十六章 血塗れ侯爵序曲(4)
バルツファー師団長が国王陛下アヴェインについていき、用件を持たされたモルツも一緒に出て行った後――
軍部の大会議室から人がいなくなったところで、グイードは目の前の長テーブルに両足を上げて寛いだ。この後の予定を考えると、しばらくは話す時間も取れないだろうと考えての居残りだった。それは、たった一人、ここに同じように残った相手も同じ事である。
「ポルペオに告げ口したの、お前か?」
そういえばと思い出して、朝から気になっていた件について問い掛けてみた。
すると、近くの長椅子に座り直した、唯一この部屋に残った銀色騎士団総隊長、ロイドが美麗な顔を顰めた。
「なんの事だ?」
「あ~……なんでもねぇわ」
この反応を見る限り、ポルペオがピンポイントで宰相室に顔を出した件には、関わっていないのだろう。となると、彼に情報を与えたのは、やっぱりアヴェイン辺りなのかもしれない。
そう推測したグイードは、ひとまずポルペオの件は黙っている事にした。
今はハーパーの件を早急に、と指示されている中である。その集中を乱すのもなと考えて、急ぎ進められているそれについて「ハーパーの件は、一個厄介な事があるだろ」と後輩である彼に確認した。
「奴の後ろについてるのは、あのオリバー男爵だ。はじめに、そっちの件をどうにかするのが先だと思うんだが、その話は不思議と一つも出てねぇし? お前どうするつもりなんだ? あいつは四世代に渡って『ガネットファミリー』の幹部――」
「そっちの件は、もうすぐ片付く」
視線をそらしながら、ロイドはそっけなく告げた。「は」と目を丸くするグイードも見ず、面倒で重い正装式の軍服の装飾品に指先で触れ、こう続ける。
「奴らは一味関係者もろとも、今日、『屋敷が全焼して全員死亡する』事になっている。その時間帯、周辺の巡回も止めて、人払いの手配も既に完了している」
「……随分早いというか、いつの間にって感じなんだが。ハーパーの案件が上がって、まだ数日も経ってないだろうに」
暗殺部隊を動かすにも、それなりに時間がかかる。
そちらについて考えたグイードは、ふと思い至って「まさか」とテーブルから足を降ろし、身体を向けてロイドの横顔を見つめた。
「…………もしかして、『血塗れ侯爵』が直接動いたのか?」
「そういう事だ」
「おいおい、しれっと言ってくれるけどさ、マジかよ。当主が自ら動くってんならこの早さも肯けるけど、なんでまた急に――」
「理由は知らん。個人的に怨みでも買ったんじゃないか?」
あの男は『陛下』とその一族のためだけに動く【国王陛下の剣】だ、そんな事あるわけがない。ロイドとて、そんな事は知っている。
けれど、よくも『荒々しい挨拶』を寄越しやがって……と先日の戦闘メイドの件もあった。そもそもアーバンド侯爵の考えを憶測するというのが最大の難関なのだ。つい、その場の冗談のように投げやりに口にした。
グイードは、どこか不貞腐れたように頬杖をついたロイドを見て、首を傾げた。「まぁ、何かしら王族に関わる理由でもあったんだろうな」と言葉をしめつつも、昨日突然暴れた後は特に変わりなかったというのに、今朝からまたテンションが低めで疑問を覚える。
「お前、何かあったのか?」
「…………ちッ」
先輩心で尋ねただけなのに、露骨に顔を顰めて舌打ちされてしまった。
あまり自分の事は話さない男だから、難しいところがある。グイードは、どうしたもんかなと思案したものの、自分がこれから確認したいと思っている件で、何かしら彼が気に食わない展開や動きがあったのではないかと推測して、ここに残った目的の質問を続ける事にした。
「んで、レイモンドが任されて煮詰まってる毒の現物確保については、どうなってるんだ? 聖堂は軍部の圧力もかけられない絶対不可侵領域だし、出だしから調査がかなり難航してるって聞いたけど」
以前、モルツがマリアを引き込んだ会議で、彼女の口から出た『旧第三聖堂』というキーワードを優先的に的を絞って、調査が進められていた。それは王都に三つある大聖堂のうち、中央区から離れた場所に建つ、高位聖職者たちが儀式や祭事も行う聖職機関の第三本部である。
一つ前の時代、そこは祈りと儀式の場所として使われていた。数十年前に長らくかかった増築作業が完了し、二十年前にようやく大聖堂となった。昔、王族から初めて神職者となったとされている王弟エルツヴァインが、そこで大司教となり生涯を終えた事でも知られている有名地でもある。
信仰は何者にも侵されてはならないとして、聖職機関には政治的や軍事的介入が一切出来ないようになっていた。参拝者が通う祈りの場所の他は、関係者以外の立ち入りは禁じられており、命令ではなく交渉によって調査協力を頼む形となるので、最悪の場合、聖職機関については交渉だけで長期に及ぶ可能性も高かった。
大司教といった幹部の立ち位置以外は、内部の状況も謎に包まれていた。接触を試みようとこちらから働き掛けた場合、どれほどの確率でガーウィン卿側に悟らせてしまうのかも未知数で、まだ交渉には踏み切れていないのが現状だ。
外から何か分からないかと、レイモンドが頭を痛めながら、手探りで指示し調査員を動かしているところだった。幸いなのは、どうやら『裏』の方でも動いてくれたようで、第三本部となっている大聖堂『旧第三聖堂』に例の毒が保管されている可能性が、ほぼ確定している事だろうか。
警備も厳重で、建物内部の構造や見取り図といった情報もない中、誰がどのようにあの大聖堂を調べてくれたのかは知らされていない。地下空間があるのか実際に足を運んで確認までされている、と聞いた時は驚いたものだ。
グイードは、アーバンド侯爵邸にいる戦闘使用人の事をチラリと思い浮かべてしまい、すぐに「いやまさか」と浮かんだ可能性を自分で否定した。
さすがにたった数人の人間だけで、この短い期間にそこまでしてしまえる事は出来ないだろう。それがもし、一日のたった数時間の『おつかい』とかだけで侵入したとかだったら。しかもそれが、たった一人の戦闘使用人だけでやってのけた事だとしたら、かなり笑えない。
その時、ロイドの機嫌がまたしても下がった。
「実に忌々しいが、それこそ聖職者の領域だろう」
「それってつまり、内部の人間に協力を頼むとかそういう――……あ。ちょっと待てよ。なんだか嫌な予感がしてきたな」
こちらを向いたロイドの不機嫌な表情を前に、その台詞からとある可能性を察したグイードは、自分の口角が引き攣るのを感じた。
「あのさ、ロイド? 俺、そこにいる人間に一人心当たりがあるんだけどさ、『まさか』そうじゃねぇよな? 中身が悪魔みたいなのに、平気な顔で聖職者をやってる、あの双子の兄の方しか浮かばないんだが……」
そう続けつつ、グイードは口許に手をあてていた。
脳裏に思い起こされたのは、元少年司書員だった時代の彼と、二十歳で王宮を出たと思ったら弟に家を任せて神父になった、という知らせが王宮に届いて、聞いた一同が「ぶほっ」と激しく咽た記憶だった。
十二歳という若さで司書員に就いた、大貴族の跡取りだった双子の天才少年。温厚な雰囲気を醸しつつも性格はドSで、当時から将軍クラス並みの戦闘能力を持っていた戦闘狂である。
ロイドが頬杖を解き、長椅子の背にもたれて腕を組んだ。
「ちッ、俺だって奴に頼む気はなかったんだ。どこから嗅ぎ付けたのか、こっちが動き出してすぐ、向こうから連絡を寄越してきた」
「マジかよ。そりゃおっかねぇな」
今は王都郊外の聖堂にいるはずだが、相変わらず恐ろしいくらいに情報が早いというか、勘が働く男である。
グイードは、向こうからここに手紙が届くまでのタイムラグを考えた。こちらが動き出してすぐに手紙が届いたとして、ロイドが即「断わる」と手紙を送り返した場合、向こうからその返事が届くとしたら今くらいだろうか。
直前までの会話を思い返すと、既に協力する事が決まっているらしいとは分かる。つまり、彼を早朝から不機嫌にさせている原因は、その手紙に書かれていた内容――へたしたら文章そのものであるらしいと察せた。
「まぁ、ロイドの事だから断ったんだろうなってのは想像もつくけど、向こうがそれを完全に流したうえで、話を進めたのも目に見えるっつうか……。で、こちらからの『お断りの返答』に対して、向こうから送られてきた二通目の手紙には、なんて書いてあったんだ?」
「『任せて』とだけ書かれていた」
「うわぁ。相変わらず自分の意思全面押しの返答だなぁ」
しかも語尾に星マークが付いていた。そこから奴が返事をしたためた時の様子が目に浮かぶようだし、情報提供者が別にいるとしたのなら、本気で捜して殺してやろうかなと思った……と、ロイドは遠い目をして、珍しく覇気のない声色でそんな呟きをこぼした。
唯一苦手としている相手だ。そりゃそうなるわな、とグイードは少し同情した。
それなりに内部で地位もあり、権限を持っている聖職者の協力者がいる事は頼もしいが、これを今日レイモンドに伝えるとしたら、全力で嫌がられそうだなと、グイードはそんな事を思った。




