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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
73/121

盤上

 

「さて、例のマンションで交戦開始、と」

 暗がりの中でその声の主は実に嬉しそうであった。

 九頭龍の地図の上、丁度凛のセーフハウスのあるマンションの位置にチェスの兵士ポーンの駒を置く。

 他にも地図の上にはいくつかの駒が置いてあり、そのいずれもが何らかの戦闘行為が行われていた場所である。

 厨式くりやしきという名を持つ彼の役割は現在の九頭龍内でのマイノリティの探索である。

 彼のイレギュラーは”追跡者チェイサー”一度位置を特定した相手を以降は寝入るまでずっと追跡可能である点だ。

 対象人数は何人でも、というのがその売りであり、追跡調査などで重宝される男であった。もっとも実際には同時に分かるのは三人までなのではあるのだが。

 ちなみに彼はWGでもなければWDでもなく、防人の関係者でもないフリーのマイノリティである。

 依頼さえあればどんな相手の要望にも従うので、裏社会でもかなりの有名人である。

「にしたって、おたくらちょっとばっか派手にやり過ぎじゃないのかい? ここまで事態を大事にしちまったらもう、WG九頭龍支部以外からも人も来ちゃうよ、これ」

 今、彼を雇っているのは椚、いや正確にはその仲間であるリチャードであった。

「…………」

 リチャードはただただ暗号化の解除に没頭しており、厨式の指摘にも一切の返答を返さない。

 もっとも追跡中の標的を探す為に無人偵察機ドローンを手繰っている彼もまた傍目からは遊んでいるようにも見える事であろう。

 ちなみに今、彼が追跡している相手は限界の三人。

 一人は怒羅美影、二人目は家門恵美、そして三人目が今回の騒動の首謀者である椚剛であった。

 椚を追跡する理由は簡単で、彼の暴走を先読みしたリチャードからの要請であり、他の二人はいつ別人に変えても問題ないが、椚だけは絶対に追跡を外すな、それが横で端末と格闘している男からの依頼。

 家門と椚は問題なく追跡出来ているのであるが、美影だけは未だ捕捉出来ておらず、結果としてドローンによる捜索をしている、という状況下にあって、以前から厨式がWDの関係者がいるのでは? と訝しんでいたタワーマンションへWDの部隊を送り込んだ結果がベルウェザーことエリザベスとの交戦という訳であった。


「なぁ、リチャードさんよ、あんたほどの頭のいいヤツなら今回の騒動がどう決着を見るのか位は分かっているはずだ。

 椚の奴がとんでもなく強いのは知ってる。けどよ、アイツに付いていった所で、待ち受けているのは破滅だぞ?」

「そうかも知れないなぁ。だけどぼかぁ、……いやぁそうならない様に手を尽くすのが僕ら裏方の仕事だ」

 ようやくリチャードも口を開いた。

 相変わらず妙な口調で、馴れ馴れしいヤツだと厨式は思った。

 彼は自身の仕事柄、裏社会の様々な連中と接点を持つ事が多い。

 そばにいるリチャードともそうした犯罪組織からの依頼の際に顔を合わせて以来の付き合いだった。

 すっくと立ち上がったリチャードと厨式の身長差はおよそ三〇センチ近く。こうして横目で確認するとまるで大人と子供の様にすら思える。

 彼は金髪のイギリス人の事が正直嫌いだった。

 彼とは仕事のやり方からして合わない。

 厨式のイレギュラーは確かに便利である。

 一度マークしたが最後、その相手が死ぬまでその位置はどれだけ離れていようとも関係なく俯瞰した視線で把握する事が出来る。

 ただし、その為には彼が眠らない必要がある。

 つまりは、一度眠ってしまうとマークはリセットされるのだ。

 その為に彼は幾日も眠らない事も多い。

 用心深い標的が隙を見せるまで、六日もの間眠らずに耐えた事もあった。

 確かに厨式は表立って戦う事はしない。

 だが、だからといって裏で楽をしているなどと思ってもらっては心外だ。彼もまた戦っているのだから。


 一方で横で端末相手ににらめっこ中の金髪のイギリス人は違う。

 彼に持久戦などという言葉は有り得ない。

 そのイレギュラーは物質の構造を把握する、というリーディング能力の一種。

 触れた瞬間から多少の時間差はあれども、彼にはその物体の構造が把握出来る。

 だから彼の仕事はケースバイケースではあるが、ものの一分もかからない場合もある。それでいて必要な知識は所得しているのだから、実に効率的で自分とは大違い。それが本当に気に食わない。

 聞けばまともな教育機関に入った事もないらしいのだが、学力レベルはオックスフォード大でも余裕で合格出来るレベルらしく天才肌を地でいく男。


 だがそんな男をして、未だに把握出来ない、端末とは一対何であろうか?

 見た目こそ単なるPC機器、ありていに言えばタブレット。

 流石に一般的なモノよりもチューンナップされているらしいが、それだけだ。

 それ自体は単なる電子機器でしかなく、如何に暗号化されていても突破は可能だと厨式も思っていたのだが。


「ふぅむ、どーも気が乗らないなぁ。……少し外の空気でも吸ってくるかぁ。そっちはどうだい?」

「ああ、いい。こっちは気分転換しすぎて集中が途切れると全部がおじゃんだからな」

「そっかぁ。じゃ一人で行くよぉ」


 パタパタ、とスリッパの足音だけを残してリチャードは部屋を辞した。


「ふう、一息つくか」


 流石に疲労感を覚えていた。

 かれこれ数時間とはいえ、集中し続けていた上、ドローンでの捜索も進行していた。

 とにかく目がかなり疲れており、少しでも疲労を解消しておくべきだと思ったのだ。

 目を閉じて深呼吸をする。

 ただ、これだけでも疲労感は軽減出来る。

 大事な事はこまめな休憩。

 そう言い聞かせながら厨式はしばしの休息を取るのであった。



 パタン、屋上に着いたリチャードは即座にスマホを取り出すと通話ボタンを押した。

 コール音が一度、二度となり、三度目になる所で相手が出た。


「もしもし、少しいいかな? 君に頼みたい事があるんだ。

 これから言う場所を襲ってほしい、それで中にいる相手を始末して欲しいんだ」


 その口調はいつもの様な間の抜けたものではなく、その表情もまた厳しいものであった。




 ◆◆◆




「さて、と。何処を何処から説明した方がいいかな?」

「知りません、私に用事があるというのならそちらから言うのが筋だと考えます」


 突き放す様な家門恵美の言葉に、思わず苦笑しながら春日歩はそうだよね、と頷く。

 二人は対面する格好で椅子に腰掛けていた。

 家門は自身もWGみかただと主張する目の前にいる青年にまずは身分証明を求めた。

 相手も想定していたのだろう、間髪入れずにIDを口にする。

 それを端末で確認すると、確かに「春日歩」という名のエージェントは存在していて、顔からも本人であると理解した。

 だが家門としては目の前にいる相手の思惑を知りたかった。

 確かに味方かも知れない、だが彼は九頭龍支部には何の所縁もないエージェント 。

 所属先は関東地方のある都市となっている。

 WGのエージェントは所属先から任務で外に出る際には必ず近くの支部へ連絡を入れるのが普通である。

 だが、仮にも副支部長でもある家門が知る限りで、ここ数日の間によその支部から九頭龍に入ってきた者の中に春日歩なる人物はいなかったはず。

 そういう事情もあり、彼がここにいるのは不自然であった。

 軽薄そうなその雰囲気も手伝い、正直いって敵なのではないのか? という疑念を拭いきれなかったのだ。


「オッケーオッケー、なら言うよ。正直にね」

 歩は両手を大きく上に掲げ、降参とでも言わんばかりに椅子から立ち上がる。

 家門は腰の当たりでいつでも銃を発現出来るように構えており、相手に不審な点が見受けられれば即座に発砲するつもりであった。

 ソニックシューターの異名は伊達ではない。

 相手がどういうイレギュラーを手繰るのかは不明であったが、早撃ち、ましてや至近距離でならば遅れは取らない自負がある。

 家門は真っ直ぐに相対する青年を見据えている。

 彼女が見極めたいのは、へらへらとした本当に軽薄そうな笑みの裏に隠しているであろうその本性。

 どんなイレギュラーを隠しているか、というのはこの場合は二の次でしかない。


(見せてみろ、お前の本質を)


 すう、という小さな一息。

 その僅かな時間、ほんの一秒にも満たない時間で、リボルバー式の拳銃を発現させる。

「――!」

 一歩だけ歩を進める。

 意識すべきは如何に早くこの腰に隠した拳銃を素早く、無駄なく抜き出すか。距離はほんの一メートルにも満たない近接距離。

 ほんのもう一呼吸、それが終わるまでには相手を通り過ぎる。

 その通過するか否かの一瞬で事は終わる。

 それは用いた武器に拳銃を用いただけ、というだけの、……。

 そう極々古典的な暗殺の手法。

 ただ歩き去る様に見せかけての、対象の殺害。

 傍目から見る分には、その歩法は単に家門恵美が青年の横を通り過ぎるだけにしか思えない。

 そこに秘めし殺意、もとい害意は極限まで静かに、小さく抑え込むのが暗殺者としての心得。

 彼女にとっては呼吸する事と、歩く事と何の変わりも、差異もない事でしかない。

 幼少時からこれまで、散々こなしてきた事でしかない。

 横切る刹那、そのこめかみに銃口を突きつけて引き金を引く。

 ただそれだけの事。

 それで事は足りる。

 確かにマイノリティは確かに常人とは比べ物にもならない程の戦闘力を持ち、生命力を持っている。

 だが例外もある。

 認識の外からの攻撃には無力なのだ。

 例えば、超長距離からのアンチマテリアルライフルでの狙撃。

 気付けなければ、マイノリティと言えども頭をやられたらそれで大半の者は即死である事だろう。

 勘のいい者ならばその銃声に気付くかも知れない。

 だが、そういった者も存外、至近距離には無防備である。

 彼らはこう思っている。

 自分を倒すには強力なイレギュラーを用いるのがベストだ、と。

 自分を倒すならば街もろとも粉々になる程の火力、例えばミサイルでも撃ち込んでこい、と。


 だが、彼らは分かってはいない。


 如何に強靭な存在であろうとも、人間一人を殺すのにそのような大袈裟な火力などは不要である事に。

 たった一丁の、たった一発の弾丸さえあれば事は足りるのだ。

 認識の外、単なる通りがかりからの銃撃。

 それを行う凶手きょうしゅから殺意が微塵も感じられなければ、気付かれなければ躱しようもない。


 家門は別に相手を殺したいのではない。

 あくまでもこれは相手を試す為の試験なのだから。


 春日歩は全く気付く様子もない。


 流石に殺すのはマズイ。

 だからすんでの所で、銃撃の狙いを外すつもりであった。


「何だ――撃たないのかい?」

「――な」


 その言葉で家門は動きを止めた。

 相手は完全にこちらの意図を見抜いていたらしい。


「どうして外すと思った?」

「ああ、勘さ。あんたの目には鋭さこそあったがそこに殺意はなかったし」

「……それも抑え込んでいただけならどうするの?」

「だから勘だって。試されてるのは分かっていたし、ひょっとしたら強攻手段で来るかも、とは思ってた。だから、一応覚悟をした上で……」

「……かまをかけた、のね。まだまだ私も甘い、って事か」


 フフ、と笑うと家門は一歩下がる。

「「!!!」」

 その瞬間であった。

 二人はこの場を囲む様な殺意を感じ取る。

 明確な殺意がこちらへと向けられているのを二人は理解する。


「あー、気付かれちまった。ま、関係ねーけど」


 関係ない、実際その通りであった。

 あのボロい建物には家門恵美、それからもう一人誰かがいたらしいが、そんなのは知った事ではない。


「まとめて燃やせばいいだけだしな」


 ゴオオオ、炎は一気に建物を包み込む。

 猛火の勢いは凄まじく、仮に誰かが気付いたとしても、近寄る事すら叶わないだろう。


「終わった終わった。リチャードも心配性だな、女一人始末するのに俺っちを呼ぶとはよ、ふっ」


 男は口から火を吐き出す。まるで唾か痰でも吐き出すように。

 よく肥えた肥満体の男であった。

 その名は差得嶋さえじま。以前、椚剛のチームにいた男。その取って付けた様な名字が本名かどうかは仲間にも秘密にしているので誰も知らない。


 彼もまた、椚剛の拘束に合わせて九条羽鳥の命で拘束。

 昨夜まで施設で燻っていた。


「久々のシャバの空気はうめぇから、今日位は何もしたくなかったってのによ」


 あーあ、と言いながらその場を立ち去ろうと歩き出す。


 ガラガラ。

 瓦礫が崩れる様な物音が聴こえ、動きを止める。

 それは有り得ない事だ。

 差得嶋のイレギュラーは”蹂躙ナパームする吐息ブレス”。その名の通りに口から吐き出す炎の吐息はあらゆるものを焼き尽くす。その高温の前にはこんなボロい建物等は瓦礫すら残らない、そのはずであった。


「く、まだ生きてるのかよ」


 危険を察知し、咄嗟に振り返り様に炎の吐息を吐き出す。

 その炎は敵を一息で灰にするはず。

 だが、彼は目にした。

 炎が何かに切り裂かれる様を。

 それを行ったのは、軽薄そうな笑みを浮かべたポニーテールの青年である。

 不敵に笑いながら自分を見据えるのが分かる。

 ひ、という悲鳴が口から洩れる。

 彼は分かっていなかった。いや、分からなかった。

 どうして炎の吐息が通用しなかったのか。

 どうして相手はああも笑えるのか。

 そして自分へと迫る死神の存在には、ついぞ気付けなかった。

 静かに、極限にまで殺意を抑え込み、足音すら立てずに忍び寄る彼女の存在に。


 パン。


「うっわー、おっかねぇ。絶対敵には回したくはないな、うん」

 歩は心底からその所作に感心し、同時に哀れな相手に僅かながら同情した。


「悪いわね、……でも同情はしないわ」

 一発の弾丸で充分。

 流れる様な、それでいて目にも止まらぬすれ違い様のこめかみへの銃撃。

 ”最速ソニック射手シューター”との異名を持つ家門恵美の本領であった。


 ドザッ。

 地に伏した差得嶋は、何をされたかすら気付けぬままにその命を散らす。


「さてと、とりあえずここから離れようや。どうにも嫌な感じだ」

「そうね、誰かは知らないけれど私かあなたどちらかへの刺客でしょうしね」


 初めて意見の一致を見た二人は足早にその場を立ち去る。

 厨式には家門の移動は分かっても、その理由までは分からない。

 リチャードが事態に気付くのはそれから三〇分程後の事であった。



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