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十六章 血塗れ侯爵序曲(3)上

 本日行われる『絵画品展』は、王都の中心区の国立芸術館で開催されていた。幅の広い円形状の階段を進んだ先には、両開きの扉があり、壁には二階建ての高さがある巨大な建物を支える特徴的な柱が均等間隔で並んでいる。


 国立芸術館からは、近くに建つ大聖堂の複数の尖塔が見えた。名高い芸術家や建築家によって設計され建てられたその建造物は、豪勢絢爛で彫刻のデザインも国一番とされており、白亜の塔は日差しの下で白く輝いて目を引いた。


 国内は『王』と『元老院』が国政を担い、そこに『大聖堂』に関わる聖職組織が中立に立っている。教会は唯一、政治的圧力の不可侵区域となっていて、その内部情報のほとんどが表に出てこない場所でもあった。


「貴様ら、くれぐれも騒いでくれるなよ」


 多くの着族たちが使用人や護衛を付けて出入りする国立劇場を前に、ポルペオが一度足を止めてそう言った。軍服のままの彼に対して、マリア達は前回の活動時と同じく、一般兵の軍服の上からローブに身を包んでいる。


 ポルペオの愛想皆無の横顔を見て、ジーンが「おいおいポルペオよ」と声を掛けた。


「いつも俺らが騒ぎを起こしてる感じで言うなよな~」


 そう言って、ジーンは心外だという顔をした。よく分からず首を傾げるヴァンレットの手を握っているニールが、「同感っす」と思ったままの言葉を口にする。


「馬鹿者め、いつも起こしているだろうが。……それにしても我々は出遅れてしまったようだな、既にハーパーは中に入っているらしい。奴が午前に貸し切っている馬車が停まっている」

「もしかして、あのギラギラしたやつか?」


 ジーンが、停車場に並ぶ馬車の中で、一台だけ異色を放つ方を指して「これ俺だったら乗りたくないわぁ」と言った。金の装飾がされた上質な赤と紫色のそれを目に留めて、ポルペオが冷静顔のまま肯定するように無言で頷く。


「マジかよ、無駄に柄も入ってるし悪趣味だぜ。なぁ親友よ、そう思わね?」

「おい、こっちに話を振るな――おっほん。メイドの私には、なんとも言えないわね」

「お嬢ちゃん、今すごく嫌そうな顔で馬車見てなかった?」

「うむ。見失わないな」


 最後にヴァンレットが楽しげに頷いた。


 見失わない以前に、こいつは自分が乗った馬車を覚えていられるのだろうか、とマリア達は揃って彼の方を見てしまった。そもそも、奴が覚えていたとして、その馬車まで辿り着けるのか怪しいところである。


 ハーパーの外見的な特徴については、馬車の情報と同様、前もって頭に入れているらしいポルペオに「行くぞ」と声を掛けられて、マリア達はその後に続いた。


 オブライトであった頃、遠目から見た事ならあるとはいえ、国立芸術館に立ち寄る機会はなかった。あの当時も、立派な建物だとは思ったものの興味は引かれなかったから、マリアは近ずいたその巨大な建物をしげしげと見つめてしまった。


「――アーバンド侯爵は、こういったものには参加しないのか?」


 馴染みがないと言わんばかりに、きょろきょろとするマリアの様子を横目に留めていたポルペオが、幅の広い階段を上がりながら尋ねた。


 大柄のヴァンレットと並んで後ろを歩いていたニールが、目の前のマリアの隣を歩くジーンに「その人って、お嬢ちゃんの雇い主でしたっけ?」と、初活動の際に聞かされていた内容を確認し、侯爵家のメイドであるというイメージがない凶暴性だ、と呟いて首を捻る。


 こちらを見下ろすポルペオの横目を見つめ返してみたが、質問の意図は分からなかった。ただの好奇心だろうかと推測し、マリアは少し記憶を辿った。


「恐らくは、気が向いた際には顔を出しているかと思いますわ、師団長様」


 アーバンド侯爵は、目立たないながらも社交には参加しており、よく気ままに足を伸ばして一人で散歩にも出掛けた。彼の行動範囲はかなり広く、執事長フォレスも、後で聞かされて把握している部分もあると思う。


 よく土産も買ってきて、普通なら馬車で二日かかる町の名産菓子だったりするのも珍しくない。たまに「あの公演は良かった」と話してくれて、気に入ると後日に、リリーナやアルバートを連れて見に行く光景は普段からもあった。


 何せアーバンド侯爵は、歌や芝居を見るのも好きで、尋ねると全作品分の詳しい解説が返ってきたりする。繰り返し見て楽しんでいるという言葉を聞くたび、いつ見ているんだろうか、とマリアは不思議にも思っていた。


 つらつらと思い返していたら、ポルペオが顔をこちらに向けてきた。


「『師団長』は私以外にもいる、我が名はポルペオ・ポルーだ」

「はぁ。では、ポルー――」

「ポルペオと呼ぶがいい。どうしてかは知らんが、今一瞬、間の抜けた感じの口調が、以前に私を『ポルー・ポルー』と呼んだ馬鹿者を思い出させた」

「…………」


 思わず沈黙したマリアの隣で、ジーンは「ぶはっ」と笑う吐息をこぼした自分の口を、素早く手で塞いだ。そりゃ本人だから思い出すわな、とポルペオに教えたくてたまらなかった。



 というのも、当の本人にそう告げたうえ、大説教を受けたのはオブライトだったからだ。

 同じ日に公式の場で、それぞれが隊長と師団長の肩書きを持った後に一方的にライバル宣言され、何日考えてもまるで分からなかった。だからオブライトは、勝負を持ち掛けられた際に訊いてみようと思っていたのだ。


 けれど、自分が人の名前を覚えるのは苦手だった事を、うっかり忘れていた。周りで聞く噂話では、もっぱら『ポルー様』『ポルー伯爵家の』と呼ばれていたし、そちらの方が印象強く残っていたというのも理由にある。


 つまりオブライトは、尋ねるチャンスが来た時に名前を思い出せないという事態に直面したのだ。そうして「ポルー・ポルー、だっけ?」と記憶を手繰り寄せながら口にしたら、その場の空気が凍りついた――のをマリアも覚えている。



 隊長何度か教えたじゃないですか、と後ろで部下が言っていたな、とマリアは思い返した。何度口にされたとしても、意識しないと頭に残らないものであるし、うっかり名前が出てこなかったのだから仕方ない。

 

 階段中腹に来たタイミングで、入隊より随分前の話であるそれを知らないニールとヴァンレットが、「ポルー・ポルー?」と仲良く反芻した。


 ポルペオの横顔から覗くハッキリとした、黄金色の秀麗な眉がピクリと反応するのを見て、ジーンがわざとらしいくらい素敵な笑顔を浮かべ「なんでもねぇよ」と肩越しに二人を振り返る。ニールとヴァンレットは『副隊長』の言葉を素直に聞いて、疑問を忘れた。


 マリアは過去の大説教を思い返し、今でも根に持っているのだろうかと悩ましげに思った。なんでここにきて、このタイミングでポルペオはそれを言ったのだろうかとも考える。


 もしや、自分以外にも、ポルー・ポルーと口にした奴がいたのか……?


「…………それでは、ポルペオ師団長様とお呼びしま――」

「長いな、ポルペオでいい。お前はレイモンドとグイードについても知っているのだろう。朝に宰相室に彼らもいて、名前を呼びあっているとは本人達の会話から察せた」


 おい、あいつらは一体どんな会話をしていたんだ?


 そもそも十代のメイドが、伯爵であり師団長である彼を『ポルペオ』と直接呼ぶのもどうなのだろう。自称ライバルを名乗っている彼の性格はよく分かっているので、断っても説教のように指摘され続けるのだろうとも分かっている。


 それを思って、マリアは目頭を押さえて揉み解しながら「ぐぅ」と呻った。一組の男性貴族が、やけにゆっくり歩いているな、と呟き追い越して国立芸術館の正面玄関に向かう中、迷いに迷って葛藤した挙句、彼女は諦めたように項垂れた。


「………………では、ポルペオ様とお呼び致します」

「よろしい」


 そう頷いて視線を正面に戻したポルペオが、歩みをマリアの歩幅に合わせたまま「それにしても」と話を戻すように続けた。


「侯爵の件については、随分と曖昧な返答だな。お前たち『使用人』は同行しないのか」


 そう言って、横目に黄金色の瞳を向けられた。アーバンド侯爵家の秘密を知っているので、恐らくは戦闘使用人として問いかけられているのだろうと察し、マリアは首を小さく横に振って見せた。


「基本的に、私たち使用人は旦那様に同行致しませんわ。あまりない事ですけれど、『必要な時』には執事長か、旦那様の専属メイドがお供として一緒に外出します」


 すると、ジーンが興味を引かれたようにこちらを見た。


「へぇ、侯爵専属のメイドがいるとは驚き」

「双子の姉妹なの。旦那様の身の周りの世話は、彼女達の担当よ」


 そっくりではないが、顔はよく似ている。


 マーガレットやカレンの後輩で、戦闘メイドの中では三番目に経験が長かった。静々とした大人しい女性を演じるのが得意ではあるが、たびたびプライベートの時間に、侍女長エレナを困らせてもいる。


「――それでは、お前が王都を見たのは最近なのか」


 ふと、思案気に呟く声が聞こえた。視線をそちらに戻してみると、ポルペオが階段を上がり終わったところで足を止めて、十数歩先にある正面入口を眺めていた。


 マリアは質問の意図が分からず、ひとまずは「そうですわね」とだけ答えた。戦闘使用人は、屋敷と主人を守るために存在するものであるし、今世ではリリーナの婚約の件があって初めて王都に足を踏み入れたのも確かだ。


 早く行かないのだろうか、とジーン達も揃って立ち止まった時、ポルペオがこう言った。


「王都は美しいだろう。戦禍もなく昔のままに残されている。それは、前線で守った男達がいたからだ。……使用人であるからと遠慮せず、時間があるのなら見て回るといい。水の都と謳われたエンブランドの遺跡都市も、歴史ある美しさのまま残されている」


 そういえば、唯一人が暮らし続けている遺跡一体型の都市があったな、とマリア達は思い出した。王都と国境沿いのちょうど中間に位置する場所にあって、大昔に造られたとされている水路が今でも使用されている。


 とはいえ、どうしてここで、エンブランドの名前が出たのか分からない。


 観光地としても有名ではあるものの、それを題材に描かれた絵画でもあっただろうか、と芸術には疎いマリア達は揃って首を捻った。正直いうと、目の前に用がある国立芸術館の入り口が見えているせいで、そこに入る事に意識が向いてもいた。


 すると、ヴァンレットが呑気な表情のまま、頭を右へと傾けてこう言った。


「ポルペオさん、また腹の調子が悪いんですか? トイレの場所を確認してきましょうか」


 どこか遠い目をしていたポルペオの眉間に、途端にビキリと深い皺が入った。さすがにここでいつもの説教をされてはたまらんと、ジーンが「まぁ落ち着け」と言って、親切心だけで告げたヴァンレットの口を塞いで、さりげなく彼から引き離す。

 前もって発言を防げなかったニールが、ゆらりとヴァンレットの方を向いたポルペオの前に立ち、動物でも落ち着けるような仕草で両手を動かせた。


「ヴァンレットに悪気はないんすよ、俺からも謝りますから」


 その直後に「ヅラ師団長」と続いた瞬間、マリアはニールの膝の後ろを押し、背を屈ませて後ろからギリギリと締め上げていた。ここで目立つのはよろしくないだろうが、とニコリともしない顔で「騒いだらぶっ飛ばしますわよ」と囁く。


 ポルペオは、言ってやりたい事がありすぎる、と言わんばかりにヴァンレットとニールに視線を往復させ、わなわなと震えながら唇をかみしめて「ぐぅ」と呻った。けれど結局、大人の対応で最後は説教を呑みこんで地団太を踏んだ。

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