1 まるで男版シンデレラのような
この作品は、世界観と主人公の設定上、女性に対しての失礼な表現を含みます。
主人公の好感度最低から始まりますことを予めお詫びします。彼のイラッとしている人度が緩和されるのは3話目(約4,000字ほど後)からです。
くそ姉貴どもが多少飾り立てたところで、褒められるのはドレスなのであって中の人間ではないと何故分からないんだ。俺の趣味の刀剣集めには扇で顔隠してヒソヒソ言うくせに、自分らはドレスだの宝石だの無駄金浪費すんな。
俺はモップでびちゃりびちゃりと螺旋階段を撫でていた。掃除である。我が家ながら階段はそこそこに段数があり、しばらく終わりは見えそうにない。
宮殿で侍女をしているビッチーーいや失礼、姉貴どもは、イケメンエリートとお噂の高い王子の妻の座を狙い、化粧だの着替えだのに大わらわだ。今夜の舞踏会は、王子のお后選びを兼ねて催されるのだそうである。
姉貴どもが王子の嫁……は無理でも妾くらいにはなる芽があるなら、舞踏会を待たずしてお声がかかっていたんじゃないでしょうかねえ……。まあ運良く公妾にでもなった日には、俺を高等遊民よろしくブラブラさせていただけますか。……それもそれでしゃくに障るけど。
下級貴族の次男坊である俺は、継母が二人の娘を連れて嫁いできてから急に、将来は何をしたいの? とことある度にせっつかれ、か弱き精神を痛めまくっていた。つかの間のモラトリアムを求め、大して興味はない……けれど耳障りだけは良さそうな学問の名前を数年の間取っかえ引っかえしていたが、ネタも尽き信憑性も薄れるばかり。苦しまぎれに「本当にしたいことは専業主夫」と言ったが最後、継母とくそ姉貴どもに「主夫嘗めんな!」と暴言を吐かれ、ハウスメイド同然の境遇に陥っている。
この騒動で、なかなか尻が良いと評価していた我が家のメイドは暇を出されてしまった。BBA共、口から生まれたようなお前らに口で勝てるわけないだろ、腹立つわ。
本当にしたいのが剣の道だ、なんて……、絶対認めやしないくせに。
俺は剣が好きだった。貴族の嗜み以上に好きだった。
野蛮だの何だのーー親父がBBA共の顔色を見るのに気が引けて、最近では実際に剣を振ることも少なくなってはきていたが、名匠が手がけたと言う剣を集める度に、俺だけの世界が再構築されていく気がするのが喜びだった。
けれど、昨今じゃ、貴族のご令嬢方も剣の良さなんて分かろうとしない。騎士団にの仕官も考えないことはなかったが、最近は剣よりもご婦人を崇拝することの方が騎士道精神みたくもてはやされている。
そんなもの……なんすかね……。硬派を気取ってるつもりなんかないが……なんか、違うんだよな……。
舞踏会の支度が終わったのか、二階の扉が開き、姉どもが螺旋階段を下ってくる。
当世風の胸が開いて腰の括れたドレスの形は悪くないが、頭につけた船だの十字架だの、ゴテゴテしたレースの飾りだのは決して王子の好みではないだろう。男目線での勘だけど。
「なにこれ。こんなにびちゃびちゃじゃ危ないじゃない。転びでもしたら大変」と、姉貴どもは俺の掃除にだめ出しをする。
「シン? 私たちは出かけますけど、主夫なら掃除くらいは完璧にしておきなさい。
三日にいっぺんでも死なねーだろとか、屁理屈捏ねちゃダメよ」
「あらあら。まだ終わっていなかったの。もう日が暮れてしまうじゃない。蝋燭だって無料じゃないんですからね? 庭で素振りばっかりしていないのよ」
俺は黙って姉貴どもと継母が通り過ぎるのを待つ。
三人が家を出て、表玄関の扉が閉じたとき、屋敷の蝋燭のうち一つが燃え尽き、少し暗くなった。
長いのに交換……はしなくて良いな。親父は舞踏会であいつらと合流するという話だし、誰かが訪ねてくる予定もない。
俺はエントランスホールまで階段を降った。前後左右に適当なスペースを取ると、両手の指を組みんで腕を頭上に振り上げる。腕を振り降ろすと同時に、片脚を大きく踏み込んだ。
踏み込んだ足を引き、腕を上げる。再度足を踏み込み腕を降ろす。
庭で素振りじゃなきゃ問題ないんだろう?
素振りの動作を繰り返すうちに、自然と動きが速くなっていく。
俺は、小さい時に死に別れた母上ーー生みの母のことを思い起こした。
顔も声もろくに思い出せないが、膝のうえにのせられて、騎士道物語を読んでもらったことや、お船のように揺られたことや、駆け回って乱れたスカーフを結び直して貰ったことなどが、胸に残っていた。
どれくらいそうしていただろうか。少し息が上がり、両足に軽いだるさを覚えて動きを止めた時だ。背後からそっと俺の肩をたたく者があった。
「誰だ!」
顔を嶮しくしてふり向くと、妙な格好をした若い婦人が一人で立っていた。
「初めまして〜。魔女のナルといいます〜。あなたはとっても惨めなので〜、ご婦人方にモテモテになる魅了チートを授けに来ちゃいました〜」
体にぴったりした黒い服の中ではち切れそう大きな胸。柔らかそうな白い太もも。大きな赤い眼と紅い唇。日の光を知らないように見える白い頰は柔らかな燐光でも放ちそうで、俺の心臓は大きくどくんと跳ねた。
黒いとんがり帽子に、黒い髪。薄い眼鏡。片手にはほうき。まるでスカートがないみたいに太股を三分の二も露出した妙な格好ではあるものの、婦人はかなり可愛かった。