一夜経ちて
椚剛による”宣戦布告”はWG九頭龍支部に激震を与えた。
”休戦状態”という実に曖昧な、されども曲がりながりにも”共存関係”にあった九頭龍に於けるWGとWDの関係は恐らくはこれでご破算であろう。
つまりそれが意味するのはこの先、事態は悪くなる事はあってもその逆は望めないという事実だ。
中でも九条羽鳥の死亡というのが俄に信じ難い事であった。
常に先手先手を読む彼女が如何に強力なマイノリティに奇襲を受けたのだとしてもだ、こうも容易く命を落とす等、よもや考えた事も無かった。
「おいどうなってる? まるで戦争じゃないかこりゃあ」
「分かってる、今やってるよ――!!」
「持ち場を離れるんじゃない、いいかそこは守り切れ」
支部、通信室には怒号や悲鳴が飛び交っていた。
続々と寄せられるのは、この数時間で急増したマイノリティ関連の事件の報告。
その殆どが恐らくはWDの関係者による事件らしい。
あの通信の形をとった宣戦布告、クーデターの余波は如実に拡がりつつある。
続発するマイノリティによるイレギュラー犯罪への対応に、WG九頭龍支部は完全にパニックに陥りつつあった。
小宮和生は今、”支援者”に対しての状況説明に忙殺されていた。
彼は現在、九頭龍支部の責任者を務めているものの、何の権限も持ってはいない。何故なら、彼は表向きにはまだ死人だから。
三ヶ月前のバス事故の直前に通称”ブッチャー”によりその命を絶たれた。そう記録されていたのだから。
――はっきりしてもらえないかね。こちらとしても君の計画に賛同はしているのだ。だが、一体今の体たらくはなんだね?
――君の復権は指示するが、こちらにも都合があるのだ。それ以上は望まんでくれ。
――今回の件は早急過ぎたのだ。だから言ったではないか!
モニター越しからは容赦のない声が浴びせられる。
「確かに、予定通りに計画が進んでいないのは事実です。ですが、修正は充分に可能です。ご支援をお願いします」
小宮は時に泣き出しそうな表情を、時に怒り出すのではないか、という剣幕で捲し立て、支援者達との会合を纏めていく。
その様子はとても同一人物とは思えない程にコロコロと相手によってまるで別人の様で一人芝居でもしているかの様ですらあり、滑稽にも見えるだろう。
プツン、とモニターが落ちる。
ふう、と深いため息を洩らす小宮は汗をびっしりかいている。
彼にとって”交渉”とは戦いだ。
相手が何を望んでいるのかを、出来れば事前に、さもなくばその場で理解。それに応じて自身の仮面を被り、優位に推し進める。
現に今さっきの支援者も、当初こそ援助の打ち切りをちらつかせたりしていたものの、最終的には協力を誓った。
「これで暫くは凌げるかな」
手渡されたタオルで顔の汗を拭う。
今、九頭龍支部は窮地にあった。
日本支部からはこの二、三時間で幾度となく状況確認を求める通信が入っていた。
まだ気付かれてこそいなかったが、支部で昨日起きた出来事もそろそろ察知される頃合いであろう。
小宮が支援者に依頼したのは、エージェントの応援要請に情報統制の協力である。
とにかく事態の発覚を少しでも遅らせる必要があったのだ。
何故なら、彼が進めるはずの計画の要たる少女、西島晶がいつの間にか逃げ出していたのだから。
発覚したのは四時間前。
手引きしたのは同じく病院にいたはずのベルウェザーことエリザベスで間違いないはずだ。彼女が精巧な人形を用意してここまで発覚を遅らせたに違いない。
追跡班が探してはいるものの、その件に関与してると思われる怒羅美影は部屋にはおらず。現在行方不明であった。
「すまないね、君の妹君はなかなかにお転婆らしい」
「いえ、気にされずとも結構です。それで星城聖敬君は?」
西島迅はもう一方の逃走支援者の可能性が濃厚な少年も探していたが、これまた行方不明だった。
それにどうやら星城家にいたもう一人のマイノリティ、星城凛こと桜音次歌音もまた行方不明らしく、どうやら二人は一緒に行動しているらしい。
他にも、田島一も、進士将も同様に行方をくらませており、状況は芳しくない。
そこで彼が考えたのが、味方を作る事であった。
「さて、そういう訳なので協力願えると嬉しいのだがね」
小宮の前にいるのは、三人。
それぞれ井藤謙二、家門恵美、林田由依が拘束椅子に手足を固定された状態で座らされていた。
無論、反抗されないように薬品を投与済み。イレギュラーは使用不可であった。
「…………」
井藤は無言で俯いたままである。彼の”毒”に対しては最大限の注意が払われている。その両手足を幾重にも特殊金属製の手錠でまるっきりドラマ等でたまに目にする、最悪の重罪犯の様であった。
「ふざけないでください」
家門恵美は、強い口調でそう吐き捨てる。
彼女の場合は、幼少時からの過酷な訓練による賜物で、その様子は平然としたもの。それ故に説得は困難であった。
「…………ぐー、ゴー」
林田由依に至ってはもう、言葉もない。自分が拘束されているにも関わらず、ずっと寝ている始末だった。
どうやら徹夜疲れがここに来て一気に出たらしい。
「…………困ったものですねこれは」
嘆息しながら、部屋を後にした小宮は支部長室に入る。
ほんの三ヶ月で、何だか全く別の部屋の様に感じるのは何故だろうか?
別段部屋の内装が変わった訳ではない。
井藤は特に何も私物を持ち込まなかった。
だから壁にかかる絵画は前任者である小宮が各地を回って見繕った物だ。
だと言うのに、この部屋はまるで違って見えた。
(もうここは違う場所なのだね。まぁそういうものか)
感慨深げにかぶりを振っていると、そこに来客が来る。
「小宮支部長、晶は見つかりましたか?」
部屋に入るなり、西島迅は開口一番に尋ねる。
その優男な面持ち、目の下には濃い隈が出来ており、恐らくは一晩中心配したいだろうか、ハッキリと疲労の跡が窺える。
「いえ、申し訳ないがまだです」
「そうですか。何かお手伝い出来る事はありませんか?」
「しかし、少しでも休んだ方がいい。君にはまだやってもらわねばならない事があるのだ」
「分かってます。ですが、晶の無事が確認出来なくては落ち着かないのです」
「ですが……」
そう言いかけて、小宮は思い至る。
あの三人に協力してもらう手立てを。
それは、卑劣極まる手段。
(だが、今は一刻の猶予もない。ならば……)
「では協力していただけませんか?」
その申し出に際し、西島迅にNOという選択肢はなかった。
やがて、少しの時間が経過した。
三人は思惑通りに協力者へ鞍替えした。
これにより、WDに対する反撃及びに、行方をくらませた少年少女達の追跡にもより本腰を入れられる様になった。
そして小宮は通信を取る。相手は彼が命じ、WDへ潜らせたエージェント。
「西東君、WDはどうかね?」
――はい、組織的な行動は現在のところ……。
その通信は問題続出の現状で、彼をひとまず安堵させるのであった。