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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
96/121

ストレンジワールドpart2

 

「…………静かだな」


 思わず口をつくのはそんな感想。

 戒厳令下の九頭龍に於いて、その場所の近辺は驚く程の静寂に満ちていた。


 確かに昨晩からのWDの混乱に乗じた騒乱は確かに沈静化しつつあった。


「ああ、どうもWDあっちの本部に居座っていた連中ってのをどうも直接乗り込んで追い払った奴らがいるらしい」


 進士はカタカタ、とタブレットを操作しながら、今し方入手した情報を見せた。


「まぁ、とは言ってもひどい有り様だよな。いつもの活気は何処へやら、だぜ」


 田島は気分を落ち着かせる為なのか、ガムを噛みながら視線だけは油断なく周囲へ向けている。


「で、何か作戦とかあるのクソ兄貴?」


 凛は、さっきから耳には届かない音域の音を放っているらしい。周囲に誰かが潜んでいる可能性を図っていた。丁度潜水艦が周辺に敵がいないのかを確認する際に放つ、ソナーのようなものらしい。


「いや、別に何もない」

「お、言い切ったなキヨちゃん」

「まぁ、そうだろうな。主導権は向こうにある。僕たちが小細工をしようとも、相手に読まれている可能性は高い」

「だから、正面から行こうっての? はぁ、本当に面倒くさいし、嫌だ」


 嘆息しながら凛は不意に先頭に立つ。


「……別にいいけどね」


 ぼそりと呟いたその言葉。顔は見えないが、聖敬には今の彼女の表情は分かる。そして今、何をしようとしているかも。

 だから、


「ああ、任せた。無理だけはするなよ」

 そう言うと義妹の頭を軽く、優しく叩く。


「あったり前よ、……そっちこそ勝手には死なないでよね」


 そして凛は即座に仕掛けた。


「唖────────」


 声と共に音の砲弾を放ち、正面入口を文字通りに粉砕する。

 バリケードらしきモノが入口にはあったが、そんなモノは何の意味もなく吹き飛んでいく。


 瓦礫を踏み越えて聖敬は中に入るや、「僕は上に行く、凛は下を頼む」とだけ伝えると一気に階段へと向かう。


 凛もまた、何も言葉を返す事もなく、下へ続く階段へ駆けていく。


 そんな二人の兄妹の様子を目にした田島は、「何だかな、ちょっと羨ましいよなああいうのってよ」と珍しく心底からの笑顔を見せる。


「仮初めだとしても、二人には家族の【絆】があるのだろう。僕らはどうする?」

「下だ」

「即答だな、……てっきりお前は上に向かうかと思っていたが」


 それは進士の本音であった。

 今、自分の横にいる半ば腐れ縁状態の男の事は知っているつもりだった。

 だからこの土壇場で、彼は自身で親友だと公言している聖敬の助けを優先するに違いない、そう思っていたのに。



 ◆



 カンカンカン、階段を降りる足音だけが響く。


 如何に敵地となってはいても、そもそもこの病院はWG九頭龍支部。勝手知ったる自分の庭、ともいえるこの場所に於いて田島達が道を間違える事はまず有り得ない。


 いつの間にか、田島と進士の二人が凛の前に立ち、両者を先導する感じになっている。


「それで、この先にあるのね?」


 凛が目指すのは地下にあるとされる実験室。

 この施設に入る前に、聖敬の話から田島と進士が晶がいる可能性を示唆した場所の一つである。



「……晶のイレギュラーは【世界】に干渉する力。

 迅さんは晶を本当に大事に思っている。もしも記憶を消すだけなら、こんな大事を引き起こすはずがない。だってそれじゃ、結局晶の秘密がバレてしまう可能性が高まってしまう、だから」

「確かにそれでは本末転倒だ。という事は何かを行う為に西島のイレギュラーが必要だと考えるのが妥当だろうな」

「じゃあさ、何をするつもりなんだ?」

「バカじゃないの、そんなの【世界】に干渉するつもりに決まってるじゃない」


 凛の言葉、それは誰もが薄々は分かっていた事そのものであった。

 言えなかったのは、そうなると話のスケールが大きくなり過ぎるから、に他ならない。


 少しの逡巡の後で口を開いたのは進士である。


「そうだな、そう考えるのが普通だ。考えるに、あの西島迅、という人の行動には一切の躊躇がない。

 打てるだけの全ての手段を講じる事で事態の主導権を離さず、常に先手先手を取っていく。

 なら、九頭龍支部にいるのにも理由があるのは間違いない」

「とりあえずは、だ。ろくでもなさそうだってのは理解した。キヨちゃん、こうなるとこっちの選択肢は一点突破か、分散だが……どうするよ?」


 進士に田島、凛は聖敬へ視線を向ける。

 そして、「なら、分散しよう……」と、それが聖敬の出した結論だった。




 地下への階段も終わりが見えてきた。


「実際、もしも聖敬が暴走した場合、その場にいれば全滅する可能性も考えられる。だからあいつは分散しようと口にした」

「分かってるよ。キヨちゃんは俺達を巻き込みたくないんだってさ」

「本当にバカなヤツ。もうこれ以上ないってくらいに巻き込まれてるっての、面倒くさいけど」

「まぁな。だからこそ俺らは今、自分たちが出来る事をキッチリこなすだけだぜ」


 長い非常階段を下りた先。

 九頭龍支部の最深部にして、目指す地下実験室のあるフロアに三人は足を踏み入れる。


「…………」


 だが、三人はそこから動かない。

 いや、正確には動けない、というのが正しい表現だろうか。


 誰もいないのは確かである。

 だが、何処かからか″視られている″。それも刺すような鋭い視線で。


 相手が誰かは三人には皆目見当もつかない。

 だが分かっている事が一つだけある。

 それは、迂闊に出て行けば間違いなく死ぬ、であろう、という事である。


 そうして沈黙が場を支配したのはどのくらいの時間であっただろうか。


「ふむ、このままでは仕方がない。ならば姿を見せるとしようか」


 不意に声をかけられた三人は、視線をそれぞれに巡らせ、そこに佇む何者かの姿を認める。


 一見、それは何て事のなさそうな男だった。

 中肉中背の目立たない、風采の上がらない男。

 年は三〇代の後半から四〇代の始め、といった所であろうか。

 もし街中ですれ違っても、何の印象にも残らないであろう、だがそれは陰が薄い、のとは異なる。


「ん、どうしたのかな君達?」


 穏やかそうな表情を浮かべているにも関わらず、男からはおよそ感情の起伏らしきモノが感じられない。いや見受けられない…………。

 その顔はまるでのっぺらぼう、顔が分からないような錯覚を覚えた。

 三人共に背筋が寒くなるのを実感していた。


 目の前にいる何の印象もない、風采の上がらないその男が恐ろしかった。


 男はただその場で壁にもたれかかっている、だけ。

 別段、何かを仕掛ける様子は見受けられない。

 すると、男はゆっくりと三人へ近付く。


「どうしたんだい。そこでいつまでも突っ立っていても何も始まらないよ。逃げるのならば、追わないけれども、どうするね?」


 その言葉は明らかに三人よりも自分が上だ、という視点から発せられた言葉であった。

 普通ならば、進士はともかくも、田島はムッとした表情位は浮かべたに違いないし、凛ならば即座に反発するに違いなかった。


 なのに、何も言い返せない。


 三人は感じ取っていたのだ。

 今、自分達へと歩み寄るその男は明らかに格上の相手なのだと。


「困ったね、逃げ出したい。けれども逃げる訳にはいかない、といった心境か。出来るなら穏便に済ませたかったのだけども──時間切れ……だっっっっ」


 その身体が吹き飛ぶ。まるで木の葉のように。


「ハァ、ハァ、はあっっっ」


 大きく肩で息をするのは凛。

 彼女が相手へ音の砲弾を叩き込んだのだ。

 本能的に攻撃していた。間合い、そう間合いをこれ以上詰められたら終わりだ、とそう思ったからである。

 ズシン、とした衝撃がビル全体を揺らし、天井からはパラパラと破片が落ちてくる。


「やったの?」


 その言葉に自信はない。手応えはあった。確実に相手は音の砲弾を喰らった。今頃はこの通路の奥にでも叩き付けられているに違いない。そのはずだし、そうでなくてはならない。


 ドス。


 鈍い音だった。

 ずぶずぶ、と何かが腹腔内を掻き乱す。


「え、う?」


 凛は信じられないモノを目の当たりにした。

 確かに、相手は吹き飛んだ、そのはずであった。


 だと言うのに。


「いいえ、ここで死ぬのは──君達です」


 誰もいなかったはず背後から相手の手が腹を貫いていたのだから。


「う、あ──っっっぐううううう」

「おやおや酷い叫声だ。これじゃ折角の美人が台無しですよ」


 男はそこで初めて感情らしきモノを窺わせる。

 それは憐憫。

 自分よりも劣るモノへ対する憐れみの感情。


「くっそっっ」


 田島は即座に″ホロウろなる抵抗リゼスト″を発動。

 前方に無数の細槍を発現させると、躊躇なく投げ放つ。

 風を突っ切り向かっていくその勢いと速度は凄まじく、男の身体など容易く千切れるはずであろう。


「喰らえッッ────なっっ?」


 だが、田島はハッキリと目の当たりにした。

 男の身体がズブリ、と消えていくのを。

 それはまるで床へ染み込んでいくようにも見える。


「一ッッ、逃げろッッッ」


 横から進士が田島を突き飛ばす。

 そして自動拳銃を誰もいないはずの前方へ向け、発砲する。


「ぐ、ぬっ」


 その弾丸が床から浮き上がってきた男の身体へ着弾。しかしそれも無意味である。


「な、にっっ」

 今度は進士がその目を剥く。

 彼は″アンサーテンゼア″にて田島が危機的状況に陥るのが浮かんだ。だから相手がそこにいる、そう判断して発砲した。ここへ来て自身のイレギュラーの精度が上がっていた事を本能的に理解していたからこそ取れた先読みであり、反撃のはずであった。


 だが弾丸はすり抜けた。

 男の腹部を貫通するのではなく、そのまま通り抜けた。血の一滴も流さないまま、男の手刀が振り下ろされ、バサリ、と肩口から切り下げる。


「ぐ、ぐっっっああああ」


 そして身体を半ば裂かれた進士の顔面へ男は回し蹴り。一蹴してみせる。


「お、お前は誰だ」


 ただ一人、無事な田島はそれしか頭になかった。こんな相手、WDのエージェントの情報にない。

 かと言ってWGみうちでもない。


「そうだね。こちらだけ君達を知っている、というのも不公平だ。良いだろう、私の名は背外一政せがいかずま。非才なれど芸術家を名乗らせてもらっている者だ。【解体者ブッチャー】の名前は聞いた事があるはずだ、……それが私のもう一つの名前だ」


 そう言うとブッチャーは穏やかな表情と、恐ろしく冷淡な視線を田島へと向ける。

 その目はこう語っていた。

 ″せいぜい足掻くといい。その方が楽しめるからね″

 そうハッキリと言葉にする事はなく、されど明確に伝えていた。


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