2 魔女を名乗るけしからん娘
■前回までのあらすじ
下級貴族の次男坊シンは、剣の道に惹かれながらもくすぶる毎日。家には継母と理解のない二人の義姉。
そこに魔女を名乗る変な格好のかわいい女の子が現れ、言った。
「あなたはとっても惨めなので〜、女の子にモテモテになる魅了チートを授けに来ちゃいました〜」
俺はどちらかと言えば敬虔な救世主教教徒だ……と思う。救世主教は貞節を説き、夫婦が子供を作るため以外の肉欲を悪徳としている。
救世主教の神に誓っても良いが、スカートで隠されていない婦人の太ももなど初めてみた。俺の能動的な意思なしに見てしまったのだ。
こんなにも白く眩しく輝かしい物なのか……、あの透き通るような美しい白さに触れたい。頬ずりをしたい。部屋に飾ってあらゆる角度から眺めたい。どうしようもなく眼が吸い寄せられて、血が熱くなる。
いやいやしっかりしろ、俺。これは悪魔の誘惑かもしれない。男が自己を律してもどうしようもなく惹かれるのは、婦人という存在にある種の悪魔的な性質が隠されているからではないかと教会でも今研究されているところではないか。そこまで考えて俺はふと我に返る。
ーー彼女は魔女と言ったのか?
「はい。魔女ですよ〜。人間に都合が良いだけの『仙女』ではなく、正真正銘の魔女ですので〜、そこのところお間違いなくお願いしますね〜」
ナルと名乗った婦人はにっこりと微笑む。白い顔の中で赤い眼と唇がやわらかくつり上がった。
ーー魔女。悪魔と交わることで得た力をもって災いをなす超自然的存在。
堅気の婦人ではないから、コルセットをつけていないのだろうか。多少の罪悪感を抱きながら、視線で彼女の腰の括れをなぞる。コルセットで絞り上げていないと想像させる腹部や腰の起伏は妙に健康的でなまめかしく、原初の生命の息吹を連想させた。まるで放埒を是とする異教の古い神々のような。
「あの〜、先ほどから、どこを見ていらっしゃるのですか〜? イヤらしいですね〜」
彼女の赤い眼がじっとりと細くなる。柘榴の実の色を思わせる赤い口もとにはにやにやと笑みを含んだままだ。
「なっ、失礼な事を言わないで頂きたい。いやらしいのは俺じゃなくて貴女の……方だろう、そんな悪魔的な格好をして」
少し言い澱んだのは後ろめたさが心を掠めたからだ。けれど、と俺は思う。どう考えても不道徳なのはこの婦人の方である。この婦人の黒い服が体にぴったりと沿っていなかったり、節度を持って脚を全て包み隠したりしていれば、俺は決して目を奪われなかったのだ。
「おやおや。イヤらしいのはわたしのせいですか〜。まあ、そんなイヤらしいお兄さんにこそ〜、取って置きのお話があります〜」
ナル嬢は愉快でたまらないという風にクスクスと笑みを漏らす。そもそも、……「ナル」というファーストネーム……多分……で名乗ること自体が女優か裏社交界の徒花を思わせる。まともな婦人であれば、家名を名乗るべきなのだ。
「今夜はお城で舞踏会。イケメンエリートの王子を差し置いて、酒池肉林の悦びを謳歌したいとは思いませんか〜? 私の魅了チートの魔法にかかれば、どんな貴婦人も思いのままですよ〜」
何かを見透かされるようなナル嬢の笑みに俺はぞくりとした。