十七章 任務前日~参謀の大臣&戦闘使用人~動(3)上
主人たちがゆっくりと朝食をとっている時間、マリアは屋敷の二階の執事長の部屋にいた。そこには、同じように呼び出された使用人仲間であるメイドのマーガレットと、仮眠を取って新しい軽作業服に身を包んだ庭師マークの姿があった。
マーガレットは、三十歳には到底見えない童顔のメイドだ。女性の一般平均の背丈には足りていないが、たっぷりの胸と肉付きの良い腰回りもあって、未成年に勘違いされた事はない。大きくウェーブを描いている髪は柔かく、ゆったり結い上げるだけでまとまって清潔感が増す。
そんな彼女とは間逆で、男性の中でも長身の部類に入るマークは、三十代に片足を突っ込んだかなり痩せ型の男だ。顎の下には無精髭があり、中途半端に伸ばしているくすんだ赤い髪の邪魔な襟足部分を、後ろでざっくり一まとめにしている。
並んで立つ三人の正面には、料理長ガスパーが書斎机に腰を預けて立っていた。つい先程まで厨房作業をしていたため、袖はいつもより上までまくられ、腰には丈の短い少し濡れたエプロンがされたままだった。コック服の襟元にされた太めの短いネクタイも、邪魔にならないよう左胸のポケットに入っていた。
「害虫駆除だ。この前の見合いで出た『鼠』の発生源を、さくっと処分する事になった」
戦闘使用人の中で第二指令塔を担う『料理長』であるガスパーが、片手に持った資料を軽く振ってそう告げた。
侵入してくる敵は、屋敷とその主人たちにとって害のある虫という扱いで『害虫』と呼ばれていた。『鼠』というのは、狙撃メインの刺客の事である。
第四王子の暗殺未遂に関わったのだから、その重い決定処分に関しては不思議はない。しかし、基本的に戦闘使用人は『屋敷と主人達を守る』ためにあるので、行動範囲はほとんど敷地内に限られていて、こちらから出向くというパターンは少ない。
「俺ら三人が揃って外に『おつかい』ってのも、珍しいっすね」
三人を代表するようにマークが言って、久しぶりの組み合わせと顔ぶれを改めて確認するように、気だるそうな垂れた双眼を向けた。共に呼び出されたマリアを見下ろし、続いて女性にしては背丈が低めのマーガレットの横顔に目を留める。
マリアも彼女と視線を交わし、それから三人は再び目を合わせていた。
少し考えるようにマーガレットが小首を傾げ、たっぷりに膨らんだ胸元が柔らかく寄せられた。ふわふわとした明るい髪がまとめられた頭には、メイド衣装のエプロンとセットになっている白いレースタイプの髪留めがされていて、彼女の動きに合わせて少し右側に傾く。
「マリアと私が一緒に『おつかい』に行くのって、春先以来じゃないかしら」
「確か、あの時はカレンとニックもいたわよね」
「料理長出したら爆破されるからって、急きょ決まったメンバーだったよなぁ」
マークがなんとも表現し難い様子で、自身が援護でニックがサポート要員だった『おつかい』を口にした。
使用人としての研修時代、指導にあたったガスパーが『駆除』する屋敷を爆破させ、その後も何度かあったのを目撃していたマリアも、この人は出しちゃいかんよなぁと改めて思い返してしまっていた。
吹き飛ばしてしまえば確かに早いとはいえ、ガスパーの場合は、必要以上に爆薬を詰め過ぎだと思うのだ。ちょっとした崩壊や破壊くらい気にならない、たかが建物一つだろう、というのが彼自身の意見である。
優秀な指揮官でありながら、臨機応変に戦い方を変えられる戦闘員であるのに、普段の細かな仕事ぶりを裏切るくらい過激で、戦い方が派手過ぎるところがある男だった。それくらいの破壊は『戦場』ではないというのが理由らしいけれど……。
主人についている執事長フォレスに代わって、指示にあたるガスパーが、確認するように手に持っていた用紙の束をパラパラとめくって言葉を続けた。
「旦那様の指示で、『鼠』を送りこんでいた人間には、一回目の警告が出された。次はないって事で表上のお咎めは無し。その代わり、警告を含めて『よろしくない付き合いの相手』に関しては、強制的に白紙にさせてもらう事が決まった。他にも不穏な動きを見せている連中がいるとかで、次に第四王子の外出があった際に、同じようにちょっかいを出されても困るという結論にも達したらしい。つまり一回目の警告と同時の、牽制でもある」
そこで、ガスパーはマリアを見下ろした。
「マリアは知っていると思うが、実は第三王子の近辺が少し騒がしいみたいでな。その件もあって、向こうから人員を回してもらうより俺らがさくっと動いて、『後片付け』だけあっちにさせる方が早いとも旦那様は考えたらしい」
そう続けた彼は、資料を書斎机の上に戻すと、ガッチリとした太い腕を組んで、大きな背を屈めるようにしてこう言った。
「んで、一番仕事が早くて比較的『壊さない』メンバーを抜擢したわけだ」
「あ、なるほど。他の連中はなかなか過激っすからねぇ。それに、多数の銃弾を止められるのも限られるし?」
今回寄越された刺客は全て『鼠』であり、つまりは銃器メインの相手だ。銃器専門であるマークが、それを考慮するかのように相槌を打ち、同じくそうであるマーガレットが「それもそうね」と、三十歳には見えない童顔の片頬に手をあてる。
同じ銃器専門でありながら、長距離型と超短距離型で二人の戦闘スタイルは全く違っている。それについては昔から面白いと感じていたマリアは、次も一緒に『おつかい』に行けるといいわね、と楽しそうに語っていたカレンを思った。
「カレンは、武器戦がちょっと苦手だものね」
彼女の場合は、特注の仕込みブーツを使って足技で弾き返すものの、複数方向からの銃撃は少し苦手としているところがあった。小さな暗殺武器を駆使して、専門ではない戦闘の不得意さをカバーしてしまえるサリーとは違っている。
つらつらと思案する自分より低い位置にあるマリアの横顔を見下ろして、マーガレットは少し困ったように微笑した。
「私としては、マリアが器用すぎるところもあると思うのだけれど……。研修期間で相手をした時、まさか剣で全部かわしてしまうとは思わなかったわ」
マーガレットは、思い返すように「至近距離戦で押されたのには、びっくりしたのよねぇ」と小首を傾げた。銃弾を器用に『斬ってしまえる人間』というのも、なかなか出会った事がない、と不思議そうに呟く。
その時、思案していたマークが、個人的な都合から悩ましげにこう言った。
「うーん、俺的には長距離の移動が辛い……。でも旦那様たちが揃って在宅しているとはいえ、一番仕事が早い執事長をここで出すわけにもいかねぇし……後片付けが大変な事になるっつうか、あの人、数があると途中から加減を忘れるからなぁ」
マークは【暗殺者】、そしてマシューが【処刑執行人】だったのに対して、執事長フォレスは先代侯爵が拾った【殺人狂】である。苛烈で過激に、己が肉体のみで最高の殺害をと求め、極めたのは十代後半だったと聞いている。
見掛けは非常に礼儀正しい男で、ペンや紙といった『どんな物でも』凶器に出来る事に至ったのが十代前半。だから今度は、肉体一つでどこまでいけるのかと極限まで身体を鍛え抜き、技を磨き上げたらしい。
「つか、出会い頭に先代と直接殺し合いしたとか、信じられねぇ」
「どっちも『そういうの』が好きだったらしいからな。軍人だった俺には、その辺はちょっと理解し難いぜ」
そう言ったガスパーが、書斎机に半ば腰を預けて「煙草吸いてぇなぁ」と、窓の向こうの明るい空に横目を向けた。
ここではカレンに続いて、料理長のガスパーも生粋の『表』一本で生きてこちら側にきた人間だった。彼は異国の【元軍人】で、拾われた時は戦う術さえ知らなかったカレンと違い、既に軍人として戦闘と戦術のプロだった。
元軍人だとしか聞かされていなかったマリアは、それを思い返したところで、そういえばと思って彼に問い掛けていた。
「ガスパーさんも、先代を見た事があるのよね?」
「おぅ。まだ旦那様の『家族』が揃っていなかった頃で、二世代の大家族だった時に来たからな。先代の料理長には、色々と世話になった」
そう答えながら、ガスパーは話を切り上げるべく視線を戻して「さて」と姿勢を解いた。ずんぐりとした大きな身体は、目の前で直立すると壁のようにも思えて、鍛えられ屈強な男であるのがよく分かった。
改めて集まった三人を順に見やたところで、彼はこう続けた。
「夜は頼んだぜ。不在の間『庭』に関しては、ガーナットが一時的に見る事になってる」
マークは日中勤務組の同年代で、自身より少し先輩の戦闘使用人である衛兵ガーナットを思って「そりゃ心強い」と頷いた。




