4.妹が部屋を掃除してくれるらしい
4話めです。5話は明日か明後日になると思います。
忙しさ具合で、どうなる事やら。
画面に映る草原フィールドで、男女のドットキャラが向かいあっている。
男キャラは剣士、女キャラは神官。
『おはよう、ナナシキさん♪』
『おはようございますステラさん』
カタカタカタ……キーボードを叩く音が部屋に響く。
神官のステラさんは笑顔のアイコンを表示して、俺に挨拶をしてくれた。
俺も挨拶をするがまだ……堅苦しい挨拶。
ステラさんとフレンドになってから数日経つが、未だに俺の言葉遣いは硬いまま。
じっとステラさんを見る、所詮画面に映るドットキャラ。
そこから、相手の感情なんて見えて来ない。
「たぶんステラさんは、気にして無いと思うけど……でも……ステラさんとは友達だし、そろそろ他人行儀な言葉遣いは止めたほうが良いよな?」
けれど、ネットで出来た初めての友達だ……突然馴れ馴れしく接して引かれたらと思うと、未だに怖くて言葉遣いが変えられない。
まあ……優しいステラさんなら俺が突然馴れ馴れしくしても、引かずに接してくれると思うけど……。
要するに俺が人に臆病なだけなのだ。
新しい事になかなか踏み込めない、それが俺だ。
だてに世界が変わっても、だらだらとした怠惰な日常を過ごしてない。
トントンと俺の部屋のドアが、軽く叩かれる音が鳴った。
「兄さん、入りますよ」
ガチャッとドアのノブが回り、掃除用具を手に持った妹がドアを開けて俺の部屋に入る。
妹は私服の上に汚れても良いようにエプロンを着ているみたい。
何故エプロン?ジャージでも良いんじゃ?と、この前さすがに気になって妹に質問してみたら……。
「兄さんはジャージ姿の私より……生足が見える服を着た私がお好みですよね?」
頬を赤くして妹は、スカートを少し捲って俺にそう返答した。
確かにあの時の俺は思わずスカートからチラっと覗く、ぬめっとした妹のフトモモを凝視してしまった……。
エプロンを着ているのは、俺の好みに妹が合わせてくれてた結果でした。
「今日は日曜日で良い天気ですし、兄さんの部屋をお掃除しますね。……よいしょっと」
妹はカーテンと窓を開けて、この部屋の空気の入れ替えをする。
新鮮で少し冷たい空気を感じる……天気が良いのに、まだ肌寒い。
「ふふ、まだ寒かったですね兄さん。でも、少しは空気を入れ替えないと病気になってしまいますよ?」
妹は申し訳なさそうに俺にそう言った。
外は暖かくなったがまだ肌寒い季節なので、俺は窓を開ける事はない。
このままだったら、確かに空気が淀んで具合が悪くなっていたかもしれなかった。
「俺のためにしてくれた事だから大丈夫」
少し寒いだけ……主に手が悴んで、ステラさんとのチャットに影響するくらいだけだ。
俺は手を少し擦り合わせる……原始的だが、こうすると少し暖が取れる。
「………」
そんな俺を妹は、じっと見ていると思ったら……俺の両手を、妹は両手で掴んで……。
ぎゅっ。
「んっ……どうです兄さん?こうすると、兄さんの手が暖かくなりますよね」
悴んだ俺の手が、優しい温もりに包まれる。
人肌の暖かさが、じわりじわりと俺の悴んだ手を温めていく。
「……っ!?」
妹は掴んだ俺の両手を、自分の胸の中心に押し当てたのだ。
押し当てたエプロンの胸の部分に皺ができる。
ドクンドクンっと妹の鼓動を手に感じながら……ゴム鞠のような柔らかい感触に俺の手は包まれた。
「ふふ……たまには重いだけの、この大きな私の胸も役に立ちますね?こうやって、兄さんの悴んだ手を温める事ができるのですから♪」
価値観が違うのだ……そう、この世界の女性にとって胸を触らせる事に深い意味はない。
妹はただ俺が寒そうに手を摩っていたから、暖めるためにこうしてるだけだ……。
ここで”女性の胸は触れない!”とか言っても、ただこの世界の妹の心に傷を付けるだけ。
素直にこのまま、妹の優しさに甘える事がベストな判断。
「はぁ…はぁ……んっ」
どうしても俺と妹は、身体が近いので妹の呼吸の音が耳に入ってしまう……。
このまま何も喋らない状態が続くと、ヤバイ……主に俺が。
何か話題は無いのか……女子高生と話すような話題は?
「学校は楽しいか?」
娘に話し掛ける父親か俺は……咄嗟に考えた話題がこれである。
妹は俺の問いに答えるために、艶やかな唇を開く。
「友達も居ますし……普通に楽しいですよ」
笑顔で妹はそう答えるが……その笑顔も直ぐに曇る。
なんで楽しいのに、そんな顔をするんだ?
心配になる。
「学校で何かあったのか?」
「いえ、何もありません……ただ……」
言い難い事なのだろうか?
「ただ?」
妹の大きく綺麗な瞳が、俺の眼をじっと見る。
俺が関係するのか?
俺の手を掴んでいる妹の手に、力が入るのを感じる。
「学校には……兄さんが居ません」
「そうか……」
確かに居ない。
俺は引き篭もりだから、学校には行かない。
だが……それは。
「分かってはいるんです……それは私が兄さんを学校に行かせないせいだって。でも兄さんが居ない学校に居ると……昼間は兄さんとずっと一緒に居られない寂しさで、心の底から学校は楽しいって言えないんです。ごめんなさい……我侭な妹で」
「なら……」
なら俺が学校に行けば問題ないとそう言おうとしたが……。
妹も俺が言おうとする事を分かっているのか、俺の声を遮る。
「駄目です!兄さん、それは駄目です!兄さんを危険な目に合わせられません……!私の我侭に、兄さんが学校に来てくれるのは、嬉しいのですが……もし……もし私の兄さんが他の女に襲われたりしたら……私は……!」
必死な様子で、俺に学校行くなと言う妹。
確かに妹の言う通り、外の世界の女性は男性に飢えてるような印象があるが……。
でも……この世界の女性が、人間辞めてる様子は無いと俺は思っている。
先日俺がコンビニに行っても、無事だったのがその証拠だ。
一部の理性が無い人達の心無い行動が、心配症の妹にその印象を植え付けられたに違いない。
欲望に負けた人は全体の数パーセントで、残りは理性がある人がちゃんと居るのだ。
まあ、俺は引き篭もり生活の方が好きなので学校には行かないが……用事がない限り。
「分かった、学校には行かない。言うとおりにする」
「心配かけてごめんなさい兄さん……」
感情が高まりしすぎたのだろう……妹の潤んだ瞳から、一滴の涙が零れた。
俺は涙を拭ってあげたいが、現在俺の手は妹の胸に埋もれている……。
もう手は十分に温まったが、今は妹が落ち着くまで話をした方が良さそうだ。
「ところで兄さん……」
さて、次は何を話そうかと話題が思いつかない俺が頭を悩ませて居たら……。
妹が何か言いたそうに、視線をパソコンに向けている。
はて?何か忘れているようなと、妹の視線を追いかけてパソコンの画面を見て見ると……。
『ナナシキさん……どうしちゃったの?もしかして……何か合ったんじゃ?ずっと、ナナシキさんが動かないからあたしはどうすれば……。ナナシキさん……まだかな。もしかして、お手洗いなの?そろそろナナシキさんが、あたしのところに帰ってきてくれる筈。おーい……放置?それとも……寝落ち?』
ステラさんが俺を待っていた……。
妹に手を温めて貰う事から始まって、学校行く行かないの話でずいぶん待たせてしまった。
「そのパソコンの画面に映っている……女の子は、何ですか?」
何ですかと聞かれても、プレイヤーキャラですと答えれば良いのかな?
「ゲームのプレイヤーが操作するキャラだけど……?」
「いえ、そう言う事じゃなくて……兄さんとどういう関係ですか?」
俺とステラさんの関係が気になってたのか?
妹はゲーム画面のステラさんを睨んでる気がする……。
まさか、ゲームでも女性との接触禁止とか言わない……よな?
「ステラさんは俺がゲーム始めた頃からお世話になってる人で、ゲーム内の友達だけど」
「そうですか?相手の方もそう思っていますか?」
ん?相手の方ってステラさんの事か?
ステラさんとは友達登録した仲だし、そう思っている筈だが?
「友達登録したし、ステラさんも俺の事を友達だと思っていると思う」
「そうですか……兄さんはそう思っていると」
「何か問題が?」
妹はステラさんから目を離して、俺の方に顔を向けた。
さっきはステラさんの事を睨んでいたのに、今は良い笑顔。
「いえ、特にありませんよ。そろそろ私もお掃除始めますね?兄さんも、十分手は温まったと思いますし……それに兄さんはと・も・だ・ちのステラさんを待たせてますから」
俺の両手は妹の胸から解放された……。
別に名残惜しいとか……思ってはいない。
妹は俺に背を向けて、掃除を始めた。
俺もパソコンの方に向いて、ステラさんに待たせた事を詫びる事にする。
『お待たせしましたステラさん、それとごめんなさい』
☆ ステラ
沈黙しているナナシキさんをあたしは何時まで待てば良いのだろうと、椅子の上で胡坐を掻いてお菓子を食べながらそう思っていると……。
『お待たせしましたステラさん、それとごめんなさい』
キター!
ナナシキさんが帰ってきた!
これで狩りに行ける!
少し心配してた……ナナシキさんが予告も無く突然動かなくなったから、家に侵入された暴女に襲われたんじゃないかと心配をしてたんだ。
ネットニュースでも最近、その手の話題が尽きないからね。
後少し遅かったら……運営経由で警察に連絡して、警察の人達にナナシキさんの状態を確認して貰うところだったよ。
……大げさかと思うかもしれないけど、何の理由も無く男性プレイヤーが動かなくなって放置されたなら……何か事件に巻き込まれたか急病で操作出来ないか、心配して運営に確認した方が良いのだ。
この男が減少してる世の中、少しでも男を減らさない努力はするべきだと……私達、女性プレイヤーの間では当たり前になっている。
『うん、ナナシキさんが無事で良かったよ。もしかして、緊急の用事とかだったりした?』
あたしはキーを軽快に叩きながら、椅子に座りなおす。
ナナシキさんとチャット中なのだ、下着が丸見えな胡坐なんてしてる場合じゃない!
背筋もピンと伸ばして、姿勢も良くした。
何時如何なる時も、男と真剣に向かい合う。
画面越しだからとだらけた姿勢は、男を逃す崩壊の一歩と先輩達の教えだ!
最近は、色素の薄い長い髪の手入れも始めた。
ネットで調べたが髪を洗うだけじゃなくて、ちゃんとヘアケアもしないと髪を駄目にするらしい……。
あたしのパサパサな髪はそのせいだったのか、知らなかった。
シャンプーだけで、良いと思ってた……楽だし。
でも今は楽してはいけない時期だと思っている、ナナシキさんに気に入られたいと言う思いがあたしを動かす。わくわくするだけなら誰でも出来る……もし、深い仲になって……ナナシキさんに……。
『ステラさん、実は俺はもっと仲良くなるためにリアルのステラさんとも是非お話をしたいんだ!』とか言われるかも知れない……。
そんな時!ぼさぼさ頭のあたしが、実際にナナシキさんに会って幻滅されたらどうしようもない……。
それに天文学的な可能性でナナシキさんとリアルで出会えるかもしれないのだ……コンビニの時の好みの男の人と出会って連絡先も交換出来ずに失敗したように、ほぼ100パーセントあたし!見たいな失礼な状態でナナシキさんに会うわけにはいかない!
ナナシキさんとリアルで会うなら清楚で大人の女のあたしで、出会うのが理想!
『用事と言うか、妹と話をしていました』
返信キタ!
ふむ、ナナシキさんに妹有りと……メモ帳のナナシキさんプロフィールの家族構成欄に、情報追加する。
うーん……これは厄介な話だ。
「ごく……ごく……」
あたしはミルクティーのペットボトルの蓋を開けて、液体を乾いた喉に流し込む。
狙った男の人に妹が居るのが、一番大変だ。
絶対ナナシキさんの妹は、兄を独り占めしている……あたしでも兄がいたらそうしてる。
「ぷはっ……ナナシキさんは、もしかしたら軟禁されてるかもしれない」
妹でも子作り出来る、おかしな話があるのだ。男が少ない世の中の妹なら、よほど男に問題が無い場合…
…軟禁洗脳、監禁、エトセトラ。
家から兄を出さずに、外の世界の女は怖いと信じ込ませる……あとは自分は外の女と違うと信じ込ませるだけ。たったそれだけで、兄の居る女は結婚は出来ないが子作りは出来る。
結婚は出来ないが問題ない、そのまま一生兄に結婚させなければ良いだけ。
あと、弟も同じような感じで大丈夫だ。
「ナナシキさんの妹と、どう話をつけるか」
恐らくだが、あたしの存在が妹にバレてる可能性がある。
独占欲の塊の兄の居る妹と言う生き物は、異物……この場合あたしだ。
その異物を排除を始める事が、多いらしい……先輩達はそれで失敗したとも話をしていた。
物理的な排除じゃなく、ナナシキさんの心の中のあたしを排除するに違いない……物理的排除だと、心の中に残ったままだから何時まで経っても忘れられない。
『へえ……ナナシキさんって妹が居るんだ。あたしには妹が居ないから、良く分からないんだ。参考にだけど……ナナシキさんの妹ってどういった子なのかな?』
少しでもナナシキさんの妹の情報が欲しい。
仲良く出来るか敵対するか、判断材料を集めないといけない。
『俺みたいな兄にあれこれ世話してくれる良い子です。後は』
あれ、ナナシキさんのキャラが唐突に消えた……。
これは回線切れかな?
ナナシキさんの場合、急いでいてもログアウトするなどはちゃんと言ってくれるからだ。
あたしは袋からお菓子を取り出して、口に入れる。
「もぐ、もぐ」
ナナシキさん……復帰しないなぁ。
その日、ナナシキさんは結局再ログインしなかった。
後日、『すみません、妹が掃除中にコンセント抜いて落ちてしまいました。その後も、妹の用事に付き合う事になって再ログインできませんでした。結局一緒に狩りに行けなくてごめんなさいステラさん』とナナシキさんが事情説明をしてくれた。
「うん、これあたしと敵対してる」
分かりやすい敵対行動だった……ナナシキさんの妹からの「お前に兄は渡さない」と言う、意思表示だ。
「分かりやすくて、良いね。あたしもその方が思いっきりできるし」
唇を舌で舐める。
独占は赦さない……この世界は男が少ないんだ。
あたしと仲良く出来ないなら、おまえの愛しい人を奪ってやるよ。
ステラの中の人はコミュ症(2回目)、見た目より対人スキルを上げたほうが良い。