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十七章 任務前日~参謀の大臣&戦闘使用人~動(3)下

 スキンヘッドをしたピーチ・ピンクのリーダー、二十一歳のジャックには、幼馴染である十九歳から二十歳の九人の子分がいる。スラム街に分類される荒れた区の一つにある小さな町で産まれ、メンバーの半数は町の孤児院の出だった。


 最近、ジャック達は『灰猫団』という大グループの傘下に入り、とある屋敷の用心棒として入った。実は先日、天使のような愛らしい『娘』がいる家族――と勘違いしてしまった妙な組み合わせの四人に、揃ってボコボコにされ、恐ろしい記憶にたびたび悪夢を見て飛び起きてもいる。


 あの『おっかないおっさん』や『バカデカい青年』や『むかつく青年』に痛い目に遭ったのだが、その中で一番ダメージを負わされたのが、幼女枠の女の子だった。美人ではないものの、愛嬌のある可愛らしい天使――


 なのに、めちゃくちゃ凶暴だったのだ。


 とはいえ、震え上がってその愛らしい容姿が思い返されるたび、「やっぱり可愛いは正義なんだよなぁ……」と自分たちの心に抗えず泣いた。なんだか抗えない絶対の恐怖はあったものの、あれはあれで珍しいくらい(おとこ)らしいところが、これまで出会った事のないタイプの少女で憎めない部分もある。


 絶対口外するなと脅されたし、痛みと説教に恐怖はこびりついたままだ。けれど、あの中年男と二人の青年とは違い、リボンの女の子だけは『妹枠の兄貴的な天使』という新しいジャンルを、彼らの中に形成してしまってもいた。


 つまり、幼女は天使だと思うのだ。


 やはり『愛らしい』と『妹枠』は、永遠のロマンなのである。


 自分たちの方から夢を手放す事なんて、出来ないせいだろう。あの大きなリボンの女の子って超ドSなんじゃねぇの、と思いもするのだけれど、なんだか、それはそれで初めてのドキドキとした感じで、忘れられないでもいる。――まぁつまりは、とりあえず痛い目を見たくなくて黙ってはいた。


 約束通り用心棒として付いただけで前払い金が出たので、病気になった孤児院の子供の高価な薬代を、土下座して「待っていてくれ」と頼みこんでいたシビアに物を考える町医者に送金が完了したのは、先週の事である。まだ治療は続いていたので、母や妹への仕送り分の他は院長先生に送った。


 いつも匿名で送っているのに、またしてもジャック、ガイザー、ラッツ……と全十人の名前入りで、孤児院の院長先生から返事の手紙が届いたのには驚いた。病気の子の体調は回復に向かいつつある事、他の子も自分も元気でいる事、そして、無理はしないようにと書いてあった。


 ジャック達は、バカ正直に手紙に送り先を記していた事に気付いていなかった。最低限の読み書きしか出来ない自分たちの字や文章を、院長先生にすっかり把握されているとも思っていなかったから首を捻ったものの、みんな元気そうで何よりだという感想で疑問を忘れたのだった。



 ちなみに、珍しいキレイな灰色の髪をした行き倒れていた一人の青年を助けたのは、院長先生に『心配しないでください』と手紙を送り返した昨日の事である。そのためになくなったメシ代について、今朝(けさ)、目が覚めたところでようやく「どうしようか」と考えていた。



 困った事は、『灰猫団』の参加に入ってすぐ用心棒という仕事につけたのはいいが、仕事日がくるまでほとんど待機状態である事だ。屋敷の方で何やらイベントをするとかなんとか言っていた覚えがあるが、その日が来ないと残りの金をもらう事は出来ないのである。


 ジャック達は、しばし全員で向かい合うように輪になって、何もない部屋の床に座りこんでいた。その中央でミルクと少ない柔らかな食事を終えた仔猫のトラジローが、十九歳の刈り上げ頭のラッツの膝の上によじ登り、そして隣の男の伸ばされた足にジャンプしてしがみつく。


 続いてトラジローは、短い四肢を伸ばすようにふっくらとした腹を揺らして、見事な跳躍を見せてジャックの腕に飛び移った。


 そのままよじ登ってスキンヘッド頭に移動したトラジローが、そこで誇らしげに胸を張る様子を、向かいにいた三人が見て「可愛いなぁ」とへらりと笑って、直前まで話し合っていた『悩ましい事実』について一瞬だけ忘れていた。


「というか、鞘から外れなかったなぁ……」


 細い一重瞼を持ち上げて夜明けの空を眺めていた、ひょろりとしたガイザーが、そう言って妹お墨付きのモヒカン頭を少し揺らした。

 

 トラジローを見守っていた三人が、そうだったと思い出して、再びリーダーのジャック達と同じ表情を浮かべて「うーん」と首を捻る。


「抜けて刃が錆一色ならまだしも、十人中八人分は鞘から外れないとか、すげぇ確率っすよね」

「ジーニーのもそうだけど、ひどい店もあったもんだぜ。俺のも三ヶ月前に中古で買ったばっかりの物だったんだけどなぁ」

「振ったら、なぁんか音はするっぽいんすけどねぇ。カラカラって妙な音が」

「これくらいの武器になると、結構金かかるしなぁ」


 今の時点では調達出来ないというのが、実に悩ましい。


 用心棒として活躍出来れば、いつでもそれに見合った報酬は払われるから常に屋敷にいてもいい、とは『ストロベリー・ダイナマイト』という凶悪メンバーにアドバイスされていたが、武器の件があって実行に移せてはいない。


 バレたら、多分まずい気がする。使えるのかと面接で訊かれた際、調子に乗って頷いて肯定しておいたのを思い返しては、知られたら解雇になるうえ払った金を返せと言われるんだろうか、と考えたりしている。個性的な髪型をした彼らの頭の中には、『血生臭い制裁』が微塵にも浮かんでいなかった。



 しかし、ジャック達の思案の時間は、それからすぐに終わりを迎えた。泊まっている部屋に、早朝という珍しい時間に手紙の配達があったのだ。



 そこには、仕事の話がしたいので今日すぐに会いたい、という内容が記されていた。待ち合わせ場所は、このザベラの町を出てすぐのところにある、バレッドロッヂと呼ばれる卸産業が集中している人口の多い商業町だった。


 仕事の内容は書かれていなかったし、唐突な申し出と早急な話し合いの約束であったので少し戸惑った。けれど、そこには丁寧に馬車代と、しかも朝のメシ代まで同封されていて「超親切じゃんッ」と警戒を忘れた。


「親切にしてくれた人には自分の口から感謝しろって、母ちゃん言ってたもんな」

「メシ代までくれるとか、超いい人っぽいっすよね!」

「リーダー、帰りの馬車代も出すって書いてありますよッ」

「昼前には話も終わるって書いてあるから、時間も問題ないしな」


 手紙を読んでたった数分の話し合いで、全員一致でひとまずは話だけでも聞く事が決まった。ジャック達は、用件の内容を匂わせる一文さえない、教育をきっちりと受けた人間が書く堅苦しい文章や達筆を全く疑わないまま、いつもの食堂で腹を満たした後、乗合馬車に乗ってバレッドロッヂに向かった。


 町の役場前に足を運んでみると、手紙に書かれていたように目印である、深い緑色の帽子をかぶった男の子が彼らを待っていた。


 男の子は迎えるなり「フィップだよ」と元気いっぱいに名乗った。早速、その待ち人のいる場所に案内しながら、自分が普段どんな事をしているのか簡単に教えてくれた。


 その手紙の人物から、結構いい金額の駄賃がもらえる『親切な仕事』とやらをもらっているらしい彼は、町のちょっとした出来事だったり、必要な時に近くを歩いてその様子を伝えるのが主な仕事内容らしい。


 それだけで、一人で自分達を育ててくれている病気がちな母親と妹たちに、柔らかいパンを買って、毎日暖かいご飯をあげる事が出来ているようだった。数人の子分もいて、彼らにもきっちり均等に分け前を与えるくらいに、しっかりした性格をしていた。


「何か変わった事があった時はすぐに送るけど、何もなくても、月に一回は必ず手紙を送るんだ。その月にあった事とか、自由に書いていいんだって言われてる。向こうから手紙が届いたり、その人が直接来てお仕事をくれる事もあるよ。その時は、また別に報酬が加算されて支払われるんだ」


 なんとも太っ腹な雇い主である。どこかの貴族様なのかと尋ねると、フィップはちょっと考えて「ううん」と首を横に振った。


「怖いところに所属しているみたいな人じゃないし、僕の子分たちにも超優しいんだ。この前来ていた時にも、ちょっとしたおつかいで駄賃をくれたよ」

「どんなおつかいを頼まれたんだ?」

「友達のお土産が欲しいから、オススメの菓子をいくつか買ってきて欲しいって言われた。なんかね、その人、お菓子があんまり買いに行けない人なんだって。子供の時に、ピッケスも食べた事がないんだって言ってた!」


 フレイヤ王国では、下町で一番馴染みのある安い菓子なので、それはかなり珍しいなとジャック達は思った。もしかしたら、自分たちより貧しい暮らしをしていた『友人』なのだろうか、とうっかり涙腺が緩みそうになった。


 フィップの話を聞いていたら、かなりいい人なのだろうと思えて、自分たちでも出来るような仕事であるのならいいなぁと、希望と期待感も込み上げてきていた。一つくらいでも、少しだけの臨時収入になるような仕事がもらえると非常に有り難い。


 何せ、トラジローのメシだけは抜くわけにもいかないからだ。それに家族と孤児院の仕送りに加えて、今後のバガ高い薬代の支払いのための用意もしておかなければ、またあのシビアな町医者がいつ『払えないなら診察と薬を止めるぞ』と言ってくるか分からないからだ。


 フィップは細い路地を右へ左へと進み、『ベイーの酒屋』という看板のかかった、一つの細い二階建ての店の前で足を止めた。


「日中は営業していないんだけど、ここの店主とも知り合いで、お仕事の話をする時に使わせてもらっているんだってさ。元々知りあいだって言ってたよ」


 どうやら、この店の店主もまた『仕事やおつかいをもらって協力している一人』であるようだ。詳細については知らないと彼は言って、合図のように扉を独特のリズムで五回叩いてから、取っ手を握った。


 小さな身体でぐっと押すようにして、フィップが扉を開けた。彼は煉瓦造りの壁に囲まれた狭い店内に置かれている、五組の丸テーブルの中央席に腰を降ろしている人物に目を留めると、満面の笑顔で応えてジャック達を振り返った。


 フィップは、その人物を見て硬直するジャック達に気付かず、入店を促すように『彼』の方を指してこう言った。



「あの人が、お仕事の話を持ってきてくれる『ジーンさん』だよ!」



 次の瞬間、二度目の顔合わせという再会を果たした両者は、うわああああああああああ……と、互いに全く温度の違う反応を浮かべていた。


 閉店中の『ベイーの酒屋』で腰を降ろしていたジーンが、嘘臭いくらい爽やかな笑顔で片手を上げて「案内ありがとうな、フィップ」と言い、男の子のフィップが笑顔で「道案内くらいどうって事ないぜ」と誇らしげに答える。


 それに対してピーチ・ピンクは、ボコられた一件が様々と脳裏に蘇って、今にも逃げ出したいと言わんばかりの顔面を曝け出していた。


「よっ、久しぶりだな。まぁひとまずは座れよ、ジュースくらいは出すぜ」


 店の前で立ち尽くす『ピーチ・ピンク』の男たちに、ジーンは勝手知ったる店だからと手招きして、に~っこりと笑いかけた。

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