【特別番外編 第2弾】オブライトと友人たち、馬車内にて
2018/10/30追記/本編の間に番外編置いて邪魔だと怒られないだろうか…と数日、なろう開くたんびに怒りのメッセージが来てないだろうかと胃がギリギリしていましたが(超多忙でしにはんじゃーしてますが生きてます)、お叱りの声なさそうなので今すぐには消さずに、もう少しこのまま置いておこうと思います!いつも楽しく読んでくれてありがとうッ(百門一新)
今から約十八年前、フレイヤ王国の王都。
午後の早い時間に、一台の立派な白い馬車が王宮から出発した。大型に分類される豪華な馬車の側面には、とある伯爵家の紋があり金の装飾も美しい。
広々とした車内にて、普段は軍服である男達が、それぞれ急きょ紳士としての正装に身を整えた姿で座っていた。いつもながらキザな伯爵のヴィンセントは、普段から着こなすお洒落な男性着に身を包んで、金の入ったステッキを持っている。
そんな彼の隣に腰を下ろしていたレイモンドが、少しウェーブを描く髪先を揺らして、向かい側で窮屈そうに膝に置いた足を数回上下させたオブライトを見やった。
「オブライト、ネクタイが緩んでるぞ」
「さっきのやつのせいかな」
着慣れない衣装に目を落として、オブライは形のいい唇を小さく開きつつネクタイを締め直す。必要でなければ、貴族の社交の場に行きたくない気持ちも強くて、任務も兼ねていなければ絶対に断っていたのにと思う。
濁った赤い瞳に少しかかる、さらりと揺れた色素の薄い髪を、右と左にいるジーンとグイードが目に留めた。つい先程までの騒動を思い返して、「髪をセットする暇もなかったもんなぁ」と意見を揃える。
ヴィンセントが、柔和で儚げといった印象のある美しい笑顔を向けて、小さく首を傾げて見せた。
「そういえば、またファウスト公爵のところの坊やに突撃されたんだっけ?」
「突撃されたというより、偶然居合わせて、目が合っただけなんだけどなぁ」
昨日ちょっと話しただけなんだけれど、と首を捻る。
二十二歳までは身長が伸びるから、と名台詞のようなそれをまたしても告げていた。その現場に居合わせていたレイモンドは、オブライトから視線をそらすと、中央に腰かける伯爵を挟んで隣にいる男が、苛々した様子でいる事も気付かず「おい」と相棒に声を掛けた。
「グイード、お前はちゃんとネクタイ締めろよ……ゆるっゆるじゃないか。せめて第二ボタンくらい、今のうちでしめとけって」
「きっちりして苦しいのは、苦手なんだよな」
現地に着いたらしめるわ、とグイードが長い足を組んだ状態で片手を振った。
生粋の貴族として、社交の場では完璧に振る舞える男なので、レイモンドはそれ以上の注意を口に出来なくて、以前から何度か思ったて伝えてもいる件について、悩ましげにこう続ける。
「お前のところの子爵家って、ちょっと色々とゆるいところがあるよな」
「お前のとこの伯爵家が、きっちりしすぎてんだと思うけどな」
子爵だとか伯爵だとか、多分あまり関係ないんじゃないか?
オブライトは、ついそんな事を思って隣に目を向けてしまった。そこには、口笛を吹くみたいな呑気な表情をした、アトライダー侯爵家の嫡男でありながら、十代で家出の如く軍に所属しているジーンがいる。
ジーンは、座席に乗せた尻を前の方に滑らせているから、細身の長身であるその背は丸くなってしまっているし、かなり寛いだ様子で片足を膝に乗っけた姿勢をしていた。
そのせいで、足元のスペースを半分以上取られた、彼の向かい側にいるとある男が、先程から「言いたい事がありすぎるッ」とぶるぶる震えている。
「ジーンに至っては、ネクタイを首に引っ掛けているだけだしな……」
オブライトの呟きを聞いて、レイモンドが呆れたようにジーンを見た。シャツはキッチリと入れられているし、グイードと違ってジャケットのボタンだってしっかりされているものの、一番手間のかからない袖口はしめられていないままだ。
二人の視線に気付いたジーンが、無精鬚がそられた顔を向けて「だいじょーぶだって」と軽い調子で片手を上げて応えた。
「到着したらやればいいんだし」
そう言って、何が面白いのかカラカラと笑う。
その時、もう我慢ならんと言わんばかりに、その向かいにいた男――ポルペオ・ポルーが襟元の白いスカーフを揺らして「馬鹿者!」と大きな声を上げた。
「貴様ら、揃いも揃ってだらしがないぞ。少しはヴィンセント伯爵を見習え」
叱りつけるように言った彼が、途端に忌々しげにこう愚痴った。
「というか、なんで私がこっちの馬車に乗らなければならんのだ」
「別に、こっちの馬車じゃなくて良かったんだぞ?」
ジーンが間髪入れずそう言った。
彼だけでなく、実に不思議だと言いたげなオブライトとグイードの、きょとんとした表情に目を留めて、ヘルメットのように固められたポルペオのヅラの下の額に、ピキリと青筋が立った。友人たちがすっかり忘れている様子を見て、レイモンドが「うわぁ」と同情の声をもらす。
「貴様ら、つい少し前に、我がポルー伯爵家の馬車を爆破したのを忘れたのか」
そう告げたポルペオの、開いた足の上に置かれた拳は、固く握りしめられていた。
オブライトは少し遅れて、それを思い出した。短い間に色々と起こっていたので、踏み台みたいになった馬車は完全に脇役と化していたから、グイードも気付くのに数秒かかった。
都合良く記憶からなかった事にしていたジーンが、「あ~……っと」と視線を少し泳がせた。
「アレだって、ポルペオ。まさか、あんなところに馬車が停まっているとは思わなかったし?」
「そういう問題ではなかろう、貴様は馬鹿か? そもそも貴賓室の二階から飛び降りて、そのうえなんで爆物まで抱えているのだ!?」
ポルペオはここで、改めてその質問をした。あの時は出発直前で時間がなく、バタバタとしていて「後で!」と回答を待たされていたのだ。
そういえば説明を忘れていたな、とオブライトは腕を引き寄せて、顎に手をあてて少し首を傾げた。落ち着いた表情で、つらつらと出来事を振り返る様子を目に留めたレイモンドが「なんで忘れるんだよ……」と呟く。
そんな中、ジーンがポルペオを見つめ返して答えた。
「なんというか、流れで?」
「どういう流れがあったら、そうなるのだ!」
信じられんと腹の底から大声を上げ、ポルペオは続けて「貴様らと話していると、ほんっとに苛々するわッ」と足元を数回踏みつけた。
オブライト達は、条件反射のように両手で耳を塞いでいた。その状況であるのに、ヴィンセントが「若いねぇ」と年下のポルペオを微笑ましげに言う。そんな中、まずはグイードが手を解いて、当時の状況について語った。
「ニールが、変態目掛けてちょっとした爆弾を放り投げたわけだよ」
「上司として親友が受け止めたのを見た時は、びっくりしたぜ」
ジーンが、そう相槌を打った。二人が腕を組んで、しみじみとした雰囲気を醸して「うんうん」と頷く間で、オブライトは思い返しながらこう言った。
「持たせておくのも危ないだろう? だから、つい取り上げる感じで反射的に、そのまま受け止めたというか」
「親友よ、普通なら落ち着いた顔で受け止めないと思うぜ。とはいえ、まぁあの少年師団長と変態が同時に来たからな、ニールもパニックになったんだろうさ」
とりあえず、ジーンはそう結論付けた。
肉付きの悪い彼の横顔に視線を移動させて、グイードが「それにしても、珍しい光景だったなぁ」としげしげ見やる。
「ジーンの慌てっぷりが、半端じゃなかったもんな。まさかオブライトごと、俺も外に投げ捨てられるとは思わなかったわ」
「おい、グイード。その直前に俺も、ついでみたいにお前に外に放り投げられたんだが、そもそもなんでだ?」
俺、お前らが逃げ込んだ貴賓室内じゃなくて、廊下にいたんだし関係なくね? 偶然そこを通りかかっただけなんだが、とレイモンドが訝って相棒を小さく睨みつけた。
グイードは薄らと乾いた笑みを浮かべて、そっと視線をそらして「苦楽を分かち合う相棒同士だろ」と言い訳のように口にした。本当に身体に染みついた条件反射で巻き込んだなんて今言ったら、絶対切れるだろうなぁと思案をもらす。
「危ないならキャッチするんじゃないッ、貴様は馬鹿か!」
自由に話す彼らの前で、ぶるぶると震えていたポルペオが、とうとう切れてそう叫んだ。走り続ける馬車の中で勢いよく立ち上がると、その件について全く疑問にも覚えていない呑気なオブライトの胸倉を掴んで揺らした。
「そうやって自分から突っ込んでいくなと、何度言えば理解するのだ!? 命がいくつあっても足りないと、私は何度も――コラ、耳を塞ぐんじゃない!」
「だってまだ爆発前だったんだ。放り投げられたら、まずは受け止めるだろう?」
「受け止めんわ!」
「それにな、ポルペオ? いつも突っ込んでいくという事については、俺は覚えがないんだが」
「…………」
ポルペオが、太い黒縁眼鏡の奥にあるキリリとした黄金色の瞳を、冷淡な様子でぐっと細めた。柔らかな印象がある非戦闘時の眼差しで、オブライトは「うん、俺は自分から突っ込んでいった事はない」と、その認識を確認させるように、美麗な顔の前で手を振って再度そう告げた。
次の瞬間、ポルペオがブチリと切れて「馬鹿者めッ、貴様は危機感がなさすぎる……!」と締め技をかけた。オブライトは「阿呆ッ、意味が分からん、なんでそうなるんだよ!」と反論して、同じ馬鹿力で抵抗する。
その一連の様子を、頬杖をついて眺めていたジーンが、冷静にこう指摘した。
「ほら、お前がそうやるから、オブライトのネクタイは緩くなるんだって」
その時、馬車の上から大きな物音が上がり、外部から衝撃を受けた車体が少し揺れた。
上に何かが降ってきて、直撃したような振動だった。思わず少し腰を上げたレイモンドの隣で、ヴィンセントが「何事だろうね」と目を向けて、オブライト達も動きを止めてそちらに視線を移動させる。
不意に御者席側の小窓が開いて、王宮に通うヴィンセントにいつも同行している事で、すっかり顔なじみになっていた御者のリンドンが、こう叫んだ。
「ヴィンセント様ッ、大変です! 馬車が変態の奇襲を受けました!」
その悲痛な警告の声を聞いて、オブライト達は動きを止めたまま「は?」と口にした。すぐに状況を察したヴィンセントが、「わぉ」と薄ら笑いを浮かべる。
ふと、馬車の窓から場違いな、それでいて丁寧なノック音が数回上がった。
一同がその姿勢で顔を向けた時、そこには逆さから車内を覗きこむ、美麗な青年の無表情な顔があった。その細い銀縁眼鏡の奥で、鮮やかな碧眼がキラリと凛々しく光る。
顔面筋がないのではと思われる涼しげな表情で、彼が揃えた手で眼鏡の横を押すようにして位置を整えた。それは、とある師団で大魔王の息子のようなドSに忠誠を捧げている、副官のドM――モルツ・モントレーだった。
王宮から、人間技とは思えない脚力で馬車を追い駆け、そして建物の壁でも伝ってジャンプし、馬車の天井にドMがしがみついたのだ。
この驚異的な身体能力を持つ新人とのこれまでの経験から、ようやくそう全員が理解したところで、ポルペオが怒声を上げた。
「馬車にしがみつくとは何事だッ、馬鹿者!」
途端にグイードが「お前、そっちに関して怒るとか、おかしくね?」と突っ込んだ。レイモンドが相棒に同意し、我が目を疑う表情で「まずはオブライトに対する、強烈なストーカーっぷりを指摘するべきだろ」と意見する。
ジーンが「ははっ」と、乾いた笑みを浮かべた。
「親友よ、なんだか大変な後輩君にモテてんなぁ」
「やめてくれ。というか、なんでこいつは、いつもこっちに突撃してくるんだよ」
現実を見たくなくなったオブライトは、目頭を押さえて「くッ」と呻いた。丹念に揉み解しにかかりながら、王宮で撒いたはずではと考えて――
あ、チクショー。こいつ無駄に頑丈な変態だった。
あのロイド少年との一件を思い返そうとしたところで、耳に聞き慣れた金属音が入り、オブライトは回想を止めた。友人たちもそれに気付いて、目を向ける。
「誰の馬車に飛び乗ったのか、身体で教えてあげよう」
そこには、普段は杖にしか見えない収納式の、異国の細い剣を立ち上げたヴィンセントがいた。相変わらず顔は爽やかに微笑んでいるが、目は一切笑っていない。
結構な人数が乗った馬車内での剣とか、物騒でしかない。
しばしの沈黙の間、オブライト達は真顔で考えた。
そういえば、この『伯爵様』も戦闘狂みたいなところがある人だった。そう一同が改めて思い出した瞬間には、彼の収納型の細い剣の刃が容赦なく、まるで騎士のような見事な突きの姿勢で、馬車の天井に突き刺されていた。
「さすがに死ぬわ阿呆!」
オブライトは、車窓からモルツが消えたのを見て、思わず立ち上がって駆け寄っていた。しかし――
「いえ、このくらいでは死にませんが」
ふと、この場にいないはずの変態青年の声がしたかと思ったら、ご丁寧に窓を開けたモルツが、逆さからこちらを覗きこんできた。
その鮮やかな碧眼と、正面からバッチリ目が合ったオブライトは、数秒ほどピクリとも動けなかった。若い彼の冷静な眼差しから発せられる、これまで経験した事のない異様なモノの空気に、嫌悪感がぞわぞわと走り抜けて思考が硬直する。
モルツが、走り続ける馬車の側面に手を伸ばし、器用にもそこに降りてきて、その扉越しにオブライトと向かい合った。
「…………」
「先程は邪魔をされてしまいましたが、ご褒美に右拳をください」
くださいと言われて、あげる奴はいない。
オブライトは次の瞬間、思考が冷静に判断する前に、眼前にいる変態の青年を手の届く距離から排除すべく、問答無用で馬車の扉を蹴り飛ばして破壊していた。
一瞬にして場を包んだ容赦のない冷気と、非道な仕打ちとも思える扉のなくなったそこを目に留めたジーン達が、呆気にとられた表情で「えぇぇぇ……」とこぼした。
「君も十分物騒だよね。本質はSって感じ」
笑顔で冷やかに言い、ヴィンセントが「これ、私の馬車なんだけど」と続けた。




