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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
67/121

一手先――エクスクルシブポイント

 

「ひゃあああああははっっはぁ」

 人気の無い路地裏にて笑い声が響き轟く。

 込品太一郎はまさに今、戦いを楽しんでいた。

 何故ならば、つい数時間前まで彼もまた九条羽鳥により拘束され、監禁されていたのだから。

 理由はこのWDエージェントが殺人を自身の快楽として受け入れ、嬉々とした表情で任務に無関係の一般人まで殺害するからに他ならない。

 この男もまた椚剛と同じく深紅クリムゾンゼロこと武藤零二に桜音次歌音こと、聖敬の義妹である星城凛の所属している九条羽鳥麾下の特命チームの先代メンバーであった。

 込品の手にあった手槍が頬を掠め「くっ」と聖敬が小さく呻く。

 交戦を始めてから、数分経つが未だに聖敬は、目の前の相手に対して有効な打撃を与えられていなかった。

 込品が、想像以上に手強い相手であった、というのも理由の一つであった。

 だが、それ以上に聖敬は身体に”違和感”を覚えていたのだ。

「くっっ」

 今もまたそれを感じた。

 この違和感を感じたのは、ついさっきからだ。ほんの一瞬、身体が自分のモノじゃない様な感覚が襲い来る。

 それまではスムーズに動いていた身体が突然、糸の切れた人形とでも言えばいいのか、自分の思い通りに動かなくなる、動けなくなるというのか。


 しかし、それでもだ。

 目の前の相手に負ける気はしなかった。

 半狼の姿とは言えども、聖敬は相手よりも自身の身体能力の方が上である、という確信があったからだ。

 現に相手から仕掛ける攻撃そのものは見切っていた。

 確かに無駄のない、きちんと訓練を受けであろう所作だ。恐らくは、いや間違いなく自分よりも実戦慣れしているに違いない。

 だが、そもそもの肉体面での強さと身体能力に大きな隔たりがある。

 如何に訓練された動作とそれに伴う攻撃であろうとも、聖敬の目には止まって見えてしまうのだ。

 だからこそ、手槍での突きを変異させた右の爪先でアッサリと弾けるのだし、攻撃を逸らされ身体が泳いだ相手のその隙をも見逃さずに残った左手でカウンターを狙いも出来る。

 それは寸分違わずに相手の脇腹を痛打するはずであったのだが、

「うおっとぉ」

 込品は泳がされた体勢からその場で回転。迫る攻撃を躱しつつ、更に蹴撃を浴びせる。

「ぐ、あっっ」

 思いもよらぬそのカウンターをまともに喰らい、聖敬が地面に倒れる。

 そこに着地した込品が追い撃ちをかけんと迫る。

 低い姿勢からタックルの様に距離を詰めて、半狼の少年の上に馬乗りとなる。

 聖敬は手槍での攻撃に備えんとした。

 だが、その見込みは外れた。

「くひゃひゃひゃはあああ」

 哄笑をあげながら繰り出すは、手槍での刺突ではない。その手には凶器はなく、代わりに繰り出すは。

 空を切る様な左右の鉄槌。

 今の聖敬になら本来、一発一発は然程の脅威とは成り得ない。

 だが、それもあくまで単発での話。

 上から繰り出されし鉄槌は鈍器での攻撃に等しく、受けて立つ格好の聖敬へ防御越しにダメージを蓄積させていく。

 如何に込品の身体能力やそれに付随する肉体強度が劣ろうとも、それはあくまでもマイノリティとしての話である。一般人のそれよりも優れた肉体はやはり凶器にも等しい。

 聖敬の腕に軋む様な痛みが生じ始める。

「おいおいおいおいオオカミ小僧、そんなものかよオイ」

 挑発するように見下した物言いをしながら、込品は満足感に浸っていた。

 そう、これだ。この感覚こそが自分の求めていたモノである、と感じていた。

 彼は自身を強者だと実感した事が今までに一度も無い。



 自衛隊の、特殊作戦群というエリート部隊に所属していた頃でさえ自分よりも力量の勝る隊員はいた。

 あの戦場で生死をさ迷い、結果としてマイノリティとして覚醒。イレギュラーを発動させた。

 その時はこう思ったものだ。

 これでもう、自分に勝る相手はいやしないのだ、と。

 だから、不名誉除隊となっても一切気にもならず、迷わずに裏社会へ足を踏み入れたのだ。

 彼のイレギュラーである”一手先エクスクルシブポイント”はほんの一瞬先しか見えない極限定的な予知能力。

 それでも彼は自分が負けるはずがない、とそう思っていたのだ。

 ところが、その自信は脆くも崩れ去った。

 彼はある相手に完敗を喫する。

 それがあの椚剛。”絶対防御アブソリュートプロテクション”という異名を持つ真性の怪物であった。

 何をしても通用しなかった、どんな技も駆け引きも通用しない。これ迄に得た殺しの技術は、その絶対たる防御の前に何の役にも立たなかった。

 純然たる力の前では如何な小細工も無用、そう告げられている様な気分すら覚えた。

 決着は実にあっさりとしたものであった。

 一見何の変哲もない単なる突進、だがその実、目前の全てを破壊し尽す悪魔の行進。

 一切の抵抗も無駄であった、ましてや戦意を喪失し、相手に魅入ってしまった以上何処に勝利の目があるというのか?

 気が付くと吹き飛ばされ、倒れていた。


「う、ぐぐっっっ」

 身体はもうピクリとも動かなかった。全身の骨が砕けたかの様に全く力が入らない。

 相手はゆっくりと倒した獲物へと歩み寄る。

 その目を見れば分かる。相手には、椚剛に油断はない。付け込む隙など皆無である、と。


「殺せ、……さっさとな」

 目を閉じて、その時を待つ。

 だが、相手からは、椚剛からは何のリアクションも返って来ない。

 目を見開くと目の前にあったのは自分へと差し出された手。


「何のつもりだ? 余裕だな」

 息も絶え絶えなのを誤魔化す為に敢えて不敵な笑みを浮かべて見せる。まだ余力が残っている、実際には何もないのだが構わない。侮られたまま無様に死ぬよりも、もしくは仲良しごっこ等にかまけるよりもここで華々しく散った方が幾分かマシだ。そう本気で思っていた。

 椚剛はくっく、と笑う。

「殺さないぜ、お前は強いんだからな」

「俺が強いだと? 馬鹿にするのも大概にするんだな」

「いや、本気だとも。確かにお前は俺に無様に敗北した。

 だが、それはあくまでも互いに保持せしイレギュラーの差でしかない。

 仮に、もしもイレギュラー抜きでお前と対峙する羽目に陥ったのなら、俺に勝ち目等皆無であったろうさ。

 それ程にお前の戦闘技術は高い水準にある。…………だからこそ、俺に手を貸せ、お前程の男を殺すには惜しい。死ぬ覚悟があるのであれば俺に命を預けろ」

 打算等全くないその言葉に、気が付けば従っていた。

 差し出された手を掴み、立ち上がる。

 かくて、込品太一郎は勧誘に乗り、WDエージェントとなる。

 以来、常に結果を出し続け、いつしか九条羽鳥の直属にまでのし上がった。

 多くの敵を事前に始末し、ある時は事故に見せかけ、ある時は見せしめの為に惨殺にもして見せた。

 全ては、己が何処まで戦えるのか、という疑問とあの差し出された手に応えるため。いつの日か、あの防御をすら必ず打ち破ってみせる為であった。



「くひゃひゃひゃ、どうだどうだどうだどうだぁ」

 鉄槌を打ち付け、叩き込みながら恍惚とした表情を浮かべ、己が優位を実感する。

 そう、これだ。と思う。

 本来なら自分よりもずっと力の勝る相手をこうして圧倒するのは実に心地のよいものであった。

「そうだそうだそうだぁぁぁ。お前に勝機などない――」


 好き放題いってくれる、と聖敬はそう思った。

 だが、実際自分は相手に対して反撃の糸口すら掴む事も叶わない。

 一発一発は毛程も効を為さない微力な攻撃。

 だが、それでもこうも断続的に、絶え間なく槌を打ち付けられては防御をしていた所で確実にダメージは蓄積されていく。

 腕に、筋肉に、骨に、一撃一撃、痛みが浸透していく。

 しかも、だ。

 さっきから稀に、防御をかい潜って鉄槌が聖敬の顔面へ入り始めていた。

 妙なのは見切っていたはずなのに何故、相手の攻撃が届いたのかと言う一点。

 見えていたはずの攻撃が、いつの間にか直撃していた。

 理屈は分かる、要は見えない角度から、つまりは死角から攻撃されたのに相違ない。

(だけど、何処かおかしい?)

 また、だ。鉄槌が両腕の防御を潜り抜けて直撃していた。

 それに妙なのは、今気付いたのだが、相手の攻撃速度が変わっていた事だ。攻撃のリズムを変える事で、防御を潜り抜ける、普通なら狙いはそんな所であろう。

 だが、何か違う。

 何故ならば、速度が変わった、と確信したのは防御を潜り抜けてからだったからだ。

 加速するならば、防御を惑わす為に仕掛けるはずだ。

 なのに、相手の攻撃は防御を潜ってからだ。

 まるで、そう、……最初からそこまでは”想定内”とでも云わんばかりに。

(まさか…………そうなの、か)

 そこで聖敬は一つの可能性に気付く。

 ならばこそ、

(試すならこれだ)

 意を決した聖敬が仕掛ける。

 不意に呼吸を止め、そして解き放つ。

「オオオオオオオオオオ」

 至近距離、いや、ほぼゼロ距離からの音の砲撃。中国武術で云うところの雷声。

 それはまさしく回避不可。その音の爆撃を喰らわば、鼓膜は突き破られ、三半規管を狂わされるのは必定。それどころか今の聖敬ならば、声だけで相手の体内にすらダメージを与え、殺害すら可能であろう。

 それを――――、

 込品は、マウント状態を解除。後方へと即座に飛び退いていた。

 それも丁寧に両耳を手で塞ぐ念の入れようである。

(やっぱりか!)

 最早、疑いようもなかった。

 相手のイレギュラーが”予知”なのだと確信した聖敬は、即座に追い撃ちをかけんと跳ね起きる。

 ドッッ。

 だが、そこで炸裂したのは足元に転がっていた手榴弾グレネード

「あぐっっっ」

 それは爆発によるダメージを与える通常のそれではない。閃光と轟音で相手の視覚に聴覚を狂わせるのが目的の閃光手榴弾スタングレネードであった。

 まさに自分の雷声の意趣返しとも云える反撃により、前後不覚となった聖敬に対して、一転優位に立った込品が襲いかかる。

 右手を腰に回し、ホルダーからコンバットナイフを引き抜く。そしてそれを隙無く素早く突き出す。

 音は聞こえない、視界も狂ったまま。

 だが、それでも感じる。相手からの凄まじい殺気とそれから刃先の風を切る感覚を肌に感じる。

「く、あっっ」

「なに、……!」

 込品は思わず驚きの声をあげる。

 今の攻撃は確実に相手を仕留める為に心臓を狙ったものだ。

 そもそも、閃光手榴弾で前後不覚になった今、相手にこちらを察知するのはほぼ不可能であったはずだ。

 なのに、ナイフの刃先は相手の胸部を抉りはしたものの、そこまでだった。聖敬は腰を捻り致死の一撃を避けたのだ。

 それどころか、

 聖敬はその右手を、振り切って反撃してきたのだ。

「く、おっっっ。ぐっっ」

 思わず込品は呻いた。

 彼のイレギュラー、エクスクルシブポイントはあくまでもほんの一瞬程度の予測能力。

 一瞬の事であるが故に精神的な消耗は少なく、結果として常時発動させる事も可能なのだが、それでも穴がない訳ではない。

 まずは一瞬先、コンマ数秒に満たない時間で反応出来るだけの反射神経、彼は結果的にそれが出来る様になった訳だがそれでも最低限の動き、対処しか出来ない。

 二手三手先を見越した反撃は不可能。

 それから、不意の攻撃には反応が遅れる。

 何故なら、エクスクルシブポイントの発動には、一手先を読むには相手を”正面から見ていなければ”ならないからだ。

 つまり、今の様に聖敬がまさかの回避を果たした状態から反撃に転じる様な状況に対しては相手を正面から見ておらず、結果として反応が遅れるのだ。

 これは、言うなればごく当たり前の事だ。

 普通は相手の動きを見てから躱す。または相手の次の動きを先読み、予測して躱す。自分の勘や経験を活かしてそうした行動を選ぶ。

 だが、皮肉な事に込品太一郎は、マイノリティに覚醒し、イレギュラーを得た事でいつしかその能力に頼り切っていた。その結果として、そうした普通の反応が上手く出来ない様になったのだ。


「く、ひひひくひゃひゃひゃ」


 哄笑しながら、込品は自分の腹部を抑える。

 ジト、とした血が滲むのが分かる。

 さっきの反撃は腹部を捉えていたのだ。

 そもそも半狼の少年と、自分では元のスペックが違うのだ。

 例えるなら、聖敬からすれば込品の肉体強度は小枝の様な物であるだろう。

(恐らくは内臓をやられたな。くっく……)

 これでは直撃すれば、一撃で倒されるのは間違いない。


 閃光手榴弾の影響から抜け出したのか、聖敬は真っ直ぐに相手を睨み付けていた。

 その目は油断無くこちらを見据えている。

(もう不意打ちは通用はしないな。だがまぁいい、こっちが劣るのはいつもの事だ)

 舌打ちしつつ、睨み返す。



「――――行くぞ」

 聖敬はそう言葉を発すると、全身を白い狼へと変異。

 目の前の相手に対して全力を出す事を決意したのであった。


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