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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
74/121

激突――椚剛part1

 

「くけっ、くくく。どうしたどうしたぁ?」

 狂ったように歓喜の声をあげる何者かの姿。

 ざしゃ、ざしゃ、としたゆっくりとした足取りは彼が今、心底からこの状況を楽しんでいる事を指し示す何よりの証左である。

 彼が通った跡に残されるのはただ無残の一言。


 それは例えるならば、局所的な自然災害のような有り様である。

 コンクリートの壁は粉々に崩れ、アスファルトは削れている。

 何十台もの車が横転、または衝突事故でもあったのが大破しており、黒煙をあげながら火が燻っている。

 そして何よりも目立つのは無数に倒れ伏した人、もしくは人であったものの残骸であろうか。


 彼らが何者であるかは、着ている制服から判断するに、警察官であり、機動隊らしい。

 彼らはまるで爆発にでも巻き込まれたかのようにあちこちに吹き飛ばされており、それはまるで何かを中心にして放射状に転がされている。


「おいおいおいおい、こんなモノか? これじゃあ、街の安全を守るなんてのはどだい無理な話だぜ」


 近くに倒れてた警察官の身体を踏みつけながら、椚剛は心底愉快そうな笑みを浮かべていた。

 彼はこの破壊された風景がたまらなく好みであった。

 何かが燃えている臭い、人がまるでモノのように転がってピクリともしない姿。

 車はぶっ壊れて鉄屑へと変わり、建物はいつ崩れるかも分からない状態。

 ついぞさっきまで生きていた、謳歌していたモノを思い切り踏み躙り、廃墟のような有り様になる様子を最前列で、特等席で眺めるのがたまらなく愉快だった。


 今、彼がいるのは九頭龍駅前である。


 彼は気ままに散歩を楽しむように行く先々で破壊の限りをつくしていく。

 一般人がいようとも何の躊躇もなく、イレギュラーを行使して巻き込んでいく。

 既に死者は数百に達しており、もうこれはテロ事件とも云える状況であった。

 彼はリチャードから気が向いたら連絡を取り、何処に多くの人間がいるのかを聞きながらそこへ向かい、破壊して立ち去る、を繰り返す。


 そして今、彼は駅周辺を封鎖していた警官隊を壊滅させたのだ。


 いきなりそこらにあった車を”絶対防御アブソリュートプロテクション”で彼らに向けて吹き飛ばしてみせた際の驚愕の表情がたまらなかった。


 ――動くな、抵抗すれば射殺する。


 そんな甘っちょろい言葉を発していたのにも笑えた。

 そんな警告なんぞせずに、拳銃でも何でもブッ放せばいい。

 その方が派手で踏み潰すのも楽しいのだから。

 そんな事を思いながら、十数人を潰してみせる。

 流石に相手がマトモじゃない、と理解せざるを得なくなった警官隊に近くにいたらしい機動隊の応援は人の姿をした怪物を相手に抵抗したのだが、結果は今の状況である。


 マイノリティを止めるのには一般人では不可能。


 それを体現する惨状であった。


「くけっ、そろそろ次のお楽しみだな」


 誰もいなくなった道路のど真ん中で座り込んでいた彼の目に入ったのは、WGのエージェント達。

 彼らにとって支部内のゴタゴタは今は蚊帳の外である。

 何故なら、彼らがWGに所属するのは、自分達の様な力を持ってしまった者が力を欲望の赴くままに振るわない為であり、やがては一般社会との共存を目指しているからである。

 そんな彼らにとり、目の前の椚剛という男はまさしく悪魔。

 何もかも壊し、殺していく彼こそ自分達がなってはいけない存在そのものであったのだから。


「ここで食い止めるぞ」

「おおっっ」


 彼らは各々のイレギュラーで目前の敵へ攻撃を仕掛けようと向かってくる。


「くけっ、いいぜいいぜ。嫌いじゃないよ、そういうのは……」


 でもな、と呟いて椚は獰猛に歯を剥いて叫ぶ。


「残念だったなぁ、俺はお前よりもずっと強えんだよ!」


 その足を大きく前に踏み出す。

 どずん、という地響きが起きて、全員の動きが阻害される。

 そして彼らを待つのは絶対の死。

 ガシャアアン、という破壊音。

 そしてその場に残されたのは原型すら留めない無数の肉片。

 そして一体どれだけの人数の血液なのかは分からないが、池の様になった血溜まり。


「あー、たまんねぇな。蟻を踏み潰すなら活きがよくなきゃな」


 その中心には、汚れや埃、返り血すら浴びていない椚の姿。

 彼の絶対防御は何もかもを防ぐ。

 本人が意識すればそれこそ空気すらもだ。


 周囲を見回すと、もう誰もいないようである。

「ち、つまらん。もうちょっとワクワクさせろ、誰でもいいからよ」

 心底退屈そうに首を回し、気だるそうに歩き出す。

 そうして彼は次なる獲物を、蟻を探し始めるのであった。



「うわ、何だよあれ?」


 その一方的過ぎる蹂躙を遠目から覗いていたのは、田島。

 シュナイダーからの遺言を受けた彼はとある人物に接触。

 その協力を取り付ける事に成功した。

 直後に九頭龍支部から脱した進士と合流、そこで聞いた話が、あの赤毛のドイツ人の想定した通りの展開である事を確信する。


 とは言え、動こうにも今や自分達がお尋ね者扱いであり、様子見をしていた矢先に、この状況である。


「進士、あの化け物は誰だよ?」

「さあな、多分そいつが椚剛って男だろうさ」

「お前、あれどうしたらいいと思うよ?」

「僕に聞くな、あんなのと戦えるワケがない」

「だよなぁ、あんなヤツどうしようもないぜ」


 二人は身を隠していたのはとある組事務所。

 先日警察による取締りで所属構成員は全身逮捕され、今は無人である。

 田島はイレギュラーにより、自分達の姿を警官に偽装。

 そして今に至っている。


「それで何とかなりそうか?」

 田島が進士に作業状況を確認する。

 進士がやっているのは日本支部への連絡。

 事態の悪化を受け、これ以上何かが起きる前に事態の推移を伝え、援軍を求める為である。


「駄目だ、林田さんの張った防壁。固すぎてどうにもならない」

 かれこれ三時間余り、進士はついに匙を投げた。

 林田由依は日本支部への連絡手段を制限したのだ。

 それは単に回線を掌握しただけではなく、文字通りにあらゆる連絡手段をである。

 彼女のイレギュラーである、ネットダイバーにより自分自身を回線に侵入させ、そこから日本支部へのあらゆる連絡をチェック。

 九頭龍支部もしくは関係者からのあらゆる連絡経路を遮断していたのだ。

 パタン、とノートPCを閉じた進士はお手上げとばかりにため息をつく。

「これ以上、動くとここまで辿られる。敵に回したら本当にやばいな。日本支部から何度もスカウトが来る訳だ」

「マジかよそれ?」

「僕が嘘を言ってどうする、事実だ。それも菅原日本支部長からの誘いだ」

「はー、ああ見えて本当に有能だったんだな……あの人」

「ああ、どうする? このままじゃ犠牲者が増えるだけだ」

「だよな。俺達もWGの一員だ、身内がああなったんだ、仇だって打たなきゃな」

「そうだ。勝てるかどうかじゃない、勝つんだ」




 椚の通る先はまさに死屍累々である。

 どんな素性も彼には関係無い。

 目の前にいれば吹き飛ばし、横にいれば押し潰す。

 そうして破壊を殺戮を尽くす男の前に立ち塞がる者がいる。

「くけっ、おっと。何だか知らんがお前誰だよ?」

「これ以上はやらせない」

 聖敬がそこにいた。

 彼がここに来れたのは椚が繁華街へ向かっていたからであるのと、妹である凛が、周囲の音を聴いたからである。


「オーオー、少年。正義漢ぶるのは結構だけどよ、質問に答えろよ。……お前誰だよ?」


 その問いかけに対しての聖敬の返答は、猛スピードからの突進。

 予め、脚部だけ変異させていたのだ。

 距離にして一〇メートル弱。

 ほぼ一瞬とでもいえる速度で間合いを詰める聖敬は、爪で切り裂こうと試みる。

 だが、

「お、お仲間か、大した速度だったよ、スゲぇよ」

 椚はそれを食い止めていた。

 聖敬の爪は、相手のほんの一〇センチ程手前で何かに遮られていたのだ。

「く、あああああ」

 聖敬は左右の手を変異。その鋭き二つの爪先で切り払おうと試みる。

 だが、その全てはガキン、と見えない壁のようなモノに防がれていく。しかし聖敬は攻撃の手を緩めずに仕掛け続ける。

「くけっ、頑張るね少年。でもよぉ」

「ぐうっっ」

 やがて爪はバキン、と甲高い音と共に根元から折れる。

 それを満足そうに眺めながら椚は笑う。

「ぜーーんぶ無駄だっての」

 同時に前蹴りを繰り出す。その蹴りは確かに鋭く、キレはあるもののあくまで一般人のそれと比較してである。マイノリティ、ましてや肉体操作能力ボディの、その中でも類まれな身体能力を持った聖敬にはあまりにもスローに過ぎる。

 簡単に躱せるはずの攻撃……ではなかった。

「くがっ」

 聖敬が呻く。彼の鳩尾に痛烈な痛みが走る。

 だがそこには相手の足などはない。

「くけっ、お前さぁ――俺の事を甘くみてんだろ?」

 椚はそう囁くような声音で話しかけると、今度は左拳でのボディブローを放つ。聖敬には止まって見えるような攻撃でしかない、はずであるのだが。

「あ、がっ」

 メキメキ、とした嫌な感触。

 またも、である。届いていないはずの拳が鳩尾へめり込む感触を聖敬は実感、しかもそれはとても強烈な一撃だったのか、膝ががくり、と落ちる。

「ほら見た事かよ、俺を甘く見てるからだよ」

 聖敬を見下ろしながら満足そうに笑う椚が、聖敬の目前で軽く指をデコピンのように弾く。

 ガツン、というまるで重量のある鈍器で殴打されたような衝撃を受けた聖敬が後ろへと吹き飛ぶ。

「く、つ、強い」

「そうそう、そうだろぉ。もっと言え、そういうのはもっと言って良いぜ」

 耳障りのいい言葉を耳にしたからか、まるでおどけるような足取りで椚は聖敬へ詰め寄る。

 聖敬はとっさに後ろへと大きく飛び退いて間合いを外す。

「くけっ、おいおう思った以上にタフなガキだな。まーだそんなに動けるのかよ」

 椚は軽く跳躍、それは聖敬からは優に五メートルは離れた距離なのだが。

 その余裕に危険な物を感じ取った聖敬が横に飛ぶとほぼ同時にバン、という破裂音。丁度今、彼がいた場所に亀裂が走る。

「いい勘してるな、そろそろ俺のアブソリュートプロテクションの仕掛けが分かったか?」

「見えない、壁みたいな物を操るのか?」

「うーん、まいいや。そんな感じだよ、俺は自分の周囲に不可視の壁を張れるのさ。当然そんじょそこいらのボロっちいただの壁じゃねぇ。

 何でも弾くし、何でもブッ壊せるだけの硬さを誇る壁だ。

 要するにだ、俺は最強の矛と盾の両方を手にしてるって事だ。

 お前さんがどれだけ早かろうとも関係無いし、どれだけ強いかも関係無い、俺には通じないってこった」

 くけっ、と気味の悪い声音で椚は笑う。

「はぁ、はぁ、ふうう」

 聖敬は追い詰められた格好であったが、だが勝算がない訳でもない。

 何故なら今、彼は一人ではないのだから。



「んー、クソ兄貴。もう少し距離を取ってくれないかな。このままじゃ巻き込んじゃうじゃない。あーあ、嫌だ面倒ね」


 凛は状況を逐一把握していた。

 距離にしておよそ一〇〇メートル。凛のイレギュラー、”サイレントかなウィスパーき”は音による不可視の遠距離攻撃を得手とする。

 だが、彼女の手繰る音は狙撃銃スナイパーライフルのような精密狙撃の類いではなく、迫撃砲による砲撃、といった表現の方がしっくりと来る。

 つまりはあまり細かい精度でのコントロールは不得手である。

 一応最大で一キロが攻撃範囲なのだが、その攻撃は必然的に狙いは粗雑となる。

 椚剛、のイレギュラーは凛も分からなかった。

 そこで聖敬が提案したのだ。


「僕が囮になって出来るだけ相手のイレギュラーとかを引き出す。だから、凛は援護を頼むよ」

 出来れば、僕が倒せるようにしたいけどね、と聖敬は苦笑していた。

 そして今、椚のイレギュラーの正体が完全にではないものの、おおよその検討はついた。

(多分、複数の系統のイレギュラーだ。少なくとも【空間操作能力エリアコントロール】は間違いないけど……)

 想定していた以上に強力なそのイレギュラーを前に彼女の脳裏には即座に撤退すべきだ、という答えが出ていた。

 あれだけの防御力を果たして突破出来るであろうか?

 まだ相手には隠し玉があるのではないのか?

 そもそも、自分はWDの関係者だ。

 考え出すと様々な言葉が駆け巡り、逃げ出したくなる。


 ――いいか、勝てないなら逃げろ。


 それは父親だという男の言葉。

 あの男は実の娘を自分の境遇を改善する為の道具としか見てはいなかった。

(あれだけ嫌っていたのに、何であの男の言葉が……今になって。嫌だ嫌だ、…………怖い怖いよ)


 凛、つまりは歌音があの男を手にかけたのは、自分の身を心配したからではない。

 彼女は目にしたのだ。自分の妻を、彼女の母親に酷い暴力を振るうのを。

 だから、それを止めたかった。それだけの理由だった。

 なのに、死んでしまった。殺してしまった。

 母親は何も言わなかった。ただ、その目はこう告げていた。

『あんたのせいよ、あんたが生まれたから悪いのよ』

 そうして彼女は両親を失った。

 そして西島迅に拾われ、星城の家の子供として育てられた。

 普通の家での普通の人として扱われる日々は退屈だったけれども、楽しくもあった。

 そう、彼女は家族になったのだ。


 今、彼女の目には窮地に陥った聖敬と、それに近寄る椚の姿が映っている。

(このままじゃいなくなっちゃう、クソ兄貴が……お兄ちゃんが)


 ――勝てないなら逃げろ。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、にげろ、にげろ、ニゲロ。


「逃げない、絶対に逃げるものか!!」


 凛はその左右の手を相手へと向けると、「亜っ」と声にならない声をあげる。

 その声は瞬時にきいいいんという高周波の音となって敵へ向かっていく。

 ばあん、という轟音。

 爆発の如き衝撃が辺りに走るのであった。


 

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