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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
85/121

変わる世界part1

 

 あれは、そう……一〇年前の事だった。

 当時僕は防人の一員としてある敵と戦っていた。

 敵の名は”教団”。この地に眠りし神、という存在の復活を目論み、古くから先祖代々幾度となく戦った存在。

 彼らもまた僕たちと同様に異能力、つまりはイレギュラーを持っていたが、その捉え方、つまりは認識には大きな差異があった。

 彼らにとっての異能力とは神、という存在からの授け物。

 その力は自分達が神の復活及び、その意思を人民に知らしめる為の手段、だそう。

 復活の為ならば手段は選ばず、多くの人々がその為の”生贄”とされた。


 そもそもその神、という存在と戦ったのがこの地、古来は越、と呼ばれたこの地にいたご先祖、初代の防人だった。

 教団は幾度も滅んだが、時代を経ていつの間にか再興を果たす。

 そうして時に他国の侵略に紛れ、時に権力者の側にて暗躍し、時に地域を乗っ取り──蠢動してきた。


 一〇年前。その時の彼らはとある地域を、より具体的に言えばある神社を起点にして勢力を拡大していた。土着の、廃れつつあったある神様を少しずつ実像を歪めながら信者を獲得。

 ″儀式″により神の信奉者、つまりはマイノリティを増やして戦いを挑んできた。

 その戦いは長期化、数年にも及んだ。

 多くの仲間が死んでいったけど、彼らの死は決して表には出ない。

 行方不明、或いは急な転勤、事故死といった形で世間的には抹消されていく。

 それでも僕達は当時のリーダーで今はWGの日本支部支部長にしてその頂点である″議員″という立場にまで至る事になる菅原さんと中心に抵抗を続け、遂に勝利を収めた。


 これで戦いは終わった、と誰もがそう思い、実際以降教団の動きは完全に止まった。

 だから気を抜いてしまった。油断してしまった。



「あ、あああ」


 口をつくのは言葉にならない、ただの嗚咽。

 目の前が真っ白になっていくのを自覚出来る。

 見えるのは火に包まれた車、あれは……。

 そうだ。ついさっきまで僕の家族があの車に乗っていたんだ。


 あっという間の出来事だった。

 家族全員と隣人の◯◆一家との日帰りでの遠出。

 あるサービスエリアで休憩を取る事になり、僕は気分転換に一人でエリア内を回っていた。

 気が付いた時には既に手遅れだった。

 サービスエリアの駐車場に一台の大型トラックが突っ込んだ。

 暴走する数十トンもの鉄の塊は文字通りに周囲の全てを蹂躙し、壊した。


「いやあああああ」「ママ、パパー」「助けて、」


 まるで阿鼻叫喚地獄。

 火と死が場を支配した。

 悲鳴と悲嘆が轟く中で、僕は膝を折った。


「あ、うそ、だ」


 そこにあったのはほんの少し前まで僕の父と母だったモノの成れの果て。

 でもそれはトラックに礫殺されたただの肉塊。

 判別出来たのも二人がお揃いの指輪をしていたからだ。

 あまりにも悲惨で酸鼻を極める光景。

 だけどそれでさえ二人はまだ幸せだったのかも知れない。

 大多数の人々はその姿さえ分からない状態だったのだから。


「ひ、晶ッッ」


 僕は震えながらまだ見つからない妹を探す。そして、彼女はそこにいた。

「ねぇ、あなたは────?」

 妹は、何かを呟いていた。距離があったからハッキリとは聞き取れない。

 だが、その時だった。

 光が観えて、そこには。

 この日僕は理解した。妹がマイノリティだという事を。

 それが如何に異様な、異質なモノであるのかも。

 だから誓った。妹を守るのだ、と。例え何があろうともどんな事をしてでも。



 ◆



「う、ん」

 西島迅が目を覚ますとその身体がだるさを感じるのを覚えた。

 あの夢を見た後はいつも酷く疲れる。

 時計を見ると二時間経過していたらしい。どうやら仮眠を軽く取るつもりだったのが思いの外寝てしまったらしかった。

 外の様子を見るとあちこちで火の手があがり、パトカーや消防車のサイレンがひっきりなしに鳴り響いている。事件が急増したらしい。

「……どうなった?」

 状況が変化したのは明白。だが、どちらに変化したのか?

 そこにメールが届く。相手はWG、小宮和生だった。間違いなく今、この九頭龍は混乱の最中であろう。

「行こうか」

 これが最善かどうかは彼には判断出来ない。

 だがそんな事は今の彼には些事に過ぎない。

 彼にとってもっとも重要な事は、自身のたった一人の家族の事だけなのだから。

「晶、お前は僕が守るぞ」

 そうして彼は動き出す。

 夜が明け、空は白み始めていた。



 ◆◆◆



「う、あっ」

 アタシは身体が重くなるのを実感していた。

 力が抜けていくのが分かる。

 ざざ、という一定のリズムで足音が聞こえる。複数の、それもきちんとした訓練を受けた集団。

 意識は今にも途切れそう。装備を見た限りだと、さっきまで戦ったWDらしき連中じゃなくて、支部の部隊らしい。彼らからすればアタシについては身柄確保さえすれば後回しでいいらしい。憎たらしいケド正しい判断よ。だってコッチはもう動けないのだから。

「ま、ちなさいよ」

 かすれそうな声を出す。ほんの少しでもいい。時間、もしくは人数をこっちに引き付けられたら充分。

 でも、彼らは冷静だ、それともあまりにも声が小さくて、耳へ届かなかったのかも。

 いずれにしても、彼らはこっちへ顧みる事はない。

 そのまま、マンションへと突入していくのが見える。

「悔しいな、ちぇ──」

 そこで意識は完全に途切れた。

 願わくば何とか逃げおおせて、よね。



 ◆



「マズい、マズイです」

 エリザベスは事態の悪化を受けてどう動くべきなのかを考える必要に迫られた。

 美影は完全に戦闘不能に陥った。相手がWDでなかったのがせめてもの幸いだろう、と思うしかない。

(でも大人しくこちらを逃がしてくれたりはしないですよネ)

 戦えない事はなかった。昨日までの自分ならそんな選択肢は浮かびもしなかったが、記憶が、正確には自身の半身を取り戻した今なら、自分に何が出来るのかは全てを。

 実際、彼女は自分のイレギュラーでこのマンション内の動きを把握していた。

 彼女の血液はマンション内に拡散、薄い膜を張り、内部での行動を探っている。

 今、相手が何人いるのか、どの階にいるのかも分かっている。

 彼らが階段を上るのが分かる。

(そう言えばミカゲがエレベーターを使えなくする、と言っていました)

 時間稼ぎにはなるだろう、数分か数十分かは自信はないが、異常事態を知らせるだけの猶予は稼げた。

 メールは送ったからまずこちらへ向かうはず。

 相手はさっきまでとは違い、悪人ではない。

 人形達に動いてもらい、数人は気絶させる事に成功したがそれも焼け石に水、であろうか。

「ん? これは……」

 一人の人物がこちらへと向かって来るのがわかった。その足運びからしてただ者でないのは明白。

 意識を集中自分の体内と化したマンション内の映像、正確には小動物に偽装させた血液人形でその何者かが誰なのかを把握しようと努める。

 そして、程なくして判明したその相手。

「この人は……!」

 エリザベスは絶句。そしてマンションが一気に制圧されていくまで時間はかからなかった。

 圧倒的な力、なまじマンション内を結界と化した事が仇となり、彼女はその攻撃に耐えられなかった。

「う、あぐっっっ」

 全身を内部から破壊され、蹂躙される感覚に身悶えしながら金髪の少女は意識を失った。



 ──どうかね? 西島晶は確保出来たか?


 通信が彼の耳に入る。

 その声音からは明らかな焦りが聞き取れる。

 無理もない、と彼は思う。


 昨日から刻一刻と変動していくその状況はあまりにも不確実で不鮮明だった。


 WG、WD双方が共に混乱状態。特にWDは完全に機能不全を起こし、犯罪が一気に増加。

 街中が混沌とした状況下に於いて、唯一確実な事は西島晶の存在。

 彼女のイレギュラーであればこの事態の収拾すら可能かも知れない、そう聞かされた。

 だからこそ彼は協力を承諾した。

 イレギュラーの行使は最低限で済ませた。

 彼女の、エリザベスのイレギュラーについては昨日の一件でおおよそ理解していた。

 でなければこうも簡単に制圧するのは不可能だっただろう。


「回収完了しました支部長」


 先行させた隊員が最上階から二人の少女を確保、撤退を始める。


「流石に練度は高いですね」


 それを彼は何処か他人事みたいに眺めていた。



 ◆◆◆



「は、あ。はあっ」

 全力疾走することおよそ十数分。聖敬はいち早くマンションへと辿り着く。

 如何に肉体操作能力者であり、身体能力が図抜けていてもこれだけの時間全力で走れば流石に息切れも激しい。マンション近辺はまさしく戦場のような有り様。恐らくは美影の仕業と思しき何かの燃えた痕跡があちこちにあった。

 それから無数の薬莢が転がっており、何者かがここで銃撃をしたのは明白。

「ふう、ふ、ううう」

 呼吸を落ち着かせ、慎重に歩を進めていく。

 その聴覚や嗅覚で複数人の相手が場に留まっているのが分かる。

(迂闊に飛び出せばヒカに何かあるかも知れない)

 そう思うと自然とその行動は冷静になる。


 その時である。


 バン、という大きな音。思わず聖敬がその音へ視線を向けると、車のドアが開かれていた。

 それは装甲車の一種。兵員を輸送する為のモノだとWGで習ったはず。


 そしてそこにマンションから連れ出されていくのは金髪の少女に、それから──、


「ヒカッッッ」

 思わず我を忘れて飛び出していた。

 晶は既に車内にいた。その手足は拘束されており、眠っているのか眠らされたのかは判然とはしないが、その頭は垂れている。

 相手が誰かはすぐに分かった。その装備は間違いなくWGのものだったのだから。


 そこにだった。

「星城君そこまでです」と声がかけられる。それは聞き覚えのある声、彼にとっては恩人の一人で味方だったはずの人物の声。

 振り返るのが躊躇われる。まるで硬直したかのように身体がぎこちなかった。

 そんなのは有り得ない、そう思いながら、でも現実は、時は止まる事なく動き続ける。そして、聖敬はその相手の顔を見た。


「支部長、……」


 困惑した表情を少年は隠せない。


 そこに遅れて到着した田島、進士に凛の表情も対峙する相手を目にして、表情は思わずこわばる。


「皆さんならきっとここに来ると思っていましたよ」


 そこにいたのは──九頭龍支部支部長である井藤謙二その人であったのだから。


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