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WG九頭龍支部

 木島との闘いから三日。

 聖敬は初めての実戦による疲労の為に入院する事になった。

 進士曰く、「リカバリーは肉体の傷は塞ぐが精神の疲労は自力で行うしかない。ま、寝てるのが一番だ」らしい。

 田島もすっかりいつもの感じで「キヨちゃん、ここの看護士さんって美人ばっかじゃん、いいなぁ」とふざけていた。

  あれだけ派手に病院の屋上とかを壊したのだからさぞかし大騒ぎになるのではと内心不安を隠せなかったものの、新聞やネットにも一切何も乗ることは無かった。


「ちょっと聞いてるのキヨ?」

「え、あいたたたたっっっ」

 考え事をしている内に晶が病室に来ていたらしく、耳を引っ張られた。彼女にも家族にも特に何事も無くて本当に聖敬はホッとしていた。

 父である清志については、木島の仲間に襲われる直前に転んだのが原因だったらしく、云わば事故だったらしい。

 家族や、晶を襲おうとしていた連中は全員、九頭龍のチンピラ崩れだったらしく、大した情報も無かったらしい。

 チンピラ達も正確に云うのなら木島とも面識があった訳でもなく、ただ金に釣られただけらしいと進士が言っていた。その事が気になった。更に進士は聖敬に話をした。

 ――木島には仲間と云うか【協力者】がいたみたいだ。念のためにしばらくはWGウチの関係者でお前の家族と西島は守るよ。だから、その代わりに一度WGの支部長に会ってくれ。

 とそう、頼まれていた。

 聖敬からすれば、ここまで家族や晶を守ってくれた上に更に清志の入院費まで診てくれたのだ。断る理由も無かった。

 それが今日の夕方の六時と聞いていた。

「もう、また遠い目をしてるっ。お見舞いのプリンあげないわよ」

 晶が少し怒りながら、胸を小突く。意外とずしりとした攻撃で、思わずうっ、と呻く。

「あ、ごめん。キヨ大丈夫?」

 やり過ぎたと感じたらしく晶はプリンを手渡した。ふと何の気なしにカップについたロゴを見て聖敬は驚く。

「晶、これ駅前のプレミアムプリンじゃないか」

「大した事無いよ、たまたま美影と食べに行く約束してたからついでよ」

 とは言ったが聖敬は知っていた。以前その店でプレミアムプリンを妹の凛の為に買いにいった事があった。二時間近く待ってようやく買って家に着くと「遅いよバカ」と切り捨てられた因縁のあるシロモノだ。たまたまついでに買うようなスイーツでは無い。

 何だか泣けた。心なしか、前よりもプリンが美味しくなったような気になる。

「ちょ、ちょっとやめてよ」

 晶は半泣きになりながらプリンを食べる幼馴染みに慌てていた。それからしばらくの間、他愛のない話をした後だった。

「でも良かったよ、キヨが【トラックに轢かれた】って聞いた時は本当に心臓が飛び出るかとおもったんだからぁ」

 その話に、聖敬は困惑した。三日前はバス事故の生存者である彼に晶は会いに来た。なのに、トラック事故? 言い間違いか何かかとも思ったが、晶はその事に気付く様子もない。

 困惑していると、病院の時報がなった。六時の様だ。

 すると、廊下から声が聞こえた。

「先生、お見舞いですか? 星城君ならこの病室です」

 その声からすると、委員長の怒羅美影の様だ。そう言えば、彼女とプリンを買いに行ったと話していた。

「キヨが寝てる間に美影もお見舞いに来てたんだよ。美影ったらクラスでキヨの為に花束とかのお金を集めたの」

 そう言って指差す先には、昨日届けられた花が花瓶に入れられていた。てっきり田島か進士辺りが持ってきたのかと思っていたが、よくよく考えれば花のチョイスが明らかに良かった。

「あ、西島も来ていたんだね」

 そう言いながら病室に入ってきたのはグレーのスーツを着た見知らぬ大学生位の痩身の青年。柔らかそうな物腰と穏やかな笑顔が印象的だった。

「あ、先生もお見舞いですね」

 晶はそう言うと、じゃあ帰るねと言って病室を出ていった。

 残されたのははじめて会う”先生”と聖敬だけ。

「「あの」」

 同時に声をかけ、聖敬は目を背けた。

 ははは、と先生は苦笑しながら話を切り出した。

「こうして顔を会わせるのは初めてですね、星城聖敬君。

 私の名前は井藤謙二。この度、君達のクラスの担任になりましたので宜しくお願い致します」

 聖敬がその言葉にえ? と驚いていると、病室に田島と進士が入って来た。

 田島はちわッス、と軽く井藤に挨拶したが、進士は直立不動で立ち尽くすと「失礼します」と言い、微動だにしない。その様子に何だか妙な感じを受けた聖敬は思わず顔をしかめる。

「進士君。ここでそんな態度をするのは止めてください。かえって不自然ですよ……で、田島君は軽すぎます、それも不自然です」

 井藤はそう言いながらははは、と苦笑した。

 話が見えない聖敬が唖然としていると、井藤が表情を引き締めると話を切り出した。

「それで、考えてくれましたか?」

「え? 何をです」

「WGに協力していただけるかどうかのです」

「え? WGに協力ですか、何で先生が……」

「……田島君、説明して無いのですか?」

 そう言いながら、井藤は田島を見た。顔は穏やかそのものだが、その声はドスが利いている。

「あ、あれぇ。そうでしたっけ?」

 田島がさっきとはうって変わってオタオタし始めた。聖敬はさっきまでの会話を思い返して問いかけた。

「え、えーと、先生はWGの関係者なんですか?」

 これでもしも何か手違いとかなら大変だ、そう思ったが、全く無関係ならわざわざWGに協力なんて言葉を口にするはずもない。

 すると、井藤は聖敬へと向き直ると、えぇと一度大きく頷く。

「どうやら、事前にお話が通じていなかった様ですね。

 では改めまして、私は井藤謙二。WG九頭龍支部の支部長です。

 とは言え、まだ九頭龍ここに戻って四日目ですので、右も左もよく分からない新米ですけれどね」

 ははは、と笑う井藤を聖敬はポカンとした顔で見ていた。

 てっきり、支部長という位だから、もっと中年のいかにも恰幅のいい男性とか、又は鋭い目付きをした如何にも只者では無い感じのエリートを勝手に想像していたのだから無理もない。

 今、自分の目の前にいる青年は、自分達よりも少し年上そうに見えるものの、まだ大学生位にしか見えない。

 見た目も線の細い痩身の、といえば聞こえはいいが、実際には痩せぎすで、ひ弱な印象というのがピッタリだった。その様子に井藤は穏やかな口調で尋ねた。

「どうしましたか?」

「あ、いえ。その」

 見透かされたと気付き、聖敬が困惑している様子を少し愉快そうに微笑む井藤。

「支部長、からかうのはその位に」

 進士が助け船を出した。

「はは、そうですね。私の見た目についてはまた別の話です。

 縁がありまして支部長とはなりましたが、一応表向きの顔として私立九頭龍学園の教師として赴任したのです」

 そう、驚く程にあっさりと言う井藤に聖敬は驚きを隠せない。

 よくよく考えれば、WGというのがかなりの力を持った”組織”である事は理解出来た。

 木島の一件もそうだったし、学園にも何らかのコネがあるらしく、教師として近くに来れる程に。

 そう考えている内に、一つの疑問が浮かんだ。

 晶が言っていたあの話――バス事故ではなく、トラック事故へと遭遇した事故がすり変わっていた事が繋がった様な気がした。

「もしかして、僕の事故がトラック事故になってるのって……」

「ええ、WGの工作です」

 言葉をいい終える前に井藤は穏やかな表情を崩すことなく肯定した。

「勿論、それなりに手間はかかりました。まずは事故の事を知ったご家族や友人等の【記憶改竄】。

 次に、マスコミの【情報改竄】を行い、報道を変更。

 これだけ口にしてるとまるでWGは悪の秘密結社みたいですね」

 その説明を聞いた聖敬は、WGという組織が自分の考えなど遥かに凌駕する巨大な権力を持った存在なのだと理解出来た。


「言っとくけど、あれは必要な処置だったんだぜ」

 田島は言葉を続ける。

「考えてもみろよ、あのバス事故の生存者をマスコミが黙って見逃すと思うのか? しかも、【無傷】の生存者をよ。

 これは断言出来るが、そうなりゃお前も家族も間違いなく奇異の目で見られる事になるんだぜ。それどころか、あらぬ噂までたちかねない。マイノリティってのはまだまだ一般の世界には受け入れられないんだ」

 そこまで云われて理解した。そう、すでに自分は普通の人々とは違う存在なのだと。異形の姿に変化する”バケモノ”なのだと。


 空気が重くなった。黙り混む聖敬の様子に田島が気まずそうな表情となり、進士が溜め息をつく。

「場所を変えましょうか」

 そう提案したのは井藤だった。立ち上がると、手を差し出しこう言った。

「大丈夫です、我々はまだ【人間】です」



 井藤の案内で聖敬達はエレベーターに乗り込んだ。

 聖敬はガラス張りのエレベーターの外を見た。

 その目に映るのは鮮やかなオレンジ色に輝く夕日。優しいその光に聖敬は目に涙が浮かんだ。

「すいません、涙が出ちゃいました。その、情けないですよね」

「いいんですよ、あなたは人間なんです。その感覚を大事にしてください」

「何処に行くんですか?」

 涙を拭いつつ質問したが、井藤はそれには答えずに、すぐに分かります、とだけ言った。


「さ、この階です」

 そう言って井藤が降りたのは、この病院の南棟三階だった。そういえばこの病院には何度も来ているものの、南棟に来るのはあの事故が初めてだった。一般病棟があるのが北棟。南棟には様々な検査室があり、難病の治療や研究を行うと、以前見たパンフレットには書いてあった。

 聖敬は降りてみてすぐに気付いた。このフロアの雰囲気が何かおかしいと。

 確かに一見すると大病院らしく、通路には人がかなりいた。だが、何処か妙だ。気のせいなのかも知れないが、病院の先生にしろ、看護士にしろ、その目付きが鋭いのだ。それはまるで、自分に警戒しているかの如くに。


 聖敬はエレベーターから一歩を踏み出すのを躊躇った。

 ここから先に足を入れたらもう帰れない、そう感じたから。

「どうしました?」

 井藤が聖敬の様子に気が付き、尋ねる。

「流石に気付きましたか?」

 聖敬は思わず、え? と言い井藤の顔を見た。

「キヨちゃん、心配すんなって」

 田島が背中をバン、と叩き、笑った。

「ようこそ、WG九頭龍支部に」

 進士がそう言った。井藤は大きく一度頷くと、手を差し出す。

「さぁ、来てください」

 聖敬はその手を掴み通路に出た。

 すると一斉に通路にいた病院関係者がその場で立ち上がり、直立不動の態勢となる。

「「「ようこそWGに」」」

 大合唱と共にクラッカーがパパンと鳴り響き、歓声が上がった。

 何が起きたのかよく分からない聖敬が口を開いたまま黙り込むのを満足そうに井藤が眺めていた。

「緊張しただろ、皆がキヨちゃんを凄い目で見てたからぁ」

 な、と言いつつ田島が愉快そうにケラケラと笑う。

「僕は反対したんだけど。でもまぁ……結構面白いもんだな」

 進士も聖敬の間抜けな顔に笑いを隠せなかったらしい。

 聖敬はフルフルと身体を震わせる。そして――

「何なんだよここはーーーーー」

 大声を挙げ、二人を追いかけた。勿論、このあと病院内で大声を出すな、と怒られたのだが、さっきの歓迎の言葉と無数のクラッカーはお咎め無しだったのが少し不公平だと思った。


「では、私は先に部屋に行きますので、二人でここを案内してください」

 井藤はそう言うと、先へ進んでいく。

「で、ここは本当にWG九頭龍支部なのか?」

「キヨちゃんってば疑い深いなぁ、そうだっていってんじゃん」

 田島は相も変わらずヘラヘラと笑いながら案内する。進士は聖敬の後ろでタブレットを開いている。とりあえず案内する気は特に無いらしい。

「それにしても――」

 聖敬は思わず目を剥いた。

 病棟のあちこちで明らかに人間離れした人々、つまりマイノリティとしか思えない人々の姿が見える。田島がフフン、と鼻を鳴らす。

「この検査室ってのはイレギュラー別にあるんだぜ」

 そう言われたのでよくよく見てみると、一番手前の検査室は明らかに人間とは思えない筋力を発揮する子供の姿が見える。

「ここはキヨちゃんと同じく【肉体変異能力ボディ】の系のイレギュラーの奴等の部屋で、隣はま、見りゃ分かるか」

 少し離れた所に次の検査室があり、そこにいたのはたくさんの的らしき標示物を瞬時に焼き尽くす青年。

「ここは、自然操作能力ネイチャー系の連中だ」

 進士が部屋も見ずに言う。

 そのあとも、部屋毎に様々なイレギュラーを試すマイノリティ達がいて、ここがWGの施設である事はよくよく理解出来た。

 その後、階の奥にあるエレベーターに乗ると進士がいきなり何かを合図した。

 ガコン、という音を立ててエレベーターが動き出す。


 さっきまでとは違い、急加速でエレベーターは何処かに向かっている。上に動いてる感じでは無い。かといって下でも無い。

「ま、あそこの南棟はウチの施設なんだよ。他の階もマイノリティ関連で、勿論表向きには分からない様に偽装してるって訳。一般人に気付かれない様に。な? ……スゲェだろWG」

「そうなんだ」

 聖敬は今見た様々な出来事を整理するので頭が一杯だった。

「ま、なんつうか……思ったよりたくさんいるもんだろ?」

「え、ああ。……そうだな」

 大きく頷く。

「だからさ、これだけは覚えとけよキヨちゃん。お前は一人なんかじゃ無いんだからな」

 その言葉は気の張りっぱなしだった聖敬の心を打った。

 田島はだからぁ、と言いながら肩に手を回すと――言った。

「今度、ケーキ奢ってくれ」

「は?」

「――だからぁ、ケーキ奢れ」

 一気に空気が覚めた。

「一……お前バカだろ」

 進士の辛辣かつ的確な一言で、田島はぐはっ、と呻く。

「な、俺今いいこといったろ? だったらケーキ位」

「本当に洒落にならんバカだな、お前からそういう話を切り出したら意味が無いだろ?」

 進士にやり込められる田島はなおも食い下がるが、口で進士には到底及びもしない。すぐにぐむむ、といいつつ唸る。

 何だか馬鹿馬鹿しくなった。そう思い、聖敬は笑った。その笑いに田島も、そしてやがて進士も巻き込まれた。狭いエレベーター内に少年達の屈託のない笑い声が響く。


 チーン。

 エレベーターが開くとそこはまた別の建物らしい。

 不思議なことにエレベーターは三人が降りると跡形もなく消え失せた。そして、そこには只の壁だけが残されていた。

 何だか見覚えのある光景だと感じた。聖敬はハッとした。ここは私立九頭龍学園の高等部だと。

 さ、いくぞ、と田島はさっさと歩き出し、進士も続く。その様子から今のも二人には驚く様な事ではないらしい。

 壁時計の時間はもうすぐ夜の七時。校舎内にはもう殆ど生徒はおらず、教室は真っ暗で、光がついているのは職員室や生徒会室、それに声楽部や吹奏楽部の部室位のものだ。

 だが、そこには明かりがついていた。

 そこは確か、単なる物置部屋だったはず。普段、誰も近寄らない校舎の奥にあり、これ迄何度となく近くに来たことはあったが、そこには絶対に入ろうとは思わなかった”開かずの間”。


 そこに近付くに従い、妙な感覚を受けた。一歩一歩近付く度に身体を違和感が覆う。ここに近寄るな、とでも云わんばかりに。

 だが、田島と進士は構わず前に進む。

 そして、物置部屋のドアノブに手をかけ、回すとそこにいたのはさっき病棟で別れたはずの井藤の姿。物置部屋とは聞いていたもののそこはちょっとした会議室位の大きさで、複数の机が壁に向けて置いてある。その一番奥がどうやら井藤の席らしい。

「ようこそ」

 立ち上がった井藤が手招きする。

 三つの椅子がその手前に用意されており、三人はそこに座る。


「さて、星城君。どうでしたか? WG九頭龍支部は」

 井藤はそう言いながら視線を向けてきた。値踏みするような視線では無く、単純に感想を聞きたいらしい。

「正直言って驚きっぱなしで、何て言えばいいのか分かりませんけど…………皆が生き生きしていました。もっと、暗い雰囲気を想像していたので」

 そこまで言うと、聖敬は少し罰の悪そうな顔になる。

「悪の秘密結社みたいなのとは違ったろ?」

 田島が問いかけ、聖敬は頷く。

「WGの基本理念はマイノリティと一般人との架け橋になる事。

 つまりは【共存】です。その為に、出来うる限りは日常を大事にします。ですが、それに反発する組織があります。

 …………それが【WD】です」

 井藤はその表情を暗くする。

「WDもまた、WG同様に世界中にその関連施設を持つ強大な組織です。我々同様に多数のマイノリティが在籍していますが、彼らの基本理念とは、自分自身の【肯定】です……」

「……それは別に悪くないんじゃ」

 聖敬が途中で口を出す。井藤は、その反応を待っていた様に話を続ける。

「そうですね。ですが、その肯定とはマイノリティとしてどんな事でも好きにしていいという物であればどうですか?」

 聖敬はその言葉を考えた。すると、進士が言う。

「あの木島って奴を考えるんだ、あいつはイレギュラーを使って殺人を楽しんでいた。WDの云う自己肯定とは何をしてもいいっていう【自由】なんだ。どう思う?」

 聖敬の脳裏にあの危険な男の顔が浮かんだ。

 今思い出しても恐ろしく、身体が震える。

 その様子を見た田島はまぁ、と前置きすると。

「WDって連中のモットーは、マイノリティである自分を完全肯定する事なんだ。それ自体は別に悪くはないんだぜ。

 だけど、連中の自由ってのには、イレギュラーを何に使おうがいいっていう自由と、他者を虐げてもいい自由ってもの含んでやがる。だからさ、WGとWDは敵対してるんだ」

 それだけ言うと、田島は進士に視線を送った。進士もハァ、と溜め息を入れると話し出す。

「僕が十年前にマイノリティになった事はこの前話したな。

 事故で、家族が死んだって」

 進士の視線に聖敬はコクりと頷く。

「あれは単なる事故じゃなかったんだ。イレギュラーによる災害で、ソイツが皆を殺した。理由なんてどうでもいい。

 奴はこう言ったんだ――――今回は思ったよりも【大勢たくさん】殺せたな、ってな。

 目覚めた僕はWGに保護され、調べた。アイツが誰だったのかを知るために。そして……」

 進士はタブレットを聖敬に見せた。それは一見すると普通のサラリーマン風の男だった。地味なスーツに同じく地味な黒渕眼鏡。何の特徴も感じさせない男。だが、それだけに分からない。この男の【本性】が。

「彼の名は通称【殺戮中毒者マサカーアデクト】。WDに所属するマイノリティで、質の悪い殺し屋です」

 井藤は感情のない声で説明した。

「出来うる事なら、僕が仇を取りたいさ。だが、僕のイレギュラーはサポート専用だ。正直、悔しい」

 でもな、と言いながら進士は言った。

「僕のイレギュラーで誰かを救えるのならそれでもいい。アイツはいつか必ず、WGが止めればいい。皆の力で」


「少し話が離れましたが、我々は何気ない【日常】を一番に守りたいのです。

 ゆくゆくはマイノリティの事を世界が許容出来る様にゆっくりと、でも前に向かってね……もう一度聞きます、星城聖敬君。

 我々に協力して頂けませんか?」

 差し出した井藤の手を聖敬は迷わずに握った。



 ◆◆◆



「ンで、結局あのザコの蜘蛛ヤロウは死んじまったってワケか?」

 柄の悪い声が暗い部屋に響く。

 ここは九頭龍にあるWDの所有するとある倉庫。いくつかあるWDのエージェント等が集まる拠点の一つ。

 この倉庫は完全に暗闇に包まれていて、暗視装置ナイトビジョンでも無ければ視界の確保も困難だろう。

 だが、その声の主は暗闇の中をスタスタ平然と歩いている。まるで、全てお見通しの様に。

「なぁ、九条さんよ。オレもボチボチ暴れたい気分なンだ。

 で……そろそろ、無いのか? オレが燃える仕事ミッションはさ?」

 興奮した声を挙げると一瞬、暗い倉庫に明かりが灯り、ぼうっと照らされた。

 この声の主のシルエットはどうやら学生らしい。私立九頭龍学園の制服を着ていた。

「困りましたね。貴方には待機と伝えている筈です。

 貴方には来るべき時に相応しい依頼を伝えるつもりです。

 それまではイレギュラーを使って目立つ事は避けて下さい。

 宜しいですか? 【深紅クリムゾンゼロ】」

 その声の主、つまりWD九頭龍支部の支部長であり、一説には日本支部長とも目される九条羽鳥はそれだけ云うと通信を切った。


「ちぇ、つまんねぇ」

 クリムゾンゼロと呼ばれた少年は盛大に舌打ちすると倉庫を出ていった。

 目の前にそびえるいかにも重そうな鉄製の扉を片手で軽々と開き、その場を後にする。

 微かな月明かりに照らされた倉庫には数人のマイノリティ――WDのエージェントが転がされていた。そのいずれもが全身に大火傷を負い、瀕死の重傷の様だ。

「ったく、つまんねぇ事に力を使わせンじゃねぇよ。ザコが」

 そう獰猛そうに一言呟くと、不満げに肩を怒らせ街中へとその足を進めていく。それは、今にも火が付きそうな不安定で、危なげな後ろ姿だった。


「困った子です」

 九条はやれやれです、と言いつつ通信を切ると苦笑した。

 あの倉庫にはWDの戦闘部隊がいたはずだった。大方、退屈凌ぎにあの少年はあの倉庫に行き、何となく部隊を壊滅させたのだろう。

「失礼を承知で云わせていただきます」

 そう声をかけたのは、九条羽鳥の側近である”シャドウ”。勿論、コードネームである。

 見た目は如何にも有能そうな眼鏡を掛けた青年秘書といった様子で、九条の傍らに常にいる秘書兼護衛と目されるマイノリティだ。

「どうかしましたか? シャドウ」

 九条はシャドウの淹れた紅茶を口に運びながら目を向ける。その仕草一つ一つが洗練されていり、優雅さを感じさせる。

「クリムゾンゼロを引き取ったのには理由がある。

 九条様はそう私に仰いました。それは、わかっています。

 九条様の一手一手には後々の布石であり、一切の無駄は無いと」

 シャドウはですが、と前置きして話を本題に入った。

「ここしばらくのあのクリムゾンゼロの所業は目に余ります。

 本来なら彼もエージェントである以上、時に任務には従わねばならぬ事も重々理解しているはず。にも関わらず、彼は事あるごとにWDの指示を無視し、場合によっては妨害すら行う始末。

 これでは、他のエージェントに示しが尽きません。私に命令してください、必ずや彼を始末してみせます」

 シャドウの目には並々ならぬ覚悟が宿っていた。確かにこのシャドウならば倒す事は可能だろう。ただでは済まないが。

 だが、九条はそれには応える事なく、紅茶をもう一口すると「時間です」と自身の側近に告げた。シャドウもそれ以上、この件に触れる事はせずに、静かに部屋のドアを開いた。

「お入りなさい」

 九条の言葉で応接間に入ってきたのは一見するとまだ中学生位の少年。シャドウは自身の上司に一礼すると部屋を後にした。


「それで、わざわざ【平和ピース使者メーカー】がボクに何の用なんだい?」

 わざとらしく大袈裟な身振りでやれやれと言っている相手を九条はよく知っている。少年に見えるのは、その人物の”操作端末”に過ぎない。

 通称”パペット”。犯罪コーディネーターで、元WDの研究員だったある人物のコードネーム。


「しばらくぶりですね、パペット。随分と名前を売ったものです。それで、先日の木島をけしかけた件についてはもう水に流しましょう。

 ――ですが、バスでの【暗殺】の件はどういうおつもりなのか? 説明をお願い致します」

「何の事かな――うっ」

 にわかに応接間に緊張が走った。九条はただその目をパペットに対して向けただけ。だが、圧倒的な何かは瞬時に少年を圧した。膝をつき、苦しげな表情を浮かべるパペット。

「ククフフ、これはまた随分……な歓迎だね」

「改めて貴方に問います。あの暗殺はどういうおつもりです?」

「九条さん、あなたも分かっているハズだ。この少年の身体はあくまで端末に過ぎないと。それを殺した所で、ボクの【本体】には影響は無いことも」

 パペットの言葉に九条はえぇ、とだけ答え、ゆっくりとした仕草でティーカップを掲げる。

 すると、何処から現れたのかシャドウが傍らに姿を見せた。

 彼は無言で、カップに紅茶を入れる。

「――ですから、これは【警告】です。もしも、九頭龍ここで騒ぎを起こすつもりならば、貴方を排除します」

 九条はそう言うと再度紅茶を口にした。

 その足元には、手首だけになったパペットの残骸が残されている。不思議な事に血の一滴も流れてはいない。

「宜しかったので?」

 シャドウの問いかけに平和の使者は微笑むと答えた。

「見事な手際です」



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