表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
79/121

激突ーー椚剛part6

 

 ドガン、という衝突音がした。

 それは爆発音、というより車同士の衝突事故のような音である。

 もしもその音を一般人が耳にしたのなら、ここいらで事故でもあったのか? とそう思うような激しい音である。

 もっとも、これは当然ながら車同士の事故等ではなく、二人のマイノリティ同士の激突した音なのだが。


「ぐぬぬ、このガキがっっっ」

 椚剛は怒気を強め、

「うぐあ、あああああ」

 叫びながらも聖敬は聖敬は一歩も退かない。

 絶対防御、の異名とイレギュラーを名に持つ男は今の状態がひどく不愉快であった。


(この小僧がああああああああああ)


 ぎりぎり、とした歯軋りを立てながら、足を踏ん張ってみせる。

 無論、椚の絶対防御は完璧に機能している。

 目前の敵からの攻撃を″壁″は完全にシャットアウトしている。

 人狼の少年からの突進の威力は、その足元を見れば一目瞭然。ひびが入ったどころか足そのものが既に地面へとめり込み、さらに前へ一歩分抉っている。

 もしも、仮にもしも、であるが絶対防御を展開せずにまともにこの一撃をこの身に受ければまず間違いなく五体バラバラになるだろう事は疑いない。

「てっめぇ、生意気なんだよっっっっ」

 怒声を張り上げ、相手を吹き飛ばさんとする。


 ジリジリ、とした膠着状態。

 周囲が少しずつ、だが確実に破壊、散っていく。

 互いに譲らぬせめぎ合いがそこにあった。


「…………」


 そうした様子を田島は無言のまま凝視。

 彼の目はこれ以上なく細められ、相手の、つまりは椚剛の動きや表情の細部までを決して見逃すまい、としている。

 そう、自分達にとっての勝機を掴む為に。




 時は遡り、

 家門恵美との訓練。

 いつものように彼女に手も足も出ず、地面に大の字で転がっているのは田島である。

 ふと、視線を泳がせて相手の様子を確認する。

 相変わらず息一つ乱してもいない様を目にすると、正直言っていつになったらこの人に一矢報いる事が来るのか分からなくなる。

 そんな少年の思惑を知ってか知らずか教官は話を切り出す。

「いいかい田島君、どんなに強いイレギュラーを持った相手が敵だとしても、勝ち目がゼロって事はないんだ。それは何故だと思う?」

 と言いつつ手を差し出す。

 田島は少しだけ逡巡したものの、その手を取り起き上がると、

「さぁ、油断大敵って事ですか?」

 と素っ気なく返答する。

 我ながらみっともない、とは思っていたがこうまで子供扱いされた自身に苛立っていたのだ。

 家門はその声音に思わず苦笑。クスクス、と声を洩らす。

「笑わないでくださいよ」

 ムッとした顔でそう訴えながらも田島は、先手必勝とばかりに水月蹴りにて家門の足を払おうとする。

 だがそれも通じない。

 家門はその蹴り足を軽く踏みつける。そうして動きを制限した相手の顎先へ手を当てるとそのまま押し倒した。

「ぶはっっ」

 受け身は取れたが完全に態勢は崩れた。そうして相手へ向き直ろうとした時には相手の手が鼻先で寸止めされており、完全に敗北を認めるしか選択肢は無かった。


 ビイイイイ、というアラームが響く。

 これは家門の時間が残り三分、という合図である。


「そうそうさっきの質問の答えだけどね。それは相手もまた人間だからよ。

 いくらマイノリティだの常軌を逸してるって言っても誰もが結局は人間なのよ。だからね……」





 --相手を良く、目を凝らして見る事よ。

 幸いな事にあなたはどんな時であっても冷静に状況を見れるはず。



 そんな言葉が田島の脳裏を巡る。


(そう、今こそがその言葉を信じる時だ)


 そう思って相手を凝視。何があってもその動きを見逃すまい、とする。


 予想外だったが聖敬は全戦している。

 確かに攻撃は未だに通じていない。

 椚剛の絶対防御は完全に手繰り手を守っている。

 展開としては、聖敬が持ち前の筋力を活かした立体的な攻撃で相手を振り回す、といった所だろうか。




「ふううっっ」

 聖敬は、息を吐くような声と共に飛び上がる。

 飛び回りつつ、相手の四方から爪で切りかかり、拳で殴りかかり、飛び蹴りを見舞ったり、と次々に攻撃を放っていく。

 威力よりも速度を重視したのか、流石に攻撃に重さは感じないが、それでも充分だった。

 何故ならば、今の聖敬の目的は時間稼ぎなのだ。


 さっきの正面衝突は、結果として聖敬の粘り勝ち、だったと言える。正確には相手が「ちっっ」と盛大な舌打ちをして僅かに一歩分だけ、後ろに飛び退いたのだ。

「小僧がっっ」

 付き合いきれん、とでも言わぬばかりの苛立ちを込めた視線を向けてくる。

「--!!」

 椚が仕切り直しを図ったのは失策であった。

 たったの一歩、だが彼は後ろに引いてしまったのだ。

 未だに無傷、何の精神的な披露も感じない。

 客観的に判断すれば、この場に於いて誰が一番余力を残しているか、誰が勝利を得るかは明白であろう。


 だがそれはあくまでも第三者からの視点でしかない。

 今、この場で対峙している、……つまりは主観的に互いを見ているモノ同士としての判断は必ずしもそうとは限らない。

 確かに聖敬は、圧倒的に不利であった。

 自分の攻撃では相手の壁は突破出来ない。

 それは自身が一番、その身を以て理解している。

 だが、それでも、だ。

 さっきの激突で目の前の相手は間違いなく一歩引いたのを目にした。

 そこにあるのが戦術的な判断であろうが関係無い。

 大事なのは自分が″譲らなかった″事実だ。

 なら、相手の注意を自分にだけ向けさせればいい。

 そもそもこの戦いは、


(僕は全力で攻撃し続けるだけだ、突破口は田島が絶対に見つけてくれるはずだから)


 彼が一人で行っているのではないのだから。




「クソ、クソッッ、ちょこまかとしやがるぜ」

 椚剛の怒りは完全に沸点に達していた。元来、気の長い性質ではなかったものの、自分の弱点については一応理解はしていた。

 頭に血が昇りやすく、すぐにカッとなる。

 冷静さを失い、そこを付け込まれる。

 それがかつて五年前、あの時に自分が最終的にシャドウに倒された原因である事は何よりも自分が理解している。

 かの九条羽鳥は言っていた。


 --イレギュラーにせよ、それを担うマイノリティにせよ結局は自分自身なのです。イレギュラーとは即ち自分の精神の表現、具現化です。

 如何に強力な力を持っていても、それを完全に引き出せるとは限らないのです。

 強くなりたいならば、まずは自分自身との会話をしなさい。


 常に上から目線の上司だった。

 全てをお見通しとばかりに、先手先手を打ち、気が付けば追い込まれている。

 結局、そのイレギュラーが何であったのかは最期まで分からずじまいであった。


「だがなっっっ」


 椚は壁を一気に周囲へと押し広げる。

「くあっっ」

 その不可視の見えない壁は聖敬をアッサリ吹き飛ばす。ガツンと鈍器で殴打されたような痛み。ひょっとしたら骨の何本かは粉砕したかも知れない。

「う、くぐ」

 だが聖敬は止まらない。すぐに態勢を整えると弾丸のような勢いで再突進をかける。

「なにっっ」

 怯んだのはむしろ椚である。

 倒せるとは思っていなかったとは言えど、今の反撃でダメージは与えたはずだ。実際、人狼が呻き苦しむのをこの目で確認もしたのだ。

 どうにも上手くない状況を一度整えよう、そうした判断で弾き飛ばしたのに。

(なぜこいつは怯まない、恐れない?)


 我に返ると、空を切るような拳が目前に迫る。


「おのれっっ」


 絶対防御による壁を展開。それも幾層にも重ねて。

 これで大丈夫、そのはず。


 ガッッッッツン。


 拳が壁に激突、壁に当たったその拳からは幾筋もの血がほとばしっていくのが見える。

 聖敬の表情が苦痛によって歪むのが分かる。間違いなく拳は砕けたに相違ない。


(くけっっ、ざまあねえぜ。これでお前のターンは終わりだぁ)


 椚は自身の勝機を、その完全な機会を掴んだと思った。

 だが、


「うああああああ」


 人狼の少年はそれでも退かなかった。

 左拳が砕けたのならば、未だ無事な右を使えばいい。

 そう言わんばかりに続けざまのストレートを放つ。


 パキ、


 その音は聖敬にも田島にも聞こえない音。

 何故なら、それは不可視の壁を展開している本人にだけ聞こえる、否--感じ取れる感覚の様なもの。

 それは極々小さな音。

 だが紛れもなく彼の壁に、絶対の壁に″亀裂″が走ったものである。

「ん、な……なめるなっっっ」

 椚は一瞬激高する事すら忘れていた。

 自分の壁に起きた事実が理解出来ずに放心したのだ。

 聖敬の表情には苦悶に満ちている。

 彼は気付いていない、だが当然だ。所詮は幾層もの薄い壁の一枚、たったそれだけに小さな亀裂が入ったに過ぎないのだ。

 未だ自身は全くの無傷。

(何を焦る必要があるか!!)

 そう、問題などない。気にするな、まぐれに過ぎない。と、そう自身に言い聞かせて反撃に転じようと動き出す。


 パキキ、


 亀裂が広がった音。

 だが聖敬はまだ攻撃態勢に入っていない。

 なら誰が、と椚剛が思った時である。


「なにぃぃっっっ」

 彼の壁に無数の槍が突き立っていた。

 大小様々でその穂先なども違う幾重もの槍。

 それが彼の胸部めがけて集中的に放たれていたのだ。

 丁度聖敬の右ストレートが命中したばかりのそこに。


 それは田島の新たな能力、いや自身のイレギュラーの進化系、特定の武器をその場で作成し解き放つ。

 昨日、赤毛の生徒会長の死に際して目覚めた技。


「【ホロウろなる抵抗リゼスト】」


 そう名付けた己のイレギュラーによる技。

 虚像を現実へと昇華させる虚ろなる牙。


 彼は冷静に、親友の窮地を理解しながらも耐えた。

 ただひたすらに、一心に対峙する敵の一挙手一投足を観察した。

 中でも彼が重視したのは椚の表情。

 見たところ相手は感情的になりやすい性質だと思える。

 だから変化が起きるなら、必ずその表情に何らかの予兆が生じるはずだ、とそう睨んだのだ。


「やっぱりな、そういう事か」


 今、田島は確信していた。

 相手に何らかの異常事態が発生した事を。


 その表情の変化はほんの一秒にも満たない一瞬。

 身体能力に優れた聖敬や武藤零二であれば或いは、……だが集中した上で注意深く観察して、ようやく気付いたかも知れないような刹那の変化を…………、

 それを彼は見逃さなかったのだ。


 まさしく驚異的な集中力。

 これも田島が自身のイレギュラーの精度を高める為に養い続けてきた日々の努力の賜物による副産物。


 ピシビシミシミシ、

 亀裂はいよいよ壁の一枚を破砕。

 たった一枚、それも幾層にも重ねた薄い壁。されど一枚の壁は間違いなく--砕け散る。

 それはまさしく椚剛にとって屈辱的な出来事であった。


「くっそガキ共があああああああ」


 椚は心底からの叫びをあげながら、絶対防御の壁、つまりは他者と自分との絶対的な距離感を、隔絶の象徴を自身の全力を以て発露させる。

 不可視の壁、だがその内包したエネルギーの凄まじさは聖敬に田島にも伝わる。

 ほんの一瞬の勝負。

 たった一手の決着。

 薄い幾層もの壁は砕かれたが、それ以上に圧倒的な分厚さを誇る壁が展開される。

 バキバキ、と地中から迫ろうとした無数の槍はそのまま地中にてへし折られる。

 聖敬の拳もまた弾かれようとしている。


「このままくたばれガキ共ッッッ」


 男の咆哮にも似た声と共に壁は二人の敵を圧殺するかに思えた。

 これで勝った、とそう絶対防御の担い手は確信を抱いた。


 だが、

 彼は失念していた。

 この場にもう一人、攻撃能力を有した人物がいる事を。

 痛打を受け、意識を失い、無力化したと思い込んでいた少女の存在を。

 そしてその彼女に攻撃のチャンスを伝えた眼鏡の少年の存在を。


「今だ!」


 進士のかけ声。 ″アンサーテンゼア″による予測でこの可能性にいち早く気付いた彼もまた待っていた。

 椚を倒せる可能性を。


「く、そっっっっ」


 見る見る内にその表情を変える椚剛。


 いつの間にか意識を取り戻したその少女が、目にした光景から、それ以上に耳にした心音等から瞬時に状況判断を下せるだけの冷静さを保持している事など、ましてや昨日まで敵対関係にあった相手の言葉を信じるとは彼には想像だに出来なかった。


「ああ嗚呼アアaaAA----!!」


 その″音″は即興で出したモノ。お世辞にもその精度はいいとは言えず、本来ならばとても使い物になどなりそうもない一声。


 だがそれでも充分。

 言うなれば普段彼女が発していた音とはつまる所、彼女が周囲へ被害を出さない様に、音域を調整、狙いを定め、色々と制限をかけたモノなのだ。

 対して今、

 彼女が--桜音次歌音こと星城凛が発した一声はそうした様々な制限を全て取っ払った純粋な破壊の為だけの音の爆弾。


「ぐううううううううあああああああ」


 絶対防御に全ての意識を集中させる。

 不可視の壁に不可視の音の爆撃が襲いかかる。


 ミシミシ、とした感覚は壁にかなりの負担が掛かっている証左。

 強烈な威力だが、椚は何とかこらえてみせる。


「今だ行けっっクソ兄貴っっっっ」

 凛の叫びに聖敬は迷わず身体が動いていた。

 大きく足をふみだしながら、頭を大きく振り上げ--そのまま渾身の頭突きを見舞う。


 バキ、バキキッッ。


 ガラスが割れるような音はさっきまでとは違う。

 何故なら、それは聖敬や田島、進士や勿論凛にもハッキリと聞こえたのだ。


「な、っっっっ」


 椚剛は自身の壁が完全に砕けるのを呆然とした表情で見ている。

「うおおおおおおお」

 聖敬が雄叫びにも似た声を張り上げながら向かっていく。

 そして椚剛は正気に返った。

「ちくし--」

 罵倒の言葉を言い終わる間もなく、音が槍が頭突きが壁の向こうの男へと襲いかかるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ