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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
98/121

ストレンジワールドpart4

 

 ゆらゆらと私はクラゲのように漂う。

 それはそう、海で溺れない為の極意みたいなモノ。

 無理に流れに逆らわずに身を任せる。


 流れに抗うから危ない。下手に抗おうとはせずに、まずは落ち着いて……周囲を見回してみる。


 大事なのは冷静になる事。焦りや消耗はいけない。

 それが海とか、深い森とか……広大な何処かで生き延びる術なのだろうから。


 ああ、忘れていた。


 一〇年前まで私はこんな広大な場所にしょっちゅう来ていたんだね。


 一体いつから? 正直分からない。

 いつの間にか出来ていた。

 私は眠りながらここではない何処かへ旅を、ううん、遊びにいってた。


 それがどんなモノなのか、を口で説明するのは難しい。だってこれは単純な理屈とかで説明出来るモノじゃないんだろうから。

 でも、強いて云えばドラえもんの″どこでもドア″が一番しっくりする例えなんだろうとは思う。


 目の前には無数のドアが開いてて、その一つ一つが全然違う場所に繋がってる。


 他の人なら、ううん、きっと誰にだって無理だろう。


 わかるんだ。


 このドア一つ一つに手をかけられるのは……私だけなんだって。


 そしてわかる。


 無数にある、無限にしか見えないドアの中には″とてもよくないモノ″に通じるモノがあるんだって。


 それは邪だとか悪い、だとかそういった一般的な観念で語れるモノじゃなくて、そもそも根本的に″関わってはいけないナニカ″。

 過去、ううん未来、現在において常にナニカを欲する人はいて、色んな手段、その人なりの出来うる術を尽くしてドアを開こうと試みる。


 だけどそれはやってはいけない事。


 ドアは開く為だけではなく、″閉じる″為にも存在するのだから。


 私はどんなドアでも開ける。

 そんな危険なモノなんだって関係なくお構いなしに。

 お兄ちゃんはその可能性にただ一人気付いたから、記憶を消した。ううん、違うね。お兄ちゃんのイレギュラーは記憶を消すのではなく、記憶の誘導。

 見たはずのモノの存在をぼかす為に、その時に有り得た可能性を提示。そちらへ意識を集中させる事で見たはずのモノの存在をぼかすのだから。


 ああ、わかる。感じるよ、こっちに来るのがわかる。


 来ちゃ駄目だよお兄ちゃん。


 こんな所に私以外の人が来ちゃ駄目なんだ。



 ◆



「ぐ、くうううう────ッッッッッ」


 迅は呻き、苦しむ。


「あ、ぐううううううううう」


 その痛みを形容するのであれば、腹に火で熱した鉄串を突き刺して臓腑をかき回された、が適切であろうか。

 勿論、実際にはそんな目に遭遇してはいない。

 あくまでもそう感じた、それだけの事であり、西島迅、という個に対する世界からの拒絶反応である。


「これは、……思っていた以上の難問ですねぇ」


 ポタポタ、と脂汗を滲ませ、呼吸を整えようと試みる。


「井藤さんへの接触は上手くいったはず。時間はまだある」


 よろけながらも立ち上がり、再度妹の元へ。


「もう引き下がれない、晶。もう全ては動き出したんだよ──」


 そっと頭を撫でて、説得するような、または懇願するかのような口調で懇々と眠っている妹に話しかける。


「──世界はもう変わらなきゃいけないんだ」


 だから、ね。

 これ以上なく優しい声音で、微笑みを浮かべ、意識を潜り込ませていく。

 晶の夢、または精神世界へ同調。

 そうして今度こそ、西島迅は完全に意識を喪失させるのであった。



 ◆◆◆



「はぁ、ハァ、」


 井藤の呼吸が荒くなっていく。

 自身の心臓が今にも破裂するのではないか、と錯覚する程に強く、早く脈動しているのが分かる。


「な、んだこれは?」


 ざざ、とまるでノイズのようなモノが脳裏を過ぎる。

 そして想起されるのは……彼にとって決して忘れられない光景。

 三年前、イギリスで起きた大惨事。

 その日、突如としてマイノリティとして目覚めた彼がイレギュラーを暴走させたあの光景。

 何もかもが死んでいた。いや、正確には跡形もなく溶け出していた。


 全身から発せられたその″毒″が周囲全てに例外なく死を与えた。

 いや、死、などという言葉でこの光景を語るのには無理がある。

 この場には人の尊厳など何処にもない。

 誰もが、グジュグシュに溶けたのか周囲にあるのはただ異臭を放つ薄気味の悪いナニカだけ。

 誰一人として原型を留めず、そうなっていた。


「あ、ああ。うわああああああああああ」


 絶叫をあげる。

 それを目の当たりにした彼には頭を抱える他なかった。



「う、ううっっっ」


 それは思わず怖気を覚える光景だった。

 画面に映し出されたその有り様はあまりにも陰惨である。

 肉の塊が放置してあった。

 部位毎に置かれたそれはまるで解体された肉牛にも思える。


 だが違う。

 そこに映っている光景は肉牛のそれではない。


 ギシ、ギシィィィ。


 それは金属が軋むような音。

 画面が移り変わっていきカメラに映し出されるのは、幾人もの人間だったモノの成れの果て。


 手足を失い、冷凍された誰か。


 腹部が異様に膨れ上がった誰か。


 他にも目をくり抜かれたらしき誰かもいる。


 天井から鎖が垂れ下がり、それに吊されるその様はまさに精肉工場のような有り様。


(よせ、やめてくれ)


 その残虐な手口に井藤は覚えがある。

 それは彼にとってもっとも大事な人物がこの世から去った時の事。

 井藤啓吾。それがその人物の名前、井藤謙二の兄で警察官であった。


 彼はある事件を追った結果、無残にも殺された。


(よせ、思い出したくないあの光景は……)


 そんな思いなどお構いなしに、その光景は先へ先へと進んでいく。


 爆発四散し、跡形もなくなった無残な肉片。

 それが井藤啓吾の最期。

 それをしたのは″解体者ブッチャー″。


 《違うね、君のお兄さんをその手にかけたのは、ブッチャーではない。よく思い出せ。犯人の顔を、姿を。

 名前を思い出せ》


 声が脳に直接伝えられていくのが分かる。

 声、というよりは音、いやメッセージと言い換えてもいいだろう。


 井藤の中で何かがずれていく。


 顔の見えない解体者、から徐々に薄ぼけた何者かのシルエットが浮かび出して、その姿が明確化していく。


 それは少年、中肉中背の少年。


 《さぁ、あの少年だ。彼が、彼こそが家族の仇。

 仇を討つ事を忘れたことは一日だってないはず。そしてその名前を君は最近になって知った。その名は────》


 頭を抱え、全身を激しく震わせる。


「井藤支部長」


 聖敬は目の前で悶え苦しむ井藤の急変を目の当たりにし、同時に全身で感じる。


(なんだ、このとんでもない負の感情は一体?)


 向こう側、以前の、観測者であった自身立ち戻りつつある聖敬は相手の発する、内包している感情を肌で感じる事が出来る。

 それは″魂の色″とでも言えばいいだろうか。


 その色は、灰色であった。

 白と黒を混ぜ合わせたその色。

 限りなく白に近い白ではなく、限界まで黒を濃くしたような色合い。


「うがああああああ」


 絶叫しながら、周囲に″毒″を撒き散らす。

 その毒の色もまた限りなく黒に近い灰色。


(精神状態がイレギュラーにも影響している、危険だ)


 周囲の床が瞬時に溶け出し、下の階が見える。

 足場はどんどん失われていき、このままでは程なくこのフロア自体が崩れ落ちるだろう事は容易に想像出来る。


「しっかりして下さい井藤支部長──!!」


 聖敬は意を決し、間合いを潰そうと姿勢を低くしたその時である。


「星城聖敬ああああああああああ」


 井藤は名を叫び、周囲に展開させていた毒を一斉に解き放つ。


 《そうだ、君のお兄さんを無残にも殺したのは、一〇年前に向こう側からやってきたとあるマイノリティ。

 そこにいる星城聖敬だ》


 それはまさしく刷り込み、であった。

 それも記憶そのものの上書き。


 今の彼にとって兄の仇とは聖敬。

 そして目の前にその相手がいる。


「殺してやるッッッッッ」


 凄まじい怒りと共に、その全てを殺す毒は聖敬、敵へ向け放たれるのであった。



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