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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
87/121

変わった世界──part3

 

 不可視の音の砲弾は、地面を抉り削りながら標的へと向かっていく。それは不可視、という観点からすれば本末転倒の攻撃である。何せ、砲弾の軌道は地面へ刻まれる傷で明確なのだから。

「────」

 だが狙われた格好になった迅は、微動だにしない。

 その砲弾は狙い目を寸分違わずに爆風を巻き上げ──迅の身体は宙に飛ばされる。

「え、」

 その声は聖敬。

 凛もまた「ウソでしょ!」とあまりにもあっさりと攻撃を喰らった相手に驚愕する。

「凛、……迅さんが粉々に」

 それは聖敬の見た光景。

 凛の放った音の砲弾は迅へと直撃──その五体を瞬時に四散させるのが、彼の並外れた視覚がその無残な姿を、コマ送りのように捉えていた。

「何言ってるのクソ兄貴。迅さんは吹っ飛んだだけだよ?」

 それが凛の目に映った光景。彼女自身には迅は狙い通りに足元に着弾、その衝撃波で迅が吹き飛んだのだ。


「「え、?」」


 二人は互いの見た光景の差異に気付く。

 そこへ、

「キヨちゃん、逃げられるぞッッッッッ」

 怒号の如き音声が耳へと届き、

 二人は自分達へと向かって来る田島と進士の姿を認める。

 パパン、乾いた発砲音は進士の手にした自動拳銃から発したモノ。

 その途端、であった。


 キキキィィィィ。


 その駆動音に聖敬と凛は自分達から遠ざかる一台の装甲車に気付く。

 距離にして既に一〇〇メートルは離れていただろう。アクセル全開、全速力で走るそれに追い付くのは聖敬であっても困難である。


「キヨちゃん、伏せろっっっ」


 田島の声に咄嗟に聖敬はその身を低くした。

 同時に田島は自身の眼前から手槍を取り出すと、躊躇する事なくそれを投擲する。

 ビュオン、と風を切りつつ向かう槍が向かったのは、誰もいないはずのマンションの壁。

 だが、

「うぬっ」

 呻き声が聞こえ、そこにいたのはつい今し方、音の砲弾を喰らったはずの西島迅の姿。

 その姿はどう見ても五体満足であり、負傷したようにはとても見えないし思えない。


 西島迅は、自分が攻撃を向けられたのが意外そうな表情を浮かべていたものの、やがて得心したのかポン、と手を叩くと、「うーん、そうかそうか。田島一君、君のイレギュラーはそういう類だったね。

 だから僕のイレギュラーが他の皆よりも効果が薄かったのか。うんうん、納得したよ」

 と笑みを浮かべる。

 対して田島はと言えば、「くそっ、外れた。いや外されたのか?」と本当に悔しそうに相手を睨む。

「田島、今のは一体?」

 聖敬には今の一連の事がまだ判然としておらず困惑を隠せない。

「いいかキヨちゃん、相手のイレギュラーはまず間違い無く【精神感応能力テレキネシス】の一種。

 それも多分幻覚の類を相手に見せる類だ。

 つまりはキヨちゃんと妹さんは一杯食わされたのさ」

 だから、と前置きした上で田島は話を続ける。

「どういう方法なのかは分からないけど、とにかく騙されるなよ」

 そう言いつつ、じりじり、と田島は聖敬の前へと進み出る。


「うんうん、田島君とは少々相性が悪いかな」

 いや困った困った、とは口にするものの、迅の表情には変化はない。

 そう、何故ならこの場にはもう一人いるから。

 井藤が迅の前に立っていた。


 田島は舌打ちしたい気分を抑えつつ、後ろにいる進士へ声をかける。

「にしても、キツいな。……将、【観える】か?」

「簡単に言うな一。こっちにも段取りはある」

「頼むぜ、戦うにせよ逃げるにせよお前さんの【アンサーテンゼア】が有るのと無いのとじゃ雲泥の差なんだからな」

 あくまで冷静さを保つ二人、それとは対照的に聖敬は、「おい、何言ってるんだ。晶は連れて行かれたんだぞ。早く追わなきゃ」と半ば悲鳴にも聞こえる声をあげる。

「クソ兄貴うっさい、……そんなのは分かってる」

「何処がだよ、なら何で──!!」

「──冷静になれっつてるの。周りを見てよ!!」

 キィン、と鼓膜を刺激する高音で、聖敬は我に返る。凛の表情に浮かんでいるのは焦燥感。

 この場から今すぐにでも飛び出したい、そうした本音は明らかである。

 そう、自分だけじゃない。

 晶を心配するのは自分だけじゃない、と気付いた事でようやく狭くなっていた視野が広がる。

「う、これは」

 その目に映るのは紫色に染まりし、煙。

 ただし、それは単なる煙ではなく、ジュワジュワ、と周囲のモノを容赦なく溶かす毒霧。

 井藤がいつの間にか、円状に広げた毒で聖敬達の周囲をすっぽりと取り囲んでいたのだ。

 表情を青ざめた義兄の様子に凛は、「……そういう事よ。迂闊に動いたら死ぬわよ」と表情とは裏腹の淡々とした口調で話す。


「迅さん、晶を返して下さい」

「ん、妙な事を言うものだ。あの子は僕の家族だよ、君のじゃない」

 それに、と言いながら顔を背けた次の瞬間であった。

「!!!」

「君は僕より強いのかな?」

 突然、迅の姿が眼前に現れる。身体は横を向いたまま沈み込み、そのままの体勢で間合いを潰しながらの体当たり。いわゆる中国拳法のような動作は至極ゆっくりで、かつ大した威力もない。そう聖敬は思っていた。

 だが、ドシン。とした強烈な衝撃が全身、特に鳩尾へと襲いかかり、聖敬は思わず「うぐあ」と呻きながらよろよろと後退。それを迅は見逃さない。追い撃ちをかけるべく、身体を完全に沈み込ませるとそのまま身体を一回転。今度は打って変わって凄まじく素早く、鋭い足払いをかける。よろめいていた聖敬にその追撃を躱す術などなく、足をすくわれ転倒。受け身すらまともには取れず辛うじて背中から落ちた。

「ぐう」

 強かに地面に背中を打った事で酸素が肺から抜けていく。身体が丸まる。

 そこへ──迅は何の躊躇もなく聖敬へめがけ足を踏み下ろす。踵が狙うのは相手の肺。確実にへし折る意図での攻撃である。

「く、そっ」

 聖敬は完全に動き出しが遅れており、もはや回避は無理だと思われた時。

「うぬっ」

 だがその攻撃は中断される。

 迅の目の前にヒュン、とした風切り音と共に振られたのは田島のククリナイフ。それはインビブルサブスタンスの進化系、本人もまだ名付けていないイレギュラーによる具現化の産物。

 それは迅にもまだ未見の攻撃である為、流石に意表を突かれたらしくその身体を仰け反らせる。

「まだまだっっ」

 田島はククリナイフを今度は切り上げるように振るう。通常の刀剣よりも少し短いとは言え、その切れ味及びに威力は折り紙付き。その身に受ければ容易く手足は断たれる事は必至。

 しかしそれでも相手は冷静そのものである。

 今度は完全に身体を後転。素早く間合いを外して立ち上がる。

「ち、当たらなかったか。キヨちゃん大丈夫か?」

 田島は舌打ちと共に悔しげな声を出しつつ、聖敬へ手を差し伸べる。

「ああ、助かった」

「いいって事よ。にしても、だ。見事に予想を裏切ってきたもんだな。テレキネシス系統のイレギュラーを使うくせに接近戦を挑むなんてさ」

 そう言いつつ、進士へと視線を向ける。

 それに対する進士からの返答はなく、ただかぶりを振るのみ。

 相手に対するアンサーテンゼアでの予測はまだ出来ないらしい。

「くそ、厄介だな」

 長期戦になれば対応する事は可能かも知れない。

 目の前にいる迅は未知数ではあるが、少なくとももう一人の相手たる井藤に関しては恐らく長時間戦闘は困難であろう、と予測出来る。

 周囲全てを腐食する、あれだけ強力な毒を意図的に操作するのはかなりの負担に違いないからだ。

 対してこちらは必ずしも長期戦に向いている面子はいないのだが、進士のアンサーテンゼアによる予測は対象者を観察すればするだけ精度を高めていく。

 だがそれは相手とてよく理解している。

 それに、である。

 つい今し方連れ去られた晶の行き先が気になっているらしく聖敬の集中力は散漫になっている。

 こんな状態では、こちらから付け入る処か、相手につけいられる隙だらけであろう。


(それに、だぜ)


 何よりも西島迅の戦闘力が完全に想定外だった。

 イレギュラーとはその人物の精神性の発露であり、云わば写し鏡のようなもの。

 なので、精神感応能力のイレギュラーを手繰るマイノリティは基本的に戦闘力に関しては一般人よりは上でこそあれど、マイノリティ同士で比較すればそうした部分に於いては劣る、というのが大多数を占めていた。だが、西島迅に関してはそうした事例には当てはまらない事は明白である。

 相手の見せる幻覚がどういう理屈かは判然としないものの、それを一種の目くらましとして活用。

 幻覚に惑わされた相手の懐へ入り込んでからの強烈な打撃を敵へと叩き込む。

 その動きは極めて自然であり、修練を重ねているのは明らか。つまりは彼にとってさっきの行動はいつもの事、常套手段であるのだろう。

 さっきのククリナイフでの攻防を思い返す。

 完全に不意をつけたはずだった。

 仕掛けたタイミングは悪くなかったし、正直躱されるなど露ほども思わなかった。恐らくは単純に戦い馴れしていえるのだろう。


「西島さん、そろそろ此方もあちらへ向かわないと」

 井藤は今はあくまで傍観者に徹するつもりらしい。

 その言葉を受けて、迅は微かにではあったが、戦意を収める。

「そうでしたね、早く実行しなければ」

 そう言うと背中を向けて、あろう事かその場から立ち去ろうとした。

 その隙だらけにも思える相手へ聖敬が突進をかける。

 普段の彼であれば決してしない背後からの攻撃からは如何に動揺し、怒りを抱えているのかが伺える。

 聖敬の身体能力はこの場の誰よりも上。

 背中を向けた相手へと一気に間合いを詰めると、そのまま手刀を相手の首筋へと叩き込もうと振るう。

 まるで斧のようにその手刀は相手の身体をまるで薪割りでもするかの如く断ち切る。

「え」

 驚いたのは聖敬である。

 そんな馬鹿な、といった思いに駆られる。

 間違いであって欲しい、だが自分の手の感触はそれを否定する。殺した、殺してしまった。その確信が彼の背筋を凍らせ──強張らせたその時である。


 ドス、


 何かが身体を押し通った。

 ズブズブ、と内部が掻き回され壊れる感覚。


「────────あ、」

 視線を己が腹部へと向けると、そこには穴が空いている。穿かれたその穴からはジワジワ、と真っ赤なモノが滲み出す。

「ぐ、ごふっ」

 喘ぎと共に口から吐血。力が抜けていくのが実感出来る。

(一体何があった?)

 少年には自分に何が起きたのかが分からない。


 と、

 キィィィン。

 耳を突くその高音は凛の音で間違い無い。


「クソ兄貴ッッッッ」「キヨちゃん!!」

「ハッッ」


 声がかけられて、聖敬の世界が一変する。


 ゾブリ、とした嫌な音を立てて聖敬の腹部から引き抜かれたのは真っ赤に染まった迅の手。さらにその手にはドクン、ドクンと脈動するモノが乗っている。

「もう少しで死ねたんだが。惜しい」

 それだけ言うと、西島迅は飛び退いて間合いを外す。直後にそこを狙ったのか、音が着弾。さらには進士だろうか、パパン、という銃声が続く。

「あああああっっ」

 田島が聖敬の前に立つとククリナイフを袈裟懸けに振るって牽制をかける。


「大丈夫かキヨちゃん」

「あ、……ああ。うぐっあああっっっ」

 聖敬は苦悶しながら膝を屈する。

 大丈夫であるハズがないのは百も承知である。何せ、抜き出されたモノは肉体にある主要な臓器の中で全身へと血液を送り出すポンプなのだから。

 そんなショック死していても不思議じゃないモノを抜き出されたのだから。

 そこへ銃を構えたままで進士が近付くと、聖敬の傷を確認、「かなりの深手だ、リカバーはまだ発動していない。まず止血だ」と判断、ハンカチを取り出すと傷口を押さえる。


 凛は不可視の攻撃を繰り返している。

 砲弾ではなく、手を鳴らしての音のクナイを放っているらしい。

「やるね歌音ちゃん」

 迅は直撃こそしないものの、迂闊に動けない。

 砲弾よりも威力は落ちるとは言えど、まともに喰らえば手足は軽く断ち切れる。

 実際、マンションの壁には無数の何かで切れた傷が刻まれており、そこから壁の向こうが見えそうである。

「四対一で何とか足止めか、マズいな」

「だが井藤支部長が加勢すればそれどころではない。

 それに、ここで足止めを受けているのは寧ろこっちだ。装甲車を追うのはもう無理だ」


「晶、ひかり……」

 聖敬はボソボソと幼なじみの名を呟く。

 状況は確実に悪化しつつある。

 聖敬の中で焦燥感ばかりが募っていく。

 リカバーは未だに発動しない為なのか、力が抜けていく。

「うっっ」

 痛みが走り、表情が歪む。それでふと、傷へと目を向ける。

 とめどなく流れて、失われていく血を目にし、今更ながら傷が深い事を実感する。

 さっきの攻撃は恐らくは貫手だったらしい。

 腹部を貫きつつ、心臓を抉り出すついでに周囲の臓腑を抉ったらしく、腹の中がグチャグチャになっているのが分かる。致命傷、一歩手前の重傷だろうか。

 当然激痛が襲いかかってくるのだが、今の聖敬にはそんな事は些事である。

「ご、晶を助けなくちゃ、──はやく」

 自身の状況を鑑みる事なく動き出す。

 彼の頭の中は幼なじみの少女を助け出す、その事で占められていたのだから。


(心臓が無くなったからなんだ、僕はこんな所で──────)


「おいバカ、動くなキヨちゃん──え?」

「傷が開くぞ。大人しくするんだ聖敬────ん」

 両者は聖敬を抑えようとして、気付く。


 穿かれた穴が、どう見ても致命的なソレが跡形もなくなっていた。



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