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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
71/121

敵か味方か

 

「こちら【ソニックシューター】。……標的はどう?」


 家門恵美は、九頭龍支部から少し離れたとある民家へ、今まさに踏み込もうとしていた。

 ジャージにレギンスにランニングシューズという格好は一見するとジョガーのようであったが、無論その下のアンダーシャツやパンツはWG仕様のマイノリティ用の特殊素材で作られている。

 その強度は下手な防弾チョッキを遥かに凌ぎ、遠距離からのライフル狙撃であっても一発や二発では貫通出来ない強度を誇る。

 ちなみに個人個人でその仕様は調整でき、聖敬の場合は人狼、完全なる狼に変異しても破れない様に柔軟性を重視。

 美影の場合なら、自分の火に伴う熱で燃え尽きない様に耐熱処理が施されている。

 家門恵美の場合であれば銃撃戦を前提としたyイレギュラーである為に被弾時への備え、つまりは耐弾性重視といった仕様である。

 彼女は今、WG九頭龍支部の指示、より正確には小宮和生の命によりWDの関係者と目されるとある人物の確保に動いていた。

 本来であれば、世間的にも或いはWG的にも故人であり、現在は支部長でもない彼に彼女が従う道理はないのだが、彼女には今、ある事実が欠落していた。

 その結果、彼女にとって小宮はまだWGの九頭龍支部の支部長であると彼女は認識していたのだ。


 ――こちら【アダプター】。状況に変化はない。標的が察知する前に至急確保を願う。

「了解、行動開始します」


 そして家門はその手に一丁のマグナムを発現、静かに動き出すのであった。



「小宮支部長、よろしかったのですか?」

 家門の動きをチェックしていたオペレーターの一人が不安げな表情を見せた。

 彼は以前から小宮に恩義を感じ、いつかそのお返しをする、と決めていた職員である。

 彼以外にも同様の思いを持つ者は支部内に数多く存在しており、それが昨日に於ける支部内での一件が外部に漏れて、表沙汰になる前に収束した要因の一つである。

 結果だけで言えば無血開城といっても差し支えない状況ではあり、組織そのものの運営に深刻な破綻は生じてはいなかったのではあったが。主義主張、言い分や大義等もさておいても全く問題がない訳では勿論なかった。問題はある、それも考えようによってはかなり深刻な問題である。


 その一つがまだ表向きの支部長である井藤や今現場に出ている副支部長である家門恵美だ。

 彼らは正式に日本支部よりその立場を指名された人員であり、それを勝手に覆す事は不可能である。

 それは如何に小宮和生が元九頭龍支部長にして現在の日本支部のトップでもある菅原に直に支部長職を与えられた者だとしても、通常時に於いて例外は認められない。


「うん、そうだね。確かに家門君程の人材を派遣するのは心苦しい。だがね、それもターゲットの確保という観点から見れば致し方あるまいよ」


 小宮は苦渋に満ちた表情を浮かべた。

 それを目にしたオペレーターもそれ以上は何も言えない。

 確かに仕方がない、その通りなのだ。

 現在の支部の戦力、エージェントの中で今から確保すべき人物を確保出来得るのは家門恵美位しかいないのだから。


 そう、九頭龍支部の抱える最大の問題は主力となるエージェントが多数が事態の急変を知り、ある者は支部に戻らず、ある者は支部から脱走。行方をくらましているという事実である。

 中でも美影や田島、進士に聖敬の四人は主力メンバーといって差し支えなく、この数時間でこちらもトップが失脚し、事態が急変したWD九頭龍支部の関係者による多数の犯罪への対応が通常時よりも遅くなり、現場レベルでの混乱を生じさせていた。

 さらに小宮を渋くさせたのは、今後の計画上どうしても協力が必要であった西島晶までもが、支部から姿をくらましているという点であった。

 どうやら拘束していたはずのベルウェザーことエリザベスが荷担したらしく、勤務交代でシフトインした警備員が晶の病室にて気絶させられた同僚の姿を見つけたのはまさについ先程、ほんの二〇分前の事であった。

 監視カメラには彼らが脱する様子は一切映っておらず、どうやら手引きしたのは進士でほぼ間違いないというのが井藤と林田の共通の見解であった。

 ここに至って小宮は家門恵美を外に出したのを悔やむ他なかった。

 確かにWDの協力者を捕らえるのは大事な事ではあったが、それも晶が手元からいなくなる、という現状から鑑みれば大事の前の小事、些末な事であったのだから。

 家門は聖敬についてはともかくも、美影や田島、進士については日頃から任務報告や手合わせ、訓練に協力している事もあって緊急時に於いて、彼らがどういう行動を取るのかを把握しているので追跡人としては最適であったのだから。


(どうにも上手くいっていない。さて、どうしたらいいものか?)


 今の支部に残された戦力と言えば、動いている家門、そのイレギュラーそのものは強力ではあるが”毒”というイレギュラーの使いどころに難がある為に支部に留めたままでいる井藤の二人である。

 今回の件の陰の協力者である西島迅のイレギュラーにより今の彼らは敵ではないものの、彼が行った”調整”は本来であれば時間をかけてゆっくりと行う事でその記憶の”上書き”はより完全なモノになるそうだが、如何せん急場の処置であった為に、記憶の”改竄”も万全とは程遠く、ふとしたキッカケで記憶の齟齬に気付いたりする事で我に返る事もあるらしいとの事であった。

 小宮としては迅にはこの状況の打破の為にも手伝って欲しい所であったが、彼はあくまでも対等の”協力者”であって部下や同僚ではない。

 それにこの一件に於いてそもそも彼こそが得体の知れなさ、という意味では一番とでも云うべき立場にあった。

 この九頭龍、という土地を古来より守護せし防人の一員。

 全国各地に散り散りとなっていた防人という集団が徐々に互いの縄張りを越えて団結する事を模索し始め、この地に於いての代表であった菅原もまたそうした動きに呼応、そしてWGという一代組織を設立させる事になる。

 それに際してあくまでも防人、という自身の立場に誇りを持っていた事から時代の潮流から敢えて外れた者達の九頭龍に於ける中心人物。それが彼の立ち位置である。

 だが、西島迅という人物が油断ならないのはそうした宙ぶらりんな自分の立場を活用している点である。

 小宮が調べた限り、少なくとも彼はWD九頭龍支部のトップであった九条羽鳥にも色々協力していた事が判明している。

 その一方でWGにも情報提供をしたり、マイノリティによるイレギュラーを悪用した犯罪現場を目撃した一般人の記憶の改竄にも尽力してみたりもしている。

 それはつまり彼がWG、WDを秤にかけているという事である。

 本来であれば、WGにしろWDにせよ拘束されてもおかしくないし、場合によっては命を狙われても文句を言えない立場である、という事を示唆している。

 ではなぜ、彼はこのような立ち回りをしていられるのか?

 理由は実に簡単だ。

 彼には”支援者スポンサー”がついているからである。

 そしてそのスポンサーこそ、あの”藤原一族”。

 古来よりこの国の表舞台や裏側から常に動かし続けてきた名家にして、この九頭龍という経済特区設立に際してとてつもない額の資産を国に提供するなど多大な援助を実施。実質的なこの特区の”所有者”とすら囁かれている。

 そしてこの名家は、WGにWD双方の支援者でもあり、特にWGについては前身であった防人の頃からの支援者。

 そうした繋がりから、西島迅にも支援を実施しているらしい。

 しかも、彼を支援しているのが一族内でもかなり力を持った人物らしい。そういった経緯により、彼にはWGもWDであってさえも含む所はあれども表立って反発するのは憚れる。

 何故なら、彼と敵対する事は藤原一族との関係を悪化させる要因になり得るのだから。


 思わず不満が小宮の口をつく。

「全く、上手くいかないものだね」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、気にしないで。ほら通信ですよ」

「え、は……え? こ、小宮支部長――!!」

「はい?」


 オペレーターが告げた報告を耳にした小宮は、手にしていたペンを落とすのであった。

 何故なら…………。九頭龍で一般人を巻き込む大規模な殺人事件が次々と発生。そしてそれは少しずつ支部へと向かっている、のだから。

 それは椚剛による破壊と殺戮の行進であった。



 ◆◆◆



「ん? 通信出来ない……」

 耳に装着した無線通信の故障か、それとも妨害か。

 家門恵美の表情はいつも通り冷静そのものである。

 彼女は民家に突入して制圧までものの一分もかからなかった。

 中にいた人数は六人。

 五人は護衛。そして六人目が今回の標的。


「仕方ないわね、ここの電話を借りよう」

 部屋を見回し、目についた固定電話へと手を伸ばす。

「それで、……いつまで覗いているのかしら? あまりいい趣味ではないわね」

 その言葉は制圧した六人にではない。

 文字通り室外から様子を窺っていた誰かへ対する通告である。

「やっぱり通用しないか。さすがは【ソニックシューター】のコードネームを持つ人だ」

 バタン、とドアが開かれ、部屋に入ってきたのは彼女も見たことのない人物。

 整った顔立ちにヘラヘラとした軽薄そうな笑顔を称えた、青年である。

 だが、ここで家門は理解した。

 本能的に分かった、この青年が油断ならぬ相手だと。


「貴方、誰?」

 即座に発現させたリボルバーの銃口を相手へと向ける。

「俺かい? うーんそうだなぁ。敢えて言うのなら【世界の守護者】ってトコか」

 そう言いつつ、右手で銃口を逸らす。

 直後にパン、という発砲音が室内に響く。

 それは家門が隠し持っていた二丁目の本物による威嚇。

 だが、それも無駄であった。

 青年の頬を弾丸は掠め、ツツ、と血が滴る。

 しかし全く焦る様子はない。ただ相も変わらず軽薄そうな笑みをたたえているのみ。

 ハァ、嘆息すると家門は観念したらしく、二丁拳銃をしまい、消した。ここまでしても相手から敵意は感じない。

 それはつまりは敵ではない、という事なのだろう。

「敵対しても無駄ですね。貴方は何者ですか?」

 家門からの問いかけに、青年は着ていた白いシャツの襟を正すとコホン、と咳払い。……言葉を返す。


「初めまして、俺の名は【春日かすがあゆむ】。外から来た、しがないWGのエージェントさ」

 そう言うと手を差し出して敵意がないのを示す。

 家門もまたその手を握り、握手をかわすのだった。


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