5 俺Tsueeeee! それが魔女との密約のはずだ!
■これまでのあらすじ。■
シンデレラ同然の境遇にあった下級貴族の次男坊シンは、魔女ナルのハーレムの誘いを蹴って、「力をくれ!」と言った。シンが求めるのは剣で身を立てる力。
シンはナルと共に異世界に転移し、若い女性の悲鳴を耳にする。
※この作品は童話「シンデレラ」のパロディです。テンプレ揶揄要素を含みます。
どこだ……。
女性の声以外に、人の声は聞こえない。獣のうなり声なんかも聞こえない。
おそらくは声のした方から、何か重みのあるものが地を這う音と、水を壁にでもぶちまけたような音が聞こえた。
走りながら俺は、ヒトの脚力が愛馬に遠く及ばないことを呪う。愛馬や犬、できれば鷹がいればどれだけ心強いことだろう。間合いの長い槍や弓を備えるべきだったか。従者もいないならば、思い入れのある剣ーーその選択自体に迷いはなかったが、弓矢ならば一人でも……。
いや。怖じ気づいている場合か。常に今ある条件でのベストを考えろ。
俺の後ろからはほうきにまたがったナル嬢がふわふわとついてきている。
ほうきにのった魔女ってなんか集会とか行くんじゃなかったでしたっけ、と正直冷や汗が出そうだ。が、彼女ならば俺よりも小回りはききそう……か?
音を頼りに20mほど駆けたところで、俺は木の陰で何か妙な物が蠢いているのを目にした。妙な物は横に細長く、伸ばせば1メートル程もありそうだ。それが二本。絶えずうねうねと宙を撫でている。
あれは、何だ。
うねうねとした物は、刈り取った藁を雨で湿らせたような色の小山から生えていた。高さは俺の胸の下位まではあるだろうか。木の枝にしては妙に柔らかなしなり具合。うねうねの表面には、白い産毛が生えている。
俺の勘は、迂闊にあれが届く範囲に入ってはいけないと告げる。
その小山から3メートルほども距離を置いて、若い婦人が尻餅をついていた。赤いロングスカートの上に飾り気のない前掛けをまとい、ゆるくウエーブのかかった長い栗色の髪を二つに結わえている。小柄な割に胸は豊かだ。婦人の直ぐ傍には彼女が持っていたであろうバスケットが転がっており、彼女のスカートやブラウス、白い足首他、周囲のあちこちに澄んだ水色の粘液状の何かが飛び散っているのが見えた。
「やだってば! やだやだ! 来るな、あっちいけええええええ!」
若い婦人は叫び、尻餅をついたままずりずりと後ずさろうとする。が、足首が水色の粘液でくくりつけられたかのように引っかかっている。婦人は逃れようと暴れ、白く形の良いふくらはぎがあらわになる。
「ナル嬢」
俺はナル嬢に声を掛けた。
「あの茶色い小山はどんな物だ。悪魔なのか動物なのか。それとこの辺りは誰の領地……いや、それはいい。あれは俺が仕留めるか追い払えるような物なのか」
ナル嬢は俺の問いに、形の良い眉をひそめる。
「ふむ〜。ありふれた肉食型社会性生物の一種ですが〜、あの大きさはちょっと珍しいですね〜。よこしまな力の干渉を感じます〜。ちょっと戦い方齧れば一般人でも何とでもなるレベルとは思いますが〜、あなたの手札では丸裸で逃げ帰ってくるのがオチかと〜」
「は? 話がおかしくはないか? 剣で身を立てられるくらいの力をくれって言ったよな。それがなくても一般人以下と考えているなら誤解だ。俺は剣の師匠に付いて、素振りの回数だって一万回軽く超えてる。実戦を想定した試合の経験も……」
「だ、誰かいるの? お願いっ、助けて! む、無理なら逃げて、早く逃げてえええええええ!」
栗色の髪の婦人が叫ぶ。くそっ。何なんだ! 一般人でも何とでもなるんだろう?
「大丈夫だ! 今助ける! ナル嬢はあのご婦人を連れて下がっていてくれ!」
俺は一度剣を収めると足元の石を二つ三つ拾い、うねうねしたものの生えた小山の真上を目がけて投げた。
疎らに生えた樹の斜線の合間を縫って、石が小山を掠らんばかりの高さで飛び越え、放物線を描く。うねうねした物が石の軌跡を追うように勢いよく伸び、続けて体ごと彼方へ方向を変える。奴の動作はけしてのろくはない。だが、じゅうぶん目で追える。よし!
俺は、二つ目の石を握ると、今しがたうねうねしたものが向かった方向から更に30度程角度をずらしーー目いっぱいうねうねを伸ばせば届くであろう方角に向かって2つめの石を投げた。再度投げた石を追うように奴が方向を変えるたのを確認する。奴はこれで俺からはほぼ真逆。見知らぬ婦人からも90度以上逆を向いた事となる。俺は奴を目がけて駆けだした。
「はあ〜。世話の焼けることですね〜。私が煉獄の炎で焼き払った方が早いですのに〜。お嬢さん〜。ご無事ですか〜?」
ナル嬢の声が遠くなる。肉食型生物を避けて移動したのか、視界の端にほうきにのったナル嬢が赤いスカートの婦人を目指す姿が見えた。口ぶりと行動から、いざとなればナル嬢は自衛ができる物と踏む。頼むぞ。
俺は走りながら距離を測る。大股で、あと二十歩、十九、十八、十七、十六。俺は背中の剣を抜く。十五、十四……三、二。
一と同時に右斜め上から剣をふりおろす。狙い違わず、うねうねしたものの一本を捉え、剣を引くように根元から切り落とす。白い毛や、体液の飛散を警戒。直ぐさま半身を翻し、拡げたマントで我が身を守る。
場合によっては残った一本のうねうねに打たれるか、のしかかられるかとも考えたが、マントにびちゃりと嫌な衝撃があったきり、体にはさして衝撃がない。俺は小山が大きく動いてはいないとみて横腹を蹴り倒す。続けて脚と剣を力いっぱい振り下ろし、両断。バックステップで後ずさる。マントを翻す。今度はびちゃりとした妙な攻撃? はやってこなかった。
「……やったか?」
俺は少し顔を強ばらせて奴を見た。切り口からどくどくと体液のような物が漏れている。
と、奴の体と体液が突如燃え上がった。
「うわっ!」
続けて俺のマントからも火が上がる。ちょうどべちゃりと奴が何かぶっかけてきた辺り。熱い。
「ちょ、え、はあああああ!?」
俺は慌ててマントを外し、バサバサ振って消火に務める。マントには先ほど遠目で見たと同じような水色の粘液がついていた。それが火を吹いたように見えた。
「ナル嬢! 水! この辺りに川か泉! 知らないか!?」
言うが早いか頭上から大量の水が振ってきて、俺は全身濡れ鼠になった。
濡れた髪をかき上げ目元の水気を拭うと、今度は頭に何かが降ってきた。ごいぃぃんと妙に響く音がして、痛み、そして足元に転がるブリキのバケツ。
「いてーっ。なんだよっ、くそっ」
眉をひくつかせ、恨めしげに上に視線を走らせるも、あるのは樹の梢だけ。誰もいない。
「すみません〜、バケツ持ってきてもらえますか〜」
なん……だと?
ナル嬢達二人は無事のようだ。ナル嬢がひらひらと手を振っている。
このブリキのバケツはナル嬢の?
「あー。消火、感謝す、る……?」
そう言えば、水の降ってきた範囲が火の上がったところピンポイントだった。
自分でも笑顔が引きつるのがわかる。
火だるまから助けてくれたことには感謝する。が、もっとやり方ないのかよっ。俺は二人に向かって歩く。
だがしかし。ナル嬢といる、若い婦人の顔の造作をまともに見て、たちまち俺の顔からは力が抜けていった。
ブラウンの大きな瞳。バラ色のほお。緩やかに波打つ長い髪。小柄であるのに、胸元は豊かで。俺を少し不安そうに見上げている。
「ミリー? ミス・パティフィールド、なのか?」
この世界で初めて会ったはずのその婦人は、俺の屋敷で暇を出されたはずのメイド、ミリー ・パティフィールドに瓜二つだった。
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生まれて初めて書いたバトルです。展開におかしなところが有れば、ご指導いただけるとありがたいです。