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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
77/121

激突――椚剛part4

 

 ドガン、という轟音は自販機が冗談みたいな速度で吹き飛んだ音である。

 宙に舞った自販機からはバラバラと中身、つまり各種缶ジュースやペットボトルが巻き散っていく。

 それだけではない。


「クソったれが!!!」

 それを行った男、椚剛は怒り心頭であった。

 それも彼にとって簡単に踏み潰してその感触を堪能するはずであったのに、その楽しみが目の前から逃げ去ったのだから。

 あの少年と、遠距離からの攻撃を仕掛けてきた何者か以外にもこの場には他にも敵がいたのだ。

 しかもその相手は姑息な事に自身で戦う事なく幻覚か何かで惑わせ、その間隙を突いて逃走したのだから。


「ち、後遺症を感じない所から察するに、どうやら毒とか何かじゃなくて【視覚認識】を狂わせた、って所か」


 指や首をゴキゴキ、と鳴らしながら自身の体調の確認をする辺りはこの男が激昂こそすれども、最低限の冷静さは損なっていない事の証左であり、この男がここまで生きて来た要因であろう。


 RRRRR。


 と、そこに一本の電話が入った。

 その相手は分かり切っている。この電話にはその人物のアドレスしか入っていないのだから。

 楽しみの最中にこうしてわざわざかけてきたのは、それなりの理由があるのだろう。


「もしもし、何だリチャード? 今、お楽しみの途中だぞ」

 不機嫌さを隠す事もないその声音は気の弱い者なら泣き出すようなドスが利いている。

 もっとも、

 ――そうかい? だとしたら謝罪しとく。

 相手がそんな機嫌を気にする様な性格であれば、だが。

「で、何だ。つまらねえ用件なら切るぞ」

 ――ああ、待った待った。多分、今君が追いかけっこに乗じてる相手に関する情報だよ。

「ああ、星城聖敬ってガキなら知ってる。生意気にも俺から逃げやがった」

 ――違う違う、そっちじゃないさぁ。もう一人の方、そうさな君に遠距離から邪魔してきた相手の話さぁ……で、聞くかい?

「……話せ。手短にな」

 ち、と舌打ちしながらも、眉尻を動かすのであった。



 ◆◆◆



「あんたを味方だと思えない」

 凛はハッキリとそう言った。

 後見人であった西島迅曰わく、彼女は今ではWGでもWDでもないただのマイノリティだそうだ。

 正確には昨日の段階で彼女の身分はフリーランスになったらしい。

 だから別段、相手がWGの一員であっても今や敵対する理由にはならない。あくまでも理屈上では、だが。

 とは言えど、彼女にしろ彼、つまりは目前にいる進士にせよ互いに一度張り付いたイメージというモノはそう易々と払拭出来るモノではない。少なくとも凛にとってはそうだ。一朝一夕でそうそう己の立場の変化を受け入れる事は出来ない。

 それがどうだ?

 目の前の相手、WGのエージェントはそんな事情等気にする様子すらなく自分を味方、そう言い切るのだ。


(これじゃまるでこっちが子供扱いじゃない)


 そう思う事自体が彼女が如何に年不相応な人生経験を積んで来たとしても、根本ではまだ一三才の少女である証左なのだが。


「まぁ、落ち着いてくれ。聖敬なら無事だ。

 仲間が、一の奴が助け出した。何なら確認をとっても構わない。流石に電話は危険だがメール位なら大丈夫なはずだから」

 進士はあくまでも冷静に、理性的に凛へと声をかける。

 実の所、これは彼にとってもリスクのある行為と言えた。

 何せ相手は、これまでその存在自体が全く発覚しなかったWDエージェントだ。

 噂ではその存在を聞き知ってはいたがWD九頭龍支部の長たる九条羽鳥にはその直属たる極秘部隊、その一員でまず間違いはないはずだ。

 今は京都にいるらしいあの深紅クリムゾンゼロ異名コードネームを持つ武藤零二。

 彼がその一員であるらしい事は知ってはいた。

 仮に百歩譲って如何に彼が優秀であったにしても。

 たがいの任務で幾度となく出し抜かれたのは、彼が任務に際して正確に情報を把握していた事の証左であり、それはつまりは彼が支部長である九条羽鳥の直属である事実を示す。


 全員で数人いるとされる共通するのはたった一つのみらしい。

 それはただ強い事。何かしらに特化したマイノリティが所属出来るそうだ。

 そういう意味で判断するならば、まず間違いなく星城凛も合格しているであろう。彼女のイレギュラーは極めて強力であるのは昨日の件だけで充分理解している。

 恐らくは ″音使い″。

 その存在そのものは聞いてはいたが、実際恐るべきイレギュラーであるのは明白だ。

 何せ音という″不可視″のモノを弾 、或いは砲弾として発射するのだ。

 そして威力も強い。まさに一撃必殺。

 間違っても敵対して勝ち目のある相手ではない。


「…………敵じゃないって証拠は?」

 凛の目にはあくまで疑念の文字が浮かんでいる。

 敵とは限らないかも知れない、だが味方であるとも現状では確信出来ない。

 判断基準はあくまでも彼女の主観でしかない。

「証拠はない、君が求めているモノが僕には分からないからな。でも、とりあえずはここから移動しないか?」

 その意見には凛も納得した、だから素直に進士の後をついていく。

 そう、いずれにせよここにいつまでも留まるのには危険が伴うのだ。

 あの凶悪な椚剛という男は危険な相手だ。

 下手にこの場にいると、相手に居場所を特定される可能性がある。

(でも、場所を特定されるようなヘマはしてないけど)

 そう、彼女の攻撃は不可視。だからそうそう相手に居場所を察知もされない…………、


「よぉ、さっきはやってくれたじゃねえかよ」


 はずであった。

 だが、男はそこにいた。

 階段を降り切ったその場所に。

 一見すると平然とした面持ち、だがその目からは抑え切れない殺意がありありと見て取れる。


「な、ん」

 凛がそう言い終わる前に相手は仕掛けて来た。

 がつん、という音と共に地面が吹き飛び、その破片が襲いかかって来る。

 それは椚にとってはただの遊びの様なもの。ほんの戯れ。

「く、あっ」

 進士はそれをまともに喰らって吹き飛ぶ。

 その一方で、

「AAHH――――――」

 凛の方は咄嗟に”音”を発してそれを迎撃。

 全ての破片を瞬時に打ち砕き、逆にその細分化されたモノが椚へと向かっていく。


「くけっ、ああ。やるな音使い」

 実に楽しそうに男は喜色ばむ。

「でもよぉ」

「あ、うっっ」

 同時に繰り出された蹴りが凛の腹部を突き刺す。

 当然ながらその蹴りは普通ではなく、彼のイレギュラーにより見えない壁に覆われた一撃。

 後ろに飛び退いてはみたが間合いを図れず、まともに攻撃を食らった凛の華奢な身体は簡単に地面を転がっていく。


「くけっ、甘えよガキ。こんなんじゃ楽しめそうにもないじゃないか」

 蹴り足を無造作に突き出したままで椚は笑う。

 本当に隙だらけ、誰の目にもそう見えるに違いない。

 パパン、

「ああ?」

 椚は怪訝な表情でその音がした方向へ振り向く。

「くそ、やっぱり効かない、か」

 そこには苦々しさを隠さず下唇を噛む銃を構えた進士の姿。

 彼には咄嗟に観えたのだ。地面が破砕され、破片が凛へと襲いかかる様を。

 自身のイレギュラーである″不確実アンサーテンなそのゼア″により。

 だからこそ、進士は攻撃よりも早く動いた。

 災禍が間違い無く自分にも襲いかかる事も容易に想起出来たからこそ、破片が飛び交う前には自身から後ろへと飛び退いたのだ。

 とは言え、流石に破片の直撃、を完全に避け切れはしない。幾つもの破片は実際に彼の額を、頭部をあっさりと割る。幾筋もの血が滴り落ちる、痛みが走る。

 椚は目の前の進士には全く注意を向けなかったのは、この凶悪な男にとってあくまで獲物は星城凛、という少女であって、その側にいた誰かになど何の関心も抱いていなかったのだ。

 だから、この銃撃は完全に、完璧なる不意打ち。

 実際、椚剛は撃たれるまで全く進士に気付く事は無かった。

 拳銃に装填された対マイノリティ用の特殊弾丸は、本来ならば相手の身体を撃ち抜き、その臓器を損傷させるはずであるのだが……その効果は見るも無残に砕け散った弾丸を目の当たりにすれば一目瞭然、全く効果は無かった。

「何だよてめえ、横からチャチャ入れるってのか」

 侮蔑と殺意に満ち満ちた視線。

 並みの精神の持ち主であれば、その目だけで死ぬのでは、と思える程の悪意。

 だが、進士は怯みはしない。

「く、ならこれなら」

 いや、正確に言うのであれば彼には、敵である椚の目など見ている様な余裕等皆無であった。

 何せ、そもそも勝ち目等全く有り得ない状況だ。

 戦う、勝つ、そんな甘い目算等持ち合わせてはいない。

 カラカラ、

 甲高い金属音は、小さな筒状の何かが椚の足元に向けて転がる音。

 そして椚は見た。それを下手投げで地面へ転がす雑魚の姿と、その指先にあるピンを。

 そう、それは軍仕様の手榴弾。

「はぁ、そんなもんで--」

 そう言い終わる前にそれは破裂した。

 しゅうう、と白煙を上げるそれは発煙手榴弾スモークグレネード。当然ながら殺傷性はないものの、その巻き上げる煙の勢いはかなりのものであり、椚の視界が真っ白へと変わった。


「ち、こざかしい真似をしやがる--!」

 確かに視界が不明瞭ではある。

 意表を突かれたのは事実である。

 とは言え、煙は絶対防御の壁には達しない。

 構わずに飛び込むように前に突っ込む。

 きっと相手はこの目くらましの隙に逃げるに違いない、そう思ったからだ。


 だが、コツンと。

 絶対防御の壁は何かを弾く。足元に何かがある。

 それはさっきとはまた別の手榴弾であった。

「て、めっっっっっ」

 それは即座に破裂。

 ただしそれが発するのは白煙ではなく、激しい光と音が轟き輝く。つまりは閃光手榴弾フラッシュバンであった。

「ぐ、ぐあがっっ」

 椚は思わぬ反撃に思わず呻く。

 視界は奪われ、聴覚も狂わされ、思わず前後不覚に陥る。

(よし、)

 その様子を確認した進士はまずは安堵した。

 相手が怯んだのを見計らい、今度こそ動き出す。

 倒れて意識の無い凛を担ぎ上げると走り出す。

 その際、改めて発煙手榴弾をバラまき、視界を敵の視界を完全に眩ませた。


「て、めぇぇぇッッッッッ」


 椚剛の怒号が轟いた。




「ハァ、ハァハァ」

 進士はひたすらに走った。

 自分がしたのはあくまでも時間稼ぎ、一時凌ぎでしかないのは理解している。

 心臓が恐ろしく早く脈を打っている。

 如何に追い詰められていたのかを今更ながらに実感、理解した。

(けどムチャをした甲斐は、収穫はあった)

 そう、今の出来事でハッキリした事がある。

 椚剛とて決して無敵ではないのだ。

 確かにイレギュラーは通じなかった。

 そう、攻撃的なイレギュラーは。


 キッカケは田島がインビジブルサブスタンスでの幻覚、虚像であの相手を出し抜けた事からだった。

 あの光景を確認した進士には、それが一種の突破口になるのでは、と思えた。

 だからこそ試したのだ。

 結果として、視界を奪う事は可能であると分かった。

 抱えている少女の放つ不可視の音は防がれたが、さっきの反応を見ている限りでは、閃光手榴弾の発する音にも反応していたかも知れない。

(防がれたのは超音波だからか、それとも、防げるのは何かしらの制約でもあるのか?)

 進士の思考は、脳細胞はあの相手とどう戦うべきかに意識が傾けられていた。


 そう、糸口が掴めそうだと思えた。

 そして、あれだけの強力なマイノリティがこれまで何故知られなかったのか? という疑念を抱く。


(もしかして、拘束されていたんじゃないだろうか?

 ……だとすれば倒す方法だってあるのか?)


 そう、考え至った時である。


「あ、………………れ」


 気が付けば宙を舞っていた。

 その身体は何かに弾かれたかのように軽々と飛んでいた。

 勿論、進士は空を飛んだりは出来ない。

 そう、これは攻撃であった。

 敵の姿を視認は出来ない。

 だが、周辺の建物が一斉に壊れているのは見えた。


「くそ、…………っ」


 そうして進士は地面に引き寄せられて激突。

 強かに全身を打ちつけ、衝撃で意識は喪失した。


 それから数秒後。

 明らかに、不機嫌なのを隠す事なく男は来た。


「ち、雑魚が手間取らせやがってよ」


 吐き捨てる様な口調。

 椚剛は出し抜かれかけた事に激しく苛立っていた。

 そう、彼は前後不覚だった。

 実際、相手が何処に逃げたかなど知らない。

 だから、全方向へ攻撃をかけた。

 四方へ″自分を覆う壁を一気に拡大″し、押し潰したのだ。射程範囲はおよそ二〇〇メートル程であろうか。

 そうして進士を吹き飛ばしたのだ。

 強力故にそうそう幾度も使える手ではなく、消耗もそれなりにあるのが欠点だろうか。


「ち、まだ殺せねえな。コイツらは餌にするんだからよ。おい起きろ--この雑魚ヤロウ」


 気を取り直した椚は気絶した進士を起こしにかかる。

 そして幾度かの尋問をして、合流場所を知るのであった。


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