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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
83/121

焔の中で

 

 湯気と炎が揺らめき、周囲の空気が熱せられていく。

 その揺らぎは少年の不安定さ、未熟さを象ったかの様でもある。

「ふううううう」

 零二は深く深く呼吸をした。そうして意識を己が体内へと向けていく。

 すう、と全身が熱を帯びていく、そしてそれが火となり炎と化し焔へと成っていく。

 今、確かに零二は焔を手繰りつつあった。


 とは言えども、

 彼自身、未だ己が焔を完全に掌握したわけではない。

 先日、京都での戦いの中で彼は封じられた焔を解き放った。

 だがそれはかつて、自身が手繰ったモノとは異なる存在。

 以前のソレが暴虐、蹂躙を意味するならば。

 今の存在は未完成、途上、といった意味であろうか?


「ま、前よりは弱っちい種火だがな、アンタにゃこれでも充分に過ぎるだろうぜ」


 深紅の零、という異名を持つ少年は不敵に笑った。


 絶対防御、は彼の身に降りかかる危険を事前に防ぐ。

 それは今の状況に至っても同じ。

 自身の周囲が相手を中心に生じる高熱を事前に遮断している。

 でなければ恐らくは、この身も今頃は周囲の物と同様に焼けただれるか、グズグズに溶けていた事であろう。


「ふっざ、けるなあああ」


 そして…………、

 椚剛はその眼前の少年に自分が侮られている事を実感していた。

 確かに、目の前にいる相手は強い。それは理解した。

 どういう理屈なのかは分からなかったものの、相手のパンチはこちらの壁をも止める。

 だが、それだけだ。たったそれだけの事でしかない。

 相手も無傷ではあったが、こちらとて直接攻撃を喰らったワケではない。


 普通に考えれば、未だ優位なのは自身である。

 何せ絶体絶命、アブソリュートプロテクションの最大の売りはその精神的な消耗の少なさなのだから。

 それに対して、相手は明らかにその消耗は激しいはずだ。

 仮にあの揺らめく蒸気だが湯気だかが炎に変わっても、それを用いて自身の戦闘能力を向上させるのであれば、精神面はともかく確実に肉体的、体力的には消耗していくのだから。

 だから、持久戦にさえ持ち込めばいい。そうすれば相手は自滅し、後は一方的にこちらが嬲り殺すだけ。

 それは分かっているのだが。


「っざけんな、何で俺様がこんなガキを相手にイチイチ考えなきゃならねえんだよおおおお」


 彼にはそんな選択肢は選べない。

 そんな……自分が強者である、という自負を貶めるような行動を取る事は出来ない。

 その怒りは彼の不可視の壁を瞬時に周囲へと拡大させた。


「ン、ヤベッ」

 危険を察知した零二が後ろへ飛び退くが遅い。

 まるでトラックにでもはねられたが如くの衝突と衝撃が走る。

 全身が後方へと吹き飛ぶ。

「ぐがっ、ととと」

 零二はザザザザザ、と地面を大きく擦りながらも何とか倒れずに踏み留まり体勢を整える。


「くけっ、そうさ。俺は無敵だ。お前みてえなションベンくせえガキに負ける訳が、道理がねえんだ」


 今のは大した痛手こそなかったらしいが、それでも彼が己に自信を取り戻すのには充分であった。

 やはり自分には圧倒的な優位があるのだ、と実感する。


 そう、絶対防御とは不可視。

 彼にしか認識する事は能わない。


 ガン、ドガッッ。


 壁が相手へと向かっていくその都度、地面は抉れ、壁は砕かれていく。

 零二は咄嗟に後退し、または横へ飛び退く事により直撃を回避し続ける。


「くけっ、勘のいいガキだなてめえ」


 軽い苛立ちこそあれども、自身の優位を認識していく内にその表情には喜色が浮かび出す。


「うおっっ」

 軽く呻きつつ零二の身体が転がっていく。

 だが、少年には焦りは特に無い。

 確かに着ていたシャツは汚れているし、カーゴパンツも膝などを中心にして破れている。

 お気に入りのブランド物のランニングシューツも靴底などが擦り切れかけてもいた。

(へっ、ヒデェ有り様だな――ったくよぉ)

 思わず苦笑する。

 こうして地面を転げ回るのもかれこれ幾度目だろう。

 考えてみればこれで京都から数えたら相当の回数になっているに違いない。


 九頭龍から離れた京都にて、この不良少年はそれなりの経験を積んでいた。

 あっちで彼が実感したのは自分が思っていたよりもずっとずっと弱い存在である、という事実。

 様々なモノを目にした。

 これまでに九頭龍では決してお目にかかった事がないモノにも遭遇もした。

 いわゆる妖怪変化、の類も目にしたし、それらと戦ったりもした。

 その挙げ句、と言えばいいのか。それとも極めつけの存在として″人智″を凌駕した存在。″神″とさえ例えられる存在とも対峙する事にもなった。

 その力は強力であり、これまでの零二の力では到底歯が立たない相手であった。

 それを倒したのが、彼と共に戦ったとある刀使いの少女と零二自身が二年間封印してきた焔。

 それは二年間前よりも弱体化した上、少し違うモノになりこそすれ、それでもまだ強大な力であった。


 そう、京都にて零二は見たのだ。

 自分よりも強大な力、その存在を。

 これまでは冗談としか思っていなかった存在が実在する可能性を。

 そしてそれを倒し得る自身の焔を。


 それに比すれば、今はどうだろう? と彼は思う。


 確かに眼前にいるのは容易ならざる相手ではあろう。

 そのイレギュラーは相当に強力であり、決して楽に勝てるような相手ではないだろう。


(だがよ、それがどうしたってンだよ)


 シャツに付いた土を手で払う。

 首を回してゴキゴキ、と骨を鳴らしつつ全身の筋肉や骨の異常を確認。

 そうしながら冷静に自身の状態を鑑みる。


「うン、よっし」


 未だ直撃はないし、ダメージも然程ない。

 それに”燃料”もまだまだ余裕がある。

 つまりは、まだまだ戦える。



「何だよお前、何なんだってんだよ?」

 椚剛は苛立ちと共に困惑を隠しおおせない。

 確かに未だ有効打は互いに喰らってはいない、だがそれでもである。

 何故ああも相手には……余裕が浮かんでいるのであろうか?


(そうだ、俺の壁は確かにあのガキに止められはした。だがそれだけの事だ)


 そう、壁は止められた。それ自体が既に油断ならない。だがそうした経験が皆無であった訳ではない。

 以前にも幾度か戦いに於いて壁を止める敵は確かに存在した。

 相手のイレギュラーは様々であった。

 自身のイレギュラーを強化する為に入った施設で幾度か戦った”ボディ”の系統に属した相手でとてつもない巨体の象に変異したとあるWDエージェント。

 それから”ナチュラル”で大地を操作したWGのスパイ。

 自分と同様に”エリアコントロール”で広域的な破壊攻撃を行ったテロリスト。

 相手はいずれも強敵であったし、それに苦戦もした。


 だが、そのいずれも例外なく最終的には自分が勝利した。


 そして何よりも大事なのは当時の”アブソリュートプロテクション”は今よりもずっと弱かった。

 壁を展開出来る射程も短かったし、壁の形状も今より上手く操作も出来なかった。


 そう、今こそ。

 五年間閉じ込められた間も、イレギュラーを規制された間もその能力は向上している実感は常にあったし、実際そうだった。

 もう誰であろうが自分を倒す事など叶わない。

 例外なのは恐らくは自分と同系統のイレギュラーであろう九条羽鳥の懐刀であるあのシャドウ位の者。それすら倒した今、誰も敵ではない。そのはずであった。


(それが、そのはずが)


 四人がかり、いや実際には三人か。

 何にせよ、壁を一度砕かれた。

 あれは一体何が原因であったのだろうか、原因が判然としない。

 音遣い、幻覚と投げ槍を使った小僧、そして半狼の生意気な小僧。様々な要因が重なったにせよ、たかが三人の攻撃で壁を破られたのが解せない。

 アブソリュートプロテクションはミサイルの直撃にすら耐え切る。

 如何に強力な攻撃だからとは言えども、ミサイル以上の威力があったとは思えない。では、何故壁が砕けたと言うのか?

 あの三人の中に何か、得体の知れない何かがあったとでも言うのか?


(バカめ、そんなのはどうだっていい。それに奴らは俺を結局倒し切れなかったじゃないか)


 そう、如何に壁は砕かれようと、結果は一目瞭然。

 自分はこうして生きている。

 仮にもう一度あの連中と戦う機会があったとして。

 二度ともう遅れは取らない。

 そうもう二度と。


「オイオイなぁーによそ見してンだよォ!!」


 その声にハッ、と我に返る。零二の飛び蹴りは当然、壁にあっさりと阻まれる。

 だが少年はお構いなしであった。

 着地するや否やでその場にて素早く回転。そのままの勢いで両足を蹴り出す。壁を文字通りの意味で壁として反発して距離を一旦外す、かと思いきや今度は肩を突き出すように突進。さらに左右の肘を振るい、膝を振り上げて、と攻撃を続けていく。

 一発もそれらの攻撃は届かない。届くはずがない。何故ならば、さっきからの連続攻撃はどれもが単なる打撃攻撃なのだから。

 全ての攻撃は全く通じない。つまりは零二の猛攻はその全てが全くの無意味。そう何の意味も無い、それなのに、だ。

 零二のその表情に自身の攻撃が全て阻まれている事に対する焦燥感は全くない。

 それどころかその表情が喜々としていくのが見て取れる。

 思わず呟いた。

「ふ、ざけるな」

「ああ? なンか言ったか?」

 不良少年はおどけるような声音で問いかける。


「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 通じるはずもない無駄な攻撃をただひたすらに繰り返され、ただでさえ高いとは言えない沸点が一気に爆発する。

 椚の怒号と共に絶対の壁は一気に拡大。

 不可視である以上、その出だしに零二は気付けず、

「う、がっ」

 マトモに壁を喰らって大きく吹き飛ぶ。

「まだまだだ!!」

 だが壁はまだ止まらない。獲物を一気に押し出していく。とある建物のコンクリートの壁を砕き、さらにそのままの勢いで建物へ叩き付ける。


 グシャ、という何かが潰れたような不快な音に確かな手応え。

 慣れ親しんだモノを潰した感触に椚剛の表情にようやく笑みが浮かぶ。


「く、くけっ。くたばったな、ようやくくたばりやがった」


 確実に全身骨折、いや粉砕したはず。死なないにしても重傷には違いない。

 そうした思いが彼に安堵を抱かせる。

 建物へ足を踏み込むと、そこは駐車場。日中だというのに薄暗いのは今日の騒ぎで停電したからであろうか、かろうじて非常灯のか細い灯りのみ。

 だが、それがどうかしたのか?

 自分には絶対の壁がある。

 これが破れない限り、敗北はない。

 ポケットに手を入れると確認する。

 その中には小さなケースがあり、そこにはとある錠剤が入っている。

 その錠剤は彼が昨晩、九頭龍支部を襲撃した際に強奪した薬品で通称”エリクサー”。

 それこそがさっきの聖敬達の攻撃で壁を破られた際に負った致命傷を切り抜けた要因。

 詳しい事は知らないが、五年前に彼が九条により捕えられる前の最後の任務で奪取した物。

 その効能はその時に彼が戦った敵を見て、よく理解していた。

 その薬は短時間でこそあれ、リカバーの効能を飛躍的に向上させる事が判明している。死に瀕した重傷をも何事も無かったように。

 ここまでに全部で三錠あった内の二錠を使っていた。

 一錠目はシャドウとの戦いで負った重傷に対して。

 二錠目がついさっき。

 まだもう一錠ある、これこそが彼にとってのアドバンテージであり、切り札であった。

 これが残っている、すなわち彼はもう一度致命傷を負っても回復出来るのだ。


「おいおいクソガキ。死んじまったのかよ?」


 嘲るような声音で問いかけながらも、その目は冷静に飛び散った血痕を認めている。

 間違いなくこのすぐ近くにいるはず。

 死んでいればそれまでだし、まだ息があればたっぷりと遊んでから殺す。

 そして最期の瞬間を目の当たりにする。

 相手の目から命の灯火が消え失せるのを堪能する。それくらいしなければ気が収まらなかった。

 果たして、


「くけっ、ほうほう生きてやがったか。いいぜ、お楽しみは続行だなぁ」


 零二は駐車場の支柱部分に半ばめり込んでいる。

 満足げに口元を大きく歪めつつ、椚剛が近寄らんとした時、であった。


「ようやくお出ましかよ、ったくおっせェなアンタ。

 退屈で危うく寝ちまうトコだったぜ」


 零二の声。

 同時に彼はめり込んだ柱から一気に抜け出す。

 間違いなく重傷であった、だが信じ難い事に零二は平然とした様子である。


「くけっ。強がるな、全身粉砕骨折したはず。それにこの飛び散った出血量、どう見ても致命的だぜ」


 そう、零二の負った負傷はマイノリティであっても手酷い。リカバーを使ってもギリギリだろうか。

 ならばもっと焦ってもいいはず、だと言うのに。

 椚剛は己が優位を確信しながらも、目の前の相手の様子に不安を覚えつつあった。


「あ、ああ。確かにヒッデェ怪我だよな。普通なら死ンじまうトコだよなぁ、やっぱりさ」


 零二の全身からはとめどなく血が流れていく。その両手は不自然に、振り子のように揺れている。

 その片足はまるで冗談みたいに体積を広げており、そんな状態でどうして立っていられるのかがさっぱり分からない。腹部だって明らかに凹んでいて、複数の臓器が破裂したのは疑いようもない。

 唯一、頭部だけがほぼ無傷であったのは、恐らくは咄嗟に両腕でガードしたからであろう。


 つまり即死こそ免れはしたものの、どう見ても満身創痍。

 リカバーで回復していたのだとしても、その前にもう一撃すれば確実に殺せる。

 それが椚剛から見た相手の状態である。


 だと言うのに、瀕死の少年は問いかける。

「なぁ、一つ聞いてもいいか?」

 平然とした声で問いかける。

「死にかけのクソガキが俺に何を聞きたい? 何でも聞けよ、すぐにぶっ殺してやる」

 何とも言い知れぬ不気味さを感じつつ、返事を返す。


「へっ、――アンタ実は弱ェだろ?」

 その言葉はこの状況下で出せるはずのない言葉。

 少なくとも、自身の現状を把握しているのであれば口に出来るはずのない言葉であった。

「ハァ? なんつったテメ……」

 怒りと共に殺してやる、という思いが急速に膨れ上がった瞬間であった。


 目の前に火柱が上がった。猛烈な炎はその中にいた少年を一瞬の内に包み込む。

 人体発火、炎熱系のイレギュラーを手繰るマイノリティが己の力を制御し切れなかった場合に発生する事故。少なくともそう見えたし、思えた。


「くけっ、くけけけけ。何だよバカだろ? 自爆してさよならって本物のバカじゃないかよ、くけっ」


 予期せぬ結末に思わず哄笑した。

 拍子抜けする終わり方だが、調子づいたガキには相応しい最期だとも思える。

 そう思うと笑いが止まらない。

「はっは、楽しませてもらったぜ。じゃあな」

 そう言いつつ、椚剛がその場を立ち去ろう、とした時である。



「オイオイ、帰るなよな」


 思わずゾクリ、とした。

 背中へ声をかけられた。この場にはもう誰もいないはずなのに。


「勝手に殺すなって、そもそもオレを燃やしたのはお前か? なぁ……違ェだろ」


 背筋が凍り付く。

 バカな、としか思えない。あんな炎、どう考えてもイレギュラーの暴発でしかない。

 ゆっくりと振り返る。

 見てはいけない、そう思いつつも振り返ってしまった。


「く、けっ……あ」


 それ以上の言葉は出ない。

 猛烈な炎の中に人がいた。周囲のコンクリートをドロドロにして、まるでマグマのようにも見えるそんな光景の中心。そこに少年の姿があった。

 ゆっくりとした足取りで、少年はその炎から出て行く。同時に巻き上がっていた火柱も消えていき、少年の周囲へと吸収されていく。


「バカな」


 零二のケガが全て回復していた。

 リカバー、どころではない信じ難い回復力である。

 椚剛の全身が震え出す。

「何だお前? バケモノか?」

 そんな聞く意味もない質問をしていた。


 対して少年は、

「いやいや、……やっとこさ準備運動が終わったぜ。

 どうにもまだ焔を上手く使いこなせてなくってさ。

 オレが誰かって? そういや名乗っていなかったぜ。

 オレは武藤零二だ。

 今からアンタをブッ飛ばすガキの名前だから死ぬ前によっく憶えとけよな」

 そう言いながら獰猛に笑うのであった。



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