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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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変わった世界──part2

 

「井藤支部長、何をしているん……ですか?」

 聖敬はそれしか言えなかった。

 何故なら目の前にいるのは彼にとっての恩人。

 マイノリティとして覚醒したばかりの自分を、家族を守ってくれた人。

 だと言うのに、どうしてそんな人が?

 自分にとって何よりも大切な人、隣人にして幼なじみの少女をさらうと言うのか?

「…………」

 対して恩人は何も返答しない。

 ただ黙しているのみ、である。


「オイオイ……冗談だろ?」

 思わず田島はそう呟き、

「まさか洗脳されたのか?」

 進士は努めて冷静に、だがその表情とは裏腹にその声音には隠し切れない動揺をにじませる。

「ちょっとそこの青瓢箪!」

 そう言いながら前に出るのは凛。聖敬達とは異なり、彼女にとっては井藤はあくまでもWG九頭龍支部のトップに過ぎない。気後れする三人をよそにツカツカ、と前へ進んでいく。

「初対面………いや。昨日見かけましたね。君は誰でしょうか?」

 井藤が凛を知らないのも無理ならかぬ事である。昨日屋上で姿を見かけこそしたものの、すぐに事件の隠蔽工作の指示。そしてベルウェザーの一件の報告書すら未見のまま、前支部長であった小宮和生と対面、拘束されたのだから。


「そうね、こっちだけ知ってるのも妙な話よね。

 私は星城凛、そこのクソ兄貴の妹で、昨日までWD九頭龍支部の一員だった」

「成る程、君が例の……それならあの場にいてもおかしくはない。それで君は今は一体【誰の首輪】なのですか?」

「え?」

 その言葉は凛を酷く動揺させた。

 首輪、という表現。それはまさしく彼女が負っていた任務。武藤零二、という極めて危険性が高い、とされるマイノリティの監視及びに有事にはその処分を実行するという任務での彼女の役割そのもの。

「何言ってるの?」

「動揺しましたね、やはり聞いた通りですね」

「何を──笑ってるのよっっっっ」

 激高した凛は目の前の相手へ音を放つ。

 両の手をパアン、と叩いた際に生じた音を用いて。

 それは威嚇目的とは言え、直撃すれば無事では済まない攻撃。それにも関わらず井藤はただその場に立ち尽くしたまま微動だにしない。

 ガアン、という衝撃音。

 井藤はまともにその音の砲弾を食らったらしく、地面を激しく転がっていく。

 ゴロゴロ、と派手に転がる様は実に無様。

「立ちなさいよ、まさかこの程度で終わったりはしないわよね?」

「いやぁ、流石に痛烈ですね」

 あたた、と言いながら井藤は起き上がる。

 纏っていたスーツこそ摩擦でボロボロになっていたが、それに伴うであろう擦過傷などは既に塞がりつつある。その目には凶悪な光が宿っており、いつもの穏やかな雰囲気は完全に影を潜めていた。

 さらには、全身はいつの間にか病弱な見た目からやや筋肉質へと変化。シャツがビリビリと音を立てつつ破れ、下に着用していた黒いアンダーが露出する。

 聖敬や田島に、凛は初めてその姿を目にしたのだが、進士だけはその姿に見覚えがある。

 そう、その姿を見せたという事は──。


「ま、っずい──星城、距離を取れッッッッ」


 普段の彼からは考えられない大音声に場にいた誰もがただならぬ事態なのだと理解、全員が身構える。

 特に聖敬は全速で後ろへと飛び退いたのだが、その直後に自身がいた場所がグズグズに溶けるのを目の当たりにした。

「これ……は?」

 その光景を前にして聖敬の背筋に冷たいものが走る。ゾクリ、とした悪寒を覚えた。

 危うく死ぬ所だった、とそう実感していた。味方だと思っていた、信じていた人物の手で死ぬ所だった。


「星城聖敬君、君に恨みなどは一切ありませんが――ここで死んでください」

 その言葉は文字通り死刑宣告。

 場にいた誰もが理解した。理解せざるを得なかった。井藤は本気で殺しにかかっているのだと。

 彼の手繰る”毒”は他者に対しては、絶対の脅威でしかないのだから。


「やめろっっ」

 我に返った凛が音を発する。今度は手加減はしない。その両の手を素早く重ね合わせて打ち鳴らす。

 不可視の攻撃は凛にしか観えないがその形状はクナイの様に先端が尖ったもの。相手の身体を貫通させる事を優先したものだ。

 凛、正確には桜音次歌音のイレギュラーこと”サイレントかなウィスパーき”には二種類の攻撃手段がある。一つは囁き、という呼び名通りの口から発する音の砲弾。そしてもう一つが手を打ち鳴らしての攻撃、である。口からの攻撃が遠距離からの砲撃であるなら、手を打ち鳴らしてのそれは近距離で素早く使う矢の様なモノであろうか。

 総合的な威力こそ劣るが、速射性に優れている上に消耗度合いも少ない。

 間違いなく敵の、井藤を直撃するはずであった。

 だが、それは叶わない。

 何故ならば、不可視のクナイは相手に届く前に消えたのだから。

「な、えっ?」

 井藤の周囲に漂っていたモヤの様な何かに遮られ、消されたのだから。



「無駄さ歌音。彼が本気になったら、イレギュラーを解放したら君の攻撃はほぼ通用しない」


 さらにその声がかけられ、思わず振り返る。

 そこにいたのは如何にも真面目そうな好青年。


 防人の元一員であり、WDへの橋渡しを、九条羽鳥引き合わせた人物。

 そして何よりも自分の隣の住人であり、今の星城の家で暮らすキッカケを与えてくれた人生の恩人。


「そ、なんで?」

 凛にはそんな言葉しか出せなかった。

 そこにいたのは西島迅だった。



 ◆



 全てはこの日の為にあったのかも知れない。

 僕は最近そんな思いにかられる事がある。


 一〇年前、あの悲惨な出来事。

 家族を失い、同時に妹が″目覚めた″出来事。

 彼女の力は途方もない可能性を秘めている。

 だからこそ、ずっと機密事項として最低限の人間しか知らずに済ませた。

 妹はまだ幼い、だから守らなければならない。

 その為ならどんな手段も迷わず講じてみせる。

 WGにとどまらずWDにだって接近もしよう。それでも足りないのであらば。


 だが、もう隠し切れないらしい。

 であるなら、行動の時だ。

 出来るならもっと先にしたかった手段だが、仕方無い。


 そう、僕は妹を──晶を守らなければならない。


 この世界からもそうだし、……それ以外からも。

 何よりもアレから守らなければ。

 アレが目覚める前にこの世界から消さなければならない。幸いにもそれを可能な人物は見つかっている。

 彼ならば、理解してくれるはずだ。

 この世界は変わらなければならない。


 皆にも、何よりも晶にとって優しい世界でなければいけない。

 それを守る為ならどんな事もしよう。この身がどうなろうとも構わない。



 ◆



「え、?」

 今度こそ聖敬は完全に凍り付いた。

 衝撃では井藤よりもずっと上だとも言える。

 子供の頃からずっと隣人だった人、昨日その素性を知った人。

 でも何故ここに? それが偽らざる聖敬の本心。

「迅さ、ん」

「やぁ聖敬君。どうしたのかな? そんなに驚いた顔をしてさ」

「……何でここにいるんです?」

「そんなにおかしな事かな? ……妹を迎えに来るのがさ」

「おいおいあんた」

 そこに入り込むのは田島である。

 彼もまた動揺を隠し切れはしないが、それでも聖敬や凛に比すれば問題はない。

「ええ、と君はWD九頭龍支部の……ええと」

「……田島一君、優秀な人材です」

「ああそうそう。ありがとうございます井藤さん」

 素っ気ない会話ではあったが、互いを敵だとは見なしていないらしいのは誰の目にも明白である。

 現に、二人の距離はほんの数メートル。

 井藤の毒の範囲内にも関わらず、何の影響も受けていないのだから。

 つまり、それは能力を解放した井藤が意識して迅を毒で害する事がない様にしている事の証左。二人が協力関係にある事をこれ以上なく示していた。


「これでも僕は君達には感謝しているんだよ」

 そう言ったのは迅である。にこやかな笑みを浮かべ、拍手すらして見せる。

「何が……ですか?」

 聖敬は震えている、何もかもが崩れていく様な感覚を彼は味わっていた。

「一連の様々な事件を君達は見事に解決してみせた。……君達でなければ今日の事態はもっと悪化したかも知れない。それに対する心からの感謝さ聖敬君」

 でもね、と言いながら迅の雰囲気は一変していく。

 穏やかだった表情は一転して厳しいモノへ変貌。その視線はまるで聖敬を射抜くのではないのか、と思われる程に鋭くなる。そこから感じ取れるのは相手に対する明確な敵意。

 その存在感は強烈そのもの。

 この場にいる誰もが、特に聖敬と凛の二人が大きく動揺を見せる。

「迅さん、一体どうしたんですか?」

「何で、そんな目をするの? クソ兄貴が何か悪い事でもしたの? なら私が──」

「すまない歌音ちゃん。だが、どうか理解して欲しい。

 聖敬君、君個人には何の恨みつらみは一切ない。

 ただ、君という存在はどうしても看過出来ない。

 それだけの事さ…………だから君にはここで死んでもらおうか」

 場の空気が剣呑な雰囲気に覆われていく。

「かかってくるといい。せめてもの情けだ、この手で終わらせてあげよう」

 迅は何の構えもしてはいない。一見すると無防備で、隙だらけの素人同然の相手にすら思える。

 だと言うのに、その全身から発せられる雰囲気はまるで歴戦の兵の如く圧倒的。

 一番近い距離にいる聖敬は無論、凛や田島、進士も迂闊に動けない。

「聖敬君、君の身体能力なら或いは僕のイレギュラーの前に届くかも知れないよ。どうだ、試してみるかい?」

 そう言いながら西島迅は一歩前へ進み出る。

 ジリ、とした圧力に本能的に聖敬の身体は後ずさろうとする。

 そこへ、「クソ兄貴、迅さんのイレギュラーは【テレキネシス】だ。接近戦ならあんたの方がずっと上だからいけっっっ」と凛から声がかけられた。

 思わぬ声援に迅は、「困ったな、歌音ちゃん。君は聖敬君の味方をするのかい?」と思わず苦笑する。

「という訳だから、試してみるかい?」

 だが、その様子からは焦りの色合いは全く感じられない。彼からすればその程度の情報が漏洩した所で全く問題はないらしい。

 実際、聖敬は動けない。

 如何にイレギュラーの系統が分かったからと言って、聖敬自身のイレギュラーの場合、その詳細まで明らかなのだ。

 テレキネシスのイレギュラーは精神操作を得手とする。その手法は個々人により差があるものの、下手を打てば操り人形にされかねないからだ。

「ふうん、動かないか……なら、こっちから──」

 迅がそう言いかけた時である。

「クソ兄貴ィィィィ」

 キィィィン、とした甲高い高音が鳴り響く。

 戦いの口火を切ったのは凛であった。


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