殴り合いのイベントもなんでもありで集まってる。警備隊の若い連中と、うちの若手軍人も参加してるからさ。ちょっくら様子見がてら『しごいて』やろうかと思ってな」

「目的としては市場調査っつうか、警備隊でグレーの連中が『どっちなのか』の見極めが主だな。とくに知りたいと思っていた町の警備隊長が、わざわざお越しになってるって情報があったのが、決め手でもある」


 ジーンが含んだように言い、ニヤリとする。


「何せ、聖職者の始まりの地と言われている三大大聖堂のある町の警備隊だ。このタイミングでの来訪ってのも気になる」

「俺が仕入れた情報だと、かなり気真面目な男らしいがな」


 深くかぶった帽子の位置をぐいっと直しながら、アヴェインが意見した。


「地方出身者で、その地の住民らしい信心深さを持ち、歳は三十と若い。それでいて三つの地の警備隊を自由に出来る権限は、実力付きではあるようだ」

「ますます興味深いねぇ。是非とも『黒』でない事を願いたいが」


 そう相槌を打ったジーンに、グイードが「今後の任務考えるとそうだよな」と期待しない口調で言った。


「はたしてオルコット・バーキンスは『どっち』なのか。――つっても、それをやるのは俺とジーンで、今回は次の一手の前の息抜きみたいなもんなんだよ。各々祭りを楽しもうぜ」


 そう言いながら、安心させるように笑いかけられた。


 でもマリアとしては、正直言うと先程から、その後ろの光景が気になって説明に集中出来ないでいる。


 レイモンド達だけでなく、発案者のジーン達に目を向けられてようやく、ついさっき到着した逞しい男が黄金色の眉をキリリとつり上げた。頭にかぶせられたカチカチのヅラが、午前の柔らかい日差しを受けてきらりと反射している。


「いいか貴様らッ、時間になったらここを出るからな!」


 太い黒縁眼鏡越しに、金色(こんじき)の目をカッと見開いて、ポルペオ・ポルーが大きな声を上げた。到着を無視し、待たされた彼の額にはくっきりと青筋が立っている。


 全身から不機嫌オーラが出ており、かなり苛々しているのが伝わってきた。きっちりコートまで着込んだ格好は、どう頑張っても裕福な家の者といったところだろう。


 マリアは、そもそもなんでポルペオ……と思った。その第一発言の声を聞いたアヴェインが、「いちいち大声を出すな暑苦しい」と片耳に指を突っ込んでいる。


「全く、お前はもう少し声量を抑えられんのか?」

「はっ、陛下申し訳ございま――」

「だから『陛下』って呼ぶなっつってんだろ」


 まるで威厳もなく言い放ち、アヴェインが屈強なポルペオの頭に手刀を落とした。


 態度もかしこまっていた彼が、半ば下がった頭のまま「大変申し訳ございません」ともう一度言ってから、ジロリと『元凶』を見やった。


「ジーン、私は貴様らのお守りに推されて大変不快だ。さっきも高官共に泣きつかれたぞ」

「ははははは、まぁ機嫌直せよポルペオ。手土産持っていけばジークも喜ぶぞ~。あいつ、シャイだから口にしないだけで、庶民菓子も好きだからな~」


 泣き虫だった二番目の王子は、今も甘い物が好きなところは変わっていないらしい。


 マリアはそう思い返しつつも、最後に到着した機嫌マックスの友人メンバーにグイードが声を掛ける方へ目を向けた。モルツがいるとしたら、『奴』もいる。


 前もって知らされていたレイモンド達も、その姿が見えてようやく『少し意外だった』という表情を浮かべた。


「それにしても、お前が本当に来るとは思わなかったなぁ」

「条件が条件だっただけに、来ないかと思ったけどな~」


 続いて視線を寄越したジーンが、カラカラと笑って「見事に『庶民服装』」と、褒めているのか馬鹿にしているのか分からない調子で言う。


 ポルペオの後ろから来たのは、ファウスト公爵――ロイド・ファウストだった。


 こちらを睨みつけている彼は、髪型も決めていないのに相変わらずの美貌っぷりだった。近くを通り過ぎる男女の視線を集めているのも気にならない様子で、見下すようにして指を向ける。


「ナメるなよ。お前らが出来て、この俺に出来ない事はない」


 落ち着いた色合いのジャケットは、丈が長めですらりとした彼に合っていた。それを総合的に見たグイードが、名門伯爵家の相棒レイモンドと比べてこう感想する。


「まぁ、レイモンドよりは馴染んでるよな。ポルペオと比べたとしたら、随分『上手い変装』だ」

「時間までに帰還する。俺の仕事は遅らせん」

「相変わらず仕事真面目だな~」


 はははとグイードが笑うそばで、ヴァンレットが動くのを見て、ニールとレイモンドが慌てて彼の口を塞いだ。アヴェインが「その光景、久々に見た」と淡々と言った言葉からは、日々の多忙さが見て取れた。


「チッ、こんな軽装をするのは久しぶりだ」


 まさかのロイドまで……マリアは、文句を言っている彼を無言で見つめてしまう。なんで連れて来たんだよ、とモルツに目を向けてみると、本人(しゅじん)がそう決めたんですと視線で返された。


 その時、ロイドに目を向けられた。何かしら文句を言われるかドSで鬱憤晴らされる、と前世と今日(こんにち)までの経験から、条件反射のようにぎくりと固まった。

 

 そうしたら何故か、気分が乗らないとでも言うように、かえって大人しくなった彼に視線をそらされてしまった。


「…………あれ、どうしたんだ……?」


 思わず、素の口調でぽろりと口にした。天災でも来るのかなと本気で考えていると、ジーンが「とくに『普段通り』だろ」と耳打ちしてきた。


 そういえば、とマリアはハタと思い出して元相棒に目を向けた。


「というかな、そもそもなんで昨日の今日で祭りなんだよ。いきなり旦那様に手紙を送り付けるとか――」

「うん、俺も侯爵本人に直接手紙を出したのは初めてだった」

「!?」


 マジかよ、と見つめ返したら、彼が「うんマジ。ちょっと緊張したわ~」と気の抜けそうな声で呟いた。


「緊張どころじゃないだろ、お前阿呆なんじゃないのか……!?」

「俺もさ、出した後に『あ、これ怒られるかも』って思った」

「ハーパーの件の処理が済んだばかりだろう。大臣仕事は大丈夫なのか?」

「ははは、大丈夫だって。ベルアーノがちょっと血反吐を吐くくらいだから」


 ジーンが、ここぞというキラキラとした笑顔で親指を立てた。


 爽やかに鬼畜だ。どうしてかベルアーノが胃痛で緊急搬送される姿しか頭に浮かばなくて、マリアは本気で反応に困った。


 こそこそと話す向こうでは、ロイドが片手で顔を押さえて伏せていた。ポルペオとレイモンドとアヴェインがやりとりする中、気付いたグイードが「なぁ後輩」と声を掛ける。


「大丈夫か?」

「……気にするな」


 ジーンを見上げていたマリアは、呆れた表情をフッと困ったような笑みに変えた。ハーパーの件の後、モルツの事で駆け付けてくれた件もある。少しは気分転換になるといいな、と元部下で元相棒を労った。


 それは町娘の衣装もあって、普段よりも二割増しに少女らしい。たっぷりのダークブラウンの長い髪とも合っていて、落ち着きのある表情を浮かべると美人ではないにしろ『女の子』感も増す。


 それをじっくり見てしまい、ロイドがハッと我に返って顔を押さえた。


「くっ、頭が痛い……!」

「お前、マジでどうした?」


 グイードは、今にも頭を抱えそうな後輩を見て、やや本気で心配するような顔をした。ロイドが「俺にも分からん」と、ついポロリと白状した言葉は、横からニールが飛び込んできた事でかき消された。


 ドカッと横から体当たりされて、珍しくちょっと揺れる。そんな破壊神(ロイド)の様子にも気付かず、ニールがヴァンレットの手を握ったまま言う。


「そういえばさ、魔王ってば今日は『真っ黒』じゃないんだね~」

「…………お前、普段から俺の社交衣装も見てるだろ。ヴァンレット共々その頭かち割ってやろうか」


 顔から手を離して、ロイドが力二割減で嫌々そうに目を向ける。


 一番デカいヴァンレットが、気分明るい様子で「うむ?」とゆっくり首を傾げる。ニールも同じ方向にコテリと首を傾けた。


「んん? 声に覇気がないっぽい?」

「このタイミングじゃなかったら埋めてる」

「あ、な~んだいつもの後輩君で安心した!」


 やけにテンションが高いニールを、ロイドがなんだこいつという目で見た。


「よく分からんが――今すぐ殺していいか」

「ロイド落ち着け。よく分からんのに殺すのはまずいから」


 なんとも言えない表情で見守っていたグイードが、ひとまずフォローしてそう言った。彼の目には、後輩同士仲良くしてくれると嬉しいんだけどな、という言葉も浮かんでいた。


「――それで? 我々は剣も置いて『プライベートで来た』事になっていますが、このまま立っている方が目立ちますよ」


 モルツが、さりげなく辺りの様子を窺って淡々と口を挟んだ。本当に何もしなくて良いのか、と最終確認するようなニュアンスだった。


 一同の視線が、二名の発案者へと向けられた。視線を受け止めたグイードが、片手を交えて笑って話す。


「息抜きのちょっとした遊びってのはマジなんだぜ。ついでに俺とジーンの方で、いくつか見ておきたい事がある程度だ。だから、まずは別行動になるな」

「まずの目的である闘剣大会は、ポルペオの剣技だとかなり目立つし? ははは、かといってロイドに動かれたら祭り自体がダメになるからな~」


 だから俺ら二人とレイモンドで参加予定、とジーンは説明する。偽名を使ってエントリーナンバーをもらうので、加減を調整して特徴的な剣技を出さなければバレずに済むのだとか。


 その話を聞いたマリアは、十六年前なら考えられない事だったので、今更のように謎だと思った。仕事に関わるような事からは除外されているというのに、ホントなんでこいつ来たんだ、という目をロイドに向けてしまう。


「お前、露骨にその目を寄越すのをおやめなさい」


 先に気付いたモルツが、眼鏡のツルを揃えた指先で押し上げながらそう言った。


 ポルペオに続いて、グイード達を仕事に引っ張って戻すためだったりするのだろうか。そう考えながら、ロイドに睨み返される前にレイモンドの方を見やった。すると、いや実際かなり予想外だった、とでも答えるように顔の前で手を振られた。


「俺は勿論、クソ面白い試合を見るためだ」


 その時、アヴェインが堂々と言い放った。誰も尋ねていないのに答えたところからは、ようやく仕事から抜けられたのでさっさと見せろ、という気持ちが伝わってきた。


 この人もかなり自由なんだよなぁ……と一同は目に浮かべた。数秒ほど会話が途切れ、ヴァンレトがマリアの頭で揺れるリボンに気を取られて目を向ける。


「まっ、そういう訳で」


 ジーンが平気な顔でそう言って、一旦この場の話を締めるように手を叩いた。


「他のメンバーは、闘剣大会には不参加って事でよろしく」


 マリアは、それを聞き届けたところで「ん……?」と疑問の声を上げた。


 つまり、これって、と思い至った時にはアヴェインが踵を返していて、グイードとレイモンドの背中を押してジーンが続いていた。


「他にも色々と面白いイベントはやっているらしいし、お前らは息抜きを楽しめよ~。また後でな!」


 手振りでも『後ほど』と伝えられたうえ、見事なウインクまで寄越されてしまった。


 その場に残されたマリアは、四人が離れていくのを見つめながら「えぇぇぇ……」とこぼした。せめてドMの変態野郎辺りとかは連れて行って欲しかったな、と思った。

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