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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
69/121

二人なのだから

 

 ”一手先エクスクルシブポイント”は実に使い勝手の悪い、非効率的なイレギュラーである。

 マイノリティとイレギュラーの相関性を研究している教授がこんな説を提唱してたのを何かの本で込品は読んだ事がある。


 曰く、イレギュラーとは、彼我の差、つまりは個人差こそあれ基本的には担い手の願望や精神の具現化の産物だとされる。

 つまりは、生まれつきのマイノリティの場合ならその持って生まれた時から保持していた異能イレギュラーとは、つまりはその子の本質であり、後天的に覚醒したものであるのならば、それはその覚醒者のそれまでの人生経験から来る精神の在り方だとも云えるのだそうだ。

 そういう意味では、武藤零二であったり、星城凛の様な場合、そのイレギュラーはまさしく彼ら自身の何らかの本質を指し示していたのだろう。

 そして込品太一郎の場合は、まさに彼自身の精神性の具現化である、と言えるだろうか。

 それはつまり、強者への挑戦。

 彼には常に自分よりも強い者が身近にいた。

 それは例えば自分よりも六つ上の兄、子供にとってその差は絶望的な差であったが、小学六年になった時に遂に勝った。負けたくなかったから毎日牛乳を飲んで背を伸ばしていく内に体格で勝ったから当然の結果であった。

 次に、中学に入って早々の頃。周辺で悪名を轟かせた不良グループのボスとのケンカ。

 相手は元空手の中学チャンピオン、最初は正面切って戦ったのだが、結果としててんで相手にすらならなかった。

 そこで彼は考えた、正攻法が無理なら搦め手でいこう、と。

 相手が強いなら、そこに付け込もうと。

 相手を呼び出してケンカをふっかける。

 予め散々挑発をしておき冷静さを失わせる。肝心なのは、相手に自分を攻撃させる事だ。

 何故なら、シャツの下に鉄板を仕込んでるのだから。

 相手の悲鳴が聞こえた。間違いなく拳を痛めたに違いない。

 悶絶する相手の顔面を石を握り締めた拳で幾度も殴りつけて勝った。思ったよりも呆気ない終わり方であった。

 プロの格闘家ともストリートファイトもしたのだが、やがて周囲に自分よりも強い相手がいなくなり、退屈していた彼が足を向けたのが自衛隊であった。

 彼が思っていた通り、ここには自分よりも強い連中がわんさといた。単純な腕力で、様々なスキルで、ここには彼よりも上の人間が常にいた。

 込品はそれこそ他者の数倍もの努力をこなした。

 少しでも強くなる為に、強くなって上にいる連中と競う為に。

 そうした努力は実を結び、やがて基地内で最も優秀隊員となった彼にある話が入った。

 それが自衛隊内の特殊部隊である特殊作戦群へのスカウトであった。

 込品は迷わなかった、ここならば今の自分よりも強い連中がいるに違いない、とそう思ったからだ。

 そしてそれは正しかった。

 そこにいたのは自衛隊でも指折りの精鋭。

 彼らはそれぞれに極めて優秀で、込品以上の怪物揃い。

 特殊作戦群での訓練は過酷であった。

 他国の特殊部隊との合同の訓練は彼の目には実に新鮮であった。

 技量では劣らない自信もあったし、それは実際事実であった。

 だが、彼らと自分達には決定的に違う点があった。


 それは、その目である。

 彼らに宿る目には時折、殺気があった。

 それは幾多の修羅場を潜り抜けた者にしか宿らない、決して自分達が纏えない光。

 その光がほしい、そう男は思った。

 だがそれは叶わぬ願いだとも理解出来た。何故なら各国の軍隊と自衛隊とでは決定的な差があるのだから。

 自衛の為の隊、それが自衛隊なのだから。


 だから戦地への補給支援が決まった時、込品は内心で喜び勇んだものだった。

 もしかしたら戦えるかも知れない、と。

 そして待ち望んだ機会は訪れた。


 そこは彼が思っていた場所とは程遠かった。

 乱れ飛ぶ銃弾は敵か味方かも判然としない。

 輸送任務中に襲撃を受けた際に車両は横転、後続とは分断された。

 更に通信妨害の為に、仲間の状況すら分からぬ。

 折しも、時刻は夜。

 砂漠地帯の夜はまさに凍える寒さだ。

 車両に搭乗していた自分以外の隊員はあくまでも防衛に拘った。

 自分達は無用な殺傷を避けるべきだ、というお題目は確かに立派なモノだろうと彼も思う。

 だが、それは平時にしか通じない理屈だとも彼は思っていた。

 自分達が平和を望んでいる、と如何に声高に主張しようが、現地の彼らからすればさぞや滑稽であろう。

 自衛の為には過剰な武装だと思うのではないだろうか?

 その重機関砲を搭載した装甲車両が彼らにどう見えるとは思わないのだろうか?


(くだらない、戦争とは生きるか死ぬか、だ!!)


 だから込品は一人、部隊から離れた。

 幸い敵は部隊の反撃が想定よりも激しい事に襲撃を躊躇っている。

 砂漠仕様の迷彩を纏い、静かに這いつくばって進む。

「ぐぎゃ」

 ナイフを心臓へ突き立て、斥候を斃す。

 実際に人を殺したのは勿論今日が初めてだが、思いの外自分が冷静である事に込品は少し困惑していた。

 命を奪うという行為は、その遂行者に少なからぬ精神的な痛みを与える、そう聞いていたのだが。

(きっと興奮状態だからだろう)

 そう思いつつ、敵の服を纏い、一人、また一人と敵の命を奪っていく。

 同じ服を纏うだけで、相手は警戒心を弱める。

 苦笑しながら、銃弾を打ち尽くした込品はナイフを淡々と敵へと突き立て、切り裂いていった。


 いつしか通信は回復していたらしい。

 味方の救援が敵のキャンプへと反撃を試みて目にした。

 そこにいたのはたった一人、一人の自衛隊員。

 その手に握ったナイフからは血が滴っている。

 彼の全身は返り血で染め上げられている。

 キャンプには五〇人の敵戦闘員の骸が転がっていた。

 結果として、部隊の損耗は重傷者が三人で死者は出なかった。

 対する武装集団側は一〇〇人以上の死傷者を出し、特殊作戦群の能力の高さは各国でも認知されていく。


 そうした中で、込品は除隊となる。

 表向きは心身の消耗。実際には過剰殺人、それが彼が離れる理由である。

 だが込品はもう自衛隊には何の未練もなかった。

 何故なら、命を懸けた戦いの緊張感を既に覚えてしまったのだから。

 それに、自分に芽生えた妙な力を知る必要があった。

 ほんの一瞬先が視えるという妙な力を。

 上手くすれば、自分はもっと強い連中と戦えるのではないか?

 そう期待が膨らんでいくばかりであった。

 自分よりも強い何者かに対してのギリギリでの生死をかけた戦い。それこそが彼にとっての存在意義であるのだから。



 ◆◆◆



「いいぜいいぜ、来いよぉぉぉぉ」


 そう声をあげながら聖敬の飛び出しを目にした込品もまた動く。

 彼は”一手先”で向かってくる聖敬を凝視。

 その動き、より正確には加速度を見て間合いを変えるつもりであった。

 今、この場には白狼と化した少年以外にもう一人の敵がいる。

 遠距離からの一方的な攻撃は脅威ではあるものの、今は考慮しない。何故なら、下手に攻撃を仕掛ければそれは仲間を巻き込むのだから。

 だからそんな危険を冒してまで攻撃してくるとは考えにくい。

 それが込品の判断であった。

 聖敬の一瞬先の動きが観えた。

 一歩後退すれば、その直撃は避けられ、なおかつ反撃に転じる事も可能であろう。

 だがそこで込品は思う、そんな事で良いのか、と。

 自分よりも強い相手と戦う事こそが最高の瞬間、そして命と命の削り合いこそがもっとも血が滾る瞬間ではないか、と。

 であれば安全策に一体どれ程の価値があろうか?

 そうじゃない、そうではないはずだ。

 だったら何をすべきかは、自分自身が誰よりもよく知っている。

 そうだ、ギリギリのせめぎ合いの末の勝利にこそ価値もある。


(ならば分かってるよな、どうするべきかを――)

 

 込品はそこで一歩前に踏み出す、躱すことよりも相手を殺す事を優先して。

 そう彼にとって闘争とは如何に自分の命をギリギリに、喪失の瀬戸際まで追い込めるのかを楽しむ為の最高の娯楽なのだから。



(どうすれば勝てるか?)


 それが白き狼と化した少年が今考えるべき事だった。

 目の前にいる相手に対してなまじっかな速度は無駄なのだから。

 現にこの戦いが始まってから数分が経過した訳だが、膠着状態に陥っている。

 このまま戦いが長引けば、最終的に敗北するのは多分自分なのだろう、……そう聖敬は理解していた。

 確かにイレギュラーの相性の問題も影響しているのは事実だ。

 聖敬のイレギュラーは肉体操作能力ボディの系統の中でももっとも強力な類の肉体そのものを変異させる能力だ。

 それは他者を圧倒出来るだけの肉体的なポテンシャルを発揮せしめ、蹂躙するのも容易い程の戦闘力だ。

 しかしだから故に聖敬にとって目の前にいる相手は相性最悪であった。

 肉体変異は使用者の消耗が激しいのだ。

 強ければ強い程に。

 対して込品は一瞬先の予知、予測。

 あまりに僅かな先、殆どの場合誰にも対応不可なイレギュラー。

 だから故に消耗は少ない。

 込品の恐ろしさはここに集約されていた。

 彼は殆どポンコツといって差し支えないイレギュラーに適応出来るだけの反射、判断速度を持っていたのだから。

 それは彼の生まれながらの経験で磨かれた、異能とは違う能力。

 マイノリティとなった事でその他者よりも優れていた速度もま異常発達した事により始めてイレギュラーをも扱える様になった、出来すぎた偶然の産物。

 故に込品は聖敬と比べてイレギュラーの消耗が圧倒的に少ない。

 彼を倒すには、予知、予測出来ない状況で攻撃するか、それを超える何かを出すか、だ。

 聖敬が選択したのは――、


「はあああああああ」

 聖敬は突進した。

 牙で、爪先で、或いはその身体全体での体当たり。

 そのどれでも使い分け出来る様に大きく動く。

「…………」

 迎え撃つ込品は一手先で相手の動きに注視している。

 狙うはギリギリのタイミングでのカウンター。

 既に手段は決まっている。

 ナイフの他に、彼は武器を仕込んでいる。

 それは特殊金属製の”骨”である。

 両腕の骨を摘出し、代わりに埋め込んだ人造の骨。

 それは銃弾を弾き、容易くコンクリートを砕く強度を持っている。

 単純な攻撃力ならナイフよりも優れており、まさに切り札。

 片手で聖敬の攻撃をいなし、残った手で反撃。

 難しい技は必要ない。大事なのは見極める事のみ。

 すんでの所で相手の動きを見切る、それだけである。


(一瞬先、違う。これでは威力が足りない。

 次の一瞬、違う。これは角度が甘い。なら次の次――)


 込品にはまるでコマ送りのように、一瞬先の相手が観える。

 静止写真のようなモノを見た瞬間に、彼はどう対応するかを判断。そして先送りしている。

 要はメタ予測、メタ感知をしながらシミュレートしているのだ。

 そうして幾度も幾度も聖敬の攻撃を弾き、カウンターを叩き込む事を判断している。

 狙うは自分が致命打を与えられる一瞬先の光景。

 辛抱強くその時を待つ。



 そうしてその時は来た。

 聖敬からの攻撃は爪先での薙ぎ払い。

 まともに受ければ腹と臓腑を裂かれ致命傷に陥る攻撃。

 それを左手を”差し出して”止める。

 折れたり千切れる心配はない。

 そうして勢いを殺さず流しながら、残った右手での貫手を心臓へ突き立てる。

 これこそが待っていた瞬間。


「ひゃっはあああああ」


 込品が勝利を確信して仕掛けようと試みた瞬間、である。

 聖敬の姿が眼前にあった。

(え?)

 一手先ではまだ残り一歩の距離にいるはず、……だのに。

 聖敬の爪先が襲い来る。

 だが、込品には対応出来ない。

 全てをあとコンマ数秒に合わせていたから。

 まるで冗談に思えた。

 一手先よりも先を行っている相手の動きに。

 そうして爪先が襲いかかり、込品は敗北するのであった。



「ハァハァ――う、くっ」

 聖敬は狼から元の姿へと戻ると膝を付く。

 想像以上に消耗した事を実感していた。

(もしもWGで実戦形式の手合わせを繰り返していなきゃ、……間違いなく負けていた)


「あ、がが……」

 込品は口から血を吐いて崩れる。

 腹部が熱い、ドクドクと熱い血潮が流れ出でていく。

 即死してもおかしくない一撃でそうならなかったのは、良くも悪くも彼の反射、判断速度による物だ。

 避けられない、と悟った瞬間、込品は両手で貫手に攻撃を切り替えてたのだ。

 先に聖敬の爪先が襲いかかったのだが、コンマ数秒遅れで貫手もまた相手の胸部へ到達――めり込まんとした。

 だが、その前に爪は込品を引き裂き……今の状況に陥っている。

(まけた、負けたのか? ……だが、何故だ?)

 分からなかった。

 何故急に速度が激変したのかが不可解であった。

 だからこそ――――問う。


「な、何故だ?」

「簡単ですよ、加速しただけ……です」

「ば、かな、……それだけ加速出来たな、らもっと決着、は、はやかった……?」


 そうかすれかすれに言いつつ、彼は違和感に気付く。

 自分に勝ったはずの聖敬が何故あれだけ疲弊しているのかが、分からない。

 その疑問に聖敬も気付いたらしい。


「僕の力じゃないですよ、妹の力です。

 あなたは強かった、僕一人じゃ勝てなかった。でも、僕らは一人じゃない……二人だから」


 そう、聖敬は凛の放った音の砲弾を背中に受けて加速したのだ。

 相手の予知、予測が一瞬先であるなら、それを上回るモノを出せばいいい。

 通用する自信はあった、何故なら相手はさっきの凛の攻撃を想定していなかった。

 それで気付いた、彼のイレギュラーは自分の目に入った物のみに反応するのではないか、と。

 それは正しかった。聖敬だけしか見えない、込品にその予知、予測は不可能であったのだから。


「な、るほ……どな。合点が……いった、よ」


 それが込品の最後の言葉になった。

 彼は最期に至り、笑みを浮かべていた。

 最期までギリギリの瀬戸際で命の削り合いが出来た事に満足していた。

 全身から力が抜け落ちて、倒れ……二度と起き上がらなかった。




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