26.どうやら俺は、ネナベだと思われているらしい。
26話です。
「ここから見る景色は、いつも同じだ……」
まあ、自分の部屋の窓から見る景色はだいたい同じだよね。
建物を取り壊しとか新しい建物が出来たとかで、多少は景色が変わるけど。
俺は平日の外を、眺めてそんな事を思っていた。
外の景色を眺めるために開けていたカーテンを閉めて、俺はオフィスチェアに腰を下ろす。
背もたれに体重を乗せて、パソコンの画面に視線を移した。
『支援職募集でーす! レベル30以上でお願いします!』
『誰だよ、魔の卵割った奴! ここは、パーティー募集の場所だぞって…… ちょ……黒騎士とかヤバイ!』
『ま、魔の卵テロだ! みんな、逃げろー!』
『ここは、私に任せて先に逃げろ! なあに、私には来月教会で結婚すると約束した相方がいるんだ。 それまでは、死ぬわけには行かない……!』
『女の魔術師が死亡フラグを、立てながら黒騎士に突っ込んでいったぞ……!?』
『ちょっと……! 街へのゲートをストーン・ウォールで逃げ道塞ぐとか、鬼畜すぎるでしょ……!?』
※ 魔の卵:使用すると、ランダムでモンスターを一体発生させる。
ストーン・ウォール:石の壁を発生させて、モンスターやプレイヤーの進行を邪魔する魔術。
パソコンの画面には、最近プレイしているMMORPG「タルタルオンライン」が映っている。
現在俺のキャラクターは、教会がある大きな街の南のフィールドで座っていた。
別にステラさんを待っている訳じゃない、ただ他のプレイヤーを眺めていただけ。
「他のプレイヤーと組むのを、ステラさんに止められてるから……今日は、ソロで経験値を稼ぐかな?」
まあ……ステラさんの言葉を無視して、他の人と組む事は出来るけど。 このゲームを始めた頃から、お世話になっているステラさんの言葉を俺は無下にしたくない。
とりあえず俺は、ステラさんも居ないからどうしようかなっと思っていたら。
『ねえ、ねえ、そこの君! 暇なら、僕と狩りに行かないかにゃ?』
猫耳を生やしたショートヘアの、男のプレイヤーキャラが話し掛けて来た。
職業はシーフで、レベルは俺とたいして変わらないみたい。
猫の獣人を演じているのか、語尾に「にゃ」がついている。
『ごめんなさい、俺はこれからソロで狩る予定なんです』
『それは残念にゃ。 ネナベ同士、気が合うと思ったけど……ソロで狩るならしょうがないにゃ』
この人にネナベだと思われてるのか俺は……まあ、ステラさんの日頃の助言とかあるから。
このまま、ネナベと思わせておいた方が良いかな?
と言うか、目の前に居る男のシーフの中の人は女性なのか……。
『じゃあ、俺は今から狩りなので失礼します』
俺は自分のキャラを、移動させた。
だが……何故か、猫耳ネナベのプレイヤーは着いて来ている。
狩りの場所が同じ方向なのかと、最初は思ったけど……何時まで経っても、着いて来ている。
俺はさすがに変に思って、立ち止まり……何かようなのかと問いかけた。
『何か用なんですか?』
『用って程じゃないけど、君と同じ場所で狩りをしたいと思ってるのにゃ』
『どうしてですか?』
『ネナベ同士、君とお話をしてみたいと思ったから……じゃ、駄目かにゃ?』
どうやらこの人は、組んで狩りをするよりも同じネナベの人と話すのが目的だったようだ。
うーん、正直ネナベじゃないって話した方が楽そうだけど……止めとこう。
まあ、リアルの性別が男のプレイヤー目的じゃなさそうだし……少し話すくらいなら、良いかな?
『ある程度、経験値が溜まるまでなら良いですよ』
『ありがとうにゃ♪ 僕のネームは、”シャル”。 よろしくね、ナナシキさん♪』
『よろしくお願いしますシャルさん』
それから俺とシャルさんは、個別でモンスターを狩りならがネナベについての話やこのゲームの話をしている。
シャルさんは今はレベルの低いシーフキャラだが、メインの女性キャラは高レベルらしい。 最近、マンガの影響で男性キャラを演じたいと思ったらしく、セカンドキャラを作成したとの事。
そしてネナベについての話だが……俺はリアルでも男なので、シャルさんの本物の男に近づくためにどうすれば良いのか?と言う質問に正直に答えれば良いのか……それとも、濁して答えれば良いのか迷っていた。
「男に近づくためには、どうすれば良いか……か。 この世界の男は少ないから、参考にしたい男が周りに居ないネナベのシャルさんは、そう言う事を同じネナベに相談したくなるのかな?」
『う~ん……僕の頭の中で想像した”最高に可愛い男の子”を演じてみても、どうしてかみんなに受けが悪いんだよにゃあ……。 なんでか分かるかにゃ? ナナシキさん』
俺はキーボードから手を離して、腕を組んでシャルさんの疑問の答えを考える。
シャルさんとは出会って数分の付き合いだから、判断材料は少ないけど……俺には、何故受けが悪いのか分からない。 シャルさんは人懐こい雰囲気あって、俺でさえ話しやすい。 俺がもし女性なら、シャルさんみたいな猫耳男の子プレイヤーとはフレンドになっている。
腕組を止めて、俺はキーボードに手を乗せた。
暖房の温度を高く設定していないので、指先が少し冷える。
心なしか……キーが硬い気がした。
『俺には、シャルさんがどうして女性に受けないのか分かりません。 ですが……俺は、シャルさんが演じている”最高に可愛い男の子”は、少しの間でしたが話をしていて楽しいと思いました』
………俺が発言した後、シャルさんが固まったんだが。
俺の発言に変な事あったかな?
それから数十秒後。
『良い人だにゃ……ナナシキさんは。 はぁ……何で僕の理想の男の子を理解してくれるナナシキさんが、ネナベなのかにゃ? ナナシキさんが、女性キャラでプレイしていれば僕はネナベプレイが楽しめたのに……そうだにゃ! ナナシキさん!』
『なんですか、シャルさん?』
そう相槌すると俺は喉が乾いてきたので、緑茶のペッドボトルの蓋を開けて口にした。
ふと気になったのでマウスを操作して、フレンド一覧でステラさんの状況を確認する。 どうやらステラさんは、オフラインみたいだ。
『今から女性キャラを作って、僕の相方になってみないかにゃ?』
「ぶふぉっ! げほっ……げほっ……ふぅ」
シャルさんの発言に、思わず俺はお茶を吹いた。
俺は咳き込みながら、ティッシュペーパーを数枚取って濡れた箇所を拭く。
まさか俺に、ネカマをして欲しいと言ってくる人が居るとは……予想外過ぎて、お茶吹いてしまった。
『きっとナナシキさんなら……僕が演じる理想の男の子との相性ばっちしだから、女性キャラにしてくれるとすごく助かるんだけど……駄目かにゃ? もちろん、女性キャラになってくれるなら僕のメインの装備を譲っても良いのにゃよ?』
シャルさんは自分のメインキャラの装備を譲るくらい、俺に女性キャラになって相方して欲しいのか。
俺がネカマね……元の世界でもネカマをやろうとは、一度は思ったけど止めておいた。
安易にネカマに踏み込むと、バレた時が怖いと思ったからだ。
するならバレないくらい真剣に、そして女性に関する知識を完璧。
俺にはそこまでの覚悟が、なかったからネカマをしなかったけどね。
『ごめんなさい。 シャルさんが真剣に言ってくれているのはわかりますが、今のこのキャラに愛着があるので無理です』
シャルさんの誘いに乗って、女性キャラにして一緒にプレイしたら……リアルが男だって、すぐバレる自信あるよ俺。 多少は言葉遣いでネカマやれそうだけど、相方って事はリアルの話もしそうだし……俺には無理そうだ。
『ちょっと……そう、毎日ちょっとだけとか駄目かにゃ? さらに掛かる費用とか、こちら持ちにゃよ?』
▽ステラ様がオンラインになりました。
『それでも無理そうです、ごめんなさいシャルさん』
『そ、そんにゃ~……ナナシキさんが女性キャラなら、楽しいネナベ生活が出来そうなのに~! 一生のお願いにゃ! どうか……どうか、僕のために相方の女性キャラになって欲しいにゃ~!』
哀しそうな事を言うシャルさんに俺は、心がぐっとぐらついた。
ネカマがバレなければ、少しぐらい良いかなって思ってしまう……。
シャルさんも俺が女性キャラに変更すれば 、装備を譲ってくれたり……狩りの費用を負担してくれるって、言ってくれている。
「う~ん、少しだけ……」
俺はシャルさんに『分かりました。毎日は難しいですが、少し付き合いますよ』とチャット欄に入力して……後は、エンターを押せば良い所で……。
▽ステラ様が”コール・フレンド”を使用されました。
ナナシキ様は、ステラ様と同じマップ内に転送されます。
※課金アイテム、コール・フレンド:このアイテムの使用許可の取れているフレンドを、自キャラの前に呼び寄せる。
『ナナシキさん、狩りの最中に呼び出したりしてごめんね? 街の南のマップの街への出入り口で、魔の卵テロがあったみたいだから。 行くより呼び寄せた方が早いと思って、ナナシキさんを呼び寄せてみたけど……一声掛けてから転送した方が良かったね』
画面が暗転して、俺のキャラはステラさんの居るマップに転送されていた。
そう言えばこの前、ステラさんに”課金アイテム、コール・フレンド”の使用の許可したんだった。
俺が逸れた時に、ステラさんが俺のキャラを呼べるように許可したんだっけ。
『ナナシキさん、どこに行ったのにゃ……? もしかして、アイテムで帰っちゃったのかにゃ……?』
シャルさんから1対1のチャットで、俺がどこへ行ったのか聞いてきた。
コール・フレンドを知っている俺も突然だったから、少し驚いたけど……シャルさんは、俺にお願い最中に突然俺が消えたのだ。 驚いたと言うより、困惑してるんじゃないかな?
『突然消えてごめんなさい。 フレンドにコール・フレンドを使用されたので、フレンドの所まで転送してしまいました。 先ほどのお話の件ですが、やっぱり俺には無理ですごめんなさい』
ステラさんに突然呼ばれて少し冷静になって良く考えたら、俺がステラさんと遊ぶ合間にシャルさんとネカマしながら遊ぶとか二足の草鞋を履くみたいで大変過ぎると思った。
『ナナシキさんには、コール・フレンドを許可している友達が居るのにゃ。 う~む……それなら、僕の我侭をこれ以上お願いするのは……ナナシキさんに迷惑になりそうだから。 ここは、ナナシキさんとフレンドになる事にお願いを変更するにゃ……ってナナシキさんが画面内に居ないと、フレンド申請が出来ないにゃ……!?』
プレイヤーキャラを右クリックして、フレンド申請だから……俺が画面内に居ないと、フレンド申請が出来ないよね。
『また、どこかでお会いしたらその時に、改めてフレンド申請をお願いします』
『そ、そんなにゃ~! それ、絶対会えないフラグじゃないかにゃ!?』
『ご縁があれば、またどこかで』
『絶対ナナシキさんが、ログインしている間にフレンド申請してみせるにゃ! ナナシキさん、待っているにゃよ!』
『ナナシキさん、今誰かと話してる最中? そんな訳ないよね? もしかして、離席中なのかな?』
あ……そういえば、ステラさんの言葉に返事するのを忘れてた……。
急いで返事しないと!
その後、本当に縁があったのかシャルさんのフレンド申請が俺の画面に現れた。
『シャル様から、ナナシキ様にフレンド登録申請が送られてきました。YES/NO?』
シャルさんの執念に俺は、当然YESにカーソルを合わせる。
『シャル様がフレンドに追加されました』
フレンドになった後、シャルさんから何も言ってこなかったが。
”どうだナナシキさん、ちゃんと間に合ったにゃよ!”とシャルさんがどこかで言ってそうな気がした。
☆ シャル
昨日から寝てないから、ナナシキさんを探すのは大変だったにゃ……。
眠い中探し回って、本当に間に合ってよかったにゃ……もう、眠いにゃ……すや~。
☆
オンラインゲーム内のお話になります。




