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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
78/121

激突ーー椚剛part5

 

 ドシン、という鈍い音がした。

 それは丁度、何か重さのある物を投げ落とした様な音だ。

「ぐあっっ」

 呻き声をあげつつ、転がるのは田島である。

 ここはWG九頭龍支部のトレーニング室。

 表向きは病院であるこの支部に於いて唯一といっていい、自分達の本来の能力を自由に行使出来る場所。

 地下にあるこの場所の広さはサッカー場程もあり、事前に予約しておけば貸し切りも可能である。


 それで今回田島の戦闘訓練の相手であったのは、副支部長の家門恵美。

 ちなみに家門は自身のイレギュラーを全く用いていない。

 理由は単純で、まずは田島のインビジブルサブスタンスが直接的な攻撃能力を有していない事が一つ。

 それから単に彼女のイレギュラーは銃を作成する能力。なのでここでの訓練は近接戦闘メインなので敢えて使わないが二つ目。

 あとはイレギュラーを使えば互いの実力差が開き過ぎる、というのが三つ目だ。


 とは言え、家門の強さは支部内でも有数のもの。

 そもそも防人の中でも暗殺者として育てられた彼女は様々な技能を身に付けている。

 拳銃による射殺を主な手段としている彼女ではあるが、場合によっては銃を用いる事の出来ない状況というのも有り得る。彼女の父親はそうした様々な状況に応じた柔軟性を娘に叩き込んだ。

 父親としては失格であったが、指導者としては随一であったと最近になって彼女はよく思う。

 その結果、今では彼女は実質的な戦闘教官としての立場を築いていた。

 その戦闘技術は現支部長である井藤も舌を巻く程のもので、

「いやいや、彼女なら【戦闘部隊(ストライク)】に入っても全く遜色ありませんね」

 とその強さを手放しで評価した位だった。

 もっとも戦闘部隊出身とは言えど井藤の場合、近接戦闘は不得手らしいのだが。


「さて田島君、もうへばったかな?」

 家門は涼しい顔で倒れた田島に声をかけている。

 ぐったりと倒れたままの当の本人は、横目で今の時刻を確認する。

 夜の八時だった。

 訓練を始めたのが七時半過ぎなので大体三〇分。

 これまでに散々宙を舞い、転がされた。

 はーはー、と荒い息づかいをしている自分とは違い、家門はわずかに汗を滲ませる位で呼吸は全く乱れていない。

(あー、みっともないな)

 思わず苦笑しながら、その派手めな茶髪をガシガシと手で掻く。

 元々、戦闘時に少しでも仲間を、いや親友だと思っている聖敬の助けになれるようにと思って始めた訓練ではあった。

 ちなみに聖敬にはこの訓練は内緒にしている。

 もしも自分がこんな事をしている、と知れば彼はきっと止めるだろう。


 --そんなムチャするなよ。僕がもっと頑張ればいいんだから。


 そんな事を口にするのは明白だ。

 それは親友の本心だろう、自分に親しい人間が傷付くのが怖い、そういう思いからだろう。

 何処までも甘っちょろくて、心配性な親友。

 田島はこれまで本当に本心から自分の心根を明らかにして来なかった。

 自分が天涯孤独で、いつ死ぬか分からない。

 それに各地を転々としてきたからか何処か冷めた目で周囲を見ていた事も多分に影響しているのだろう。


 イレギュラーとは自分という存在の合わせ鏡のような部分があるのだそうだ。

 その発現する能力はマイノリティの内面によってある程度決まるのだそうだ。

 だから思ったのだ。

(この虚像が自分なんだ)

 所詮は本当の繋がりを持たずに来た男。

 だから、あんな空虚な子供騙しのようなイレギュラーが発現したのだろう、と思ったのだ。

 本当の人と人との繋がりを持たない愚か者には相応しい、ずっとそう思っていた。


「でも、違うんだよな」


 ゆっくりと、だが力強く立ち上がる。


「ん、そうか」

 家門は田島の様子に感心の声を上げる。

 それは彼女の正直な本心であった。

 目の前にいる少年エージェントは優秀ではあったが、以前から思ってはいたのだが、彼はどうにも他人との間に壁を作っている様に見受けられた。

 それは多分に自身のイレギュラーに起因する問題であろう、とは察してはいた。

 何せ、イレギュラーは自分の内面を全てでは無いにせよさらけ出すモノなのだから。

 彼女自身も長ずるにつれて劣等感に苛まれた経験もある。

 実質的な父親であった菅原。

 彼はたくさんの身寄りのない子供達を育てていて、そんな中自分は普通ではなかった。

 他の兄妹たちは誰もイレギュラーなど扱えない。

(わたしはひとりぼっちだ)

 そんな思いに押し潰れそうにもなった。

 だがそんなのは自分の勝手な思い込みに過ぎなかった。

 一緒に育った兄妹達には共通点があるのは随分と後になって知った。


 それは皆がイレギュラーによって家族を失った、という経験。

 普通なら記憶を消すのが常道。

 だが、彼ら彼女らはそれを望まなかった。

 そしてその記憶と共に生きる、と誓ったのだ。


 皆は後になって教えてくれた。

「ほんとは知ってたんだ。恵美がマイノリティだってさ」

 八つ年上の長兄はそう言った。

「でもさ、誰も恵美を嫌がらなかったんだよ」

 七つ年上の長女ははにかみながら言った。

「だって、恵美は恵美だろ。怪物なんかじゃなくて僕たちの兄妹だ」

 一つ年下の弟は照れながら言った。


 皆が自分を受け入れてくれた。最初から、とっくに受け入れてくれていた。

 それを知った時、理解した時、家門恵美は真に変わった。


 そういう意味では本当に自分は恵まれていた、そう彼女は思う。

 そしてそういった経験を目の前の少年はまだ知らないのだ。

(でも、ようやくキッカケを掴んだのね)

 そう思うと嬉しいものだ。だからこそ家門は田島の希望通りに訓練をしている。

 多分、今が彼が変われるかどうかの境目なのだろう。


「田島君、今度はこっちからいくから」

「お願いします」


 そうして訓練は続いていく。

 それはほんの二か月前の事。

 彼の親友が、同じ”世界”に足を踏み込んだ頃の話。



 ◆◆◆



 正直な所、勝機などは全く見出せなかった。

 それ程に互いの戦力差は明白であった。


「でも、退けないよなキヨちゃん」

 敢えて軽口で呼ぶ。

「…………ああ」

 親友からの返事はたったそれだけ。


 命のやり取りを、それも分の悪い勝負。

 いや勝負にすらならない可能性が濃厚な相手。

 ちらりと横目で聖敬を見ると、その目にははっきりとした戦意が窺える。

 さっきあれだけやられた事実など今の彼には恐らくは無意味なのだろう。

 それは、彼にとってそれ程に義妹たる星城凛という少女の存在が如何に大きいかの証左であろう。


(ちぇ、こんな状況でも、勝ち目なんかないって分かり切ってるってのにまだああだこうだって、考え事かよ。ったく、細かい事を考えるな)


 頬を両手で勢いよく叩き、気合いを入れる。


「分かった。俺も腹を括る、だからキヨちゃん。

 ……あいつブッ飛ばすぞ」

「ああ、一緒にな」


 そうして二人は相対する敵を見据えた。


 対する椚剛はその二人の様子を目の当たりにし、

「くけっ、なんだなんだ? やる気出たみたいじゃないかよぉ。二対一でも全然構わないからかかってこい」

 満足そうに喜色ばむ。

 彼としては、これは自分が勝つのが分かり切っているゲーム。

 少なくとも聖敬に関して見れば、確かになかなかに強いとは思う。恐らくは人狼であろうか、変異したその速度は相当なモノ。攻撃力もそれに準じるモノだから、普通に考えれば充分に脅威であろう。

 だが、それでも通じないのは先刻で理解した。

 それから聖敬からもう一人、つまりは田島へ視線を移す。

(で、もう一人のチャラいヤツがさっき俺を騙しやがったヤツだろうな)

 さっきはまんまと出し抜かれた。

 おかげで仕留めたはずの人狼少年を取り逃がし、今にいたっている。

(とは言っても、油断さえなければ問題ないな)

 そう、あくまでも彼の知る限り田島のイレギュラーは幻覚。普通であれば視覚を奪われる、または狂わされる可能性がある以上、むしろ聖敬よりも要注意なのかも知れない。

 しかしそれはあくまで普通ならば、である。


「くけっ、かかってこい。俺から仕掛けちまったらあっけなく終わっちまうからな。

 分かってるだろ? お前らじゃ俺には勝てねえ。

 だからよ、せいぜい足掻けよ。俺をたっぷりと楽しませろよな」


 その言葉通りの余裕。

 そう、彼のイレギュラーである″絶対防御アブソリュートプロテクション″はまさしく無敵。

 唯一対抗出来たであろう、シャドウはもういない。

 実際には対抗出来るイレギュラーは探せば有るかも知れないものの、そんな奴がいるならば見てみたいものである。

 そうしたらギリギリの瀬戸際での殺し合いを楽しめるのだが。

 そう、これは勝敗の決まったお遊び。

 如何に自分を楽しませる事が能うか、というお遊び。



「あのさキヨちゃんよ、悪いけど少しばかり俺は様子見させてもらってもいいか?」

 田島がボソリ、とそう尋ねる。

「構わない、僕はただ向かっていくだけだ」

 聖敬はそう応じると、肉体を変異。その手足を膨張させると目前の敵へ一直線に突進をかける。

 バン、と大きく地面を蹴り出した半狼少年は相手との距離を一秒に満たない時間で一気に肉迫。肩を突き出してのぶちかましである。


「くけっっっっ」

 対して椚も動く。

 と言っても彼はその場で小さく地面を足を踏みつけただけ。

 たったそれだけの動作で充分、相手を遮る″壁″は発現する。

 実際にはそんな動作など必要ではなく、意識するだけでも充分なのだが、……そこは気分の問題である。

 ガツンとした音は重々しく、まるで車の衝突事故の如き破壊力。

 だが通じない。

「う、っっっ」

 むしろ壁の発現で聖敬の身体が後ろへ強制的に押し退けられた格好である。

 その五体に感じた衝撃は、まさしく車の正面衝突にも匹敵。ミシミシ、とした軋みは悲鳴の様にも思える。

「ぐあ、ああああああああああ」

 だが退かない。

 聖敬はその場に踏み留まる。さらに全身の筋力を総動員。それはさながら相撲、いや本人からすれば暴れ牛同士の角を突き合わせての勝負、であろうか。

「くけっ、おいおい随分とまた生意気じゃないかよ。俺と真っ向勝負ってかぁ----ああん!!」

 声を張り上げた椚もまた退くはずもなく、今度は大きくハッキリとドン、地面を足で踏み込んだ。

「ううううぐぐぐぐ!」

 正面からぶつかる聖敬の肩には、見えない″壁 からの圧力が一層強まる。

 さっきまで以上に強烈な圧力。

 ズザザザザ、と押し出され、ゆっくりと足が地面を抉っていく。

「てめ、生意気にも程があるぜ。まだ踏み留まるのかよっっっっ」

 思いの外踏ん張る相手に、椚は苛立ちを隠せない。

「僕は、負けない。あんたをぶっ飛ばしてや、るっっ」

 聖敬はぐぐ、と声を上げつつも耐えてみせる。

 気を抜いたら一瞬で吹き飛ばされそうな圧力。

 おまけにピシピシと何か亀裂でも入っていく感覚まで覚えるが、耐える。

 彼もまた本質的に理解しつつあった、マイノリティ同士の戦いというものの性質を。

 精神的に負けてはいけない、つまりこの場合は一歩も引いてはならないのだと。


 そして、

「…………………」

 田島はその様子を冷静な目で見ていた。

 朧気ながらも見えてきそうな勝機を見逃さない為に。


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