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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
84/121

拒絶--ディクライン

 

「それにしたって良かったのかよ?」

 走りながら田島が問う相手は桜音次歌音、またの名を星城凛という少女。星城聖敬の妹にしてWDの一員だった少女。昨日までその正体に全く気付けなかった相手である。

「…………」

 それに対する少女の回答は沈黙。答えるまでもない、という事だろうか。

 だが、今更である。

 そもそもにして、昨日からずっと驚きっぱなしであったのだから。

 ベルウェザーの一件の結末もそうだし、赤毛の生徒会長の最期だってそうだ。それに現在進行形で九頭龍で起きている事態にも。

 たったの一日足らずで様々な事が起こり過ぎて色々な情報と状況の激変を前にして、もう笑うしかなかった。


 それを彼以上に実感していたのは進士である。

 彼のイレギュラーにとって現状把握は能力を活用する為には必須条件なのだから。

 短時間、数秒足らずの未来予測と言えば聞こえは良いが、要は現在の状況から無数の起こり得る結末を羅列して、その中から正しいモノを選択する。その程度のイレギュラーである。

 そんな欠陥のあるイレギュラーでで結果を出せるのは彼個人がずば抜けた状況判断力を持っていた証左ではあったが、その結果戦ってこそいなかったが、この場にいる四人で一番疲弊しているのは彼であった。

「次の角で一度止まれ。姿を隠すんだ」

 進士の声に先頭を切って走っていた聖敬が足を止める。

 そして指示通りに電柱の影に姿を潜める。

 続いて田島や凛も同様に姿を隠す。

 その直後、通りを一台の車両が通過していく。それはWG所有の装甲車両である。

 銃座は丁度聖敬達が抜けるはずだった道へと向いており、あのまま突っ切っていれば発見される所であった。


「ふう、危なかった。助かったよ進士」

「気にするな聖敬、それよりどうするつもりだ?

 正確な情報は把握出来てないが、さっきも話したはずだがこのまま向かえばWGみうちとやり合う事になる。それで構わないんだな?」

 進士の目からは三人を確かめる意志が感じ取れる。


 もう、引き返せなくなるかも知れないぞ。

 だからこれ以上進むなら覚悟を決めろ、と。


 そう問いかけている。


 その問いかけに真っ先に反応したのは聖敬であった。

「僕は晶を守る、どんな事があっても。そう誓ったんだ」

 その言葉の端々には普段の大人しい印象からは想像も付かない強い決意が感じ取れる。


 続けて言葉を発するのは二人の少年の悪友こと田島。

「今更ってやつだ。もうとっくに支部とは交戦状態、そうだろ? 確かに勝ち目は低い。けどここで退くことは、何て言えばいいか……そうさカッコ悪いぜ」

 その口振りはいつも通りであり、そしてお調子者らしい言い回し。


「私はそもそもWGの奴に何のこだわりもない。だから邪魔するなら倒す、面倒くさいけどそれだけ」

 凛は簡潔に言う。だが、その目にあるのは間違いなく他者、この場合は西島晶の身の心配。

 そう、この場にいるのは揃いも揃って本物のバカばかりだったのだ。


「聞くだけ野暮だったな。なら行こう、もう少しで到着だ」

 この状況下、不測の事態に対応出来るように進士は集中する事に専念する事にした。


 その様子を横目にしながら、田島の脳裏にはある疑念が浮かんでいた。それは、

(さっきの、攻撃)

 椚剛の絶対防御を破った時の事である。

 結果として相手に一矢報いた訳だが、どうにも腑に落ちなかったのだ。

「どうした?」

 田島の思案顔に進士が気付いたらしく、言葉をかけてくる。彼らも、互いの仕草で何を考えているのか分かる程度には付き合いは長い。

 普段はヘラヘラとしながらそうした表情など見せない相手のそうした表情に、観察するのが云わば仕事の進士が気付けないはずがない。

「いや、大した事じゃない。多分な」

「この先の事……じゃないな。お前が何かしら手を打った事位予想出来る、なら一体何を気にする?」

 進士はあくまで聞き出すつもりらしい。こうなったら眼鏡の友人は頑固だ、話をするまで納得しない。

 ここで口論している場合じゃない。なら、結論は一つだけ。はぁ、と溜め息をすると少し顔を逸らして間を置くと話を切り出す。




 ◆◆◆



「く、くけっ。ナメるなクソガキがよっっっ」

 椚剛は精一杯の虚勢を張る。

 そうしなければ何かが崩れそうだった。

 その一方で、無意識下で絶対防御の、その強度を万全にしたのは、彼がいよいよ目の前の相手から脅威を感じ取った証左である。


「さってと、行くか」

 ゆらりと、したその歩みは相手に戦うつもりがあるのかを思わず疑いたくなるような無防備さ。隙だらけである。

 だが、椚剛は動かない。否、動けない。

 何故ならば……見えたから。

 少年の周囲にてゆらゆら、と小さな火が揺らめくのを。

 それは、まるで幻のようなか細い揺らめき。

 恐るるに足らない、と誰もが思いに違いない。

 しかし椚剛は動けなかった。

 そしてアブソリュートプロテクションを本気で展開する。

 彼は本能的に察していたのだ。

 今の零二が危険である、と。

 その一見、隙だらけにしか見えない少年から漂う強烈な気配を肌で感じたのだ。

「お、前……何なんだ…………?」

 問いかける。

「オレかい? さっきも言ったろ武藤零二だよ」

「そうじゃない! ……お前一体何なんだ」

「へっ、怖いのかよアンタ? 気付いてっか、腰が引けてンぞ」

 その言葉を受け、椚剛は己が知らず知らず後退している事を自覚した。

 だが、彼には確かに見えた。

 自分よりも背の低い、まだ乳臭い小僧の背後。

 そこに揺らめく何か異様なモノを。

 種火、いやそんなモノじゃない。

 火、なのかさえ定かではない。今すぐにここから……、

「いいぜ、今なら見逃してもよ」

 そこに見透かすような一言がかけられる。

 零二の目に宿っているのは絶対の自負。

 自身の敗北など微塵もあり得ない、という確信。

 完全に見下されている、そう自覚した時。

 絶対防御アブソリュートプロテクション、という異名を持つ男の口を付いたのは、

「くけっ、ふざけるなよ小僧ッッッッッ」

 殺意と憎悪に満ちた言葉であった。

「クソガキぃ!! テメェ如きが俺を見下すんじゃねえよおおおおおおおお」

 激情に駆られ絶対にして不可視の壁を一気に押し出す。その速度に勢いの程は、自身でもかつてない程に強烈。さっきまでのそれがトラックの衝突に比するのなら。


 ドッス、ン。


 こんどのそれは速度はドラッグカーで、威力の程はタンクローリーとの正面衝突にも匹敵するであろうか。鈍く、そして破滅的な音が駐車場に轟く。

 無論、零二にその攻撃を見切るのは不可能。

 壁からの見えぬ攻撃に対応など出来得るはずもなく、一気に激突--そのままグチャグチャに押し潰す、そのはずであった。

「くけっ、くけけけけ。死んだ、死んだなあぁぁぁ……」

 確かに衝突の手応えはあった。これならば仕留めた、そう思いながら……、


「へっ、悪ぃな生憎と……」

「は、っっっ」

「オレは死んじゃいねェ」


 椚剛は思わず目を剥く。

 有り得ないはずの事が起きていた。

 対応不可、そのはずの一撃。それもかつてない威力であったはずのソレが。

 ただの拳一つの前に防がれていた。

 白く輝く右拳、本人曰わく”シャインきのナックル”での一撃、激情インテンス初撃ファーストによって。

 一見する限りでは以前と変わらぬように思える一撃。

 ただし、彼を知る者であればその右拳には以前とは異なる変化がある事に気付けた事であろう。

 白い輝きの中で、僅かに赤みを帯びた種火がくすぶっている。パチパチ、とした微弱で今にも消え入りそうな火種。それはマッチを擦れば出る程度の、別段恐怖を感じさせるような類の炎とは到底言えないモノでしかない。

 零二はへっ、と笑いつつ間合いを外す。

 椚剛、もまた同様に後退する。

 第三者から見た単純な構図では、両者は未だ互いに深手を負わせておらず、戦いは今からだ、とでも見えるだろうか。

 だが、状況はさっきとまるで違っていた。


「悪いケドさぁ、もうアンタの攻撃は通じないぜ」

「何をッッッッッ」

 ふざけるな、という叫びと共に壁を周囲に展開。地面や駐車場の壁が抉られ、砕ける。そして、その破壊による瓦礫はまるで濁流の如く襲いかかる。

 対して、少年は「くっだらね」とだけ呟く。

「余裕ぶってるとズタズタだぜっ」

 零二は躱す素振りすら見せず、気だるそうに首を回すのみ。

 そうこうしている内に瓦礫が獲物へと直撃せんと迫る。

 無数の瓦礫は弾丸のように迫る、……だが届かない。

 何故ならば。

 零二の周囲に巻き起こった火柱が全てを瞬時に焼き尽くしたのだから。

「な、にっっ」

「アンタさぁ、防御力がお自慢らしいケド。もう飽きたぜ」

 その言葉と共に駐車場全体が炎に包まれる。

 四方全てを塞がれ、まるで密室のような有り様。

「くけ、だから何だよ。こんな子供騙しが通じるとでも思っていやがるのか? 俺の壁は絶対だ。

 こんなチンケな火じゃ全く効果なんざ……」

「ああ、ねェな。こんなンじゃさ」

 だけどな、と言いながら零二は一歩前に。

 そして、「アンタの【壁】はこれで意味はないぜ」更に一歩を踏み出す。その歩みには一切の迷いの色がなく、心なしか笑みすら浮かべている。それは明らかな挑発。彼が何かを画策している証左。

 だが、「上等だ、なら潰れなッッッ」と吠える椚剛。彼にとって壁こそが自身を肯定する全て。何があろうとも砕けない、最強にして最硬の盾。相手の思惑などお構いなし、正面から叩き潰すことこそ己が強者である何よりの証。ここでちゃちな火に包囲されたからとてそれがどうした? 炎熱系のイレギュラーを手繰る敵とも数多く戦って来た。そして誰もが自分を倒すに至らない。今回だってそうだ、そうに決まっている。

「死にやがれぇぇぇぇ」

 壁を前方へ撃ち出すように展開。仮に拳で止めたとてもう関係無い。そのまま壁の圧力を強めて吹き飛ばせばいい。所詮は止めるだけなのだから。

 だが、

「な、にぃぃぃぃ?」

 絶対防御の主は見た、ハッキリと。

 獲物たる少年が迫り来る壁を紙一重で避けるのを。

「クソ、クソ」

 舌打ちしながら、零二を狙った壁を今度は躱した向きへと横に展開。今度こそ、と相手へ直撃するのを確信……。

「へっ、」という小馬鹿にしたような声。

 零二は一歩前に飛び出して追撃をも難なく避けてみせる。

「なぜ、なぜだあああああ」

 絶叫しながら壁を操作。しかし零二は悉く回避せしめる。


「なぁ、まだ分かンねェのかよ? もう壁は通じないってさ」

 零二は半ば呆れ気味に相手へ尋ねる。

 対して、椚剛は完全に混乱、いや錯乱していた。何が起きたのか想像もしていないし、想像出来ない。

 その様子を確認した不良少年は嘆息。そして、「しゃあないな、いいぜ。種明かししてやる、来いよ」と手招きした。

「クッソガキィィィ」

 絶対防御の担い手は喉を潰すのではないか、とすら思える怒声を張り上げて再度正面から壁を撃ち出す。

 それは怒りからなのか先程よりも格段に速い。

「よっく見ときな」

 零二はそう言うと両手を広げる。

 その途端であった。炎が零二の周囲に瞬時に広がる。その炎を壁が撃ち抜いていく。それは不可視の壁が可視化された瞬間、正確には炎を貫く軌道が明確化された瞬間。

 零二はその軌道を見た上で紙一重で避けて見せる。

「……とまぁ、こういうワケだぜ。アンタの壁が厄介なのは見えないっていう一点だ。こうして周囲の空間を利用してソイツさえカバー出来りゃあ余裕だね」

 と余裕すら覗かせる。

 更に、「そもそもにして、アンタはミスを冒したのを分かってンのかい?」と問いかけてさえみせる。

「お、俺がミスをしただ、と?」

 椚剛には何の事かが皆目見当も付かない。一体何が間違えたのか分からず、表情には困惑の色が浮かぶ。

「やっぱな分かっていねェな。戦いってモノのセオリーを、手の内をさらけ出し過ぎなのさアンタは」

「それがどうしたと言うんだ! ガキが偉そうな口を叩くんじゃねえぞ」

 小馬鹿にされた、見下された、あまつさえ同情すら相手の口調からは窺える。そんな事は許せない、許してはならない。

「もういい。黙れ黙れだまれええええええ」

 怒声と共に椚剛は壁を一気に解き放つ。

 彼の絶対防御は細やかな制御により成立する。

 椚はそれを放棄した。考える事を放棄し、単に周囲を拒絶する為だけに解き放った。

 破壊の為だけのソレは椚剛、という男の精神そのものの権化と化す。

 そこにいるのは彼自身の幼少時、周囲から己を切り離す事だけに用いた原初にして最悪のイレギュラー。

 後天的に訓練によって制御していた壁、ではなく純粋に己以外の存在を拒絶する為に無意識下で用いていた殺意の結晶である。


「おっと、コイツはチョイとヤバいかもな」

 思わず苦笑する。

 相手の様相が変わったのは表情からでも判断出来る。

 だが、それ以上に変わったのは壁の形状。

 相変わらず不可視でこそあったが、今の零二には周囲で揺らめく火の、空気の流れを肌で感じ取れる。

 零二は椚剛の攻撃が見えない何か、である事を理解すると同時に手を打った。

 最初は蒸気により流れを察知した。

 おかげで攻撃を喰らわずに対応出来た。

 だが、そこまでだ。

 察知するタイミングが寸前過ぎて自分から攻撃するまでには至らない。

 だからこそここに″誘い込んだ″のだ。

 閉鎖された空間、そこで火を起こして取り囲む。

 この火の目的は閉じ込める為ではなく、一種の結界。守勢の為ではなく、攻勢に打って出る為の布石。

 実際、上手く機能していた。

 零二の察知するタイミングは確実に早くなり、対応も容易になっていた。

 しかし状況は一変、今やその壁は壁とは言えないモノへ成りつつある。

 先端は尖っていたり、また拳でも握ったが如く丸みを帯びたり、と常に変化をしているらしい。

 イレギュラーの暴走、かとも思ったがどうやら違うらしい。

 導き出される結論は、「なるほどね、どうやらこの状態が本来の、アンタのイレギュラーってワケだ」というモノ。

 丁度、零二の焔が危険視され封じられたように。目の前の相手のソレもまた後天的に壁、として操作するように訓練されたのであろう。

「クソガキ、おまえは許さねえ。絶対に殺す」

 椚剛はそれだけ告げるとソレを動かす。彼自身がここに至って理解した。これこそ、この不定形なソレこそが己の本来のイレギュラーの姿なのだと。自分と異なるあらゆる違うモノを潰し、切り裂き、抉る。

 防御ではなく攻撃、排除(ころす)為の手段(モノ)であるのだと。

 これなら確実に殺せる、そう確信出来もした。

「しぃにやがれええええええええ」

 ソレを目の前の敵へと解き放つ。

 殺意の奔流の勢いは凄まじく、さしもの零二も躱せそうもない。

「いいぜ、上等だ……」

 零二の周囲に火柱が巻き上がり、迫る攻撃を迎え撃つ。

 とは言え、分が悪いのは零二である。椚剛のソレ、は炎で燃えたりしないのだから。

 軌道をずらすのが精一杯、それでも防ぎ切れず、零二の身体を掠めていく。ぱぱ、と鮮血が噴き出す。

 かすり傷が無数に刻まれていく。

「コレがアンタの本気ってコトだよな? なら、オレも見せてやるぜ――」

 息を吐きながら、右腕に意識を集中させる。白い輝きが変化していく。

「ああああああああ」という雄叫びにも似た声音をあげる。


 だが、そうこうしている内にも椚剛の攻勢は止まらない。徐々に慣れてきたのであろうか、攻撃速度が上がっていき、火柱でも阻害出来なくなっていく。

「死ねクソガキ」

 という声と共に椚剛は突進をかける。勝機を見出したからこその動きである。肉迫しつつ一気に片を付ける為である。如何に見えていようが、至近距離からの攻撃は見切れまい。何せ自分自身でさえどういった攻撃をするのか見当も付かないのだから。

 そうして迫っていく椚剛の目に入ったのは、

 それは炎であった。白い熱による輝きは途絶え、代わりに右腕全体を覆うのは橙色の炎。

 炎が腕を呑み込んだ、いや、腕自体が炎と化した、が正しい表現であろうか。

「そんなコケ脅しが通じると思うなっっっ」

 だがそれがどうしたと言うのだ? 腕が燃えている、ただそれだけの事でしかない。

 今更何が出来るというのか? 何をしようと、足掻こうと無意味だ。

「し、ねええええええええ」



 意識を集中させる。

 自分の”内側”へと。

(オレは火だ。オレは炎だ。オレは焔だ)

 徐々に意識を切り替えていく。パチ、パチとスイッチを一つ一つ確実に。

 零二はまだ焔を完全に操れてはいない。

 完全に封印を解いたワケではない。例えるのであれば限定的な解除に過ぎない。

 だが、それでいい。充分だ。

 かつての自身を鑑みる。あまりにも無自覚にソレを手繰った自分を。常にそこにあった焔は自分自身と言っても差し支えはない。

 誰が何と言おうがあの焔は零二、いや当時は”02”と呼称された子供自身の反映、投影だ。


(オレはオレが生きる為にお前が必要だ)


 零二は京都での出来事から理解した。

 自分を否定する気持ちこそが己を弱くしていたのだ、と。

 あの焔こそ自分自身、それを否定する事は自分自身の価値を貶める選択でしかない。

 要は自分を肯定すればいい、受け入れればいい、ただそれだけの事だった。

 そんな事すら彼はつい先日理解した。


「燃えろ」

 ただ一言、それで発現する。

 右腕に己の全火力を集約させていく。

 零二が何故一対一にこだわったのかは、一重にこれから放つ攻撃が危険極まりないからだ。

 この焔はあらゆるモノを焼き尽くす。

 恐らくは二年前、あの時の焔と同質の類だ。

 自分以外の何もかもを消した忌み火、業火、劫火。

 だが今は理解している。それこそが自分自身なのだと。



 ◆



 目の前に敵が肉迫してくる。

 別段、相手が憎いのではない。ついぞさっき出会っただけの相手だ。

 だがコイツは九条羽鳥(あねご)を手にかけた、らしい。彼女は理由はどうあれ間違いなく武藤零二(オレ)にとっての恩人。理解するには複雑極まりない怪人物ではあったが、恩義は忘れたコトはない。

 それから、だ。

 コイツは相棒を窮地に追いやった。

 今日までその姿すら知らなかった桜音次歌音、という少女。

 どんな姿をしているのかは少し興味があったが、実際目にして思った。

 彼女はコッチ側にいては駄目だ、と。

 多分におせっかいなのだろうとは自覚している。自分同様に彼女もまたその手はもうとっくに血に塗れているのだから。

 だが、それでも思ってしまったのだ。

 普段の傍若無人な口振りとは裏腹の線の細いその少女の姿を目の当たりにして。

 理由なんてそれで充分だ。

 いや、そもそも理由自体が重要じゃない。


 オレはそもそも目の前の敵が嫌いなンだ。

 嫌いだから″拒絶″する、……ただそれだけの事でしかない。


 今から放つ一撃は今、この段階で最強の一撃。


 もっとも世の中に絶対はない。

 もしかしたら、相手の壁の方が強力かも知れない。

 だけどその時はそれだけの話だ。

 人はあっという間に死ンでしまう。瞬きするような一瞬でだ。

 全ての結果は紙一重。

 それをオレは先日理解したばかりだ。


 さて、ケリを付けよう。

 勿論勝つのはオレだろうケドな。



 ◆



 零二はゆっくりとした動きで構えを取る。炎と化した腕を引き絞り、腰を落とす。


「お前の全てを見せてみろ。オレはソイツを――」

「小僧ッッッッッ死ねッッッッッ」

「――全部ブッ飛ばす」


 少年は言葉と共に動き出す。

 その右腕の炎は大きく周囲へ広がり、巨大な腕のようにも思える。

 そして彼の肩口からは炎がまるで翼のような形状で発現。文字通りに炎を噴き上げ、そこから爆発的な推進力を得て突っ込んでいく。

「ずあああああああ」

 気迫に満ちた声を上げながら加速。

 文字通りに真っ向からぶつかっていく。

 全てを拒絶する為の壁が目前に迫る。

 それは他者を殺してでも己を守ろう、とするある男の精神そのもの。

「しねええええええ」

 椚剛は己の壁は絶対だと確信していた。

 先だっての聖敬達との一戦、そこで起きた事はきっと何かの間違い、そうに違いないと結論付けていた。

 目の前の敵は強い、単独で自分の壁を止める者など、数年振りの光景だった。

 だが、そこまで。彼とて壁を砕くには至らない。

 誰も叶わない、決して己に深手を負わせる事など叶わないのだ。

 そう、誰も自分には勝てない。


 少年は焔をまといし腕を振り下ろす。

 それはまさに腕の形をした焔そのもの。

 衝突音はしない。

 それどころか何の衝撃すら壁には伝わらない。

(くけっっ、ほら見た事かぁ)

 その様子に思わず口元が歪む。

 それとは対称的に彼の壁、は相手をまるで包み込むように、手を広げたかのように変化を遂げていた。

 その巨大な、不可視の手は零二の身体を握り潰すべく手を閉じようと動く。

 まさしく絶体絶命。これで万事休す、そう確信した。

 だと言うのに。

 少年の表情からは悲嘆、無力感、絶望の色が一切伺えない。

 それどころかその目には己が敗北など全く意に返していないのかこの期に及び、爛々とした輝きすら浮かんでいる。

(ばかめ、このまま潰れて死ねっっっっ)

 壁は相手を握り潰す、そのはずであった。






 はぁ、とため息を一つ入れると田島は切り出す。

「……何で相手の防御を突破出来たんだと思う?」

「それはどういう意味だ……一?」

「言ったままの意味だよ。あの時俺はああなるとは思っていなかった。何とか、押し返せる。そう思っていただけでまさか壁、とやらを砕けるなんて思いもしなかったんだ」

「お前、何が言いたいんだ? …………はっきりと言え」

 進士は田島の煮え切らない物言いに違和感を感じた。彼は良くも悪くも歯に衣に着せぬ物言いを常日頃から意識しているはずだからだ。






「なっっっっ」

 最初に目にしたのは鮮やかな深紅、であった。

 それは自然現象ではおおよそ有り得ない程に鮮やかにしてそしておどろおどろしい色合い。

 その深紅が目の前で大きく広がる。

 それはまるでそれ自体に意志でもあるかのように広がった、かと思いきや即座に収束されていき--拳の形へとなる。

 その拳、焔が壁へと浸透するかのように再度拡がっていき――、壁は一気に砕け散る。

 まるでガラスが割れるようにアッサリと砕け、焔はゆっくりと迫るとそのまま腹を貫く。


 零二はただこう告げる。


「【拒絶ディクライン第二撃セカンド】」


 この深紅の揺らめきこそ彼が解き放ったモノ。

 京都に於いては仮にも神にも比類する存在をも打破した焔。


 全ては一瞬の出来事。

 深紅と化した腕、そこから拳へと収束した焔。

 それが壁を粉砕し、身体を貫くまでの瞬き程の時間。

 まるで数分間、それ以上の体感時間を椚剛は感じながら、そして深紅の焔に消えていく。

(ば、バケモノがッッッッ)

 それが絶対防御の主が最期に思った事。

 彼に見えたのは焔の化身。

 理解出来たのは、その焔の本質が己と同類であった事。

 そして相手のまとう拒絶の方が遥かに強かった、という事実。


 ガクンと、零二の膝が崩れる。そして力無く地面に手を付く。焔はいつの間にか完全に消えている。

 ″拒絶の第二撃″。これこそが零二の切り札。

 その一撃は強力無比だが、上手く制御出来ない上に消耗も著しい。今の彼には一度が限界である。つまりは椚剛、はそれだけ零二を追い詰めていたとも言える。


「アンタ、結構強かったぜ。ちょっと前のオレなら負けていただろうよ。

 たださ、今のオレの方はアンタよりももっと強かった。そンだけだよ」


 そう言いつつ、零二は膝を付く。体力を使い切ったという実感があった。倒れそうになるのを地面に手を付いて拒否する。


「本気出させたンだ、誇りに思いながら消えな」


 零二の言葉は相手への最大限の賞賛であった。








「……俺はキヨちゃんが何かをしたって思ってる」

「どういう意味だ? 星城が何をしたと思っているんだ?」

「それは分からない、ただキヨちゃんには何かがある。そう思えるんだ」

 田島の視線は前方を走る親友へと向けられていた。



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