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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
66/121

動く者達

 

 午前八時。

 九頭龍駅近辺にて、騒動が起こっていた。

 まず現在、その場所には人気が殆ど無かった。

 平日の午前八時と言えば、出勤や登校で駅を利用する社会人に学生でごったがえすというのに。

 理由は二つ。

 まず一つは、つい三〇分程前に周囲一キロ圏内に緊急避難警報が鳴り響いたのだ。

 この九頭龍という経済特区に於いてこれが流れるのは、非常時、それもテロ等の可能性が示唆される時である。

 この警報が鳴り響いたら即座に警戒区域からの退避、もしくは各所に設けられた避難シェルターに行かなければならない、というのが一つ。

 それでも、何が起きるか好奇心が勝る者達も少なからずいるものだが、そこで二つ目。

 つまりは、この周囲に”フィールド”を展開する事でそういった事態の進行の妨げとなりかねない野次馬を退避させる。

 現在、警戒区域周辺は警察や自衛隊、そしてその中に混じったWGのエージェントによって封鎖されているのだ。

 何が起きているかは、最早明白だろう。


 今、区域内では戦闘が起こっているのだ。


 おお、というどよめきの声が挙がる。

 彼らが見たのは爆発と、それによって引き起こされた火柱である。

 WD九頭龍支部に於ける絶対的なトップであった九条羽鳥の死去という事態が引き起こした混乱は、それまで保たれていた均衡を完全に崩壊せしめた。

 一晩にしてWD九頭龍支部に所属していた者達は”独自”の判断で各々が行動を始める。

 その結果、昨晩からWD関係者によるイレギュラー犯罪が急増。

 WG九頭龍支部もまた、表向きは秘匿されているものの、昨日起きたクーデターで混乱しており、対応は後手後手となっていた。

 現場で対応するWGエージェントの疲労は限界に達しつつある。

 そんな中で発生したのが、よりにもよって駅近辺での事件。

 そしてその鎮圧に四人のエージェントが派遣されたのだが、連絡が途絶してかれこれ三〇分。封鎖担当のエージェントに不安がよぎるのであった。



「ぐぎゃあああ…………っっっ」

 その叫びはまさしく断末魔と言って差し支えないモノ。

 その場に崩れ落ちたのはWGエージェントの一人。

 その腹部には大きな穴が穿たれており、そこからは向こうの景色が窺える。

「くひひ、なんだツマランな。この程度か? WGエージェント様の実力ってのはよぉ」

 ひゅん、という音を立てて空を切るのは一本の手槍と、それを手にする一人の男。

 込品こむしな太一郎たいちろう。年齢は二八歳、元自衛隊の特殊作戦群に所属していたエリート自衛官。

 その実力は折り紙付きの凄腕。だがその好戦的な性格に難があると言われた男。

 とある海外での輸送任務中に現地の武装集団に襲撃を受けて部隊が応戦。その結果として部隊の練度の高さと、その実践能力を証明したのだが、その際に戦闘意欲を喪失した武装集団に対してなおも銃撃を浴びせ、ナイフを突き立て全滅させるという過剰殺人を咎められ、精神鑑定。その後、不名誉除隊。

 だが今、彼は満たされていた。

 WDに所属したのも、全てが己の自由に出来るのだと聞いたから。だと言うのに。

「あー、最高だぜぇ。そうだよ、コレだコレ」

 弾丸を躱すと射手へ肉迫。手にした手槍を用いた最短距離で最速の一突き。

 ドッ、という刃が相手を刺し貫く感触。そのまま心臓へ突き刺し、鼓動が徐々に弱くなるのを感じる。

 WGエージェントが藻掻き、抵抗を試みる。

 だが、銃は込品の左手刀で弾かれ、両足は踏みつけられている。

 苦し紛れの頭突きを当てるも、相手は怯まない。

「は、っは。いいぜいいぜ、足掻け、苦しめ、で……死ねよ」

 ぞぶり、と槍の穂先を力を込めて押し込む。

「が、がか…………は」

 胸部は血で染まり、口からは多量の吐血。それが最期となる。

 鼓動が、止まっていくのが穂先越しに分かる。

 そして、……動かなくなる。

「くひひ、もう死んだのかよ? ったくつまらんヤツだね」

 事切れた相手に食い込ませたナイフを引き抜くと、無造作に投げ捨てる。

 彼は特段優れたイレギュラーを持っている訳ではない。

 何せその肉体強度はあくまで一般人よりも優れている程度。

 火や風等の強力な自然現象を操作出来るのでもなく、血液を手繰るのでもない。

 彼の異能は”一手先エクスクルシブポイント”。端的に言うならほんの一瞬が瞬時に分かるというものだ。

 普通であれば対処出来ない程の僅かな先の出来事。

 彼が異様なのはその僅かな先に対して即座に動けるという事実。

 そして、ギリギリでの命のせめぎ合いに快楽を見出だす精神性。

 まさしく彼は怪物フリークであった。


「あーあ、暇だなぁ。折角ここで待ってやってるってのにな」

 WGエージェントを返り討ちにした込品は、口を大きく開いて大あくびをする。その気になりさえすればこの封鎖を突破出来うる彼がこの区域にいる理由は単純だ。ここにいればWGエージェント続々と自分を制しに来るからだ。

 現にこれで二つ目のチームも壊滅。

「もっとだ、もっと強い奴を殺してやりたい」

 恍惚とした表情で、ナイフにこびりついた血を舐めとる。


 と、そこへ。

「はああああああ」

 気合いに満ちた声と共に何かが迫るのが分かる。

 込品は自身が何者かに貫かれる光景が目に浮かび、咄嗟にその場から飛び退く。

 ガコン、という音は拳が地面へと突き立つもの。

「くひひ、なかなか面白いヤツだなお前」

 その視線の先にいるのは半ば狼と化した聖敬。

 強烈無比なその一撃とは裏腹にすたん、としたその静かな着地は相手がかなりの訓練を経ているであろう事を容易に想起させる。

 込品は自然と喜色ばむ。

 この新たな乱入者であればかなり楽しめるに違いない。そう確信を抱いたからだった。



 ◆◆◆



 一方それと前後して。

 九頭龍のある会社の社屋にて。

 この社屋はつい先月に、倒産した不動産会社の物であった。

 その不動産会社は以前からあまり評判が良いとは言えない輩と関係があり、かなり強引な方法で荒稼ぎをしていたのだ。

 だが、そんな出鱈目な経営が長く続くはずもなく、警察に悪辣な手法を暴かれ、そうしてた社長を含めた社員数人全員が逮捕。

 かくして倒産と相成ったのであった。


 倒産と前後して、その見た目だけは立派な社屋には夜になると来客が来る様になった。


 彼らはこの社屋の鍵を持っており、夜な夜なここに入り浸る。

 何故ならば、何を隠そう彼らこそがこの不動産会社の行っていた悪質な手法を、つまりは汚れ仕事を受け持っていた連中であったからに他ならない。


 三人の男達はいずれもパッと見で判断するのなら、その辺にいるような普通の若者に見えるに相違ない。

 しかし、彼らはいずれもマイノリティである。

 WD九頭龍支部に非正規人員イリーガルとして雇われているのだが、先日までの彼らの任務とはつまりはこの不動産会社を潰す事であった。どうやら九条羽鳥に潰して欲しい、という依頼があったらしく、それを受けた支部長から三人へ実行命令が降りたのだ。

 強引な手法を自分達で提案、実行し、それを警察へリークする。その結果が倒産という結果である。

 既に謝礼も九条からは出ていたし、当分金には困らない。

 だが彼らは不満であった。自分達の得意分野である荒事を活かせる仕事だと聞いていたからこそ、この仕事を受けたのだが、やれ人は殺すな、派手な事はするな等々と様々な制約を付けられて欲求不満を抱えていたのだ。

 そんな中での、昨晩の異変である。目の上のたんこぶといって差し支えなかった口うるさい上司はもういないのだ。

 椚剛、とかいう男がどういう奴なのかは気にはなったものの、それ以上に彼が口にした”自由”という言葉はこれまで押さえ込んでいた”たが”を外すのには充分であった。

 今、彼らは久々に満足した表情を浮かべていた。

 その理由は四時間程前に一仕事してきた為である。

 具体的に言うならば、銀行を襲撃し、コンビニを強盗し、ATMを壊して、更には街をたむろしていたドロップアウトの少年達を襲撃してきたのだ。

 警察も今は混乱しているに違いない。

 彼ら三人以外にも複数の同類達が街中で暴れ回ったのだから。

 それにWGの動きもどうもおかしい、事件へ対応する動きがイマイチだった様に思える。


 三人のリーダー格である手近てじか光樹こうきはウオッカをあおりながら上機嫌で笑う。

「まぁ、何にせよこっちにゃ都合がいいんだけどな。

 にしたって、あいつらいつまで時間かけるつもりだよ?」

 仲間はついさっき買い出しに向かったのだが、そろそろ戻ってもいいはずである。

 うぃっく、とほろ酔い気分で目の前のテーブルに積み上げられたジェラルミンケースを満足げに眺める。

 あの中に詰め込んだ札束。それから久々の殺し、盗み。

「あの椚だが、クスノキだかは知らねえけど、好き放題出来る自由ってのはいいもんだよなぁ、……ヒック」


「あっそ、つまんない男ね」

 そこにかけられるのは冷ややかな声。

 誰かは知らないが、その声色から判断するに間違いなく女だろう。


「なんんだ、テメェ」

 手近は手にしていたウオッカの瓶を声の方向へ投げつける。

 何の躊躇もないその投擲は相手に対する思いやり等欠片もない。

 元来、粗暴なこの男に異性に対する優しさは存在しない。

(ドタマかち割れちまえや)

 だがその期待は敵わない。

 その瓶は相手に衝突する前に、ぼう、と溶けて失せたのだから。

「ち、同類かよ。まぁ、ここに来てるってのはそうだよな」

 下卑た笑みと声をあげて手近は椅子から腰を上げる。

 ゆらり、と気だるそうに上半身を回すといきなり仕掛ける。

 突き刺す様な勢いとキレのある蹴り。

 どかん、と鈍い音を立てて蹴りが壁を貫く。

「おいおい、思ったよりもいい反応じゃないかよ」

 うい、とした酒の臭いに満ちた吐息をしながら男は、その相手に視線を向ける。

 飾り気のない白いシャツにこれまたシンプルな七分丈のジーンズにスニーカー。

 だが腰まで届こうかというその黒髪は、まるで絹のような光沢を放っており、顔立ちは何処か浮き世離れしている。所謂、今時の美少女、とは違いまるで往年の名女優のような美しさを称えている。

 その上に眼鏡をかけている為か、不思議と知的な雰囲気と感じるのだからその伊達眼鏡はまさしく彼女の……怒羅美影の狙い通りの効果を発揮していると言えた。

「ふぅん、ソッチこそ酔っぱらいの割にはいい動きじゃない。

 でも、それだけだけどね」

 かちゃ、と眼鏡を調製しながらの言葉にはハッキリとした刺が込められている。

 手近は、その言葉に対し露骨な怒りを発露する。

「このメスガキ!! ……いいぜブッ殺してやるぜ」


 途端、雰囲気が変わった。

 その姿が異形へと変化していく。

 めこめき、と手足が、胴体が、全身がビッシリとした装甲の様なモノに覆われていく。

「ぐはははは、殺す、殺うううううす」

 自信満々にそう言葉を発する手近。

 それに対し、

「ふぅん、で。もういいワケよね?」

 美影の声色は冷ややか。右手を相手にかざすと一気に周囲に炎を発現。相手へと放たんとする。

「お、おい待てまだ変異とちゅ――」

「【激怒レイジスピア】」

 放たれた炎は向かっていく途上で、槍状に変化。加速して飛んでいき――そのまま獲物へと突き立つ。

「グ、アギャアアあああああ」

 手近の全身が一気に炎上、燃え尽きていく。

 彼は今更ながらに理解した。この少女は自分よりも格上であったのだと。

 さっさと逃げれば良かったのだと。


 美影は、パチパチ、と燃えていく炎の塊を一瞥すると鳴り出したスマホを取り出す。

「こっちは終わったわ。……そっちはどうなの?」

 通話相手は西島晶。

 ここには美影とエリザベス、そして晶の三人でやって来たのだ。

 ――うん、大丈夫。二人共エリザベスちゃんが捕まえたよ。

 その声は心なしか弾んでいる様に思える。自分の異能が、役立った事が素直に嬉しいのだろう。

「ゴメン、ヒカリを巻き込んでしまって」

 本心からの言葉であった。守るべき対象の彼女にこうして頼ってしまった自分が情けない、そう思ったのだ。

 ――いいよ、そんなの。私こそゴメンね。戦う事を美影に任せて、自分だけ安全な場所に隠れるなんて。

「ううん、それでいいんだよ。ヒカリはアタシみたいに人殺しになっちゃいけないんだから、さ。

 それより、……大丈夫?」

 美影は、心配そうに問いかける。

 そう、この場所に来たのは確たる情報があったからではない。

 まず晶が周囲にいたマイノリティの存在を確認。

 そして人数が三人で、彼らが一晩で数々の犯罪に手を染めたのだとその”記憶”を読み取った事で動いた、つまり場当たり的な行動に過ぎない。

 簡単そうに相手を感知し、その記憶を読み取る。

 それも見た事もない相手のをだ。

 正直、想像以上のイレギュラーだと思った。

 だが同時にその負担も心配であった。

 ――平気だよ、それよりここを離れなきゃ。誰か来るよ。

 恐らくWGだろう。いや間違いない。

「オッケー、ならここから離れないとね。行こう」

 そう言うと通話を切り、美影は走り出すのであった。


 午前八時過ぎ、まだ街は混乱の中にあった。


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