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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
92/121

交差する思惑

 

 私は光の中をまるで海の中のように泳ぐ。

 ゆらゆら、とクラゲみたいに海の中をたゆたう。


 色んなモノがわかる。

 見方を変えれば景色は鮮やかになる。


 色んな人の色んな気持ちがわかる。

 色んな心の色が、カタチが観えるし、肌で感じる。


 困っている人もいるし、満足している人だっている。本当に多くの、たくさんの人の心がわかる。

 でもだからって、何も大変じゃなくて、呼吸するように自然と出来る。


 だからこそ、わかる。


 これはとても″危ないモノ″なんだって。


 今、私が観ている誰かの心。少しでも″触ってしまったら″決定的なナニカを変えてしまうって解るから。


 聖敬、あなたは大丈夫なの?

 さっきの光景観ていた。もう知ったのよね?

 ごめんね、私のせいで。


 だからさっきは聖敬を止めた。


 危なかった、と思う。

 あのまま続けていたら、二人の内どちらかが死んでいたに違いなかった。





「う、うう」

 小さな呻き声をあげつつ、西島晶は目を覚ます。

「え、ここは──?」

 そこはさっきまでいたはずのマンションの一室ではなく、様々な機器に取り囲まれた会議室らしい。

 薄暗い室内には自分しかいないのか人の気配はない。


「そうだ、エリーに美影は?」

 ──目を覚ましたようだね。

「誰?」


 声がかけられ、その音が聞こえた辺りを見回すと、そこには一台のモニターがある。


 ──やぁ、初めまして。私の名は小宮和生。君のお兄さんの友人だ。


 モニターに映った人物は前支部長である小宮和生。

 無論、晶には面識はない相手である。

 穏やかそうな表情に、それを裏付けるような声音は普通であれば初対面の相手であっても安心感を抱かせるはずなのだが。


「あなた……嫌な感じがする。兄さんの友達なら答えて、兄さんは今どこなの?」


 晶は相手に対する不信感を一切隠さない。

 敵視、とまではいかないが、警戒しているのは明白である。


 ──これは困ったな。どうすれば君の信用を得られるのかな?

「簡単よ、まずコソコソするのをやめて自分から──」

「──分かったよ。最初からこうすればいいのだね」

「う、」


 思わず口をつぐむ。

 ドアを開き、姿を見せたのは紛れもなく小宮。

 彼女は相手を監察する。

 相手から″ワルイモノ″は感じない。


(だけど何なの? ……スゴくイヤなモノを感じる)


 そんな少女の困惑を男は読み取ったらしい。

 部下らしき誰かに指示を出すと、すぐに誰かが椅子を運んで来る。


「え、おじさん……?」


 晶は見逃さなかった。その人物を。

 奥さんとの間に子供はいなくて、でもその分、自分を含めた近所の子供には優しかった人物を。


「紹介の必要は無いだろう? 何せ……君の血の繋がったおじさんなのだから」


 小宮和生は穏やかな面持ちを浮かべたまま、あくまでも優しい声音で、そう言った。

 この時、彼女はハッキリ理解した。

 優しさにも種類があるのだと。

 そう、この温厚そうな男の優しさ、とはとどのつまり人へ向けた優しさではなく、愛玩動物へのソレであるのだと。



 ◆◆◆



「く、はっ。はあっっ」


 息を乱しながら厨式は逃げ惑う。

 その形相は恐怖により蒼白になっていて、ついぞさっき失禁していたから股間にはクッキリとした染みがある。


「は、はああ。ううぐ」


 酷い臭気に鼻が曲がりそうになる。


 WD九頭龍支部に漂うのはあまりにも濃厚な、血と死の臭い。むせ返るような悪臭はそこいらに転がったままの誰かの遺体が腐敗している証左であろう。


 本来であれば一種の要塞、といっても過言ではないこのビルの守りは鉄壁であったのだが、昨晩の″絶対防御″による支部襲撃により既にここの防御機能は完全に機能不全に陥っていた。


 そんな支部は再度戦闘状態に陥っている。


 配置した人員は外注の傭兵が二〇人。

 マイノリティではない連中が大半であったが、どの道この支部に長居する予定ではなかった。

 せいぜい一日。

 それだけなら連中でも充分。そういう判断の下に厨式を雇ったあのリチャードが用意した連中だった。


「こんなの聞いてない、聞いていないぞ」


 思わず頭を抱える。

 楽な仕事だと思った。

 確かに目的地を聞いた瞬間は震えたものだ。

 だがリチャードは上客の一人でこれまで一度とて厨式に損な仕事を依頼した事などなかったのだから。


「はっ、はあっっ────」


 息が止まりそうだった。

 階下でついぞさっきまであれほどに鳴り響いていた銃撃戦がまるで嘘のような静寂さ。


(人数は二人、たったの二人だぞ)


 相手を厨式はモニターで見た。

 実に堂々たるモノだった。

 侵入者、襲撃者、どちらの表現も似つかわしくはない。

 正面から敵は乗り込んで来た。


 傭兵達もさぞや楽な仕事だと思ったに違いない。

 奇襲に備え、迎撃準備を整えていたと言うのに。

 何の策もなく向かって来るのだから。


 確かに意表は突かれたかも知れない。

 だがそれだけ。別に不利になる訳ではなく、むしろ絶対的に優位ですらあった。


 準備は万端。監視カメラの幾つかは軽機関銃を備えたガンカメラに変更済み。それにフロア前やエレベーター内にはC-4プラスチック爆弾もセットしている。並みのマイノリティであればそれだけで致命傷を負う可能性もある。


 その敷設されたトラップから生き延びたとて、無傷では済まない。そこを傭兵達による駄目押しで仕留める。最小限のリスクで敵は始末されるはずだった。


「は、あああああ」


 なのに、

 敵はそれをも容易く突破せしめた。


 そして今や、最上階へ、つまりはここに近付いているのだ。


「くそ、リチャードのヤツは何処に……?」


 厨式の怒りの矛先は、敵へではなく今や自分をこんな死地へと引き込んだ上客へ向いていた。

 あの金髪頭のイギリス人は、襲撃が始まった後、いつの間にやら姿を消していた。


 彼は荒事向きではない。だから即座に逃げるのも仕方はない。だが、自分一人だけで逃げ出したのだけは許せなかった。


(あの油断ならない奴の事だ、絶対逃走経路を用意しているはず)


 だが下、ではない。襲撃者が上へ上がっているにも関わらずかち合うような愚考は冒さない。そう判断したからこそ彼は最上階、ヘリポートへと向かおうとしているのであった。


 ガチャン、


 精一杯、慎重に開いたつもりだったが、緊張から手に力が入った。

 今の音はかなりの確率で襲撃者に聞かれたに違いない。もう時間的な猶予はないだろう。

 そこに、探す相手はいた。


「リチャードッッッ」


 金髪のイギリス人は屋上にいた。

 ヘリでも待っていたのか。平然とした表情を浮かべている。


「はは、こいつぁ驚いたよぉ。ぼかぁ、てっきりとっくにくたばったと思ってたのにさぁ」


 男はこんな状況だと言うのに。

 ふざけたその口調、声音に動揺する様子は全く伺えない。

 厨式は怒りで身を震わせる。

 ふざけるな、それが今の彼の偽らざる本心。


「最初から、なのか?」

「んん? この展開をかい? ああ、そうだね。少し予定より早かったけど想定内だよぉ。遅かれ早かれどの道この支部からは撤収するつもりだったよぉ」


 金髪のイギリス人はにへら、と笑う。

 厨式は最初からこの男は自分を捨て駒にしか見ていなかった事を理解。激情から相手へと突進をかける。


「クソ野郎っっっっっ」


 護身用に、と隠していた拳銃を構える。この発砲は致命的な事態を招くに違いない。だが構わない。あの男だけは許せなかった。


 パン。

 膨らませた風船を割ったような銃声が静寂の中で……鳴り響いた。





 ガチャン。


 屋上のヘリポートで彼が目にしたのは頭を吹き飛ばされた誰かの死体。

 彼は躊躇なくその死体、正確には広がっていた血溜まりの血へ指を這わせ、舐めた。

 薄気味悪い行為だが、彼にとってこれがもっとも手っ取り早い情報収集方法である。


「うん、そっか」


 小さく頷くと一人納得する男へ、


「何か納得出来たのですか?」


 と女性の声が背後からかけられた。

 それは家門恵美である。数時間前と同じ飾り気のないジャージのファスナーから黒いアンダーシャツにが覗いている。


「いやいや、とりあえず誰かこの屋上から逃げ出したってのは分かった。それくらいだよ。にしたって、思ってた以上に強いんだな家門さん」

「気安く名前で呼ばないでもらえませんか? 春日歩」


 家門の視線は射抜くような鋭さがあり、春日歩は思わず苦笑するしかなかった。


「手厳しいなぁ。あんだけ話し合ったってのに」

「誤解を招く物言いは遠慮してもらいたいです」


 数時間前、対峙してから色々と互いの情報交換、それから事態の打開策を考えた結果、それがこのWD九頭龍支部への突入だった。


 歩の事前に掴んでいた情報と家門の認識している情報から、椚剛の脱走を手引きしたのがどうやらよその支部に所属するエージェントらしいと結論が出た。

 しかもどうもこの状況に便乗する形で色々と動いているらしい、と推測出来たから。

 そしてこの状況を把握するだけの設備が整っている場所として最も有力だったのがこのビルだった、そういう理由だった。


「それで何が分かりましたか?」

「うん、逃げた相手の顔立ちかな。死んだばっからしいけどひどく混乱した状態でさ。記憶が上手くまとまらない」

「ではその相手は誰です?」

「金髪の外人さんさ、……名前はリチャードっていうらしいよ」






「ふぃーー、危なかったなぁ。間一髪だよ本当」


 リチャードは冷や汗を滲ませながら、背中に背負ったバックパックを取り外す。

 それは短時間飛行可能なジェットパックである。

 厨式が屋上に来たのは彼にとっても予想外だった。

 今回、捨て駒として雇った理由は状況把握に彼のイレギュラーが有用だったのと、荒事に全く向いていなかったから。いざとなれば勝手に死ぬに違いないと思ってたからだ。無害な小動物にような奴。そういう認識だったのだから。


「それがまさかねぇ」


 厨式は屋上に来た上、銃口を向けてきた。

 それもまさかの行動だった。

 そして反射的に手が動き、当たり前のように、相手の頭部を打ち砕いていた。

 護身用に腕に固定していた小型拳銃。

 口径こそ小さいものの、発射する弾丸は着弾後炸裂する為、威力は抜群。

 実際、厨式は即死した。


 リカバーが発動しなかったのは自分の状況を認識する間もなく脳髄が吹き飛んだから。

 それが狙いの特殊弾丸である。


「しかし驚いたよぉ。まさかね」


 リチャードが肝を冷やしたのは、襲撃者の一人が知った顔だったからである。


「ウォーカー、本当に厄介な奴だよなぁ」


 本心からの呟きを漏らしつつ、金髪のイギリス人は音を立てず気配を消し、静かに撤退していくのであった。



 ◆◆◆



「それで返事はどうなんだ?」


 西島迅は相手と対峙していた。

 その目は相手の一挙手一投足全てを逃すまい、と鋭く細められ、その眼光で気弱な者は死を錯覚する事だろう。


「…………」


 まるで氷のような目をしているな、と迅は思う。

 相手のその目にあるのは静かな殺意。

 迅は今回の件を、事前に相手から聞いていた。


 笠場庵(かさばいお)。それが目の前にいる相手の名前。かつてWGにいた頃は”冷血(コールドブラッド)”と呼ばれ、今はWDにて”暗躍者(シークレットパーソン)”と呼ばれる男。


 特定の支部に所属する訳ではなく、自身が組織した部下を伴って各地で様々な任務をこなす一種の傭兵部隊のリーダーである。


 手口は、自分達の任務達成の為に敢えて派手な事件や事故を引き起こし、そこで生じた間隙を突く。つまりは陽動作戦を他者の手で実行させる、という質の悪いやり口で知られている。


「予定より早まったのは僕のせいじゃない、そうだろ?」

「確かにな。あのベルウェザーの一件は確かに予想外ではあった」

 だがな、と前置きをした上で、笠場庵はその手にいつの間にかナイフを構えると、突然相手の喉元へ突き付ける。


「あのパペットとかいうふざけたコーディネーターをお前が放置したのも事実だろう。おかげで準備が整う前に行動を起こす羽目になった」

「彼は厄介な御仁でしてね。本体を表に出さない事で有名なんです。人形には僕のイレギュラーはあまり効果を発揮しませんし、いわば天敵みたいな存在だったんですよ」

「だから勘弁しろ、とでも? 随分と調子のいい事だな。ついでに言えばそのパペットがこの街にいないのも随分と都合がいい話だな」

「それこそ勘ぐりが過ぎますよ。パペットを一時的にせよ街から追い出したのは【ファニーフェイス】であり、【ベルウェザー】のおかげなのですから。

 僕でもそこまで手を回せはしませんよ」

「ふん、どうだろうな? ……まぁいいさ。こちらとすればお前の連れて来た【サンプル】と手に入った【情報】さえあれば御の字なのだからな」


 そこまで言うと笠場庵はナイフを引く。

 迅は顔色一つ変えず、


「取引は守りますよ。あなた方のおかげで此方も準備は出来たんですから」


 にこやかに笑うと、襟を正して指を鳴らす。


 バタンと音を立てて車のドアが開かれる。

 そこにいるのは、

 意識をなくし、拘束された状態の美影とエリザベスの二人であった。


「いいだろう。取引は完了だ、すぐ傍にいる誰かに宜しくな」


 それだけ言うと笠場庵はその車に乗り込み、その場から去る。

 車がいなくなるまで見送った後、迅はにこやかな表情を一変させ、「油断ならない人ですね」と誰もいないはずなのに話しかける。


「確かに、よく気付けたものだ」


 声と共に壁から姿を浮かび上がらせる影。


「ええ、でもおかげで万が一の荒事にも至りませんでした。感謝します【ブッチャー】」

「構わんさ、前の依頼人が所在不明では仕事も中断せざるを得ないのは事実だからな。

 ……それで次はどうするんだ?」


 影に潜む男は訊ねる。

 対して西島迅は笑みを返しながら。


「これで余計な邪魔者からの介入の可能性は減りました。最終段階に入る時です」


 静かに笑った。


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